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2011年8月

2011年8月31日 (水)

下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(2)

第1章 世界金融危機と自動車産業

2009年の米国のビック3の凋落について、金融危機は直接の原因ではなく崩壊を加速させた要因に過ぎない。直接の原因は、ビッグ3の戦略と現実のビジネスへの取り組みに大きな問題がありながら、それらを解決しないまま放置してきたことにある。そこで考えられる原因は、第一に製造業の原点を忘れ、短期的利益と金融、M&Aによる浮利の追求に没頭したことにある。特にGMにこの傾向が強く、GMは、多分にその販売金融子会社であるGMACの金融収益と、それがもたらすキャッシュフローに負うところが大きかったのである。第二の没落の原因は、製品戦略の誤りである。ビッグ3は、ライトトラックにその経営資源を集中しすぎて、製品開発の基本である乗用車の開発に手を抜いたことが上げられる。ライトトラックは利幅が大きく、その製品コンセプトがフレームシャーシを多用し、モデルチェンジサイクルも長いので、ひとつのプラットフォームを長く共用でき、台当たりコストも安くつくという利点がある。しかし、ガソリン価格が値上がりし、環境意識の高まりとともに価値観の変化が起こると、高価格の故もあり売れない商品となった。またこれは、乗用車の基本であるエンジンとプラットフォームの進化を停滞せしめることを意味し、全体としての製品開発力の低下を結果として招いたのである。さらに第三の没落の原因として、ビッグ3により環境技術の軽視が上げられる。第四点として指摘されるべきは、アメリカの経営にありがちだが、美麗で華々しく見える戦略の立案やIT技術の活用は進んでいながら、日常的レベルの工場改革、特にフレキシブルな工場の建設や多能工の育成、あるいは改善活動を軽視したために、生産技術や研究開発における進化能力が停滞していたことである。いくら立派に見える戦略を立案しても、現場の進化能力が伴わなければ、それは絵に描いた餅に等しい。第五点としてあげられるのは、かねてより言われるレガシーコスト負担の問題である。以上の五つの要因に加えて、グローバルM&Aの大失敗がある。つまり、自らの競争力を高めるための基本的な努力を怠ったまま、1990年代当時のキャッシュフローや株価の好調を過信して、単純な規模拡大たけを追求するグローバルM&Aやマネーゲームにうつつをぬかし、いうなれば。M&Aの大博打を打って経営資源の浪費をしてしまったのである。

一方、グローバル市場で快進撃を続けてきた日本の自動車産業は、世界同時不況のインパクトの直撃を受け、大多数のメーカーが、一挙に赤字経営に転落する異常事態に見舞われた。これは、日本の自動車メーカーにとって、輸出および現地生産車の最大マーケットであり、最大の収益源であった北米市場の急速な縮小によるところが大きい。それと同時に、欧州市場や新興国市場でも、世界同時不況の影響で需要が激減した。おまけに、ごく最近まで為替レートが安定していたのが円高になり、輸出をすれば赤字が増えてしまう構造に転化した。こうした市場の急激な縮小は、一般の予想を超えたものではあめが、日本の自動車メーカーが、北米市場におれる信用収縮の影響を過小評価し、ビッグ3の戦略や経営の大失敗を横目に拡張投資と増産に拍車をかけたことが、急激な赤字を加速する原因になった。

2011年8月30日 (火)

下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(1)

序章 自動車産業を取り巻く状況

2008年9月の「リーマンショック」による金融危機の影響は自動車産業にも及び米国の3大メーカーの経営が危機に陥った。一般には金融危機の広がりが実体経済、つまり製造業にまで及んだと言われがちだが、すでに世界の自動車産業はグローバルな金融秩序と信用秩序の中に組み込まれ、今日までの先進国中心の莫大な自動車需要それ自体が、これまたグローバル信用経済のバブル化現象に支えられて発展してきたのである。そのグローバルな信用経済が、リスクヘッジ金融商品の乱発とツケ回しで破綻し、最後のツケを政府・国家機関に回すという構図になっている。そのツケ回しが、グローバルに同時多発的に起こり、その後始末に政府・国家機関と各国中央銀行が忙殺、狂奔させられているというのが実情である。

1998年のダイムラークライスラーに象徴されるような先進国主体のグローバルM&Aによる世界的再編が進められた。しかし、このグローバル化は華々しい効果を上げられず竜頭蛇尾に終わった感は否めない。これは、世界の自動車産業の将来を考える上で大きな教訓を残している。というのはグローバルM&Aによる世界的再編成という基本的発想そのものが、考え方によっては20世紀型の大量生産、大量販売、大量消費を基本とした古い産業パラダイムの延長上に成り立つものであり、もはや時代遅れと言えるからである。その点からすると、これは世界の自動車産業の、21世紀にふさわしい新しい産業パラダイムへの大転換の予兆であると見えなくもないのである。

ではその産業パラダイムの転換の意味するものは何であろうか。まずいえることは、世界の自動車産業が、日米欧が互いに成長を競い合う先進国市場覇権の時代から、世界の中で最も成長性が期待される中国、インドなどアジアの自動車産業の新時代へと転換しようとしていることである。ただしここで注目すべきことは、これらの地域の人口が桁違いに多く、自動車産業の新たな成長の主要舞台となるという意味でアジア新時代が訪れるのではなく、アジアがこれからの自動車文明を変えていく質的変化の舞台となる意味を持つということである。

つまり、これまて゜の先進国主体の成長モデルの引き写しではなく、その様相を異にしていることに注意する必要がある。社会システムや交通体系、そして先進国の自動車文明の凝縮した経験の蓄積を移転するだけでなく、その上に立つ新たな環境文明を創造していく主要舞台となる可能性が高いと思われるからである。

2011年8月29日 (月)

あるIR担当者の雑感(46)~アナリストレポートを書いてもらえた!

今週、あるセルサイド・アナリストの方が、私の勤め先のレポートを書いて下さいました。ちょうど数日前にアナリストにレポートに書いてもらうことに触れた書き込み(あるIR担当者の雑感(45))をしていたので、偶然というのか、タイミングに苦笑いしているところです。それ以上に、レポートを書いていただけたということの喜びを噛みしめています。以前から何度も触れていますが、私の勤め先はB to Bの堅実だけれど地味なメーカーで株式の時価総額や市場での出来高も少ないので、市場での注目度は低く、注目度以前に知られていないという会社です。業績も取り立てて急激に伸びているということでもないので、アナリストレポートが書かれたというのは、ここ数年ありませんでした。

今回レポートを書いてくれたアナリストの方は、10年近く私の勤め先を見てきてくれた方で、ここで、遂に書いていただけたということになりました。レポートを書いていいだけこともさることながら、よく、これだけ長い間、私の勤め先のような地味な会社を追いかけていただけたと、思います。というのも、今回レポートを書いてくれたのは一つの形となって残ったものですが、それまでは、そのような形も残らなかったにもかかわらず、時間と手間をかけて私の勤め先の説明会に出席したり、会社を取材で訪問したりしてきたわけですから。その執念というのでしょうか、これと狙った獲物は放さないというような凄みのようなものも感じています。

企業でIR業務をやっていて、アナリストにレポートを書いてもらうというのはたしかに一つの目的ではありますが、有名な大企業や市場で注目度の高い企業であれば、それを目的として、実際に複数のレポートが書かれるので、目標に対して達成度も測れるというものです。しかし、私の勤め先のような会社では、レポートを書いてもらうことを目標にうたっても書かれるかどうか…という状況なので、あまり大声で言い難い。実際に、レポートが書かれて、それを読んでみて、あらためて、「オレの会社も捨てたものじゃない」と思ったのでした。IR担当者として恥ずかしい限りです。

で、先日の書き込み(雑感(45))ででも触れていましたが、株式を上場している会社は限られた例外を除いてアナリストレポートを書いてもらっている会社ではないのです。その辺りの事情を限られた例外に入っていない上場会社の担当者の立場でお話ししたいと思います。

まず、上場会社に対してアナリストの数が全部をカバーできるほどいないということが上げられます。アナリストにしてみれば、追いかける企業の数には限界があります。4000社近くある上場会社をいくつかのセクターといわれる部門に分けて、アナリストもそれぞれにそのセクターによって自らの守秘範囲をもっています。その守備範囲の中でも会社数は多い。しかし、セクターごとにアナリストは何人もいるのだから手分けすればカバーできると言われるかもしれませんが、セクターの全体の動きや傾向を押さえていなければ、セクターの個々の会社は分析できない。だからセクターのリーディングカンパニーを追いかけなくてはならない。また、アナリストも投資家に推奨できる会社の情報を教えるというようなお客さんがいる商売でもあるので、優良な銘柄やお客さんが求める会社の情報は提供しなければならない、ということで、セクター内でも沢山のアナリストが追いかける会社と見向きもされない会社に分かれることになります。と言ってもアナリストどうしでも証券会社の競争もあり、他が未だ見つけていない良い銘柄を見つけたりすることで、競争していたりするわけです。

ここで、セクターのリーディングカンパニーや優良銘柄、あるいは投資家が情報を求めてくるような会社は、さっき言った例外に入る会社です。こういう会社は決算説明会をすれば出席者は多いし、決算ごとに定期的にレポートが書かれます。それ以外の会社は、極端にいえばアナリストが他のアナリストに先駆けてその会社の可能性を見つけ投資家に推奨することで差別化をはかろうとする対象となる会社と言えます。実際には、そんなに単純化して区別できるわけではありませんが。ここでは、議論を分りやすくするために極端に単純化しています。

これも単純化していますが、人によって様々なのですが、だいたいのところアナリストもセクターの企業を扱う際に分類しています。それは常時レポートを書いている会社、このレポートを書いている会社の中でも、何段階のニュアンスにより段階分けされているようですが、私の勤め先は、ここには入ってこないので、一緒くたにします。このような会社をアナリストによりカバレッジされていると言われることもあります。正確には、レポートを書かなくても注目してカバーしているのでカバレッジということもありますが。いくつかの会社のホームページでカバレッジされているアナリストを公開しているところもあります。

そして、それ以外の会社のうちレポートは書いてはいないけれど追いかけている会社です。これは、会社自体に体力があったり、将来可能性があるのをアナリストが注目しているのだけれど、未だ本格的な成長になるにはかなり時間がかかるのだったり、どこか気になる問題があったり、タイミングを逸してレポートが書けなかったりとか、何らかのネックがあってレポートが書けないでいるけれど、レポートを書く会社になる候補の会社です。そして、その下にそういう段階には至っていないけれど興味は持っていて、情報があれば取敢えずはプールして追いかけてはいる会社です。それ以外は、未知の会社か興味のない会社ということになります。

私の勤め先は、何とかアナリストが興味を持つ会社か、あるいは追いかけている会社になろうとIR活動をしているわけです。

だから、ひとくちにアナリストにレポートを書いてもらうという目標についても、会社の市場でのポジションによって、目標のニュアンスが変わってくるのです。だから、具体的戦術レベルでいえば、それぞれのポジションにより目標が変わってくるのだから、アナリストに対するアプローチのニュアンスも異なるはずなのです。

前回の雑感(45)の説明会資料の話に戻れば、定期的にレポートを書いてもらっている会社は、セミナーで指導したようなアナリストがレポートを書くのに便利なデータを資料に載せるのが正解なのです。しかし、レポートを書いてもらっていない会社の場合は、アナリストにまず、興味をもってもらうことから始めなくてはないはずです。その次は会社の魅力や可能性を見つけてもらう。そのあとは、レポートを書く気持ちになってもらう。と説明会資料をはじめとしてアナリストに対する接し方の重点は移ってくるはずです。それは例えば、営業マンが初回訪問のお客さんに、先ずは企業のことを知ってもらうことからはじめて、段階的に製品の紹介に移ったり、提案をしたりするプロセスを経て受注の成約に至るのと変わりはありません。IRを会社そのものの売り込みと考える人もいるくらいですから。ただ、どの段階でも言えることは、IR担当者としては誠実さ熱意が必要だということです。

