あるIR担当者の雑感(32)~ IRのニッチ戦略(12)
どんな情報をどのように伝えればいいか、という、本当はここからが本番なのです。
対象にしようという人々は、個々に自分のポリシーを持ち、独自のポジションで投資判断をするという人々でした。
このような人の典型として、私などがイメージするのは、“オマハの賢人”ウォーレン・バフェットです。彼は自分にとって身近で理解できる製品や事業に対象分野を限って(だからITバブルのような流行には乗らない)、アニュアルレポートを読みくだいて経営者の資質を見抜き、長期的な投資を行います。証券会社や企業からの売り込みは幾多もあるのでしょうが、自分で納得した企業に投資をするという態度を崩していません。(実際のところは、それだけではないのでしょうけれど)このような人たちは、短期的なブームとか、他の人の動きに追従してとか、証券会社の営業施策に乗ってとかいったような誘いは、あまり意味がないのではないか、と思います。おそらく、自分なりの投資基準を持っていて、対象をじっくり見定めて、自らのポリシーに照らし合わせて納得したうえで、中長期的な投資をするというのが、私のイメージするところです。
これは、背理法的な考え方になりますが、私の勤務先のような一応の潜在力はあるものの業績的にはパッとせず、ブームにもなりにくい。また中小型株なので株式の流通性が低く短期的な売買で利ザヤを稼ぐようにデイトレーダーの対象にも入りません。当然、証券会社などでも進める旨味がない。ということになれば、株を買ってくれそうなのは、会社に将来性を見て長期的にじっくり見てくれるような人以外には、あまり選択肢が残されていないわけでもあります。
ということで本題に戻り、そのような人々に対してどのような情報をどのように届けるかを考えてみます。前のところで、このような人々は、自分なりの基準を持ち、じっくりと考えた末に納得したうえで投資をするのではないかというイメージを述べましたが、彼らが納得する際に決め手となるようなもの、情報を届けるということでしょう。と簡単にいいますが、それでは抽象的すぎます。では、具体的には、何がそれにあたるのか。多分、これだという決まったものはないでしょう。というと肩透かしのような答えになってしまいました。というも、このような人々は、自分なりの基準を持っているでしょうから。この自分なりのというのは、一様のではないはずです。つまり、人それぞれのわけで、これだという一発にはそぐわないものです。
とは言うものの、何か手がかりでもいいから、ないでしょうか。とはいっても、このような人々が、本当にいるのか、いるとしたら果たしてどこにいるのか、ということも、そもそも分らないところで議論を始めているわけですから、雲をつかむような話です。ここで、ヒントというのか少し寄り道をして、以前触れた『キュレーションの時代』(いま、このブログで別に連続してメモを掲載していますが)の中から抜き出すと、多くの情報が流れ、社会の以前からの暗黙の秩序が崩れ、フラット化の現象が生じてきている現代では、いうなれば個人に解体されるわけですから、人が物を買うということについても、意識がかわり、みんなが買っているから追従するとか、ステイタスとしての価値を重視するといったような社会的な共通の慣行に流されるような消費は後退し、当人にとっての機能、つまり本当に役に立つとか、個人の満足のためという消費に方向と、解体された個人が従来の紐帯は求められないとしても個人では生きられないのだから人とのつながりをどうしても求めざるを得ないのだから、新たなつながりを求めていく、そのときに関連するような消費が生まれるということ言っています。例えば、それは眼鏡が好きでたまらない眼鏡店主やおいしい料理を食べてもらうことに苦労を惜しまない料理人に対して、その人を信頼することに基づくような消費という例を挙げています。
翻って、もし、仮に、私が、この会社に投資するとしたら、何が決め手になるでしょうか。業績の推移や、経営計画の数値などは当然頭に入っていますが、それだけで投資を決めるということにはならないでしょう。業績と言っても過去のことですし、経営計画といっても今の時点ではいくら精緻にたてても絵に描いた餅に過ぎません。結局、絵に描いた餅を、現実の餅として美味しい焼き餅にできるのは、どこまで企業が本気かということで、それは経営者だったり、社員の雰囲気だったり、あるいはキーマンにこの人がいる、ということだったり、ではないかと思います。まあ、私は内部の人間なので、会社のことをよく知っているということを割り引く必要もありますが。俗諺ですが、“企業は人なり”といいますが、そういうことなのかもしれません。
これは、ひとつのお話として聞いてください。企業の始まりというのは様々なパターンがあると思いますが、ある人が企業こころざし、ベンチャーを立ち上げようとします。そのための資金を投資してもらおうとベンチャーキャピタルや投資家に、事業計画だの、目論見だの、を説いて回るわけですが、それらに裏付けとなる実績とか根拠があるかといえば、それはやはり絵に描いた餅なのです。結局は、その本人という人間を信頼してもらうということではないでしょうか。いってみれば、新興宗教というのか、悪く言えば詐欺一歩手前といってもいい。投資する方だって、イチかバチか(失礼!)、に近いのではないでしょぅか。少し偽悪的な言い方になりましたが、功成り名を遂げた名経営者と言われる人たちには、どこか胡散臭いというのか、多少のハッタリのようなものが多かれ少なかれ、感じてしまいますし、その結果である大企業にしても、投資対象として見た場合には、今でも、そういう要素があるように思えてなりません。これは、私の個人的な偏見かもしれませんが、私の考える株式投資というものには、どこかで、そのような要素があるように思えるのです。そして、この点で成功するか否かは、投資家の直観というのか、嗅覚のようなもののようなかもしれません。
話を元に戻しましょう。ここで述べたような投資家のアンテナに引っかかるような情報は、どこにでも転がっているものではなく、多分、情報発信をする当の企業にも分っていないものかもしれません。わたしも、直観力を持った投資家というのではないので、実際に企業が自覚的にそういう類の情報を出しているということなどは、分かりません。ということで、堂々巡りの議論に陥りそうなので、次回の議論に送ることを、お許しください。
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