無料ブログはココログ

最近読んだ本

« あるIR担当者の雑感(33)~ IRのニッチ戦略(13) | トップページ | 佐々木俊尚「キュレーションの時代─つながりの情報革命が始まる」(8) »

2011年7月10日 (日)

佐々木俊尚「キュレーションの時代─つながりの情報革命が始まる」(7)

第2の仕掛けは、場所と情報の交差点をうまく作り出したこと。これにより、フォースクエアは類似のサービスとの差別化を図った。例えばグーグル・ラチチュードは位置情報を通知するサービスを行う。これに対してフォースクエアは居場所としての「位置」ではなく「場所」と考える。居場所を検知すると、その周囲の様々な店や施設などを候補としてリスト表示し、その中からユーザーが選べるようにした。このことで、通知を受けた友人は、例えば「彼はいま渋谷の東急百貨店東横店にいるのか。夕方だし、晩御飯おかずでも買っているのかな」という付加情報を認知することができる。そして、フォースクエアはこの「場所」を単なる施設名や店名として利用するだけでなく、そこに付加価値としての情報を加えることを考えた。つまり、レストランの口コミ情報が掲載される。このような場所と情報の連携というのは、つきつめて言えば、リアル空間とバーチャル空間の連携に他ならない。リアル空間のある一点である「場所」と、インターネットというバーチャルな空間に存在しているコードである「情報」。この二つが接合されるというのは、実は新たな世界の幕明けにもつながっている。フォースクエアのようなサービスは空間と時間とウェブと人間関係を同時に結びつけることによって、バーチャルとリアルの境界線はあいまいになり、例えば、ネットが屋外で人々が活動するための基盤にもなっていく可能性がある。屋外に出て活動しているときにも様々な利用シーンがあり得るという可能性を開いたと言える。似た例で、ニューヨークの「フードトラック」というトラックを利用した屋台が人気を博している。この大きな特徴は、ツイッターやフェイスブックにアカウントを持ってひっきりなしに情報を発信していることである。実はフードトラックの屋台は神出鬼没で同じ場所に屋台を出すとは限らず、そのため馴染み客でも美味しいフードトラックとの出会いは偶然の産物だった。これは一期一会ともいえる出会いで特徴的であったが、ツイッターやフェイスブックに屋台の出没情報やメニューが発信されると、それを追いかけ、客と屋台の持続的関係が樹ち立てられ、さらに客はアカウントに感想をリプライすることができると、今度は会話も成立することになる。このことにより、客とフードトラックの関係性は刹那的な関係から、持続する関係性になっていく。「場所」と「情報」の交差点をうまく作り出すことによって、そこに移動屋台と客の新しい回路が開かれた。その新たな回路こそが、これまでとは異なったフラットな関係性を生み出している。それは常に互いの存在を意識し、「そこにあなたがいるんだ」という存在を確認し合う関係。単なるカネもモノの交換だけでなく、そこに何らかの共感や共鳴が存在する関係がうまれてくる。この持続的な関係のことをエンゲージメントと呼ぶ。これは広告用語で、企業と消費者の間にきちんとした信頼関係を形成し、その信頼関係の中でモノを買ってもらう、広告の世界では、そういう関係性がマスメディア衰退後の世界では非常に重要なことだとここ数年強く認識されるようになっていて、それがエンゲージメントという言葉で呼ばれている。かつてのマスメディア広告の世界では、消費者と企業の関係は「与えられた関係」で、絞られた情報が、消費者にはテレビ、ラジオ、新聞や雑誌というわずかな媒体の前で、向こうから流れてくる大波のような情報を受け入れるだけであった。そうした一方的な情報の流れしか存在しないところでは、一方的な関係性にすぎず、消費者の側が能動的に選択する余地はなかった。しかし、ソーシャルメディアを介してつながる企業と消費者の関係は、持続的にものへ変わっていく。どのフードトラックをツイッターでフォローするかという選択は消費者の手に委ねられ、そこでフードトラックの情報をただ得るだけなのか、それともリプライして会話をやり取りし、より強い紐帯を持とうとするのかについても消費者は選ぶことができる。勿論企業の側も、どこまで消費者と個別に付き合うかというのは自由な選択として用意されている。つまり、互いにとって自由なエンゲージメント(契約)ということになる。そこにはフラットであるけれど、互いに尊敬する関係が生まれてきている。

エンゲージメント言う関係の中では、「個人か企業か」といった「誰が主体なのか」という枠組みは融解していくことになる。言い方を換えれば、企業も個人も一人の独立したキャラクターとして人格を持って語らなければ、エンゲージメントを誰かと生み出すことはできない。自分の言葉で語っている存在だけが、お互いにエンゲージメントによってつながることができるということなのだ。例えばツイッターは、そうした「自分の言葉で語っているかどうか」ということが非常に重要視される世界だ。企業で公式アカウントを取得しても、無味乾燥な公式コメントのようなツイートばかりしていては、フォローしてくれる人はごくわずか。逆に、短い140字の向こう側に温かみのある人の存在を感じられる企業アカウントに対しては、多くの人が愛情を抱き、結果的にたくさんのフォロワー数となって現われる。だからエンゲージメントに必要なのは、マイメディア広告のように強引に情報を送り届けることではなく、そこにコンテキストが共有されるような場を作っていくことが大切なのだ。そしてそのような場に、「情報を流す側」「情報を受け取る側」という固定された関係性ではなく、主客一体となって互いに情報を交換する関係性を作っていくことだ。そうした場は情報を配信する側によって一方的に作られるのではなく、使用飛車と企業の相互の了解のもとに、場は生み出される。つまりは、消費者の側が一定の積極性を持ってそこに参加し、そこで企業に対してエンゲージを求めるという「行い」が必要になって来る。ここで、話はフォースクエアに戻る。

« あるIR担当者の雑感(33)~ IRのニッチ戦略(13) | トップページ | 佐々木俊尚「キュレーションの時代─つながりの情報革命が始まる」(8) »

ビジネス関係読書メモ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« あるIR担当者の雑感(33)~ IRのニッチ戦略(13) | トップページ | 佐々木俊尚「キュレーションの時代─つながりの情報革命が始まる」(8) »