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2011年6月27日 (月)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(8)

Ⅲ シェリングの実存思想の意義

このようなことから、シェリングの哲学は次のような特徴を有していたことは、容易に判明しよう。即ち、()哲学とは、何故に存在者があるのかという究極的絶望的な問いに答えを与え、人々を救うような、智慧への愛でなければならないこと、()そのために、理性的概念的な思考は一面的なものにすぎないとされ、新たにエッセンチアとエクシステンチアとの対立が自覚され返されたこと、()その際、思考や事物の可能的本質でなく、端的な実存そのものに優位がおかれ、哲学は現実に踏み入らねばならないとされたこと、()だがその実存は、なおドイツ観念論の形而上学的思弁性に禍されて、人間的な単独者の実存ではなくて、実は「絶対的に超越的な存在」「端的に実存するもの」とされ、超越者ないし神の性格を帯びていたこと、その意味で、実存は充分に人間化されておらず、実存の担い手を神に帰する中世の伝統に即しすぎている嫌いがあること、()とはいえ、その存在ないし実存の神性を証明するところに積極哲学の使命があり、それが神話及び啓示を手懸りとしてなされ、具体的にはキリスト教論において存在の神性の自己顕示が証示されること、その点でまさしく智慧への愛としての哲学が完成すること、ほぼ後期シェリングの哲学の特質は、これらの点に尽きていると言っていいであろう。

さて、このようなシェリングの思想は、その講義を聴いたキルケゴールの実存概念の成立に、どのような役割を果たし、またどこに両者の異同があり、このようにして。シェリングの思想は、近代における実存の人間化の過程の中で如何なる位置を占め、どのような隠れた意義をもっているのであろうか。

まず第一に、シェリングは()のように智慧への愛として哲学を考えたが、キルケゴールもまた、宗教的観点から彼の哲学的著作活動を遂行していた。二人とも、巨大な観念論的体系でなく救いを齎す生ける思想を願ったという点で、同じ出発点を採ったものと言うことができるであろう。しかし第二に、だからといって直ちに、両者の思考内容が同じであったのではない。等しく智慧としての哲学を重んじながら、彼らにとっては、その智慧への志向の形式が異なっていた。シェリングでは思弁的理論的態度において試みがなされるに対し、キルケゴールでは人格的にキリスト者となるという実践的態度においてそれがなされた。その志向形式の差は実に二人の哲学の最大の分岐点が潜んでいるのである。そのことは第三に、実存概念の分析に到って、より明瞭となる。シェリングは()()のように、シェリングではエッセンチアとエクシステンチアの差異が厳しく主張され、しかも後者に哲学の課題がおかれたにもかかわらず、しかもその実存は、人間のそれではなく、()のような、いわば神的超越的存在にほかならないのであった。その点でシェリングは、未だ全く観念論の系譜の中に属していた。しかるにキルケゴールにおいては、実存は、単独で、主体的な、しかも有限の、本来性へと志向する人間の、それに他ならないのであり、かつそれ以外の何物でもない。キルケゴールにとっては人格的な苦悶の中でキリスト者となることが重大であり、それ故にこそ実存は、単独の主体的な各自のそれでなければならなかった。しかしシェリングにとっては、むしろ。思弁の中での自然全体のキリスト教における浄福化が問題であり、だから実存は、思惟の外の一切の存在の基底の謂であり、その意味で神性を宿すものであった。まさしくその故に、というよりまさしくそれにもかかわらず、シェリングが実存概念の人間化にとって極めて重要な否定的契機となっていたことが、理解される。というのは、おそらくキルケゴールにとって、同じく智慧を求め、キリスト教を究極としていただけに、なおさら、シェリングの実存概念が、着眼点の正しさにもかかわらず、思弁の中に堕し、超越的なものに変わり、従って真の人格的な現実、逼迫した現実とはなり得なくなってしまっていることが一層真剣に、耐え難かったに違いないのである。このことを第四に、概念化して言うならば、シェリングにおける実存概念は、「観念論的規定」であり、それらは悉く絶対者の規定であり、それらには自己規定の有限性という決定的性格が欠けている。ところが既に、キルケゴールになると、有限性が実存概念から切り離せなくなる。畢竟、シェリングでは、実存は、真に有限的な、その意味で単独者のそれになっておらず、思弁的観念的な意味での神的性格の中に埋没してしまうところがあったのである。それ故にこそまた却って、それが否定的契機となって、キルケゴールの有限的実存の成立ともなったのだとも言えよう。このような意味で、キルケゴールの実存概念の成立の背後には、シェリングの思想が重要な契機になっている。さらに、我々は第五に、そのような限界を持ちながらも、なお実存概念を中心に据えたシェリング哲学そのものを、近世哲学全体の流れの中に放って、その意味を見定めておくことを試みなければならない。そのことによって、更に深く、実存の登場とその性格的刻印を、我々は知り得るのである。一体シェリングが実存というものを強調したのは何故だったのであろうか。それは、旧来の哲学において中心的な位置を占めていた理性が、ものの本質しか明らかにしないという事情に基づいている。その場合、シェリングが理性と呼んだものは、その前後の脈絡から明らかなように、ドイツ観念論における理性のことである。シェリングはカントの批判以来、哲学が、全くの内容のない、物自体にかかわらない純粋合理主義と化し、徒にそれを拡大して、隠してヘーゲルにおける如く、枠を越えてなされた消極哲学に反駁を加え、むしろ智慧への愛を説き、理性的なものが高まるほど、存在への憧憬が溢れて来るといい、存在の主を欲する独断の学、存在を語る学、即ち実在の哲学、積極哲学が構想されるべきだと語るのであった。即ち

シェリングの言う理性学とは、そのまま、近世哲学がデカルト以来辿ってきた意識中心主義的態度に他ならず、彼は、それに全体に対し、それを消極哲学として捉え、新たに、近世哲学一般が取り残さざるを得なかった最も重要な問題、即ち存在及び実存の問題を、改めて哲学の中心に据え換え、以て、近世哲学全体とその意識中心主義に対し、一つの衝撃たろうとしていたのではないか。そして、こう考えてこそ、キルケゴールがシェリングの講義に熱中し、現実性という言葉が発せられたとき雀躍したという事実は、初めて歴史的意義を持ち得る。シェリングにおいて、実存はなお古き枠の中に、思弁的衣装の中に隠されているが、彼において初めて、実存が近世哲学の中で正面から主張され、かくしてキルケゴール的実存否定的契機となったことが忘れられてはならないのである。そればかりではなく、実存が、意識や理性の底の、むしろそれらがよって以て成り立つ所以の、存在という事実性、追い越し得ない事実的先行性と関係を持つこと、そういう性格的刻印をもつことを、我々ははっきりとここで知り得るわけなのである。シェリングにおける実存の主張の意義は、こうした点にまで繋がっている。以て我々は実存概念の近世哲学における位置を量り知ることができるであろう。即ちこれ以後、実存を前面に取り出すということは、意識中心的な概念的処理に抵抗するということを常に含むのであり、そのことによって、意識内在主義を常に超え出てゆく態度を伴うことになるのである。そして事実実存哲学は、この反意識主義を常に繰り返し説きながら、自己の実存分析を深めてゆくが、この根本の端緒が既に、ここにある、とも言えるのである。

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