レポートを書いてもらった興奮が冷めやらず、どこか自賛めいた文章になっているかもしれません。

2011年8月28日 (日)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(13)

「もの」と「こと」とが幸福に融合した人間存在をあらわそうとする「倫理学」のくわだては、しかし、「こと」が自律する領域のみが成立し、ふたたび「もの」がひきはがされてしまう結果となった。それは強く言えば、くわだての流産であり、「倫理学」はそのことによって、予め何かを喪って生まれて来たのではなかったか。喪われた何かとは、あきらかにある種類の「ことば」である。それはたとえば、行動している自分自身がその行動の意味も結果も分らずに世界に対峙するときのあの身震いするような興奮と恐怖と、そして同時に感じる自らの奇妙な冷徹さにふれてくることば、あるいは、死体に触れてその冷たさを掌に感じる時の愛おしさと畏怖と、冷静でありながら一方で思考が停止してしまうような感覚とが交互にあるいは同時に押し寄せてくる場面に触れてくるようなことばである。人間存在はことばによって語り尽くされているのであり、また語り尽くさなければならないと考える「倫理学」の構想からすれば、当然にこうした場面へのことばをすくい上げなければならない。だが、和辻の「倫理学」はこうした場面へ触れることばをすくい上げることができない。それはこれらの場面が、「もの」と「こと」との区分を毀し、「もの」と「こと」とに区分されるのとは別のありように触れてしまっている場面だからである。そもそもこの場面にはおいては、触れている相手も人間存在の範疇にあるかどうかすらも定かでないのである。

今回、あげたのはかなり細かなメモになったので、読みにくいものになったと思います。読みにくいと思ったら、本著作の本文と参照しながら、じっくり読み進めることをお勧めします。読みにくい本ですが、けっして分りにくい本ではありません。著者の分析や叙述が精緻なので、きちんと追いかけていかないと止まってしまうので、止まってしまったら引き返して読み直すなどしていけばいいと思います。私の場合は、最初、薄いし高い本でしなかったので、気軽に読み始めましたが、その歯応えに、姿勢を正して読み返しましたが、いまのところ追いかけるのがやっとです。とくに、最初の第二子を喪った事柄が最後の最後の結論に出てくるというような著者の遠大な構成に、ついていき切れていません。しかし、その中身は和辻倫理学全般を祖述するのではなく、和辻倫理学の対象となっている人間というものの捉え方に焦点を絞って進めています。ざっとした感想ですが、誌面の制約かもしれませんが、「人格から間柄へ」というサブタイトルの割には、内容の大半は人格についての分析であり、間柄についての言及は最後に近くなったところでようやく、というかんじでした。たしかに、人格の捉え方において間柄の視点がチラホラとは垣間見えましたが、だから和辻倫理学が人格から間柄へと進んでいくプロセス、あるいは間柄という視点から、人格を遡って見るという分析をもっと見たかったと思います。そうなると、この倍の厚さが必要になるでしょうけれど。そのため終盤は駆け足の印象が強く、結論とそれに対する著者の意見もちょっと浮いているしまっているようです。著者か最後にいう喪われた言葉のことも、唐突な印象が強く、いまいち説得力に欠けるように思います。例えば、では、和辻はどこで道を誤ったのか、という仮説とまで言わなくても、ここまでやったのだから、そこまで突っ込んて欲しかったと感じました。それは、読む人が自分なりにやって下さいということでしょうか。

三品和弘「どうする?日本企業」(7)

第6章 本当に集団経営ですか? こうしたい!日本企業

最近の世界の動きというのは、富や技術や思想が拡散していく大きな流れが生じている。1989年のベルリンの壁の崩壊はその象徴といえる。このような変化の中で、アメリカは世界経済の根幹をなす資源(石油、トウモロコシ、大豆、知財)を押さえ、さらに世界最大の市場を提供していることから、そこに群がってくる世界各地のメーカーから流通段階で利益を吸い上げる構えを築いている。それでもメーカー側に残る利益は株主資本の提供者側に回って配当という形で吸い上げる。例えば日本企業の外国視線株主の比率はかつてに比べて大幅に高まった。日本企業に対して貿易摩擦のような正面切った戦いを止めて、株主重視の経営をさせることでリターンを稼ぐことにした、つまり、とことん働かせて貢がせ方向に転じた。

これに対して、日本は第二次産業で生きているので後続の国々がシェア争いに参加してくると防戦一方に追い込まれる図式に陥っている。

企業経営の面でも、例えばGEのジャック・ウェルチの戦略は、表向きは「選択と集中」で知られているが、実際にウェルとが残した事業と切り離した事業を分析してみると、彼が取捨選択の基準としては、日本勢を敵に回さないというポリシーで貫かれているのが分る。アメリカの量販店に並ぶ日本製のテレビを見て、ウェルチは時代の非可逆的な変化を冷静に嗅ぎ取った。日本製のテレビがアメリカの量販店に並ぶということは、その背後に海運や陸運の物流革命があり、アメリカ国内の流通革命がある。ということは、仮に日本を叩いても、次に韓国や中国が出てくるので、キリがない。ウェルチはそう達観した。

他方、主戦論に傾いた日本は苦境に立たされている。苦戦の原因については日本の特殊性が指摘されている。例えば、狭小住宅の屋根にソーラーパネルを乗せようとする日本は、単位面積当たりの発電効率を重視するが、砂漠を発電所に変えたいほかの国はキロワットあたりの発電単価を重視する。日本の技術は世界一というが、それは日本のモノサシで測った場合のことで、異なるモノサシの国では世界一でも何でもない。この特殊性を認識していない故に、世界で苦戦を続けている。しかし、本当にモノサシの問題なら取り換えれば済むことだ。それよりも拡散現象への対応を誤ったことにある。例えば、日本のメーカーが川上部門でイノベーションに遭遇した結果、カネさえ出せば韓国、台湾、中国勢にも、優れた機械・装置や部品・材料を買える時代になってしまったということだ。そこで正面からぶつかれば、価格競争となり人件費が相対的に高い日本は不利だ。新興国プレイヤーの成長から利するために、機械装置や部品、材料の供給に徹するという戦略もあったが、今や手遅れで、彼らが出てきたときに主戦論により正面から戦う道を選んだため、かれらも後に退けなくなり現在の状況を招く結果となった。

日本企業の得意戦法は、実行部隊を意思決定に関与させ、計画の推進力で勝負するというものだ。ブルーカラーのホワイトカラー化、遅い昇進、定期異動、全社的品質管理、改善活動、方針管理、事業計画といった日本企業に顕著な特徴は、実行部隊の技能形成を促して、現場で判断させるための工夫と解釈できる。この戦法は、異常対応能力の向上を通してコンフォーマンス・クオリティに結実した。ただし、この戦法が機能するためには、推進力を発揮する場を大局的見地に立って定める指揮官の存在がなくては生きてこない。しかし、今の日本企業から指揮官が消えうせる事態が発生している。それは、大物経営者の引退により集団経営に移行していったことに重なる。経営者に関しては、創業経営者(起業を得意とし、自らの手で巨大企業を創り上げた経営者)と操業経営者(組織の管理を得意とし、社内で昇進を重ね、巨大企業の経営を継承した経営者)に区分できるが、操業経営者では指揮官になれない。現在、韓国や台湾や中国の創業経営者が日本の操業経営者を駆逐するという構図が出現してきた。そしてまた、かつて日本に追い詰められたアメリカからも新たな創業経営者を輩出させてきた。

では、どうすればいいのか。著者は、もはや量産品には見込みが薄いという。現時点では、未だ日本企業に相対的な優位がある。しかし、いつまで持続するか分らない。中国やインドが大規模な国内市場に向けて量産に乗り出せば、工程からのフィードバックが頻繁にかかり、学習効果を活かす投資機会も多い、そのプロセスから、コンフォーマンス・クオリティの向上や、原価の低減も生まれる。また、量産のコストは装置レベルの規模によるが日本の企業は一般的に生産施設が分散化し規模を活かせない体制になっている。大規模集中的な設備投資により韓国勢に押されていった日本の半導体産業などは、まさにあてはまる。こう考えると、規模の経済がモノを言うビジネスは避けて通るに限る。

そこで著者が狙うのは、さらなる拡散傾向の先取り路線だ。拡散傾向が進むにつれて、従来の垂直セグメンテーションは効力を失いつつある。拡散の進行は、所得階層や性別や国籍の境界から意味を奪い去り、「ユニ」市場を生みでしている。

著者が望みを託す活路は「リ・インベンション」であるという。簡単に言うと、歴史に残る発明を取り上げて、一からやり直そうというものだ。技術的なイノベーションは、最初の着想も大切ながら、それに続く実作業の割合が高いため、どうしても組織戦や持久戦の様相をまとう。それゆえ、ハングリー精神に満ち溢れた人々の集う国が有利になる傾向が強く出る。これまではアメリカ発の着想が日本で利用サン化された事例は枚挙にいとまがないが、今後は、日本発の着想が韓国や中国で量産化される時代に入ることは覚悟すべきだ。その点で、リ・インベンションは、最初の着想が圧倒的に重要で、それに続くステージにおいても実作業の比重がさほど大きくない。リ・インベンションが社会に受容されるまでの道筋をつける仕事は技術力以上に構想力を要求する。また、技術力は組織に宿るが、構想力は秀でた個人に宿る。日本に勝ち目があるのはその点だ。その点では若い世代に期待できる。例えば、スマートフォンの事例は、従来の携帯電話の発展形として様々な機能を付加していったフィーチャーフォンがインサイダーの通信業者がつくったものだ。これに対してスマートフォンは、フィーチャーフォントの境目は必ずしも明瞭ではないものの、アップルという電話とは無関係の特定の企業が前面に出た点で様相が異なる。そして、この製品はPCとの連携を前提にし、ポケットに入るところまで小型化したうえで通信機能を付加したPCという位置づけで、ユーザーと事業者との力関係を根底から変えてしまった。フィーチャーフォンは提示されたメニューの中からユーザーが受動的にサービスを受けるというものだったのに対して、スマートフォンはPCと接続することでスマートフォンに持たせる機能をユーザーが選択できるようになっている点が大きく違う。このようなユーザー主導のオープンプラットフォームとなれば、通信業者は既得権を失い、フィーチャーフォンのメーカーかせ通信業者の下僕の身分であったのに比べて、アップルは通信業者から独立できる。

いまや世の中はレベルの高いモノで埋め尽くされている。多様なモデルが市場にひしめき、どの製品も性能は均質化してきている。そこで価格競争が激化するのは当然と言える。すでにあるものに満足している顧客を驚かす。そういう高い次元に躍り出た企業だけが圧倒的な支持を集める時代になってきている。その中では、常識を身につけた人ではなく、常識を創りにいく人が経営に当たらない限り、企業は凡庸に埋没し、価格競争を耐え忍ぶために粛々と身を削る日々を余儀なくされる。しかも、クリエイティブは専門家に任せて、経営者は利益管理に専念するという安易な図式は通用しない。これからの時代を支配するのはカネではなくアイディアだからだ。

最後の著者の考える処方箋は学者さんらしく、具体性に欠けますが、言いたいことは分かります。そして、前半の現状に到った事情の分析の切り口はとても説得力があり、今後に向けてどうしようかと考えるための示唆に富んでいると言えます。その意味で実践的で、実務家の向けの分析といえると思います。コンサルタントと呼ばれる人たちも実務の専門家として、このくらいの視点と分析はしてほしいと思いました。この程度のベースがあって、はじめて経営者に対して助言を加えられるのではないかと思います。

2011年8月27日 (土)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(12)

