あるIR担当者の雑感(29)~ IRのニッチ戦略(9)
ここで、唐突ですが、1回脇道にそれて道草をくうことをお許し願います。それは、ほとんど同時にアップした『キュレーションの時代』という新書のことです。第1回のアップでブラジルのジスモンチというギタリストの来日公演を成功させたプロモーターの活動がレポートされています。詳しくは、その本を直接読んでいただくか、このブログで、この前にアップされている投稿を読んでみて下さい。
このジスモンチというギタリストはワールドワイドに通用する音楽性を持ちながら日本での知名度は殆どなく、ただし、高い音楽性に対して一部で熱心なファンがいて、さらに良質の音楽に対して感度の高い音楽ファンには必ず受け入れられるミュージシャンです。だから、マスコミを動員するような従来の画一的なプロモーションは効果が期待できません。そこで、プロモーターはまるで深山に分け入るようにファンの水脈を探し回り、ついには、その水脈を掴み、公演を成功裏に終わらせます。その詳しい内容は、著作を当たってみて下さい。大変興味深く読めると思います。
それを読んでいて思ったのは、株式投資をする個人投資家の中には、従来の網にかかっていない人が、かなり存在するのではないかということでした。ちょうどジスモンチの公演を聴きに来る人の水脈をプロモーターが従来にないやり方で探し出していったように、探せば、そういう人々の水脈に巡り合えるのではないか、と思ったのでした。これに、何か根拠があるのか、問われれば、明白な根拠はありません。しかし、現実を見てみると証券会社は個人投資家を顧客として把握できているでしょうか。大手から中小までひっくるめて、機関投資家のように、ある程度の動向を把握して営業活動ができているとは、どうしても思えません。一部の従来からの得意客以外は、受け身でしか動けていないのでしょうか。また、個人投資家の顧客が多いネット証券にしても、動向を把握して主体的に働きかけるということはしていないで、サービス合戦で個人投資家を呼び込んで、あとは受け身で個人投資家が動いてくれること頼みというビジネススタイルではないでしょうか。あるいは、証券取引所やリサーチ会社でも個人投資家の動きには注目しているようですが、後追いでその動向を追いかけるのが精一杯というところで、誰もが、株式市場の主役の一つとして個人投資家をあげるにしても、その動向を掴めていないというのが現状ではないかと思います。かといって、私が分っているのかと言えば、ここで例にあげた人々よりも分っていないはずです。ただ、ここから明らかに言えることは、従来のやり方では個人投資家とは、どのような人たちがいて、それぞれがどのように動いているかは把握できないということです。
だから、以前の雑感で紹介しましたがIR支援会社で個人投資家に対するマーケティング・データベースを持っているとか、証券会社が個人投資家の顧客データを持っているとか、これらをもとに個人投資家向けの投資説明会を開催して多数の出席がいるということは、実は、個人投資家の一部の人々がかなりの程度で重複してそこに入っているのではないか。極端な例ですが、大学入試で東大の合格者数に対して、各予備校で発表するその予備校から合格した人数の合計数が、その何倍にもなってしまうのと同じです。その意味で、個人投資家を対象にしたIRというのは、個人投資家向けの説明会を行ったり、企業のホームページに「個人投資家の皆様へ」といったコーナーを特に設けて“お子様ランチ(個人的な感想です、嗤い捨てて下さい)”のような説明を行うという定番パターンがあります。それは、さきにいったような一部の重複している個人投資家を単に、取り合っているだけではないのか、という気がするのです。実は、このような定番IRというのか、証券会社の思惑などに惑わされず、自らのポリシーとか情報収集を行っていて投資を続けている個人投資家というのもある程度の数存在しているのではないか、と思うのです。例えば、東日本大震災のあと、建築現場の足場のパーツを製作する会社の株価が上がりはじめたそうです。その会社は、どちらかというと地味で堅実な会社で、ブームとは無縁の会社ですが、見る人は見ているものです。自然と、そういう動きが起こっているのです。では、そういう人々の動向を誰か把握できているか、というとそうでもない。把握できていなければ、そこへのアプローチは当然できていない。というわけです。
そして、先ほど触れたような多くの企業が取り合いをしている個人投資家向け市場で、あとから私の勤め先のような地味な企業が参入しても競争に勝つのは大変だと、思うのです。
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