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2011年5月20日 (金)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(7)

第六章 アーキテクチャはいかに時間を操作するか?

ここでは、「時間」という要素をキーに分析を進める。ネットコミュニティサービスには複数のユーザーがいて、文字を発信して読まれたり、動画を見てコメントを交わしたり、仮想世界を徘徊したりする。そのとき、複数のユーザーたちの間で、どのような「時間」が共有されているのかに着目していく。

メディア論やコミュニケーション論の領域では「同期」と「非同期」という区別が一般的に用いられてきた。同期的なメディアというのは、そのメディアを通じてコミュニケーションを行っている人々が同じ時間=現在を共有していることを意味する。例えば、電話、それかにテレビやラジオ。これに対し、コミュニケーションの発信と受信の間に「時間差」が存在している場合は、非同期的ということになる。手紙や雑誌などの紙メディアが代表的といえる。ウェブ上のソーシャルウェアの多くは「非同期」の側に分類される。ブログも2ちゃんねるもSNSも、書き手が情報を投稿するタイミング、読み手がその情報を閲覧するタイミングバラバラであり、情報の発信側と受信側は非同期的な関係にある。元来、インターネットの通信の仕組みは、非同期的なズレが必然的に生ずるようになっていて、紙メディアのように非同期的なメディアを再現することに向いていた。

このような前提のもとに、まず「ツィッター」を見る。このサービスは、現在自分が何をしているかという状態に関する情報を、一回当たり半角140文字以内のテキストで投稿するというもの。すると。ツィッター上では、その投稿されたメッセージはフレンド登録しているユーザーに、ほとんどリアルタイムで通知され、各ユーザーに読まれていく。SNSに比べて、現在のステータスを共有するというコンセプトで設計されたツィッターはIMや携帯電話などとの連携機能によって、リアルタイムでメッセージを読み書きするための仕組みや周辺ツールが揃っている。そして、ツィッター上では、時として、そのメッセージが連鎖する。ツィッターの特徴は、①テキストが短く、②IMや携帯電話と連動し、読み書きの即時性・反射性を促し、③コミュニケーションが突発的・局所的に連鎖する。という三点にまとめられる。ここでのポイントは、特に三点目の突発的で局所的な連鎖にある。基本的にツィッターは各ユーザーがバラバラに独り言をつぶやくツールで、しばしば一時的に/局所的に、あたかも同期的であるかのようなコミュニケーションの連鎖を生み出す。このようにツィッターの特徴は、こうした同期と非同期の両方を持ち合わせている点にある。重要なのは、その同期的コミュニケーションの連鎖というのが、あくまでユーザーの自発的な選択に委ねられていることだ。ツィッターは基本的に独り言を短い言葉で非同期的につぶやくものなので、同期的コミュニケーション特有の相槌を強いられたり、電話のように相手の状況に突如として闖入することからくる心的負担を免除してくれる。ツィッターの場合非同期と同期が入り混じった独特のコミュニケーションスタイルがその背景にあり、これを著者は「選択同期」と呼ぶ。すなわち、ツィッターは基本的には非同期的に行われている発話行為を各ユーザーの自発的な選択に応じて、同期的なコミュニケーションへと一時的/局所的に変換するアーキテクチャといえる。その新しさは、同期と非同期の両立という点にある。

次に「ニコニコ動画」について見てみる。ニコニコ動画というサービスは、一言でいえば、動画の再生画面上にユーザーがコメント(テロップ)をつけることができるサービスだ。ニコニコ動画のユーザーは、動画を再生している最中に、自分がコメントを表示させたいというタイミングでコメントを投稿する。こり投稿が比喩的に表現すると、映画のフィルムの上に直接文字を書き込んでしまうようなもので、画面にそのまま投稿の文字が流れる。そして、直接書き込んだ文字は、その後は同じタイミングで画面に文字が映し出されることになる。このように書き込まれたコメントが動画再生中に次々と流れていく。それはまるで、一つの画面をみんなで鑑賞しながら、ワイワイガヤガヤと会話を楽しんでいるように見える。さらに、同じタイミングで投稿されたコメントが多いほど、同時に画面上に表示されるコメント数は増える。中には肝心の動画が見えなくなるほど、コメントが画面を埋め尽くすことも多い。むしろ、画面上を覆い尽くすコメントが投稿されているのが面白さや盛り上がりを計るための指標となっている。ひときわ盛り上がるポイントで、歌詞や決め台詞が一斉に投稿される様は「弾幕」と呼ばれている。「ニコニコ動画」というサービスの特徴は、このような動画を視聴する側のライブ感やリアル感を醸成する点にある。そして、この特徴は次のように言い換えることができる。ユーチューブをはじめとする動画共有サービスの主たる目的は、動画コンテンツそれ自体をネット上で共有することに置かれていた。しかし、「ニコニコ動画」では、もはや動画が見えなくなるほどコメントが投稿されてしまう点に端的に示されているように、動画コンテンツの試聴自体はもはや主目的ではなくなり、動画を視聴する側の「体験の共有」が主目的になっている。つまり、「ニコニコ動画」は動画試聴体験共有サービスを行っていると言える。

しかし、このようなニコニコ動画の体験の共有は、ある種の錯覚によってもたらされているものだ。なぜなら、実際には、各ユーザーの動画の試聴行為やコメント投稿行為は、時間も場所もバラバラに行われている、つまり非同期だからだ。ニコニコ動画というアーキテクチャは「非同期」に投稿されている各ユーザーのコメントを、動画再生のタイムラインと「同期」させることで、各ユーザーの動画試聴体験の「共有=同期」を実現している。

本来ライブ感というものは、いわゆる客観的な意味での時間を共有していなければ、生み出されることはない。しかし、ネット上で動画を観るという行為は客観的な時間の流れから見れば、各ユーザーが自分の好きな時間に自分の好きな動画を視聴するという非同期的な行為である以上、基本的にライブ感を生み出すことはできない。これに対し、ニコニコ動画は、動画の再生ラインという共通の定規を用いて、主観的な各ユーザーの動画試聴体験をシンクロさせることで、あたかも同じ現在を共有しているかのように錯覚をユーザーに与えることができる。このように試聴体験の共有を疑似的に実現するということで、このサービスを「擬似同期」と呼ぶことができる。

これは「ツィッター」と共通する部分が多い。しかし、両者の間には見逃せない差異がある。ツィッターでは、各ユーザーの自発的な選択によって同期的なコミュニケーションが立ち現われるのに対して、ニコニコ動画では、動画という定規に沿ってコメントを保存し、呼び出すというアーキテクチャが働いているため、ツィッターのような自発的な選択という契機は必要とされない。その点でアーキテクチャ度が高いと言える。

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