和辻は「倫理学」において人格構造と間柄構造すりあわせを試みる。まず、人間の学とは「人間とは何であるか」を問うことと定義する。だがこの問いは、なにかの「もの」を問うこととは全く異なるという。なぜなら問う対象が人間であるからである。「もの」を問うとは、通常は客観に対しての認識である。だが、人間とは認識の主観でもあるわけだから、客観の認識において見るだけでは、真に人間を扱っているとはいえない。主観体客観という認識のありようを、主観体主観のありようへと変容させなければ人間を扱うことにならない。ここでは、「もの」と「こと」の区分に「人格と人類性」における人格と人類性の区分が乗りかかり行論の前提となっている。「こと」=人類性=超越論的人格性によって、「もの」=人格=純粋心理学的人格性を認識し取り扱うという通常の認識の図式を変容させなければならない。人間を問うということにおいて求められるのは、「もの」と「こと」という図式を基礎にして、そこにおける「もの」の位置に「こと」を代入することであったといえる。だが、「もの」と「こと」という図式において変容されるのは「もの」だけではない。人間を問うこととは、それを問う「こと」自体、「こと」=超越論的人格性自体の変容をもたらすという。和辻は「こと」=超越論的人格性が認識するということがら根底を、志向性に見る。「もの」は単に客観的にあるのではなくて、それに向けて「こと」=超越論的人格性が志向的に見るという事柄の内に、すなわち志向性のうちにはじめてありうる。重要なのは、「もの」を見るのではなく人間を見ようとする場合には、この志向性が変容されなくてはならない、ということである。「もの」を見る時には、見ることはその「もの」からは見られない。だが、人を見るときには、見ることがその人から見られる。志向性が一方向的であるのに対して、人を見る場合にはすでに相互方向的である。このように和辻は、志向性を間柄構造へとすり合わせる。だがこれだけでは、間柄構造とはならない。なぜなら間柄においては見るということがらのうちの様々な見方が問題となるからである。志向性の変容は、志向性を相互的に考えるのではなく、むしろ何かを認識するというその単一性肢体の中身を膨らまし、本来的に相互的であるような見方を想定することでなければならない。ここで主張される志向性の変容とは、認識する「こと」の、つまり「こと」=超越論的人格性自体の、単純に言えば我の変容がなされるべきだということである。

和辻はデカルト以降の自我の考えを批判し、「間柄」によって哲学・思想の組み換えを試みるのである。だがこの対立は後で整備されたものであることは注意すべきだろう。もともと間柄が構造化できたのは、人格構造、すなわち孤立的主観の考えによる「もの」と「こと」との考えから、その要素を入れ替えることによっていた。このすり合わせ、構造化のあとで「倫理学」がいう「間柄」による自我の批判がありえたのである。こうした人格構造から間柄構造へのすり合わせの過程には、たしかに自我を超越論的に見る批評性があり得ている。

しかし、このすり合せ自体に問題がある。それは、人間を問うことが一種の自己言及的な図式として示されている点である。人間を問うことは問う者と問われる者とを同一の者とするという前提のことがらであり、その意味で自己言及的な問であった。この同一性は「間柄」によって、すなわち問う者も問われる者もすでに全体性に浸潤された個であるということによって担保されている。問いたいのは、この自己言及性とは、「もの」と「こと」においてどのようなことがらとなったかということである。和辻は以前「日本語と哲学の問題」において日本語に於いては「もの(物)」─「こと」─「もの(者)」という関連が構造化していると分析していた。そして「倫理学」において人間を問うこととして行った自己言及的なすり合わせとは、この「もの(物)」を完全に「もの(者)」へと入れ替える作業だった。この入れ替えによって得られるのは、「もの(者)」─「こと」─「もの(者)」という図式であり、主観体主観が関係し合う構造はここに盛り込まれる。だが、そうなければ問題となるのは、主観対主観が関係し合う中心が「もの(者)」と「もの(者)」に挟まれている「こと」へと収斂してしまうということだ。つまり、人間を問うことは主観体主観のあいだの「こと」をどのように把捉するかという問いへと収斂していくのだ。ここで「こと」に託されているのは三つの側面であった。すなわち、第一にふるまいや態度、第二にあらわにすること、第三に「言」として自己了解性を示すことである。これらの「こと」の側面は、解釈学の体験─表現─理解のトリオと対応している。間柄構造が持つ自己言及性が徹底されると、これらのトリオは圧縮される。つまり、自らが自らを問うことは、ふるまいや態度も、あらわにすることも、「言」として自己了解を示すことも、すべて自らの範疇となり、圧縮され、自律してしまうということだ。だがこれは明らかに自らのうちへの自閉である。自己言及性による圧縮は、体験─表現─理解のトリオから他への契機を振り落してしまい、それを完全なモノローグしてしまう。そもそも体験─表現─理解は、それがわたしではない誰かの体験・表現・理解であることによって、さらには、同じわたしですらまるで別人であるかのような体験・表現・理解をすることによって初めて、差異を生み出しつつそれを吸収しさらに別様の差異へと変容して、トリオそのものが無限に力動し拡大していくということがあり得た。しかし、和辻にはこの点が欠落していた。この欠落は、体験─表現─理解の循環を自己言及的に圧縮したその当然の帰結であったといえる。

三品和弘「どうする?日本企業」(6)

第5章 本当に新興国ですか? 日本が教えた開国攘夷策

主力事業を海外に転回する国際化は経営戦略の有力な選択肢と言える。その動機の部分で「国内は成長余力がない、ゆえに新興国に打って出る」というのは、理に適っているように見えるが、実は日本企業の自己都合に過ぎない。侵攻される側の視点が入っていない。そこで、これを新興国の側から眺めることを著者は試みる。そのため、現在の中国やインドを新興国と見る代わりに、戦後の日本を新興国として捉え直してみる思考実験を試みる。

結論から言えば、当時の日本は外国企業に門戸を開く一方で、あの手この手を繰り出して自国企業の防衛に努め、望外の成功を収めた。当時、日本に来て期待通りの成果をあげた外国企業は数えるほどもない。自らが新興国であったときは外国企業の侵攻を見事に阻止して自国企業を守り抜いた国が、次は外国に侵攻して成長を続けようという虫のいい目論見を新興国が果たして許してくれるのだろうか。

敗戦後の日本で、政府は参議用の再建を最優先課題に掲げた。しかし、アメリカから見ればその惨状は日本が自ら招いたもので、侵略されたアジア諸国は被害者といえた。だから、当時のアメリカには、日本が侵略したアジアの国々より豊かになることは絶対に許されないことであった。しかし、アメリカの姿勢はソ連との冷戦を機に転換した。日本政府は、この間隙をついて1949年外国為替及び外国貿易管理法を成立させ、外国企業の活動を未然に封じ込めてしまった。これは、海外からの輸入、海外への送金、外国企業による土地の購入、外国企業の企業による日本企業の買収に制限をかけるという内容だった。これをアメリカが認めるはずもなく、1950年政府は外資法を急いで成立させた。ここでは外国資本の出資比率を50%以下に制限したうえで、投資を認可する条件として「日本経済の自立とその健全な発展に寄与する」「国際収支の改善に寄与する」の二点を明示している。許認可体制に移行して、活動を認める外国企業を具体的に選別できるようにして、露骨なまでの国益優先政策を進めた。1961年には外国企業が出資比率100%の子会社を日本に成立してもかまわないと、条件を緩和した。しかし、外貨準備が不足気味の現実を盾に取り、利益の海外送金を禁止していた。従って、日本で稼いだ利益は日本国内に再投資するしか道はなかった。日本の利益誘導を国際社会が容認したのは、戦後復興という大義名分があったからだ。だから1964年、日本はIMF8条国に指定された。もはや、国際的に庇護を与える特殊な国ではないということだ。日本政府は輸入を管理する手段を失い、輸入の自由化が実現した。さらにOECDに加盟すると資本の自由化を断行するに至った。これによって、日本企業は外国企業に買収される可能性と向き合うこととなった。さらに1979年外資法が廃止されて、送金と資本取引が原則自由となった。その後1997年外国企業の日本における活動は政府の管理下から外れ、この時点で名実ともに原則自由化が実現した。しかし、裏面では非関税障壁について日米で激しい攻防が続けられる。日本政府はオモテで自由化の推進を喧伝するウラ側で見えにくい手段で障壁をつくり出した。例えば重電機の分野では行政指導を活用し、製造ライセンスの供与を義務化したり、製品仕様にメートル表記を義務付けたりした。

自由化は新興国にとって諸刃の刃なのだ。競争力のない自国企業を保護して時間を稼ぐには、自由化を遅らせるに限る。しかし、自由化を進めない限り、競争力のある自己企業に海外進出のチャンスを与えることができない。だから、新興国はオモテとウラを使い分けて、少しでも有利にコトを運ぼうと画策し、そのお手本となったのが日本だった。

新興国は、本当に、当時の日本と同じような状況に置かれているのだろうか。中国はたしかに高度成長の軌道に乗ったと言えるが、深刻な失業問題を内部に抱えており、産業の育成が待ったなしである点は戦後の日本と共通する。中国が外国企業に対して門戸を開いた理由は、地方都市や内陸地帯に雇用機会を創出させたい、大学生の専門性を活かし給料の高い職を提供してほしいということではないか。この点でも戦後の日本に通じる。しかし大きな違いは交通インフラだ。日本は高度成長が始まる前に交通基盤が整備され国土が面になっていた。これに対して中国では人だけはなく物流も移動手段が限られ、大都市間が線で結ばれただけの状態にある。

著者は、中国の歩みは、日本の32年前の経験と驚くほど重なり、丁度今の中国はアメリカから執拗に人民元改革を要求され、小幅ながら元の再評価に動いたという、日本が変動相場制への移行を余儀なくされた時期に重なる。そうなると、アメリカの圧力が強まり、資金移動の自由を保証する「自由化元年」が数年後に迫っていると考えてもおかしくない。その数年先には、通貨の劇的な切り上げの可能性もあろう。しかしながら、行政当局による介入がなくなる「完全自由化元年」は、まだ20年近く先のことだろう。中国で普通に事業を展開できるようになるまで、しばらく時間がかかる。

では、日本企業が採るべき戦略は。先行者優位という戦略概念もあるが、実際には後出しジャンケンが勝つ事例も少なくない。ここで、過去に日本に進出した外国企業の例を振り返ってみる。日本は1985年の自由化までの参入阻止政策が有効に働き、この時点では日本に入ることのできた企業は数えるほどもない。ということは、これと逆の立場で今の中国を考えれば、日本では名の通った名門企業も、新興国では彗星のごとく登場する地元企業を相手に苦戦を強いられる可能性は決して小さなものではない。以前の日本は技術輸入大国だったが、後に技術を教えてくれた欧米パートナーを世界の市場から駆逐するに至っている。そう考えると、中国が世界に新幹線を輸出するときいても、驚くに値する要素はないのではないか。

しかし、このように高い参入障壁を乗り越えた外国企業も存在していた。それらは、石油、コンピュータ、化学、薬品の業種だ。これらの業種は自由化以前に日本政府が政策を実現するうえで必要不可欠な製品を提供していた企業だ。しかも、固有の資源や技術を有していたため、他社に代わりが務まる余地はないに等しい。だから、保護政策の網をかいくぐるまでもなく、歓迎されて現地に根を張ることができた。新興国で先行投資が実るとしたら、この条件に該当する企業だろう。一方、日本での自由化以降に外国企業が躍進を遂げたのは、小売、自動車、自動車部品、化粧品、食品、金属、半導体などだ。例えば、自動車については並外れた雇用吸収力があることから、日本は保護すべき国策産業として守り抜いた業種で、1980年以前はシャットアウトの状態だった。しかし、2005年の時点ではドイツ勢の躍進が目立つ。ドイツのメーカーは自由化を見届けてから自社販売網の構築に乗り出した。ここではその前に下手な投資をしなかったことが幸いした。これに対して、そこまで待てなかったアメリカ勢は、商権関係を複雑にしてしまい身動きが取れない状態に陥った。ドイツ勢は自由化の時代を迎えるまで静観した。そこまで待てば、消費者の嗜好が多様化し、国策車に満足しない人も出てくる。通貨の高騰が始まると、輸入車や輸入部品の相対価格が下がり、一気に市場が拡大する。それ以前に動いて将来の自由度を狭めるのでは、面白くない。

