本田雅一「これからスマートフォンが起こすこと」(4)
第3章 次世代通信インフラとクラウドからの招待状
スマートフォン受け入れ、自在に振る舞うことができるようにした要因が二つあり、これらがデジタルワールドに大きな地殻変動を引き起こした。ひとつは通信帯域の拡大、高速化であり、もうひとつはクラウド・コンピューティングの進展だ。
スマートフォンは基本的にデータ通信量を節約する努力を全く行わない。携帯電話ネットワークが通信帯域の広い3Gへ移行したことによって、はじめてスマートフォンのサービスは実用的になった。しかし、3Gでもスマートフォンの動作には不十分なのだ。パケット通信の定額プランがなければユーザーは間違いなく高額の利用料を払えなくなる。しかし、その一方で通信会社の立場に立てばスマートフォン向け定額データ通信プランを提供することは大きなリスクをはらんでいる。きちんと計画通りに準備を進めてきた基地局整備が、野放図な通信の輻輳で破綻する可能性があるのだ。スマートフォンの増加により3G回線の限界が顕在化するのは時間の問題だ。このため携帯電話事業各社は、次世代に移行を行おうとしている。これがLTE(ロングタイムエボリューション)無線通信の世界において世代が違うことの意味は、通信時に必要な符号化処理を行う際に、利用できる計算能力の違いとして表現すると分かりやすい。より高性能な信号処理チップを使うことで、より高度な信号処理を行い、通信の効率を高めることができる。効率が高まれば、同じ電波帯域でも通信速度が増えるという理屈だ。しかし、ここまで通信帯域を拡張しても限界がやってくるのは、そう遠くない。スマートフォンのシェアと本体理処理能力が高まるため、通信量は二次曲線を描いて膨らんでいくことが確実だ。このようにスマートフォンの普及が次世代モバイルネットワークへの投資を後押ししていることは間違いない。
通信ネットワークと同じように、スマートフォンの成立を支え、価値を高めているのがクラウド・コンピューティングである。スマートフォンは、いわばクラウド時代のパソコンと言っていい。従来のパソコンは、高い処理速度がその価値のすべてだった。高速な処理が行えるパソコンほど、高度なアプリケーションプログラムを動かすことができたからだ。この常識からすると、サイズが小さくバッテリ容量も少ないスマートフォンからは、携帯性が高いという以上の価値を引き出すことはできない。しかし、クラウド・コンピューティングがこの常識を変えた。クラウド・コンピューティングとは、インターネット上に分散配置されているサーバを、大きなひとつの仮想コンピュータとして活用しようという考え方だ。クラウド・コンピューティングというスタイルでは、無数のコンピュータを無数のユーザーが無駄なく共有し、処理の負荷や記憶装置の利用率を高めることができるため、コストが大幅に下がる。コストが下がったことで、大容量のデータをインターネット上で安価かつ安全に預かってくれるサービスが生まれ、大容量のメールを無料で使えたり、グーグル・アースやマップを無料で提供しているというのは、すべてこのクラウド・コンピューティングを前提にしている。このようなクラウドの向こうで、コンピュータを提供しているのは、例えばアマゾンのような大量のサーバを必要としている企業だ。アマゾンにとって情報処理のピークはクリスマスシーズンであり、それに合わせたサーバ投資が必要であるものの、クリスマス以外の時期はサーバの処理能力は明らかな余剰であり、これをクラウド・コンピューティングの提供者として他社に販売しているのである。余剰パフォーマンスだから提供価格は抜群に安い。現在、アマゾンは世界最大のクラウド・コンピューティング業者になっている。このようにクラウド・コンピューティングによって記憶装置のコストが安くなるなら、それを効率よく利用するサービスを考えればビジネスになる。そして、スマートフォンをはじめとするスマートデバイスも、クラウド型サービスがあるからこそ成立する製品だ。クラウドの中で価値を生み出し、その価値をインターネットを通じて利用することにより、軽量コンパクトでバッテリ駆動時間の制約を乗り越えて、まるでパソコンのように柔軟で多彩な使い方ができる端末が生み出された。
このような環境のなかで、スマートフォンが生み出したコンピューティングのスタイルを前提にした新しい製品、新しいサービス、新しい文化が生まれ、広がり、環境を変えていくだろう。例えば、エバーノートのようなアプリケーションである。エバーノートは、インターネット上のサーバーにあらゆる情報を集約して置いて、オフィスや自宅や滞在先のパソコン、あるいはスマートフォンやタブレット等の不特定多数の端末から、ノートの閲覧や書き込みを自在に行うことができるサービスだ。似たようなサービスは無数にある中で、エバーノートの特徴は「同期を行う」という概念を排除している点だ。例えば、パソコン上やスマートフォン上でメモを書き込んだとして、その際にパソコンやスマートフォンがネットワークに接続していないとしても、それはそのまま保存される。そして次にエバーノートを開いたとき、ユーザーがその時使っている端末に保存されたメモが読み込まれ表示される。オンラインとオフラインを意識せずに使用できるというわけだ。
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