池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(4)
一方、1968年にダグラス・エンゲルバートによるコンピュータシステムのデモンストレーションが行われた。このデモにWECのブランドはプロデューサーとして参加している。このデモは、デスクトップコンピュータの有り様を示したという点で先駆的で画期的であった。エンゲルバートの意図は、それまでの中央処理型(メインフレーム)のコンピュータのイメージを刷新し、コンピュータとの対話を可能にし、また、コンピュータを介して複数の人間が共同作業を行えるようなコンピュータシステムを構想し直すものだった。そのためには個人がコンピュータを容易に使えることが不可欠で、例えば、コンピュータへの入出力方法として、マウスなど今日のPCの利用ででは当たり前となったものが提案され、後のPCの雛型となった。同時に、このデモは現代風のPCを駆使したメディア・プレゼンテーションのスタイルの先駆けとなった。これはブランドがヒッピー運動のLSDフェスティバルでの経験を生かしたものだった。
このデモに大きな刺激を受けた人の中に、アラン・ケイがいた。彼はこのデモに触発されパーソナル(個人利用)コンピュータを考案し、Xerox PARCで開発されたAltoという実験機を製作する。デスクトップというメタファー、マウスを用いてアイコンを操作するタイプのグラフィカル・ユーザー・インターフェイスをそなえたもので、後にスティーブ・ジョブズによるマッキントッシュ開発の原型となるものだった。ケイは、さらに進めて、コンピュータをメディアと捉えるダイナブックを構想した。タブレット型の形状やタッチパネルによる入力方法まで含めて、現在のiPadで実現されようとしているものだ。
このネットワークとパソコンの両方の一大転機の現場に居合わせたことで、ブランドは第一線のコンピュータ開発者へのアクセスを確立し、カウンターカルチャーの経験を含めた幅広い文化的社会的関心からコンピュータの開発状況を分析し位置づけ紹介していった。そのような立場をとることで、ブランドとWECはコンピュータ文化においても重要な媒介者になっていく。
また、ARPANETは90年代まで政府予算の許で運営され続け、一般人の利用は難しかった。その代わりに電話網を介したPC通信を一般PCユーザーが利用することになる。その当時、ブランドはPC通信フォーラムであるWELLを設立する。WELL(Whole Earth ‘Lectric Link)はオンラテンコミュニティの先駆けで、WECのオンライン版として企画され、WECがイメージしていた「新しい生活共同体=コミューン」の電子版として立ち上げられた。ここでは直接的にカウンターカルチャー時代のコミューン志向を継承していた。つまり、自分の意志でその集団への参加を決め、情報や意見の交換はボランティアベースベースで進めた。またカウンターカルチャー的な「解放の精神」を体現するために、もっぱらハンドルネーム=偽名によりコミュニケーションが行われた。電子の広場としてWELLは、同好の士によって幾つもの趣味や関心の集団を形成し、ウェブパブリッシングの孵化器ともなった。さらに、ブランドはピーター・シュワルツとともに企業向けのコンサルティング・ファームを立ち上げた。シュワルツはシナリオプランニングという未来の見通しをいくつかのシナリオとして提示するもので、ゲーム理論やORを駆使したシミュレーションとしての発想である。この手法は社会科学における計量化方向を決定づけた。そして、ブラントが培ってきた人的ネットワークに結び付けられ、企業人と学者、ジャーナリストの知的交流を深め、そのプロセスで企業人の発想を変えていった。当時、80年代のアメリカはリストラの時代であり、企業経営そのものをスリム化し、水平化していくことが試みられようとしていた。ここで、ブラントらが用いたフォーラムというネットワーク形態が生み出したアウトプットだけでなく、それが生み出される場に当の経営者が実際に居合わせアウトプットを生み出すプロセスを体験することが、ネットワーク化された、水平化された、組織への移行への意思決定を促していった。この結果、企業組織は分散化の形態をしこうすることなり、ネットワークの活用を前提とする点で情報産業には、プラスになるものであった。
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