また、例外として、機械、電機、卸売などは、新興国で現地の企業が育ってくると、外国企業の出番がなくなるという現象が起きている。これらのビジネスに共通した特徴としては、販売力の重要性を上げることができる。顧客との技術折衝が鍵を握るため、どうしても地元に密着した国産勢が優位に立てる。そういうフィールドでは遠い将来を睨んだ投資は控えるべきだろう。実際にアジア進出を図っている日本企業の緒戦の様子は、ここでの予想とほぼ一致している。

新興国では汎用品を捨てて、特殊品(ニッチ)で勝負するに限ると著者は指摘する。アジアでは、売上1000億円、営業利益100億円辺りを目標とするのが一つの知恵だという。そこを超えて規模を拡大しようとすれば、汎用品に手を出さざるを得ず利益率が犠牲になってしまう。アジアで成功を収めている日本企業は、日本の復興期に成功を収めた欧米企業とほぼ同じ業種に集まっている。ただし、これらの企業にしても前途洋洋とは限らない。事業を継続する力はあるが、地場企業の反攻を受けると予想されるところある。

2011年8月26日 (金)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(11)

これはハイデッガーの分析をふまえたもので、本質と存在というハイデッガーの「Sein」の区別を、和辻は日本語の「がある」と「である」に引き受け、「存在」すなわち「である」を重視するハイデッガーの考えを逆倒させる。和辻は日本語に於いては「がある」の方が「である」よりも根底的であるとする。ところでこの区別は、「もの」と「こと」との区別に対応していると言える。「がある」とは何かの「もの」があるということで、また、「である」とは「もの」に還元されない存立のありようを示す点において、「こと」と同じである。日本語に於いて「がある」を「である」よりも根底的とする分析は、「もの」と「こと」の分析における第二層のありよう、すなわち「もの」が根底的でありとするありようと連動していると言える。だがここで重要なのは、「がある」が「である」よりも根底的であるとはしていても、それは相対的な差にすぎなかったという論点である。この指摘を「もの」と「こと」に重ねる場合、どのようなことがらが示されるか。すでにあげた「もの」─「こと」についての第一層と第二層との齟齬は、「もの」─「こと」─「もの」という重層としてまとめられ、そこで「もの」と「こと」との深度の関係が確定できないという事態を生む。だが、それらが単に相対的な差異にすぎず、「こと」と「もの」のどちらにおいても真の「根底」が示されない場合、「こと」と「もの」とは、さらには「もの」─「こと」─「もの」という連環は、深度の差異であることをやめ、その垂直的な連環をいわば水平的にして、一気に表面に浮上し、あらわになる。そこで根底なるものは示されないのか。そこでポイントとなるのが「もの」性の恢復にあった。「人格の共同態」から見れば、人格と人類性とは、互いに相手の否定の上に初めて規定される。すなわち「人格の共同態」から、「もの」性=人格を否定した時に、はじめて「こと」性=人類性は現われる。逆にまた、「人格の共同態」から「こと」性=人類性を否定すれば、「もの」性=人格が現われる。「人格と人類性」で相互転換と呼んだことがらも、おそらく同じである。人格と人類性とは、ここに相手の否定性においてそのものが規定され、さらにまた、そのものを自己否定することで相手に戻るという、否定性によって媒介される相互転換の関係を持つ。この関係にあることにおいて初めて、「空」という問題性がせりあがるのだ。こうして規定される根底としての「空」は、人格と人類性との観念のどちらにも属さないことになる。なぜならそれは人格と人類性とを否定的に相互転換させるものだからだ。和辻は人類性を「空」として示そうとするが、「空」は人類性にとどまってはいず、人類性と人格の中間に、あるいはその根底に剥がれ落ちてしまう。「空」が根底へと剥がれ落ちることにおいて、人格と人類性との二極構造は三極構造へと転化する。人格の考察において、「こと」=「かたち」の一極的なものから、「もの」性の恢復において二極構造に転化し、さらにそこから「空」が想定され根底へと剥がれ落ちることで三極構造へと転化する。

和辻哲郎が確立した倫理学の特徴とは、個人として人を見るのではなく、すでに社会性を含み共同体性を担っている存在として人を見るというところにあった。この社会性や共同体性のことを、間柄、世の中、世間などと日本語によって示し、さらに人がそもそもこうした間柄に埋め込まれている存在であることを、人間という日本語で示そうとしたということも、すでによく知られている。人間という言葉が、個人としての意味とともに全体の意味をも持っているように、個が同時に全体でもあり、全体が同時に個でもあるというありようこそが人間存在であると和辻は主張する。この和辻倫理学と呼ばれる独特の倫理学の構造の素体は、昭和5年には確立していたと考えられている。そうなると、これまで我々が考察した論考との兼ね合いが見えない。このような間柄構造とこれまで見てきた人格構造との兼ね合いについて、結論から言えば、両者は重ね合わされ、すり合わされていく。和辻倫理学は、単に間柄構造があらわれたことにより誕生するのではなく、後発の間柄構造が、先発の人格構造とすり合わされ、接ぎ木されるときに初めて誕生する。この摺合せのありようを見ていく。

和辻の個と全体についての考察、すなわち社会についての考察が、マルクスからの影響によって引き起こされたことはよく知られている。「人間」「間柄」の考えは、このマルクスへの言及において浮上する。それは昭和6年の「倫理学」にまとめられた。和辻は、マルクスが自然と人間、人間と動物とを明確に区別したことに最大の重要性を見る。人間と自然が区別されるのはどこにおいてか。自然は認識的に把捉されるが、人間は実践的・現実的に把捉される。人間を実践的・現実的側面から解釈することこそがマルクスの意図であった。マルクスにとって人間の実践的・現実的側面とは生活資料を生産することにあった。生産とは、それをする人間が、他の人間との関係の中にあることを前提とする。つまり、生活資料を生産する人間とは、あらかじめすでに社会的存在であることを意味していると和辻は解釈する。このように、マルクスが人間の特徴を他との「交通」において見出し、現実的な状況から考察を始めていることを重視する。こうした、すでに人間が「交通」において、つまり、「関係」においてある点を強調して、和辻は「関係」を「間柄」と訳すのである。とはいえ、和辻はマルクスを全面的に肯定したものではなかった。和辻によれば、マルクスがMaterialと呼ぶ具体的な社会存在、人間存在においては、経済問題と倫理問題との両面がある。マルクスはその片面の経済問題しか取り扱っていないにもかかわらず、経済分析のあとで倫理判断をあわせて行っており、それが混乱を生じさせ、またマルクスの欠陥もそこにあるとする。つまり、マルクスが社会生活の歴史的実践的性格を強調しながらも、その研究から意志や当為を閉め出そうとしたことが、マルクスの閑却した重大な問題であると指摘する。マルクスが存在について鋭く考察しながらも、当為を問題にしなかったそのことがマルクスの欠陥なのである。こうしたマルクスの欠陥として示されたありよう、すなわち「存在」と「当為」の両方が分析されるべきであるということこそが、前述した人格構造と間柄構造とのすり合わせに繋がってゆく。和辻は、『人間の学としての倫理学』において、「存在」の問題とは、客体的な存在がいかに成立し来るかの問題であるという。これはハイデッガーの影響を受けた「人格と人類性」を引き継ぐものと言える。このように「存在」のほうこうにおいては、人格構造からの分析が引き継がれる。一方、「当為」の問題とは、当為の意識がいかにして成立するかの問題であり、それは人間存在の構造がいかに自覚せられるかをたどることによって答えられるという。人間存在の構造とは、間柄構造そのものである。つまり、「当為」の方向においては、間柄構造の分析がなされなければならないと和辻は考える。このようにして間柄構造は人格構造の分析に近づき、すり合わされていく。

三品和弘「どうする?日本企業」(5)

第4章 本当に滲み出しですか? 鉄が踏んだ多角化の轍

主力事業が変調の兆しを見せると、企業は総じて多角化を志向する。「多角化」する先を地縁で選ぶのが日本企業の特徴といえる。ここでいう「地縁」とは、企業が手掛ける多角化事業が既存の事業領域と近いことを指している。日本企業は、とかく滲み出すように地続きで事業領域を拡大していくパターンを好むが、それは「裸一貫では戦えない。多角化先で有利に戦いを進めるようと思えば、多角化元の技術力や販売力を活かすに限る」と考えるからだろう。技術力や販売力は使ってすり減るものではないから、複数の事業で多重利用する発想は理に適っている。そう考えると。総合電機、総合化学などの総合がつく企業が溢れかえる事情も理解できる。

これに対して、アメリカの企業は専業に徹し、隣接領域に事業を拡大しようと思えばできるのに、据え膳には手を付けない。自分たちのアイデンティティが不鮮明になるのをよしとしない。その代わり、独立した事業を買い集め、事業ポートフォリオを組む企業がアメリカでは幅を利かせている。こう考えると、滲み出し型が日本企業、狙い打ち型がアメリカ企業のイメージとなる。

マイケル・ポーターは一貫して狙い打ち支持派で、多角化を試みる際は、多角化先事業の利益ポテンシャルを見て是非を判断すべきで、「どこから」など関係ない、「どこへ」多角化するかが肝心だという。競争優位は地縁に頼って得るものではなく、他社に先駆けて有望な事業を見出すところから生まれるという。さらに、これに従わない日本企業を見て、ヒトの限界を指摘する。地縁に固執するのは、自分が知らない事業に尻込みする経営者の偏好であるとして、未知の世界に挑む心労から自分を守ろうとする私心が働いていると指摘する。たしかに、社内の人間だけで多角化に挑もうとするから隣接以外の領域が恐ろしく見える側面もある。閉じた会社組織内で積む経験を重んじてきた日本企業の限界が、こういう時に現われるとも言える。

ここで、ケースとして鉄鋼業の事例を取り扱っています。具体的なケースで興味深く、とても参考になる分析を行っていますが、興味のある方は、実際に本書を手に取ることを、お勧めします。

日本の鉄鋼は1980年代に世界一の座に登り詰めた。しかし、出荷量は1973年のピーク以降増えていない。そこまで伸びていった高度成長という時期が定常状態とは違う異常な時期といえる。瓦礫の山と化した国土を再建するプロセスで高度成長は実現したが、いったん再建が完了してしまえば、あとは消費分・摩耗分を補うだけの仕事しかない。その転換点が1973年ごろではなかったか。この点は、鉄鋼メーカーの幹部も心得ていた。1970年の八幡製鉄と富士製鉄が合併して新日本製鉄となったのは、需要の伸びの鈍化に対処する、高炉の整理再編のためだった。

しかし、これ以降も高炉は逆に増えていった。この時期、設備の世代交代の時期にあり、業界全体に「囚人のジレンマ」が働いてしまった。つまり、成熟化時代を乗り切るにはコスト競争力のある高炉を持つに限る。だから需要の減退に直面しても設備投資の手を緩めるわけにはいかない、という論理が企業レベルで働いて、業界全体で供給過剰を助長してしまった。その結果は悲惨で、1970年代に停止した高炉23基のうち、12基は20年も使っていない現役の高炉、うち5基にいたっては1960年代後半に立ちあがったばかりの新鋭炉だった。現在の国内の高炉は23期でその状態は1990年から続いている。ということは1970年から20年間は生産能力の調整に費やされたことになる。いつまでも高度成長は続かないと認識していても、新世代の製鉄所建設計画に固執した結果、鉄鋼メーカーはあたかも成長が続くことを前提としたかのごとく、高炉建設に邁進してしまった。その結果、稼働している高炉のスクラップを余儀なくされる事態に陥った。その結果、鉄鋼メーカーは後始末に追われ成長戦略のツケとして多額のリストラ費用を計上することになった。

