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2011年6月24日 (金)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(4)

Ⅲ 中世エクシステンチアの背後にあるもの

中世エクシステンチアと実存哲学との異動についてどう考えられるだろうか。まず第一に、中世エクシステンチアはあらゆる存在者の現実存在をいうが、実存哲学の実存はまさしく人間存在のあり方のみを特に名指しして言っているのである。中世エクシステンチアが、神の世界創造という見解を背景にして一切の存在者の現実存在を指しているのに対し、実存哲学の実存は、その神の世界創造ということを問題外とし、しかもあらゆる存在者ではなくて人間存在の存在様式のみをそれによって指示しようとしているのである。そしてこうした根本的な差異と結びついて、第二に、中世エクシステンチアは客観的対象的な見方において成立するものも従って客体的な、物在的なものであるに対し、実存哲学の実存は主体的な人間的なそれであるという差異が現れてくる。さらに第三に、中世ではエクシステンチアよりもエッセンチアが重んぜられ、結局前者はより劣った価値の低い概念と考えられるのに対し、実存哲学では実存が本質に優位するより立ち勝った高い概念とされるという差異が出てくるのである。

中世エクシステンチアの背景を振り返ってみると、そこには神の世界創造の考え方が根本にあり、それに基づいて一切を存在論的に規定しようとする態度がある。その場合、一切の存在者はそれが何であるかという本質規定において捉えられる必要がある。それによって一切のものの神を中心とする存在論的階層が組み立てられる。即ち一切存在者は客観的対象的に神による被造物と見られ、それぞれの持つ形相的本質において神により創造され、かくしてまたそれに現実存在が許容され、附加される。本質が実存に優位ししまうのである。或る存在者が存在するというその現実存在は、常に他者によって与えられたものにすぎない。人間の場合に明らかなように、人間霊魂の本質は単純な離存実体であるが、実有を他者から仰がねばならず、そしてそうしたものの中でも、それは可能性多く実現少ないため、肉体と結びつくが、しかし肉体が滅びてもそれ自身は滅びない。しかも実体は、実現が純粋になればなるほど、他から仰ぐ実有を捨て去っていく。そしてこのように他から仰ぐ実有を捨て去って純粋な実現態そのものになっていくことが、究極的には神となり、最高の段階に近づくことなのである。このように神の世界創造の下に一切事物が形相的本質によって位階づけられ、かくしてそこに人間といわず物的存在者といわず、均しく一切存在者に客体的な現実存在が賦与されるのであった。

このような中世世界観の背景には、ギリシャ的な考え方があった。人間もその他の存在者をも一切を同列線上において、それがその形相的本質に従って客体的に産出されかくして作り出されて現実にあるその現実存在が、エクシステンチアという語によって古代中世的世界観では名指しされたのだと言えよう。中世ではこの考え方が神の世界創造という思想と結合したと見ることができる。そこに古代中世的存在論的世界像が成立したと言っていいのである。

古代では自然が。中世では神の世界創造が、一切の根源であり、従ってそこから実存者は、その形相的本質において考察され、作り出され、産出され、現実にあるものとなるのであった。しかるに実存哲学の実存とは、確かに、中世のあの被造の世界の中に、或いは古代のあの産出された自然世界の中に、現に作られ、現われ、開かれてあるもの、原因と無の外に存在するもの、という原義は生かし返した。しかし、根本的に、それは、世界観そのものの変革によってであった。即ち、古代中世的な自然や神中心の客体的存在論でなく、新たに近代の人間の自覚、人間の主体化という、人間中心の主体的世界観の根本態度を取入れることによってであった。従って実存の概念は、語義的には中世ひいては古代から淵源しているものの、実はまさしく近代哲学の登場をまってのみ初めて可能となったところの、人間の哲学であり、まさしく思想的起源から言えば、実は近代の正統なる嫡子たるにほかならないのである。実存という語は地郵政エクシステンチアと違って、人間存在の主体的な現実存在そのものをとりわけ強調するところにのみ成立する。換言すれば、実存哲学は、神中心的な本質による客体的な存在論的秩序づけを取り去り、先ず人間が現実世界の中に主体的に存在しているという、その事実性からのみ出発する。

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