佐々木俊尚「キュレーションの時代─つながりの情報革命が始まる」(12)
アウトサイダーアーティストの表現は、キュレーターによりフィルタリングされ、そこに新たなコンテキストが付される。その新たなコンテキストによって、インサイダーとアウトサイダーのセマンティックボーダーは拡張され、新たな血がつねにインサイダーの中へと流れ込んでくる、これがアートを活性化させていくということなのだ。それと同じように、我々の世界の膨大な情報のノイズの海から、それぞれの小さなビオトープに適した情報は、無数のキュレーターたちによってフィルタリングされていき、それらの情報にはコンテキストが付与され、そのコンテキストがキュレーターによって人それぞれであるがゆえに「何が有用な情報なのか」というセマンティックボーダーはゆらいでいく。そのゆらぎこそが、セレンディピティの源泉となる。美術のキュレーションと異なり、ソーシャルメディアにおけるキュレーションは、無数のキュレーターと無数のコンテキストによって常に組み替えられていく。だからこそ、セマンティックボーダーが常に新鮮であることを約束させられているということになる。ソーシャルメディアには無数のキュレーターが存在する。ツイッターには様々な分野で影響力のあるユーザーがそれぞれのフォロワーに情報を流し、ミクシィやフェイスブックには様々なコミュニティが立ち上がってきている。ブログにはそれぞれの分野に興味ある読者が固定されている。そういう複雑な山脈のようなソーシャルメディアには、様々な尾根、谷、テラスにそれぞれのビオトープがあり、そうしたビオトープに膨大な数のキュレーターが存在していて、それぞれに生息している人々に向けて日々情報を流し続けている。そこでは無数のキュレーターと無数のフォロワーが、日々接続を繰り返しながら情報の交換を行っている。
これは社会の関係構造が大きく変わったことに対応したものだ。以前の経済成長をバックにした「いつかは誰でも豊かになれる」という幻想を持てた時代では、360度の関係性という家族、会社、国家というような同心円的な共同体のピラミッド的な秩序に丸抱えで依存していた。例えば、学卒で企業に入社し、年齢とともに肩書があがり、乗用車もカローラからコロナ、クラウンへと乗り換えるというような人生プランが描けた。決まりきったような人生だけれど、その中に漬かっている人には安心感があり、繭にくるまれたように住みやすい場所であった。これは「言葉を口にしなくても分かり合える」ような暗黙的な関係性の社会であって、このような「暗黙」を支えていたのが、新聞やテレビ等のマスメディアによって作られた共同幻想だった。同じテレビ番組やCMを見て同じ商品を購入することでたったひとつのメディア空間に国民全員がくるまれ、それが暗黙的な相互理解の礎になっていたと言える。そこでの、「業界」や「会社」あるいは「営業部」といった共同体はそれぞれ同心円的な囲い込みを進めタコツボ化することになる。
しかし、現在では会社や業界のような、自分を繭のように包んでくれるようなコミュニティなど存在しないことは明白になった。その代わりに我々の社会の人間と人間の関係は多層化し、多方向化し、複雑な山脈のように構造が変化してきている。我々は、もはや「同心円」的な関係性ではなく、もっと「多心円」的な関係の中に生きている。関係は無数に立ち現われては消え、つねにアドホックなに存在する。そうした人と人との時々の新鮮な関係はつねに確認していかなければならない。つまりは明示的な関係へ変わりつつある。
マスメディアが支援する暗黙的で同心円的で自己完結的な関係から、ソーシャルメディアが支援する、明示的で多心円的で不確定な関係へ。このように我々の関係は変化してきている。自己完結的な閉鎖系は、情報の流れを固定化させ、そしてまた情報が内部の法則によってコントロールされてしまうことで、硬直してしまう。この硬直は、同心円的な戦後のムラ社会には都合がよかった。しかし、グローバリゼーションの中でアウトサイドの世界が変化していっているとき、こうした情報の硬直化は間尺に合わなくなってきている。一方で、ソーシャルメディアの不確定に情報流通は、外部から情報が流れ込み、セマンティックボーダーが常に組み替えられて、それによって内部の法則が次々に変わっていくことで、常に情報に「ゆらぎ」が生じている。絶え間なくセマンティックボーダーは組み替えられて、固定されない。そこがマスメディアによる閉鎖系によって硬直化していた情報流通が再現性を持っていたのと、全く異なり、ソーシャルメディアの中の情報は、決して二度と再現しない「ゆらぎ」とともに流れている。ということは、ソーシャルメディアでの情報流通とつながりは、つねに「一回性」というただ一度の出会いの中にある一期一会なのだ。
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