池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(3)
第2章 スチュアート・ブランドとコンピュータ文化
第1章で概観した動きの原点として考えられ、PC/ウェブ文化を用意したと言われるスチュアート・ブランドとその時代を見てみたい。スティーブ・ジョブズは若いころのバイブルとしてWEC(Whole Earth Catalog)に触れている。
WECはカウンターカルチャー全盛の1968年にスチュアート・ブランドによって創刊された、ヒッピー向けの雑誌である。ヒッピーが目指した「意識の拡大」や「新しいコミューンの開始・維持」に繋がるような情報や商品が多数掲載され紹介されてきた。そうした情報や商品はいずれもコミューン生活を支えるための「ツール=道具」として捉えられてきた。この各種ツールへのアクセス方法を示しているところが今日のグーグルのようだという評価に繋がった。具体的なモノだけでなく方法や考え方も等しく「情報」として同一誌面上に掲載されるような編集方針が、今日のウェブを想起させ、このような編集方針によって様々な人や情報がこの雑誌の周辺に集まるようになり、情報のハブ的な役割を果たしていく。
この編集者であるスチュアート・ブランドは、情報の集約者というタイプではなく、ある考えのプロモーター(奨励者)でありアドボカシー(説得者)であると言えた。そうした彼の下に使徒とよべるような編集者やジャーナリスト、学者、そして熱狂的な読者が付き従い、伝説的な存在へと祭上げて行ったと言える。
ブランドは1972年にRolling Stone誌に“Spacewar”という記事を寄稿している。LSDとPCを同一線上に置くことで、サイケデリックとサイバネティックスという本来なら語源を異にする二つの言葉を、音韻的な類似性を含めて関連付け、互いに誤読する通路を開き、人間の意識の変革を示すような事態を指し示す接頭語としてcyberという言葉が使われる状況を生み出し、「サイバーな文化」に、カウンターカルチャー的なインスピレーションを与えたのだった。その記事の中でブランドはスタンフォード大学のAI研究所やXeroxのPARCで研究者たちがコンピュータ通信を介してSpacrwarというゲームに興じている様子を伝えた。それにより、それまでコンピュータと言えば中央制御型でトップダウンの巨大権力機構の象徴のように捉えられていたイメージを180度転換させ、むしろ、個々人の創造性を刺戟し中央制御型の管理機構に対抗(=カウンター)するためのツールとして位置付けて見せたのだ。この記事は、コンピュータをカウンターカルチャーに結びつけ、その傍らでコンピュータゲームと、初期のインターネットとハッカーといった今日のPC/ウェブ文化の要素を一通り紹介してしまった不思議な記事といえる。
この記事で紹介されていたSpacewarに興じるハッカーたちが利用していたのがARPANET(The Advanced Research Projects Agency)だ。ARPANETは、冷戦下の核攻撃による通信破壊=連邦政府機能の事実上の停止、という恐怖の想像力に応じて生み出されたものだ。二点間を直接つなぐ電話網の脆弱性の克服が開発初期からの目的であったため、実際に採用されたのは効率性よりも畳長性を重視する分散型のネットワークだった。そのため。当初からパケット方式が利用できるデジタルネットワークとして設計された。さらにネットワークの一部が破損しても容易に復旧できるように、ネットワーク同士の通信ルールであるプロトコルを定め、プロトコルさえ遵守すれば新たなネットワークの接続が容易にできるようにした。民間開放後、世界中で相互に通信可能なネットワークとして拡大し、中央制御されぬまま今でも増殖を続けている。
当時の有名なハッカーにビル・ジョイという人物がいる。彼は、後にサン・マイクロシステムズの創立者の一人となるのだが、その前にカリフォルニア大学バークレー校でワークステーション用OSを開発していたチームに後のグーグルのエリック・シュミットがいた。サン・マイクロシステムズは、ネットワーク全体が、巨大で、かつ常に増殖していくコンピュータとしてあるという考え方で、これが基本的には今日のクラウド・コンピューティングに繋がる。エリック・シュミットはこのような系列につらなる。これはアップルのスティーブ・ジョブズが個人のコンピュータ利用に一貫して関わってきたのと対照的だ。シュミットもそうだが、ネットワーク開発者の発想は、常にネットワーク全体を意識する。そして、ネットワークに接続する利用者の多様性に思いを巡らすという、ある意味「生態系」的発想に近い。
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