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2011年5月28日 (土)

大塚英志「アトムの命題 手塚治虫と戦後マンガの主題」(3)

第3章 ミッキーマウスに撃たれた少年

手塚の「まんが記号説」について現状のまんが研究における研究を整理してみると、まんが表現における絵画的側面が一定量の類型化された記号の集積である、という手塚の自己規定は、主として夏目房之介によって緻密な検証がなされている。勿論、手塚が用いたまんが表現の記号そのものは、必ずしも手塚の創意ではないことは田河の記号へのフェティッシュな言及や手塚が自身の表現を昭和まんが史のカリカチュアライズとして見ていることでも明らかだ。それらは戦前、戦時下に彼が先行する世代のまんが家たちから継承した技術であり、それ自体はある意味で手塚まんがの保守性をも意味する、それでは手塚まんがの記号的表現の新しさはどこにあったのか。夏目房之介によれば、手塚はそれ以前に存在した古典的な記号を微分化していくことで心理や感情表現をより豊かにしていったという。手塚はのらくろやディズニー的なキャラクターにより複雑な心理や感情を与えようとしたのである。

著者は、ここに手塚まんがの、そして、彼の方法に根源的に呪縛されている戦後まんがの本質的な困難さがあることを指摘する。つまり、手塚まんがの新しさがその感情表現の微分化にあったとすれば、しかし、問題はそれを記号的表現という古典的な手法の修正において行おうとした点にある。古典的まんが表現が記号的であるのは、そこで修正されるものがユーモアやナンセンス、スラップスティックといった主として喜劇的な方向に収斂していくからである。そこで必要とされる感情や心理は、主として外からの刺激に対する反応としてのそれであり、だからこそそれを表層的な記号として類型化することが可能だった。キャラクターとは内面を表層にまとう記号によって類型化された存在である。こういった古典的まんがにおけるキャラクターの表現のあり方について、著者はスイスの昔話研究者マックス・リッティがメルヒェンの特性として指摘した「平面性」という概念を援用する。すなわち、リッティは、メルヒェン抽象的様式に基づく文芸と規定する。そこでは人物の内面や人格といった心の領域における「奥行」は語られず、ただ線的な物語の進行の中でキャラクターは「極端な」美しさや悪を体現する存在として描かれる。リッティは、このようなメルヒェンの登場人物はその内面においても身体においてもあたかも紙に書かれた存在のように「平面的」である、としたのである。このような、内面においても身体においても「奥行き」を持たない、というメルヒェンにおけるキャラクターの本質的なあり方はそのまま手塚以前の古典的まんが表現におけるキャラクターの「記号性」に正確に当てはまる。当然、このような「平面性」は手塚まんがの中にもはっきりと見て取れるのだ。古典的まんがのキャラクターは、内面においても身体においても本来、傷付かない存在なのである。このように手塚の言うまんが表現の「記号性」とは、古典的まんが表現の「平面性」と密接に結びついているのである。

夏目は、さらに手塚の作品が、他の作者の手によるものよりも、主として汗や涙の使用頻度が極めて高く、しかも、年代が後になるにつれて、増加していく傾向が瞭然としているとする。夏目は、このことは手塚が自らのまんがに悲劇を持ち込もうとし、その傾向が後の作品になるにつれてはっきりしてくるためである、と解釈する。古典的では物語基調であった喜劇性が手塚まんがでは悲劇性にとって代わった、という仮説であり、そのことが汗や涙といった記号を駆使した表現の増加となって表れている、というわけだ。夏目がいうように、手塚が悲劇的要素の強い物語を書くことが結果として記号的表現の微分化を促したとしても、それではそもそも手塚に本来、古典的まんがの範疇以外の事を語らしめようとした動機は一体何なのか。そのためには、手塚まんがにおける記号的表現の受容と変容の過程を追う必要があり、その時注目すべきは『新宝島』以前に書かれた習作群であると著者は言う。

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