無料ブログはココログ

最近読んだ本

« 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(6) | トップページ | 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(8) »

2011年6月18日 (土)

苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(7)

2.デモクラシーの再現

1920年前後の時期は護憲運動が活発化する中で、吉野作造の「民本主義」が説かれる等のデモクラシー論が論じられた。こうした動きの中で、私もまた古代研究と並行して民本主義論を発表する。当時おこったロシア革命による君主制の倒壊に触れ、専制政治がかえって国民の思想を過激な方向に走らせ、急進的な革命と内乱状態を招いたと分析し、日本でも言論統制をやめ民本主義の政治を採用しないと、皇室も転覆の危険に晒されると説く。ここまでは、吉野らの主張と変わりはないか、和辻の特徴はこの後である。すなわち、和辻にとって民本主義の実現は、理想社会たる古代ギリシャ─古代日本の再現という積極的な意味を担っていたのである。和辻は、古代日本の政治体制をことさらにデモクラティックなものとして描くのである。例えば記紀の記述にしばしば「衆議」が登場することに注目し、統一前の地方小国家における「民衆会議」の存在が古代政治体制の出発点として想定され、統一達成後の大和王権における豪族の会議もその発展形態として捉える。統一後の政治組織の場合についても、民衆が会議に直接参加するわけではないにせよ、同じく「衆議」によって政治が行われている点を和辻は強調し、「衆議」に列席する豪族は各地方の人民の代表者であると見なすのである。構図としては近代立憲国家における代議制度と重ねた見方と言える。こうして、和辻は、直接民衆会議によるか、もしくは豪族会議によって間接的に、民意を実現する政治の行われた世界として日本古代を描く。会議を通じての民意=神意の発見に基づいて、天皇はそれが実現されるようはからう。この時、象徴たる君主によって具現された民意の帯びる神秘的な権威は、君主が儀式や高度な文化産物を通じて放つ光と一体ということになろう。

和辻は、この中で三つの潮流を批判している。天皇に対する忠君を国民個人の強制しようとする国民道徳論と、君主の神権を力説する古新道及び民本主義を敵視する国体擁護運動である。和辻の戦略は、政府が思想統制に当たって掲げる日本古来の国体の主張に対し、全く異質な古代日本像を提示して、いわば国体論を逆手にとってデモクラシーを擁護することにあった。つまり、すでに古代日本において民本主義の政治が行われ、その理想を綿々と保持してきたからこそ天皇家は日本国の中心として存続できたと説くのである。さらに和辻は、民本主義を国体の継続の理由と位置付けるのである。

しかし、和辻にとってデモクラシーは戦略上の手段ではなく、それ自体推奨されるべきものであった。言論の自由や政治参加の保証を通じて、心と心の交通が円滑となり、初めて政治社会全体の有機的共同が実現される。デモクラシーは、民意を統治に直結させる回路の機能を果たすだけでなく、政治参加を通じて人と人との真の共同を可能にする倫理的意義を持つ。和辻のデモクラシー観は、デモクラティックな制度の保障する動態的な政治過程よりも、そうした制度が実現する共同性に重きを置くものである。そして、国家が個々人を型で束縛するような思想政策は、この観点からも排撃されることになる。それは民衆の奴隷化をもたらすのみで、真の共同の実現を妨げるのである。和辻は、たとえば教育勅語を利用することにより、天皇の絶対化と忠君の名目化による思想統制を批判した。教育勅語の各論部分に見える普遍的なモラルは思想的立場の違いを越えて通用するものであり、「衆議」の尊重は、天皇を含めて政府は勅語の普遍的な道を尊重するとともに、言論の自由を保障する義務があるということになる。和辻は教育勅語を天皇と政府を束縛するものとして取り上げたのである。ここで天皇が普遍的な道を尊重するということは、特定の政治的立場や宗教の味方には立たないことと同義である。こうした議論は、天皇大権を事実上形骸化させ、議会に直結した内閣の指導性を強調する点で、美濃部達吉の天皇機関説と共通する。

このように、和辻が古い日本を取り上げる際、課題としているのは、政府の思想政策や保守的論客が古代日本を説くのを逆手に取り、自らが読み替えた古代日本のイメージによって、現代のデモクラシーをいかに弁証できるかということなのであった。

« 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(6) | トップページ | 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(8) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(7):

« 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(6) | トップページ | 苅部直「光の帝国 和辻哲郎」(8) »