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2011年6月24日 (金)

苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(13)

ここで和辻の主眼は、日本文化の特質を単純な一面的な魂のごときものに還元し、日本精神という標語を政治的運動のただ一つの方向にのみ独占する世上の日本精神論を批判し、排外主義的傾向を斥けることにある。さらに、主君に対する個人的忠誠をナショナリズムと混同し、天皇=政府への国民の無条件的追従を説く忠君愛国、家族国家、大和魂といったスローガンへの批判が繰り返される。他方。マルクス主義者も含めて重層性に対する理解を持たずに近代西洋を猿真似する知識人も攻撃対象ではある。だが、日本文化の今後のあり方についての具体案は、大正期のコスモポリタニズムの主張と事実上は変わらない。西洋のすぐれた文化の輸入による日本文化改造と見てよい。日本文化の持つ重層性を説くのは、そのための素養を日本人が備えているという主張に他ならない。日本人は外来文化の吸収に優れているということを和辻は、最も重要な性質として前面に押し出すことで、日本主義哲学や皇国史観の鼓吹する排外主義的態度を批判する。言わば、世界文化のコスモポリタニズムの理想郷が、日本文化の小宇宙に内在しうると説いたのである。多種多様な文化を包み込む基体という日本文化のイメージ─戦後に日本文化論、日本文化批判の双方が多く前提としたもの─が、ここで積極的に創唱された。そしてこの重層性を活用し西洋文化の合理性を導入せよと説くのが、以後、戦時中から戦後にかけての和辻の議論の基調をなす。こうした東西文化の統一の仕事は、和辻によれば、現代では日本人にのみ可能な、世界史的任務なのである。このことは、古代ギリシャ人と日本人との共通性を新たに確認することにもつながっていた。和辻の発見した日本的なるものとは、同時にギリシャ的なものと考えられていた。したがって他方、その議論は諸民族文化の多様性を表面的には認めても、ギリシャ由来の理性の光を頂点に置く価値序列を厳然と保持することになった。

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