さらに、日本企業は、良好な労使関係を維持する代価として人件費を固定費化した。これは余剰人員が出る局面で大きな支出を強要する。リストラ費用は巨額になるが、高炉は損金処理をした上で解体すれば終わりだ。しかし、終身雇用という形で雇用を保障した手前、社員を何が何でも守らなければならなくなる。

そして、鉄鋼会社は雇用を守るために事業を営む、そこために新規事業を手掛けることを余儀なくされた。しかし、悉く失敗してしまうという惨憺たる結果となった。

そこで取られていた戦略は、次のようなものだったのではないか。まず、何はともあれ鉄鋼事業の国際競争力を円高基調の下で回復させたい。これを優先課題と位置付けると、やるべきことは二つ。一つは、高張力鋼やシームレスパイプなど、他国にない技術を伸ばすこと。もう一つは、最先端製品だけで製鉄所は持たないで、設備の近代化と人件費の削減を図り、コスト競争力を上げること。そうなると、資金は鉄鋼事業に集中投下したいが、余剰人員を鉄鋼事業から外すための策も欠かせない。投資金額が少なくて済む多角化事業を起こして、そこに社員が退職するまで収容しようと考えた。

しかし、そこで誤算が生じる。本業で技術が救世主とならなかったのだ。高付加価値鋼板の行方が怪しいことが判明したことで、多角化事業の目的に迷いが生じ、利益面で本体の足を引っ張りながら生き残ってしまう結果となっている。経営陣は、自社技術を過信して判断を間違えてしまった。自社技術への強い思い込みが誤りを招いたと著者は指摘している。

ではどうすればよかったのか。鉄鋼業界で多角化による複合経営を成功されたのは神戸製鋼だが、これは鉄鋼事業全盛期に打ち出された路線で一朝一夕の善後策ではなかった。それ以外の鉄鋼メーカーは全盛期に鉄鋼事業に私有中投資をかけることにより、規模や効率において神戸製鋼を寄せ付けない地位を築いた。ここに善後策を論じる余地はない。だから、専業で行くと決めた以上は、鉄の浮沈と運命を共にする以外に道はない。それを前提とするなら、そもそも余剰人員を抱えないように細心の注意を払って採用を進めるべきだった。実際になされた善後策で最も有効だったのは出向だった。これは製鉄所内の遊休地に他社の工場を誘致し、そこに社員を送り込むという施策だ。社員の席は残したまま、先方の支払う給与が足りない分は補填するというものだった。この補てん分は持ち出しになったが、代わりに巨額の投資を要しなかった。

2011年8月25日 (木)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(10)

重要なのは、こうして再生された主体について、その根底をカントの属する思想潮流には存しない、一切の現実性の主体的な根源としての「空」のごときものと言った点である。この「空」とは何か。「仏教哲学における「法」の概念と空の弁証法」において、和辻は「かた」としの「法」という考えをふたたび点検し、それを「空」の考察とつなげた。通常の法の解釈は、法を「もの」とする素朴実在論的な考え方と真実在的超越者とする見方が考えられるが、和辻は双方とも批判する。そうではなく、原始仏教の哲学においてすでに現われている「かた」としの法の概念、つまり、法=「かた」という解釈を前提にしてその根底ないし全体を想定する否定の動きを見出す。この否定の動きこそが「空」の働きに連結する。ここで注目すべきなのは無明の意味づけである。『原始仏教の実践哲学』において、無明は「行」が底抜けし、無根拠であるそのことを示しているにすぎなかった。しかしここでは「行」が担っていた統一原理の働きを備えた事柄となり、さらに運動性、作用性もそなえた結果、否定による統一根拠、否定の運動そのものにされている。こうして変化した無明の考えが「空」において生かされていると和辻は言う。そうであれば「空」し統一原理であり、否定の運動のことだ。否定の運動として差別の世界と無差別の世界を統一する根拠としての「空」。和辻の考えていた「空」とはこうした働きを持つものであり、それを「空」の弁証法と呼んだ。ここでの差別とは順観のことであり、無差別が逆観のことである。つまり、差別と無差別の統一とは、簡単に言えば認識と実践とを統一するということに他ならない。ここで「人格と人類性」におれる主体の根底に、これらの考えを代入すると、主体の根底には、否定運動によって認識と実践とを統一するような弁証法的活動があり、それが一切の現実性の主体的根源であるということである。これは、人格において単に抽象的な「こと」=「かた」ではなく、そこに具体的実際的な「もの」性が恢復されたことがらでなければならない。さらに「もの」とは、それを使用し、使用している自らを認識するという「かかわり」において見出されるものであって、それは自らが「外ら出ること」でもあった。つまり、「主体の根底」とは、否定運動という弁証法によって認識と実践とを統一するが、それは具体的には、そうした弁証法によって自らが「外に出ること」そのものであるところの、「もの」性との「かかわり」を支える「根底」だということだ。「人格と人類性」において、大部分が人格と人格性人類性、言い換えれば「もの」と「こと」という二極構造に止まっていたはずのものが、最終の部分において突然「主体の根底」として「空」という考えが出され、その結果この二極構造が揺れ始めたのだ。

和辻は以前「沙門道元」において、人格は、表現や真理を主格的・内面的にコントロールする「もの」ではなく、表現や真理に呑み込まれ、そのさなかにある表面的な「こと」として提出された。これを承けて『原始仏教の実践哲学』においては、主格の抜き取りをされた人格、すなわち無我論の考察として原始仏教を考察することで、「もの」性を剥ぎとられた「こと」=「かた」である「法」が見出された。主格が抜き出された人格が、それでも人格として成立する核心とは統一の作用であるが、この統一の究極根拠は、「行」によって見出される。この時点で和辻の表現─人格についての考えは、「こと」の「こと」性としての「行」、しわば「こと」の一極的なものでしかなかった。だが、ハイデッガーの考えは、こうした一極的な人格観に変容をもたらすことになった。ハイデッガーから受けた影響とは、端的に、「もの」の重要性の指摘である。ハイデッガーの道具についての分析、つまり「もの」への分析の仕方は、和辻に「もの」の延長としての風土性という問題に気付かせ、その影響によって人格観においては、「もの」性が恢復され。「こと」と「もの」との二極構造が作られることになった。

「日本語に於ける存在の理解」において、「もの」と「こと」の二極構造化と、さらにそこからの三極化の先触れが見られる。和辻が論じようとするのは、存在の仕方を日本語で問う「あるということはどういうことであるか」という問いそのものの語法的分析であったが、それは四つに分かれていた。第一に「もの」と「こと」との差異について、第二に「いうこと」と「すること」との差異について、第三に「いうこと」は誰が言うのか、第四に「ある」とは何かという問いである。ここでは第一と第四を中心に見ていく。和辻は「こと」の意義を三つの方向に分類する。第一に「動くこと」のように動詞と結合して動作を示したり、「静かにすること」と結合して状態を表す方面。第二に「変わったことが起こった」のように出来事を表す方面。第三に「あることを言う」のように「言われかんがえること」を表す方面である。これらの方面に共通する「こと」と「もの」との差異について、和辻はくべつそのものを二層に分ける。第一層は、物理的・心理的・歴史的・社会的な「もの」、すなわち対象としての「もの」と、それを「もの」としてあらしめる基礎としての「こと」の区別である。和辻は「こと」が「もの」よりもアプリオリであるとした。だが、第二層においては、このありようは逆転する。「こと」はそれ自体としてあるものではなく、「もの」へのかかわりを根本に存する「ことの了解」においてのみ我々に与えられるのであり、人という「もの」のあり方においてのみ現われるとされる。つまり、「こと」はそのさらなる根底として「もの」に基礎づけられるというのである。この第一層と第二層を結合させて、「もの」─「こと」─「もの」という関連図式を示す。しかし、ここで「こと」とその根底たる「もの」という図式を示す第一層と、「こと」とその根底たる「もの」の図式を示す第二層の間で反転があり、齟齬がある。この解消については、「ある」という言葉の分析によってなされる。

三品和弘「どうする?日本企業」(4)

第3章 本当に品質ですか? ピアノが奏でた狂想曲

メイド・イン・ジャパンと言えば、高品質の代名詞となっている。これは海外の人々が自発的に言い出したことだ。慥かに、日本には高品質を生み出す素地がある。モノ造りの工程を原材料まで遡ると、気の遠くなるほど長く、何万人とも言える人間の手が関わっている。そこでのたった一つの取るに足らないミスが命取りとなりかねない。こういう条件下で品質を守るには、組織の底上げが欠かせない。こういうところは日本の組織は強みを発揮する。

しかし、この章ではあえて日本人の品質信仰に異議を唱える。その理由を著者は三つあげる。

第一の理由は、信仰の起源に疑問がある点だ。以前のメイド・イン・ジャパンのイメージは「安かろう、悪かろう」だった。それが、1980年の日米半導体セミナーの席上でHP社の重役が日本製DRAMの品質の高さを表明した。これを契機に世界での評価は一変した。ここで、日本は舞い上がってしまったと著者はいう。

第二の理由は、品質信仰の根拠が揺らいでいるからだ。韓国製品や中国製品もアメリカでは日本製品と比べて遜色ないという評価がされるようになってきている。もはや、メイド・イン・ジャパンが高品質を占有する時代は終わったと言える。しかし、日本=モノ造り大国論が国内で独り歩きしている。

そして第三の理由は、品質信仰の弊害が目に付くからだ。品質と一口に言っても、意味内容は様々で、日本が得意とする品質もあれば、苦手とする品質もある。それなのにメイド・イン・ジャパンがすべて高品質と思い込んでしまうと、日本の駄目な点が見えなくなってしまい、現状の閉塞状況を打破することなど望めない。

ここで、ケースとしてピアノの量産により世界市場を席巻したヤマハが、その後自滅していった事例を取り扱っています。具体的なケースで興味深く、とても参考になる分析を行っていますが、興味のある方は、実際に本書を手に取ることを、お勧めします。

ヤマハが欧米で脅威と受け止められたのは、従来の100倍の規模でピアノの大量生産に乗り出したことだ。いわば、それまで「工芸品」であったピアノが「工業品」になってしまうことを意味した。工芸品と工業品の対比は、今では品質の多義性として理解されている。つまり、品質には一つの絶対的な定義があるわけではなく、いくつもの側面があるということだ。中でも「工芸品」の品質概念はパフォーマンス・クオリティと名付けられ製品が顧客の期待を上回る程度、これに対して「工業品」の品質概念は今フォーマンス・クオリティと名付けられ製品が顧客の期待を裏切らないていどと解釈された。お宇部か感じた脅威の核心はこの先にある。パフォーマンス・クオリティは、顧客に見える素材や仕上げが醸し出すものなので、これを上げるには原価を積み増す必要がある。それに対してコンフォーマンス・クオリティは、製造工程からバラつきを徹底的に排除することによって上がる。従って、品質が上がるほど、材料や作業の無駄が減り、原価が下がることになる。品質が上がると原価が下がるということは激しいインパクトをビジネスの世界に齎した。そして、ヤマハの優位はコンフォーマンス・クオリティにあった。

しかし、中国製のピアノがヤマハを真似るように、しかも低価格で世界市場に輸出攻勢をかけてきた。これに対して、ヤマハはピアノの生産を海外にシフトさせると同時に国内拠点は高付加価値化を図った。その核となることが期待されたのが、グランドピアノだった。それまで、ヤマハが得意としてきたアップライトピアノは、ピアノを習う子供のいる家庭が主戦場で、安価で場所を取らないことが訴求点となり、品質に関してはコンフォーマンス・クオリティが求められる。これに対してグランドピアノは、一定の腕前に達した音楽大学生や演奏家が顧客となるため、品質に関しては、あくまでもパフォーマンス・クオリティの勝負になる。それゆえ、ヤマハにとっては異次元の挑戦とも言えた。しかし、音楽学校というボリュームゾーンは押さえることができたが、トップクラスの演奏家の支持を集めるまでには至っていない。

