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2011年5月19日 (木)

濱野智史「アーキテクチャの生態系」(6)

第五章 ウェブの「外側」はいかに設計されて来たか?

この章では、「P2P」について、特にそのなかでも「P2Pファイル共有ソフトウェア」と呼ばれるソーシャルウェアを中心に扱う。その関心の中心は、P2Pファイル共有ソフトウェアというソーシャルウェアが、どのようして進化していったかにある。

1999年「ナップスター」の登場により、それまでテキスト文書中心のやり取りだったウェブ上で画像や音声のような大きな容量のファイルのやり取りを直接やり取りできることが可能になった。これにより、当時普及し始めたmp3ファイルの交換が容易にできるようになった。

これ以前はサーバークライアントモデルという通信方式(アーキテクチャ)を採用しているために、ファイルの転送効率が低かった。このサーバークライアントモデルというのは、ネットワークのサーバーに情報を集約しておき、それをクライアントが必要に応じてダウンロードする、という役割分担のことを指している。したがって、ある一つのファイルは一つのサーバーからダウンロードされることになる。そのため、人気の高いファイルが置かれたサーバーには、複数のクライアントからダウンロード要求が集中し、サーバーの処理能力や通信帯域の限界を超えるという事態が生じる。これに応じて、サーバーの性能を予め高くしておくこともできるが、P2Pでやり取りされるようなファイルは、えてして不正コピーされたものが多く、そこから健全な収益を得ることは難しく、サーバーの能力アップは望めない。それでも、mp3のようなファイルをやり取りしたいというユーザーの欲望は根強く存在している。こうした背景から、サーバークライアントモデルに拠らない、より高い通信の仕組みが求められていた。

もう一つの要因として、P2Pファイル共有がある種の犯罪性を持った行為であることから、ユーザーの側に、こっそりダウンロードしたい、というニーズがあったことを上げることができる。ユーザー同士が勝手にmp3ファイルを交換することは、著作権的に問題がある。だから、著作権者はこのようなダウンロード・サイトを見つけた場合にウェブサイトの管理者に警告することができます。サーバークライアントモデルの場合、ウェブサーバーが存在するためサーバーの管理者が特定可能であるため、最終的にはその人に対して警告を出すことができる。サーバーを提供するということは、責任を問われやすいことをなる。これに対して。「ナップスター」をはじめとするP2Pは、サーバークライアントモデルを採用したものとは全く別のアーキテクチャで、情報を集約管理する役割を担ったサーバーに相当する存在は介在しない。利用者同士は、ウェブサーバーを仲介することなく、互いに直接ファイルをやり取りすることができる。しかし、「ナップスター」はファイルのやり取りはP2Pの方式であっても、だれがどのようなファイルを持っているかという情報を検索するために検索システムをサーバークライアントモデルで実現していた。そのため「ナップスター」はハイブリッドP2Pと呼ばれた。

その後、日本では「ウィニー」というP2Pソフトが登場する。この「ウィニー」は英語圏の他のソフトとは異なる特徴を持っており、その点がソーシャルウェアの進化と言う観点から注目に値すると著者は言う。そもそも、この「ウィニー」が普及できたのはなぜか。話を素こと戻すと、「ナップスター」は多くの人には魅力的だったが、犯罪である。しかし、P2Pで不正コピーされたコンテンツをダウンロードすると言う行為は、コンビニで万引きすることに比べれば、ずっと罪悪感が少なくて済む。その行為を、直接誰かから見られるという感触は薄く、P2Pでファイルを交換しても、ファイルのコピーすることになるので元のファイルが失われない、つまり窃盗していると言う感覚はさらに薄くなる。このような心理的背景から多くの人を魅了することができたと言うわけだ。しかし、日本の著作権法は1997年に著作権者に無断で著作物をネットワークでダウンロードできる状態にする行為が刑事上の犯罪に当たるとして規定していた。そのため、日本のユーザーは、逮捕されたくなければ、アップロードはしないで、ダウンロードだけに徹するしかない。

このようなダウンロードに徹するという立場を。皆が選択すると、ファイルのやり取りは一切生じなくなる。P2Pでファイルをやり取りするためには、必ず誰かがファイルをアップロードし、誰かがそれをダウンロードするという、1つのネットワークで結ばれる必要がある。ここで、日本のユーザーはジレンマに陥っていたといえる。

