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2011年6月13日 (月)

苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(2)

第1章 生命・人格・象徴

1.<>の原風景

1903年和辻は大阪で第5回博覧会を見物している。村で生まれ育った少年和辻にとって初めの大都会であり、これまで日常的に馴染んできたものとは全く異質な別世界との直接の出会いであった。とくに少年和辻に決定的な印象を残したのは、夜に建物の輪郭に飾られた電球が一斉に光り輝くイルミネーションであった。当時の家々の照明はランプが普通で、都会でも街路照明はガス燈が始まった頃であり、夜は暗く、月夜と闇夜との違いが歴然としていた。西洋の進んだ文化の普及は、日常生活においてはまず、夜の闇に対抗する光の明るさとして感得され、闇を追放してくれる人工の光へと人々は引き寄せられていた。夜闇に煌々と輝くイルミネーションは、まさしく文明の象徴であった。人々はそれに続々と群がって、光を見つめ、照らされることを通じて生きたる証拠を実感していたのである。それは、この時に「初めて生きて居るなと気がつく」ほどに鮮烈な体験であった。和辻は「イルミネーションはまったく驚異で、天国とはこれか、と思った」と回想している。青年期以来の和辻のテクストには<>への言及が数多く見られる。それは、物理現象としての光の描写にとどまらず、生命を表わす愛の光、人格の光、永遠のイデアの光などさまざまな形で登場することになる。以上のような博覧会体験の回想の結びに、和辻は「わたくしは博覧会見物によって都会に憧れる気持ちをひどく煽られたように思う」と付け加えている。生活風俗の近代化の進む都会と、それに取り残された農村との違いは大きかったのである。この落差への嘆きの言葉は回想記の全編を通じてきわめて多い。しかし、和辻は、村と都会の文化的差異を感じてはいても、いわゆる農本主義者とは全く異なった道を歩むことになる。その志向は、農村の因習的な生活習俗をそのまま賛美する傾向とは終生無縁である。

しかし、この光の世界を脅かすものとして、死をめぐる問題が登場する人が死ぬということを否応なく思い知らされるいくつかの出来事が、少年和辻を襲っていたこの時代の和辻にとって死は文化の<>への憧れを絶対的に脅かすものとして立ち現われた。確かにこれまでも村の子に生まれたという現実が、彼の憧憬を常に挫いてきたが、その不満は自分の内面生活を工夫すればいくぶん慰められる。周囲の村の現実は無視して内面で文化的教養に努めていれば、都会と共通の精神共同体に生きていると信じられるものだから。しかし死については条件がまったく異なる。死はすべてを空無に帰し、文化の<>を浴びて精神共同体に生きる内面生活もその可能性を絶対的に奪われる。イルミネーションの背後に広がる夜間のように、死の黒々とした領域が<>を常に取り巻いているのである。それは<>にのみ目をやっている限りは実感せずともすむ。だがいくつかの死は、和辻に闇の領域の存在をまざまざと見せつけたのであった。こうした経験は、往々にして人を宗教に向かわせるものであろう。しかし和辻はすでに<>の希求者である。超越的なものを指し示す宗教は、人間の世界を越えた領域を感得させることはあっても、真に人間のものである<>をさらに輝かせることはない。いかにすれば、この闇を封じ込め、<>に満ちた人間の生の領域を確かなものにできるか。もちろん少年時代から突き詰めて問題化していたわけではなく、当初は朧げな不安の形をしか取らせないにせよ。これが和辻の生涯を通じて思想の根底に横たわる主題となっていく。

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