著者は、ヤマハの製品には落ち度はないという。しかし、ピアノというものの特性を考えると、一般的に工業製品の耐用年数は、例えば、自動車で10年前後だが、ピアノはうまく維持すれば100年経っても潰れず、親子の代を超えて引き渡すべき宝物といえる。とすれば、たかだか10年しん付き合わない自動車と、一生付き合うピアノでは、顧客の求める価値が違ってくるのは当然だ。さらに、ピアノは限られた人のための奢侈品である。そこで求められるのはパフォーマンス・クオリティ以外の何物でもない。弾くという行為に対して、いかにピアノが応答するか、その一点に尽きる。つまり、ピアノという代物は、ピアノを愛する人々が、ピアノを愛する人々のために造る楽器で、そういう世界に原価やら効率やら経営の言語を持ち込むべきではないのかもしれない。韓国勢や中国勢の急伸は、少なくともピアノにおいてコンフォーマンス・クオリティが強靭な参入障壁にはならないことを示唆している。ヤマハは、欧米勢と同じようにパフォーマンス・クオリティを追求したピアノも造っているが、その手のピアノしか造らない欧米勢と比較されてしまうと、その志に疑念の目が向けられるのは致し方ないところだ。

当のヤマハは、いま中国に建設したピアノ工場に集中投資をかけている。日本の高度成長期と同じ大市場が出現しつつある中国を見逃す手はないということだろう。しかし、いつも据え膳をぱくつくだけでは、経営に戦略性など生まれるはずもない。この大市場が一過性の市場であることを弁えないと、日本で味わった苦難を繰り返すのが関の山だ。コンフォーマンス・クオリティを訴求すれば中国に勝てるという決めつけにも危うさが潜んでいる。新たに豊かになった国には旺盛な内需があり、その内需が大量生産を支え、大量生産がコンフォーマンス・クオリティを鍛えるという図式がある。その点を踏まえると、中国から次のヤマハが出てきても不思議はない。

2011年8月24日 (水)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(9)

ただし、両者の解釈で道徳的人格性の解釈をめぐっては乖離が明らかになる。道徳的人格性は意味的に狭い限定が為され、特定の自己意識、感情、とくに尊敬感情に特定されている。カントは、道徳性の分析を、その根幹たる尊敬感情の分析として提出する。この尊敬は道徳的行為の法則に対する尊敬の感情である。一方、尊敬感情によって法則が法則としてはじめて成立する。つまり尊敬と法則とは、基礎づけを相互的に行う関係にある。ハイデッガーによれば、カントの尊敬感情とは、法則に対して尊敬する感情をもつ自我が、同時に自己自身にとってあらわになることである。つまり、自己によって法則という「かた」をつくりながら、その「かた」によって逆に自己が規定され、あらわれるような重層的な自己のありようの全体である。ハイデッガーにとって重要なのは、法則そのものではなく、重層的な状況にあってどのような行為を我々が行うかであった。これに対して、和辻の場合は、尊敬感情は我々が本来的な自己を自覚する仕方であり、法則への尊敬感情は、本来的な自己への自覚であった。和辻はハイデッガーが分析した同じ状況を「こと」=「かた」に収斂させてしまう。ここで最大の問題となるのは、「こと」自体の自律ということがらを引き継ぎながら、そうした「こと」をさらに進めて「本来的な自己」へと呼び換えている点である。和辻はカントの尊敬感情分析を自我とする主体についての考察として収斂させる。和辻は本来的な自己とは、道徳的人格性であり超越論的人格性であるとして、ハイデッガーのように区分しない。ただ扱う立場が異なっているに過ぎないという。この立場の相違とはカントが思弁哲学(第一批判)と実践哲学(第二批判)との区別を行うことによる相違であるという。本来的自己を意識するとは、行為することそのものであるという。つまり、本来的自己を認識することがそのまま行為することなのだ。ここで思い出すのは、『原始仏教の実践哲学』において、縁起説の「無明を認識すること(順観)」が、「無明を滅すること(逆観)」へと容易に反転してしまうこと、認識がそのまま実践となるという主張だろう。行為することは本来的自己のありように組み込まれる。ところで和辻によれば、本来的自己とは道徳的人格性のことであり、またそれは超越論的人格性、さらには人格性人類性と同じものとされた。それは人格という「もの」を可能にする「こと」=「かた」である。つまり、「こと」としての本来的自己ないし道徳的人格性は、すでに「行為」を含んでいると和辻は考える。この考えについては、やはり『原始仏教の実践哲学』において、縁起説の「最終統一原理」として、「こと」としての「行」という規定を持ってきた解釈を思い出すことができるだろう。このような和辻のカント解釈は、「こと」としての人格性という『原始仏教の実践哲学』以来の人格概念に場所を与えようとする試みであったといえるだろう。

ここで「人格と人類性」という論考を読む者は中途半端であるのを感じざるを得ない。それは、当初の意図、すなわち人格と人格性人類性とを区別しようとする意図と、実際の行論とがねじれてしまっていることに因っている。ここに現われている錯綜、すなわち「こと」としての人格性の抽出という意図から外れている行論を、三つの点において注目していきたい。第一には、人格の「もの」性の強調の点である。第二には、論考の終盤以降で急に浮上してくる主体への重視の点である。そして第三に、論考当初から企図しつつ、しかも最後まで論じ尽くすことができなかった人格性の共同態性への関連の点である。

まず、「もの」性の強調という点から見て行こう。『原始仏教の実践哲学』においては「こと」としての側面を抽出する試みがなされ、それは「もの」性の徹底的な剥ぎとりによって行われた。だが、同じ意図を継承しながらも、「人格と人類性」においては、逆に「もの」性としての人格を強調し、擁護するという論が示されていた。「もの」性のこの恢復は、どこから来たものであっただろうか。これには、昭和2年のハイデッガーの『存在と時間』の刊行で和辻がドイツ留学中に読んだことが起因している。これを機として和辻は風土性の考察を始める。和辻自身は『存在と時間』の限界の補填の試みのようなことを述懐しているが、実は、有名な道具性の考察をヒントにし応用し、拡大したものが風土性の考察の根本となっている。道具は単なる「もの」ではなく、それに関わる我々が、我々自身のありようをそこに発見するものとしてある。それが感受と働き出しという道具の二重構造である。和辻にとってこの構造は風土においても同様であった。和辻はこうした関わりの根底を、我々が外に出ていることだとする。このハイデッガーの影響を独自に拡大することにより、和辻は、我々を規定している「こと」ばかりでなく、規定する「もの」に着目すべきであると考える。そのことが和辻に風土を強調させるのだ。ここでの風土への着目は、世の中にある「もの」としての「もの」への着目である。論考「風土」において「もの」とは、まず道具性、すなわち我々が使用し感受する、すなわち関わるものとして、我々が自己を開示するものとして、外に出るありようである。このように見れば、「もの」性の強調とは、そもそも風土への着目と共にあって、世の中のものにすでに我々が外に出て自己を開示しているという点への着目である。これは明らかにハイデッガーの考察の継承である。と同時に西田幾多郎の表現─人格の考えに近づいている。ここで第二の論点である「主体」の問題の浮上という事柄についても見ていく。この急速な「主体」の浮上は、同じ人格性人類性であるとした超越論的人格性と道徳的人格性とにおいて、前者が後者に移行したことを客観の成立根拠の問題から主体の自己規定の問題へ移ったこととして和辻が理解したことによる。そこから和辻は人類性は人格の主体的な根底なのであると主張した。そして、現実性の現実的源泉でありながらそれ自体は対象的にあるのではないような主体の根底、それを和辻は人格性人類性と呼ぼうとする。ここで示そうとしているのは、「こと」にとどまることのない、そこにある「もの」性が恢復された具体的現実的な主体の根底なのであった。

あるIR担当者の雑感(45)~あるIRセミナーの感想

先日、無料という言葉にひかれてIRセミナーに参加してきました。「好事例から学ぶ上場企業のIR活動」というセミナーで主催したのは株式の証券や有価証券報告書、株主総会の招集通知のような専門分野の印刷会社で、最近コンサルティング業務の充実に努めていて、その一環でセミナーを熱心に行うようになった会社です。講師は日興IRでコンサルティングを長年続けてきたという人です。

で、最初の導入で、最近のIR活動について気になる点からはじまりましたが、その一つが“そもそも何のためにやるのか分らないIR活動の増加”というのが、バーンと出てきてしまったのは驚きでした。色々なところで囁かれていたのは耳にしましたが、こうもあからさまに言われたのは初めてで、IR担当者を集めたセミナーでこんなことを言って怒り出す人もいるのではないか、とちょっと心配になりましたが。まあ、このような書きかたはワザとらしいかもしれません。企業内で前任者から仕事を引き継いで、個々の仕事はこうやるのだということは教わったものの、その仕事の意味や目的が把握できずルーチン化して続けているという会社が実態として、結構多いのでしょうね。この書き込みを続けて読んでくださっている方なら、私がIRという仕事は経営に片足を突っ込んでしまいそうな仕事と認識していることは、以前に読まれたと思います。どこの会社にルーチンで経営している経営者がいるでしょうか。やっている意味が分からないのなら、無駄なことはやめてしまえ、というのが経営ではないか思います。とくに中小企業では、IRについて担当者の個人的な踏ん張りで何とか存続させている会社は沢山あるはずで(私の勤め先もそうです)、その担当者たちはルーチンで仕事など思いもよらないはずです。セミナーに出席しているIR担当者は、これをどう聞いたのか、とても興味があります。

ちょっと、このことに拘泥しますが、そこで講師が何のために会社説明会をやるのか、ということから説明を始めました。これは、それなりに意識している人のようだと思いました。この講師の人は、その後は話が進むと途中で熱くなったりと、熱意の感じられる人でした。で、その答えとして、“アナリストにレポートをかいてもらうため”“機関投資家に投資してもらうため”というものでした。そして、このセミナーは、この目的に従ってアナリストがレポートを書くという目的に沿った説明会資料づくりを解説していきます。たしかに違っているとは言えません。しかし、少し、違和感は感じました。というのも、説明会を行ったからと言ってアナリストはレポートを書いてくれるとは限りません。また、さらに言えば、“何のためにIRをやるのか”から“何のために説明会を開くのか”に降ろされてきて、その目的が“レポートを書いてもらう”ということのロジックが繋がらない、筋が通っていないのです。“何のためにIRをやるのか”が“投資家との関係づくり、関係強化”にあるとしたら、“レポートを書いてもらう”というのは、どの点にどのように繋がるのか。私的にいちばん繋がるのは、アナリストが言うなれば、投資家との媒介として、まずはアナリストとの関係づくり、関係強化にあるならまだしも。そこで、IRの目的という問題提起をしながらも、問題提起以前に戻ってしまっていて、この説明会の目的の考えについてはルーチン的な性格なものなってしまっている。そこでの思考停止が気になります。

そのあと具体的な説明資料の解説に入りますが、そこではアナリストにレポートを書いてもらい易い資料づくりという視点で解説が行われます。しかし、ここでも前提に飛躍があるというのか、ルーチンで思考停止の痕跡があるというのか。ここで、前提になっているのは、説明会を行うとアナリストはレポートを書いてくれるので、それが容易になるように資料を作り込むということです。しかし、そういう会社は一部の有名大企業に限られます。多くの会社は説明会を開いたからと言ってレポートを書いてくれるとは限らない。はなはだしくは、説明会を開いてもアナリストが出席してくれないというケースも少なくないはずです。今回のセミナーでは、そういう会社は対象外になるのでしょうか、ということなのです。だから、実際には、私の勤め先の場合には、いかにアナリストに会社に対する興味を抱いてもらうか、あるいは一端アナリストの中に灯った興味の火を消さずに保つか、すなわち、関係づくりに主となります。そのためには、アナリストがレポートを書くために必要なデータを揃えるのはもちろん、会社を分ってもらうということが、いかに大切かということなのではないか、と思います。そのためには、1回だけ素晴らしい資料をつくるというではなくて、継続して、会社が悪い時も良い時もできるだけの情報を発信し続ける、継続しながら資料の改善を一歩ずつ進めていくという継続性、そしてそのような時の経過の中で一貫しているということ、前回の資料を検証して、次回につなげるという継続性、そのようなことが大切ではないか、と思います。

