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2011年6月22日 (水)

苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(11)

(2)見出された〈日本〉

和辻は1927年から1年半のヨーロッパ留学に出た。この海外生活は、和辻に日本人の国民性の自覚をもたらした。時代を越えて持続する動かしがたいものとしての国民性や伝統、つまり日本的なるものの実在を認める日本人論的発想は、国民道徳論批判に見られたように、かつての和辻にとってはむしろ批判対象であった。だが、異国の生活環境に現実に触れたことが、自らどうしようもなく日本人であるという自覚をもたらし、日本の国民性、伝統の実在性を確信させた。和辻の留学は、結果的には日本再発見の旅だったのである。例えば、和辻は留学前から日本の古典文化を論じていたが、その対象はほぼ古代のものに限られ、エキゾティズムの対象か、あるいは普遍的意義をもつ優れた文化の一例として取あけられていた。それが対象は日本の歴史を貫く伝統全体へと拡大し、現代日本人にも通じる国民性を表すものとして変化していく。同じ日本への注目と言っても、その質が決定的に異なっている。このような急激な変化の一因は留学前の教養主義におけるコスモポリタニズムの性質にある。それは、書物や写真、複製絵画を通じて西洋文化を知り、西洋人と同様になることを喜ぶものであった。だが現実に西洋で生活した経験が、自然環境や生活様式の日本との違いをまざまざと実感させた。以前の同一性の確信が強かった分、差異の意識は強烈である。国民性は拭い去りがたいもの、同時に日本人すべてが共有しているものとして思い描かれることになる。教養主義者にとって現実の西洋経験は衝撃的で、忘れ去っていた日本の方へと歩みを変えさせるきっかけとなった。しかも和辻の場合に顕著なのは、日本の国民性や伝統を論じる際に、それを賛美する傾向である。

和辻の留学中の観察の中心は人々の生活よりも自然環境に置かれる。和辻はしばしば、日本の気候の細かな変化に対するヨーロッパの単調さを強調し、日本では自然自身が人生を豊富にしてくれる。いくら暴風や地震があっても我々には日本の方がいいと、日本の自然環境に対する郷愁を露わにする。国民性の相違についての議論が、自然環境決定論の色彩が強い『風土』に結実するのも、外国生活における関心のあり方に規定されていたのである。そして、自然環境と人との関わり方に注目するとことから、和辻は日本人の国民性に対する強い共感を表明するに至る。当時ヨーロッパに留学した日本人はそうであるが、和辻の場合はとりわけ、現地人との交わりを欠いていた。そのため、ヨーロッパにおける観察は自然環境に限定され、自然の差異についての認識が、国民性についての見解を固着させていったのである。日本人の国民性のイメージは、現代日本人の行動観察ではなく、異国で過去の日本人のテクストを読むという特殊な体験を通じて描き出されたのであった。かつての理想的共同体としての古代日本のイメージが、古代ギリシャとの類推による幻想の産物であったとすれば、この時の日本的なるものの発見もまた同種の幻想性を帯びていたといえる。しかし和辻本人にとっては、日本的なるものは決して空想の所産ではない。それは数千年来変わらぬ日本列島の風土に基づいて、日本人が築いた生活様式によって培われてきた心性である。したがって日本人が物事を観察し、何らかの行為を行い、ものを考える時、その意識は日本的な国民性によって原初的に染め上げられている。それが和辻自身が新たに得た実感であった。

こうした実感を理論化し、「人間の学」としての倫理学体系への発展させる基礎を与えたのが、和辻が留学中、1927年に読んだハイデッガーの『存在と時間』であった。とりわけ和辻にとって重要な意義を持ったのは、その中で展開された世界内存在の分析である。現存在の基本的なあり方の基本構造として描かれるもので、現存在とそれを取り巻く事物や他者との関係は、もともと、認識する主体と客体的対象という図式が分解して見せるようなものではない。人が周囲世界の知覚像を獲得できるのは、すでに世界と出会い事物と関係しているからである。つまり主客二元論の認識枠組みが成り立つ以前の具体的体験では、現存在は環境的に出会う諸々の存在者と交流し、それぞれの意味を了解しつつ生きており、その諸関係のネットワークが織りなす世界において自己を見出す。これが世界内存在である。人が周囲世界のむ知覚像を獲得できるものとしても、そうした作用を行う人間主体はいかなるあり方で存在しているかをハイデッガーは問題にする。現に生きて活動する自己の事実的なありように即してみれば、世界は客体的な事物の集合では決してなく、主体はいわば世界に埋め込まれた形になっている。実践的世界の発見を最も鮮やかに定式化したものと言ってよい。そして、ハイデッガーが世界内存在に備わるあり方の一つとして情状性を取り上げたところに和辻は注目する。人は様々な物や他者と交流するあり方において、常にその都度何らかの気分を帯びており、喜ばしいとか恐ろしいとかいった気分の内に世界内存在としての己を発見する。和辻はこれを自然環境と人間との関係にあてはめ、自らの風土論へと発展させていく。和辻によれば、我々がたとえば寒さを感じる時、その体験は主観の境界外にある空気の冷たさを感じるというのではない。その時は自己と寒気との区別はなく、寒いという気分において、我々自身が寒さの内に出ているのである。そして、気候のみならず地形や風景なども含めた総合自然環境たる風土と交渉する中で人は自らを発見し、生活様式を築いてゆく。国民性とは、民族が長年の風土との関わりにおいて蓄積してきた生活様式によって培われたものにほかならない。『存在と時間』はその体験を風土論へと定式化する媒介をなしたのであった。

和辻にとっては、ハイデッガーが世界内存在を論じる際に、現存在が物と関わる環境世界のみならず、他者と関わる共同世界を取り上げたことが決定的な意味を持った。情状性において、道具的な世界と共同現存在すなわち他者との両方に出会う。したがって現存在は他者とともにある共同存在であり、他者が現われず孤独でいるという体験も、実はすでに自らが共同存在であるがゆえに、その不足状態として成立する。例えば、人が特定の環境において何らかの振る舞いをする時、その人は自らを孤立した自我として対象化する以前に人のうちに出ている。すなわち他者との関わりの中で自己を了解している。土下座体験において振る舞いの型の持つ力に衝撃を受け、その意味を考え続けていた和辻にとって、魅力的な考え方であったと言える。「私がある」という意識の根底には自己がすでに「世の中に表立ちてあること」の了解がある。「世の中」とは人と人との交渉関係すなわち間柄を意味する。人間という言葉はもともと人の間すなわち「世の中」の意味を持っていたということは、まさしく人が本質的に世の中における存在であることを示している。このことから、和辻の間柄としての人間観、人間の学としての哲学体系が生まれてくる。だが、ハイデッガーの分析は和辻にとって不満を残すものであった。和辻の関心は形而上的な存在についての問いにはなく、そうした問いの主体となる人間存在の身体的・実践的なありようにあり、環境世界よりも共同世界をより根底的に位置付ける必要がある。

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