「ウィニー」はこの問題を、キャッシュと呼ばれる仕組みで解決した。そして、この解決は単なる技術イノベーションに止まらず、これまでのファイル共有ソフトウェアの文化を大きく変えるもので、日本では「ウィニー」以前はファイル交換型、以後はファイル共有型と区別して呼ばれるほどだ。従来の交換型においては、参加者たちは<軽蔑/尊敬>と言う文化的コードに基づき分化され、ダウンロードに徹する参加者は軽蔑の対象になることで交換の交渉の場から排除され、アップローダーたちは「神」と尊敬されることで、逮捕されるかもしれないリスクテイキングに向けて動機付けられていた。これはまさに、人々に内面化を迫ると言う意味で「規範」による秩序管理の一例といえる。しかし、このシステムには明白な欠陥があった。それは、新規ユーザーの参入を妨げてしまうことだった。つまり、新規参入者は、最初は手持ちファイルがないためダウンロードのみの参加とならざるを得ないからだ。

「ウィニー」の場合は、ユーザーは欲しいファイル名を検索し、ファイルが見つかったら、あとはそれをクリックして、「ウィニー」を立ち上げたままにしていると、いつの間にかダウンロードされている。このように事が可能になったのは、「キャッシュ」と呼ばれる仕組みを利用しているからだ。あるウィニーのユーザーがファイルをダウンロードした場合、そのファイルは、ウィニーネットワークにおける「キャッシュ」として公開される。同じファイルを検索している他のクライアントは、ネットワーク上からこの「キャッシュ」を保有しているクライアントを自動的に探し出し、発見次第、ダウンロードを監視する。この一連のプロセスをウィニーは自動で行う。ウィニーではこうしてファイルが流通すればするほど方々のウィニーユーザーのハードディスクにファイルが蓄積されていく。人気の高いファイルであればあるほど、ウィニーネットワーク上のあちこちにキャッシュされていることになる。しかも、ウィニーはほとんど無差別にキャッシュを拡散させる仕組みを備えていたため、そのユーザーがファイルを検索・ダウンロードしたわけではなくても、人気の高いファイルは自動的にユーザーのハードディスクにキャッシュされると言う仕組みになっており、これにより、ますますファイルのダウンロードが効率化された。このプロセスはすべて自動的に行われる。つまり、ウィニーとを利用するということは、他のウィニーユーザーとの間で、ファイルの分散共有ストレージを構築することに等しい。この特徴をもってウィニーはファイル共有型と呼ばれる。

こうしたウィニーのキャッシュという仕組みはアーキテクチャの特徴を見事に示している。ウィニーにユーザーは、もはやユーザー間の「規範」に気を揉むことなく、意識の上ではダウンロード徹することでファイルを得ることができ、その一方で「キャッシュ」という分散ストレージを構築し、無意識のうちに利用者同士を協調させるよう仕向けている。さらに、ウィニーの特徴はこのようなファイル転送の効率性と匿名性を両立させる点にあった。あちこちにファイルがキャッシュの形で散らばることで、転送効率が高まるだけでなく、転送経路が複数かつ多段的に拡散されることで、ファイルがどこからやって来たのかという来歴を辿ることは事実上不可能になる。

このような「ウィニー」の実現した無意識のうちに強調させるアーキテクチャをどのように捉えていくべきかについて、「ウィニー」が社会的に断罪されたこともあり、批判も多い。例えば、「キャッシュ」という仕組みを、良心に蓋をさせ、邪な心を解き放つものと断罪する。つまり、ウィニーを利用しているだけでは、キャッシュという仕組みには気付かない。しかし、実際には、キャッシュという仕組みを媒介して、第三者へのアップロードを行っており、「送信可能化権」の侵害という違法行為に加担している。ウィニーはユーザーに罪を犯していると意識させずに、潜在的・無意識のうちに犯罪行為に加担させてしまっている。このようにユーザーを無意識のうちに犯罪行為に加担させるという点においてウィニーの開発者は非倫理的であるというもの。

しかし、裏を返せば、「ウィニー」が優れていたのは、アーキテクチャの特性を活かしたうえで、ユーザーをコミットメントなき貢献へと誘導する点にあったと言える。

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