また、もともと印刷会社であるからなのかプリントされた説明会資料を完成品として扱っていることにも、違和感を感じました。というのも、説明会では、この資料をもとに社長がプレゼンを行うわけです。つまり、説明会資料は書籍のように、黙ってこれを読んでいればいいというものではないわけです。

私はアナリストではないので、ピントがずれてしまっているかもしれませんが、データが揃っているからといってレポートを書いてくれるわけではないと思っています。アナリストにレポートを書いてもらうということに集中するのなら、データを揃えるのも大切かもしれませんが、アナリストの会社の可能性を発見してもらうことの方が重要なように思います。当然、今後の成長戦略を記載することは、講師の人も言っていましたが、その戦略を支える会社の特性や強み弱みなど、それを単に情報として伝えるというだけでなく、もう一歩踏み込んで、アピールするくらいの重要性は大事のように思います。たとえば、以前にも書きましたが、他社と差別化を図るというような戦略性というべきものです。

また、実際にそのような点に考えながら資料を作るという場合、ほとんど大多数の会社では社内に対して、IR担当者は猛烈な調整作業をしなければなりません。例えば、戦略を語ろうとすると、営業からはライバルに機密が漏れてしまうとクレームが入り、データを明かそうとすると経理から待ったがかかり、場合によっては社長から、こんなことまで話さなければならないのか、と。その社内の各処を説得しなければならず、しかも、ほとんどの場合、意図したとおりにはならず大幅な後退を強いられる。往々にして、情報開示に熱心な会社は、社長の理解があるか、担当役員が熱心なケースで、担当者がいくら熱心でも、それだけでは進まないと思います。私の場合は、会社が小さいのと、年齢を重ねているので、ある程度自分の社内での将来とか、評判などから多少は超然とできるので、社内の抵抗に、ある程度は開き直って対抗できている、という特殊な事情があります。そのような、実際に、担当者が改善を進めるとなった場合の、作業や負荷のことも考えてほしいと思いました。

講師の人は、担当者の熱意を持つことは大切であると力説していました。その通りだと思うのですが、前任者から引き継いだというだけのルーチンワーク化したIRでも、当の担当者としては特にサボるわけでもなく一生懸命にやっているわけです。そのため、熱意があるというのは難しいのですが、少なくとも講師の人がやったような何のためのIRなのかという問いを絶えず問いながら、自分のやっていることを見直し続ける姿勢が、熱意に繋がるのではないかと思います。

ということで、この後、個人株主対策とか、株主通信の内容とか、ホームページの作り方などについて、具体的な話がありましたが、全体として、個別には参考になる点もあり、全体としては講師の人が意図していたこととは逆にIR業務のルーチン化に資するようなことになっていたように思えるものになっていました。

また、セミナーの後でIRツールの診断をしてくれるとのことで、後日、結果を教えていただけるとのことで楽しみにしています。

2011年8月23日 (火)

三品和弘「どうする?日本企業」(3)

第2章 本当にイノベーションですか? 日本が歩んだ衰退の道

日本には、イノベーション信仰が深く根を下ろしている。技術力でイノベーションさえ成し遂げれば、利益は後からついてくる。逆に、イノベーションで後れを取ると、とも足も出ない。しかし、海外に目を向けると、どうやらそうではないことに気づかされる。日本企業の収益力は、技術志向を謳わない海外企業に比べると比較にならないほど低く、イノベーションの後に利益がついてきている気配がない。そこを直視すると、日本企業が重視する技術イノベーションの普遍的効力については、疑義を挟まざるを得ない。

日本の戦後企業史を語る道具として、戦略が働きかけるべき対象の重層構造を描いてみると、下(土台)から立地、構え、製品、オペレーションと重なる逆ピラミッドの重層図が描ける。日々のオペレーションや、個々の製品は、働きかけて変えることも難しくない。しかし、それらが乗る土台となると話は違ってくる。誰に向かって、何を売るビジネスを営むのかという事業の「立地」や、売ると決めたものを売る相手と決めた相手にデリバリーするまでのプロセス(構え)は、思い立ったからと言って、簡単に変えられるものではない。だから、戦略性が高いといえる。また、下に向かって細くなる逆ピラミッドの重層図としたのは、企業の本質的な不安定さを示すためだ。資本主義が競争を通して進歩を生み出す特性を備える以上は、優れた「立地」や「構え」も陳腐化するのは時間の問題。土台が傾き始めると、どれだけ製品やオペレーションを強くしても衰退に歯止めをかけることはできない。

日本の戦後企業史には、この重層図を一斉に下から上に登り詰めるという特徴があった。それは敗戦の思わぬ効果と言える。戦時生産体制を改めて、新たな事業立地を模索し始めたのが1950年代で、多くの企業は1960年代に事業立地を変更する「転地」に成功している。そして、1970年代に構えの構築が一段落すると、それ以降は経営戦略の焦点が上半分の製品やオペレーションに移動していった。日本企業が横並びと言われるのには、このような同期性によるところが大きい。競争の焦点は絶えず同期していたからだ。しかし、日本の企業と同期していない海外の企業は、平気で異次元の競争を仕掛けてくる。そのため、製品次元やオペーレーション次元の競争にどっぷり浸かっていた日本企業にとっては、グローバリゼーションが鬼門となった。いったん「立地」や「構え」を崩されてしまうと、いくらイノベーションで対抗しても、体力を消耗するだけだ。今でも、この消耗戦を、いまの日本企業が大挙して戦っている。

ここで、ケースとして腕時計の市場において画期的なクォーツ時計を開発し、一時は世界市場を席巻したセイコーが、その後自滅していった事例を取り扱っています。具体的なケースで興味深く、とても参考になる分析を行っていますが、興味のある方は、実際に本書を手に取ることを、お勧めします。

セイコーはクォーツという画期的な技術イノベーションの後も、果敢にイノベーションに挑み続け先進的な製品を生み出し続けた。これは技術者たちの並々ならぬ努力の結晶であり、そのような努力は、本来ならば事業の成功によって報われてしかるべきところ、衰退の一途を辿ってしまった。

慥かにセイコーの凋落には様々な要因が絡んでいる。円の高騰、バブルの崩壊、携帯電話の普及、中国製品の台頭、ネット販売の興隆等、これらの要因を個別に吟味していくと、どれも不可抗力に見えてくる。しかし、著者は根本的にはセイコーの戦略の誤りが主要因と結論する。

まず、セイコーは創業者の慧眼により時計専門店ルートを逸早く押さえ込み、国内で中級帯と高級帯市場の6割を占有するガリバーの地位にあった。しかし、技術進歩の大きな波に乗ることだけを考えてしまった。その結果、中級帯と高級帯の守りが疎かになり、そこを攻め込まれてしまった。剣が峰は1982年にあった。香港勢が10ドルのクォーツを引っ提げてアメリカに乗り込んできたのだ。アメリカ市場を奪われたセイコーは、ここで正面切って香港勢と戦う道を選ぶも、返り討ちにあってしまう。この結果多額の毒別損失を計上せざるを得なくなり、さらに、限られた経営資源を香港勢との戦い、つまり、普及帯に張り付いていた間、他の戦線が手薄になり、その隙に本丸の中級帯や高級帯を攻め込まれ、安住の地を失った。そして、スイスのスウィッチ・グループのブランド・ポートフォリオ戦略にしてやられてしまった。ではクォーツというイノベーションとはセイコーにとって何だったのか。

それ以前は、中・高級帯の実用時計しか存在していなかった。正確な時を知ることのできるのは高価な機械的腕時計に限られ、この時計は歩度調整やメインテナンスを必要とするもので、そのため、職人を抱える時計専門店しか販路になり得なかった。ここで、セイコーはインベーションを起こした。その第一幕は、新たな武器で主力市場の上を開拓するつもりで運上帯市場に送り込んでいった。そして、第二幕は、普及帯市場の出現をもたらした。電子部品を買って組み立てるだけというモジュール化が起こり、新規参入が相次いだ。しかも、クォーツ時計はメインテンスを要しないため、時計専門店以外の販路を拓く結果につながり、価格破壊を激化させた。その結果、中級帯の顧客が選択を与えられたことになり、普及帯に乗り換え始める。つまり、自社の中核市場が崩れ始めてしまったわけだ。そして、第三幕として、実用時計市場の消失が起こってしまう。過剰供給が腕時計を無用の長物としてしまった。携帯電話をはじめとして至る所に時計が組み込まれて、これらすべてがクォーツ時計なのだ。これだけ普及していれば、もはや腕時計をしていなくても、時を知るうえで困るということはない。皮肉にも。クォーツ時計は実用時計の頂点を極めることで、実用時計に幕を引く結果を招いたのだ。

こうしてみるとクォーツというイノベーションがセイコーの首を絞めたことは明らかだ。この章で「本当にイノベーションですか?」と問いかけたのは、このことだ。

ではセイコーは、どうすればよかったのか。考えられるのは「転地」だ。時を知るのに困らないとなると、腕時計の副次的な性格が純化され、旧来の事業立地から派生する形で新たな事業立地が生まれている。そこでは可処分所得の高い人を相手にしてファッション・ステートメントや、時を刻むコンパニオンを売るというビジネスが成立した。スウィッチ・グループはこの事業立地を自ら産み育てることで、その盟主に収まる道を歩んだ。これに対し、セイコーは旧来の事業立地の防衛に明け暮れて、主役の座から降りる道を突き進んだ。

ここで、仮にセイコーがスウィッチ・グループの果たした事業立地創造の役割を自らに課したとしたら、と考えてみると、著者は難しかったと分析する。セイコーには、新しい事業立地に流用できる事業の構えがなかった。創業時の構えを長らく放置して、アップデートを怠ってきたツケと呼ぶべき性質の問題である。つまりは、メンテを怠り傾きかけた土台の上に、それには不釣り合いな製品を載せようとして、実らない努力を重ねてきたことになる。

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(8)

Ⅲ.人格から間柄へ

大正14年、和辻は京都帝国大学に招かれ、昭和2年ドイツに1年間留学する。この時、和辻の思想の変遷にもっとも強い影響を与えたのはハイデッガーの思想であった。この影響は、渡欧前の「もの」と「こと」との引きはがし、すなわち、「こと」自体の自律する領域の確立ということがらをさらに変成させる。その過程は昭和6年の「人格と人類性」に見ることができる。

