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2011年6月30日 (木)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(10)

5.現代における実存概念の成立

Ⅰ 成立を促した契機

キルケゴールにおける実存概念の端緒が、今世紀の実存哲学に継承されるには、時間的にずれがある。シェリング、キルケゴールにおける先駆的な思想が現実的に実を結ぶには、主流哲学の中で、生の哲学による近世哲学への反逆がなされ、かつ現実世界で、第一次世界大戦という混乱の体験が必要であったと考えられる。

(1)契機としての生の哲学

少なくとも生の哲学者において実存という術語を採択することによる実存哲学の先駆ということは考えられない。彼らが実存思想の登場の一つの契機になっているとすれば、それは、近世哲学の全体の動きの中で、彼らが初めて意識内在的なものへの抵抗を徹底的な形で大きく取り上げ、その意味で、現実的具体的な人間的生そのものへと眼を向けしめたという、その点にのみあるだろう。

ここでは、一般的に、彼らが時代思想の形で実存思想を準備したと言われるその限りにおいて、彼らの先駆的役割について、二、三注意すべき事柄を明らかにしておくに止めたいと思う。第一に、近世哲学の内部でその意識内在主義の傾向に大きく抵抗を試み、合理的計算的な思惟の外にある人間的生に初めて視界を開いたのが、生の哲学であり、その意味で生の概念の提出によって、それは、実存の登場の先駆であると言える。何故なら、実存は、合理的思惟の外の絶対的な人間的生存の事実性から出発するのであるから。だが、生は、デカルトからヘーゲルまでの精神の原理に対抗するあまり、あまりにも捉え難い非合理的なものに堕していく側面があった。即ち、生の概念が多義的である上に、あまりに反悟性的非合理的直観的であるのに対して、実存哲学における実存は、一定の形式をもち、人間存在の実存的な構造性の分析の中で示されるものであるということである。しかし、第二に、そのようなより明確な構造性を得ようとする試みには、他の側面が伴った。生の哲学では、なお豊饒な生の低地が拓け、その中で人は、抽象的思惟よりもむしろ、具体的な流動的な生、それだけに固定的明確化を拒む生を営むのであるが、実存哲学では、そうした豊饒性、流動性、全体的生に包まれる明るさが喪われ、ただ究極の最後の拠り所としての人間の実存することそのことだけが取り出された、というわけである。だが第三に、そうした生の豊饒性を捨て去ったより究極的なものに向かうということは、更に他の事情が拍車をかけたと思われる。というのは、生の哲学は必然的に一種の相対主義を結果した。生を重んずるということは、その都度の一回起的な歴史的な生を、それぞれの独自性において重んずることであり、当然相対主義に陥る。生の哲学は、多かれ少なかれ、科学的思惟によって捉えられない直観的具体的世界の存在を科学に対して示すこと(ベルグソン)、或いは自然科学に対し精神科学的な領域の成立を認め、その原理として生の概念を提出していくこと(ディルタイ)、或いは概念的思惟を放擲して詩的な言語を駆使して真に生ける人間の力ある姿を存在の中に浮き彫りにしてみせること(ニーチェ)、といったように、近世的思惟に対し、より根底的な生の領域を取り出して見せるという意図が強く、その意味で美的な態度を保持していた。しかし、実存哲学では、実存の客観的な分析が行われながらも、同時にその自己分析を支えているものは、強力な、生の根拠を求める、極めて激しい主体的な態度であり、相対的、美的な思索態度を超えて、無制約的なものを求める傾向が強かったと思われる。

(2)契機としての第一次世界大戦

実存哲学の成立に対して第一次世界大戦が契機として果たした役割は、これを先ず次のように行ってみることが許されるであろう。即ち、非合理的で豊饒な融和的相対的客観的な生概念に対して、自己形成的で端的な無制約的根拠を持つ主体的実存を求めようとする要求、それは第一次大戦後のドイツの精神状況において、より一層不可避的なものとして受け止められ、より一般的な意識の広汎な分野までをもその歩みの中に引き入れた。第一次大戦というヨーロッパ全世界を揺るがした瓦解の体験を介して初めて、あの主体的無制約的な、単なる純粋思惟を超え出た人間的生存そのものの自己形成的な核心、その絶対的な実存が、哲学的に全面的に浮かび上がってきたのであり、まさしくそこに、あのキルケゴールの実存概念の復活が成就され得たのである。この第一次世界大戦もつ意味は、しかし、単にその瓦解と混乱の体験ということに止まらず、より深く、被害の体験として規定され得る。第一次大戦は、社会の混乱と人心の不安を大きく惹起せしめた。それは、客観的には、人間と客体的なものとの間に分裂を作り出し、人間が人間自身としてもはや自由に生存し得ず、むしろものの支配下におかれる状況を醸成し、他方主観的には、均衡感覚の破壊、のけ者の感情、不安の気分を等を生み出した。

恐らく、疎外という事態の出現によって初めて、実存というものが正面から切り出される地盤が現実的に用意されて来たのだ、とも言えるであろう。単独で、誰にも代えられぬ、各自の主体的あり方が、究極の決して揺るがされてはならない拠点として持ち出され得るのは、このような現実的世界における人間存在の状況を介してであった。ここで、キルケゴールの実存概念の端緒が新たに受け継がれ、再生され、そこに実存の哲学が、対象として分析される実存の哲学でなく、一切の世界解釈を可能ならしめる究極の根拠としての実存に基づいての哲学が、出来上がり登場する準備がなされ終えた、と見ることができるであろう。

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