「人格と人類性」で扱われるのはカントの人格論である。ここではカントの道徳論の中核をなす有名な定言命法の解釈に終始する。この考察において下敷きにされたのはハイデッガーのカント解釈であった。この定言命法についての日本での一般的な解釈「人を手段として取り扱うな、すべての人を自己目的として取り扱え」に対して、和辻は2つの問題点を指摘する。第一、人格と人類性との区別がなされていないのではないか。第二、手段としてではなく「同時に」目的として扱え、という「同時に」の点を見逃していないか。とくに第二の問題から、和辻は、もし人格を手段でなく目的として扱えと理解してしまうと、徹底的な個人主義が現われてしまうことになるという。なぜなら、私が他人に奉仕することも、人格の手段化であるので否定されなければならないからである。この誤解は、手段であると同時に目的であるとしてという事柄の理解を間違えたことに起因する。同時にという点が注意して読まれるならば、定言命法はむしろ、自分も、そして相手も、自己目的な人格として尊重させなければならないが、同時に自分を手段として使役させ、また他人を手段として使役しなければ人間関係は成立しない。このように考えれば、定言命法しは人間関係の原則として読まれるべきである。しかし、これは実現されない理念ではないという。カントが人類性の原理を見出したのは現実の社会においてであり、だから人類性の原理もまたこの社会に部分的に実現されている。そればかりか、たとえ人類性の原理だけが支配する「目的の国」においてであっても、人格はいぜんとして「物」でもあり、人格が手段として取り扱われることはなくならない。和辻が強調するのは、我々が今現在、すでに目的と手段との二重性において「ある」という点である。このような人格と人類性との、すなわち「もの」と「こと」との二重性の強調は、それまでの論理にねじれをもたらすことになる。つまり、『原始仏教の実践哲学』において、「我」は分解され、「もの」性を徹底して排除された「こと」自体の自律する領域、とくにそれが「行」によって統一されてゆくありようが見出された。こうした純粋な統一作用としての「我」がペルソナであった。そこで一貫して見出されるのは、人格から「もの」性を排除する作業、あるいは表現された「こと」から表現された「もの」を剥ぎとろうとする作業である。これに対して、カントの定言命法において人格と人類性との二重性を強調することは、むしろ人格の「もの」性を恢復し、強調する論として提出された。定言命法についての一般的な解釈において人類性の理念すなわち「こと」性ばかりが重視されてしまっており、それに対して二重性を強調するためには、「こと」の側面ではなく「もの」の側面こそを、ます強調する必要がある。こうした事情がねじれを生み出す。「こと」は単に理念ではなく、「もの」性をかならず伴うのであり、人類性は必ずその「物化」としての人格を伴わなくてはならない。そう主張する和辻は、『原始仏教の実践哲学』での考察とは正反対の主張を行わなければならなくなった。

和辻は、定言命法における人格と人類性との区別は、カントの第一批判の「純粋理性の誤謬推理について」で既になされており、純粋心理学的人格性と超越論的人格性との区別であるとした。超越論的人格性とは「我思う」の主体であり、思惟作用を起こす点のごとき我ではなく、思惟そのものの根源的総合的統一であると解説される。一方の純粋心理学的人格性とは「我思う」の主体であり、対象としては空虚な、いわば一種の形式である。この形式に充填される実体こそが純粋心理学的人格性と呼ばれる。それは、人格あるいは客体我とも呼ばれ、人格性すなわち統覚我と対照される。これらの規定はハイデッガーの直接的な影響を受けたものと言える。ハイデッガーはカント読解において心理学的人格性を超越論的人格性と区別して規定した。それは覚知の自我であり、知覚の経験、内感による諸々の心的な過程を経験する「自我─客観」のことであるという。これは超越論的人格性すなわち統覚、あるいは「自我─主観」とは対照的な規定である。だから、和辻は、こうした人格と人格性の差異を、「人格は「もの」であり、人格性はこの「もの」を「もの」たらしめる「こと」である。」つまり、「もの」と「こと」の引きはがしという思考方式はもここで人格論を担い人格と人格性との区分となって現われている。ハイデッガーのカント解釈と和辻の「もの」と「こと」の引きはがしとは、合流している。

三品和弘「どうする?日本企業」(2)

第1章 本当に成長戦略ですか? 日本が歩んだ衰退の道

経営計画と現実の齟齬について、問題の所在を、著者は次のような要約する。日本企業は管理職の延長線上に経営職を置いてしまったため、管理一辺倒に陥り、寿命を迎えた事業の立地にしがみついたまま、利益が伴わない不毛な努力を続けている。

これはデータに明らかであり、メーカーでは1960年以降一貫して下降トレンドを辿っている。問題の根は深く、少なくとも第一次オイルショックの時期に端を発していると指摘する。二度にわたるオイルショックやバブル崩壊などの大事件に際して一時的に利益率は急降下するが、直後には必ず急上昇している。このような場合、多くの人が痛みを感じるため、政府が対策を打つなど、実は恐れるに足らない。我々が本当に脅威と受け止めねばならないのは慢性病、すなわち誰も気が付かないほどゆっくり起こる変化のほうだと著者はいう。

これに対して、売上高は21世紀に入っても増え続けている。データを取った企業は1960年以前より上場している古参の企業だが、未だに売上を伸ばし続けているのは驚くべきことだ。反面、実質利益に目を向ければ1970年前後から停滞期に入っているため、利益率はどんどん小さくなってきている。これらの結果から、日本企業が「成長の奴隷」になってしまったのではないかと思える。まるで強迫観念に取り憑かれたように成長、成長とまくし立て、売上高は伸ばし続けて来たものの、その陰で利益を度外視したツケがたまりにたまって、閉塞感を打破できない状況に追い込まれてしまったのではないか。著者は、これを「豊作貧乏」と呼ぶ。

では、日本企業の利益が頭打ちとなった1970年に何があったのか、著者は戦後復興の終焉があったと指摘する。第二次大戦後の焦土と化した日本の再建とその派生需要が未曽有の経済成長を牽引したが、1970年代に焦土の再建は一段落し、住宅や主要な耐久消費財は行き渡った。戦後復興には確かに緊急性があった。極端なモノ不足を背景とした需要も際限なく見えた。そういった環境下では、いかに工場を拡張し、フル稼働させるかが全てだ。ところが、そのような非常事態モードを脱してしまえば、内需の性格が変わるのは当然だ。国際社会も日本を保護対象から外して、自立を求めてくる。腰を据えて新たな行き方を定めるべき節目がここにあったことは間違いない。しかし、日本は、結局のところ舵を切らず、折よく吹いてきた神風をとらえ、安易に便乗する道を選んでしまった。神風は遠くアメリカから吹いてきた。

しかし、日本の突然の変わり身に、アメリカは烈火のごとく怒り、日本企業の節度なき輸出攻勢を「失業の輸出」と非難する一方で、日本対策を練り始めた。そうした流れの中で台頭したのが、アメリカ企業の製造下請けを買って出た台湾勢であり、韓国勢だった。一方、ここまでして成長を追い求めた日本は何を得ただろうか。利益という点では何のゲインもない。そもそも日本製品がアメリカ市場を短時間で攻略できたのは、アメリカに簡便な販路が出来上がりつつあったからだ。そして、日本企業が量販に打って出れば出るほど、アメリカの販路側に利益が落ちる構図があった。その上、円高傾向に逆らって輸出を増やしたわけだから、利益が犠牲になるのは道理としか言いようがない。さらに悪いことに、火のついた貿易摩擦を鎮める過程で、日本企業は不利な譲歩を何度も迫られ、重荷を背負わされ、疲弊していった。いまや電機メーカーは、台湾勢や韓国勢が仕掛けてくる設備投資競争に敗退してしまい、半導体メモリー、液晶パネルと敗戦を繰り返している。疲弊したところを付け込まれてしまった。これだけ痛い目に遭いながら、驚くべきことに日本は未だに起動を修正していない。

そこで著者は、こう主張する。いまだ日本は「無理やり成長」のツケに苦しんでいるのに、相変わらず「成長戦略」の大合唱でよいのか。成長を目標に掲げると、優秀な社員ほど逆算を働かせ、数字を積み上げる方策に、つまり。結果の読める世界の勝負に、走る。そこには、結果の読めない未知の世界に挑戦しようとする道は閉ざされてしまう。本来の仕事の醍醐味は、仕事を通して世界を変えるところにあるはず。企業利益は、そういう目標に挑戦する意欲をかき立てるための報酬と考えられないか。それにもかかわらず世界を変える努力を放棄して、既知の世界で数字の積み上げに走っている限りは、日本企業が衰退の道を歩むのは自業自得といってもしょうがない。

2011年8月22日 (月)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(7)

こうした「行」と、「行」から始まる縁起系列が無根拠であることを意味する「無明」の規定によって、縁起説は整えられ、課されたいくつかの問題に答えたと和辻は見る。さらにまた、そもそも縁起説が五蘊説にかわって担ったのは、第一に超越我が持つ統一の作用の肩代わりをするということと、第二に苦からの解脱が計れるのかを提示することであった。第一の課題に対しては「行」によってそれに答えた。第二の課題には、「行」が無根拠であることが「無明」として捉えられ、「無明がある」と認識することが即ち「無明」滅を導き、苦からの解脱が計れるものであるとした

原始仏教研究において「行」を統一の根底として見出したことで、それまでの個人的な内面性としての人格概念が完全に払拭される。原始仏教の「行」の統一が、人格を踏み越える概念であると論じた。人格が作用の存在統一としての個体であるとすると、「行」による統一はそれを踏み越える。なぜなら「行」は個々の個体とそれとしてあらしめる法であっても、それ自身個体ではないからである。つまり、「行」は、統一そのものなのであり、統一された「もの」を含む概念ではない。その意味において「行」は個体性すなわち「もの」性を必ず伴う人格とは区別されなければならない。旧来の人格観はここに廃棄され、新たな人格観、「こと」の統一としての「行」という人格観へ取って代わる。

和辻哲郎は、原始仏教における五蘊説は、仏教の目標である苦からの解脱という課題には答えておらず、その課題を担うのは縁起説であった。その縁起説は認識論であると同時に実践論でもあると和辻は考えた。しかし、実践論として仏教の中心にあるのは八聖道である。八聖道とは、仏教徒、修行者における生活の目標、それによって解脱の実践へと導かれる八つの方法のことである。「正しく見る(生見)」「正しく思う(正思)」「正しく語る(正語)」「正しく行為する(正業)」「正しく生活する(正命)」「正しく精進する(正精進)」「正しく念じる(正念)」「正しく瞑想する(正定)」という八つの方法は、通常は僧侶の修行生活の目標とされる。しかし、和辻は一般に向けられた人間の道であり、現実実現の道である説いた。そして、八聖道の冒頭に「正見」があることを極めて重視する。正見は真実の認識の意味に解され、それは「無明」の滅とも言い換えられる。真実の認識は正見によって引き起こされる別のものではなく、正見そのものである。八聖道は正見すなわち真実の認識が、それ自身を現し、それ自身になるということにほかならないとされる。さらに次のように言う。八聖道は、正見の実現としての正見自身の運動とされる。和辻は、八聖道を正見にすべて包含してしまうのである。正見は、自らを方法として自らを実現するのであり、それこそが「滅の道」である。和辻は実践論としての八聖道を、正しい認識のありよう、特に見ることに集約させる。しかし、通常では認識と実践は別のものだ。もし、認識することが実践することであるとするならば、それはある一つの領域においてでしかありえない。すなわち「見ること」自体が自己展開していく領域、認識するという実践以外に実践がないありようにおいてである。言い換えれば認識と実践との自由な変換は、鑑賞・解釈が自己目的化し自閉した利用域においてだけ通用するということだ。これい、今まで見てきた縁起説でもそうだが「統一」というありようの強調であった。和辻にとって「統一」とは、「もの」と「こと」とを引きはがして、「こと」が認識=実践する自己目的的領域を自閉させるという事柄としてあった。「統一」は、認識=実践の領域の自閉化の要石としてある。こうして「もの」と「こと」の引きはがしということがらは、歴史的考察のさなかで論理的な極点を迎えることになった。この極点は三つのポイントを備えている。まず、一つ目は、「もの」と引きはがされた「こと」が、それでも付着させている「もの」性をさらに排除された結果、「こと」の「こと」性ともいうべき純粋な「こと」を志向したという点である。縁起説における「行」の解釈がその例である。また二つ目は、その純粋な「こと」が再び「もの」化しないような装置として、「こと」の無根拠性をあらわす記号のような概念が考えられたという点である。縁起説における「無明」の解釈がその例である。さらに三つ目は、こうした「こと」が自己目的化し自閉するための要石に様な概念が考えられた点である。縁起説における無明─行の組み合わせがそれである。

三品和弘「どうする?日本企業」(1)

今の日本で、どこの会社でも経費節減と早期退職のあらしが吹き荒れて、年収は頭打ち、年金だっていくらもらえるか定かでない…。そんな不安が職場に蔓延している中で、大企業各社が発表する中期経営計画の中身を覗いてみると、売上も利益も右肩上がりで伸びていくことになっている。驚くべき秘策でもあるのかと探してみると、これといったものは何も見当たらない。このことに著者は違和感を抱く。

大企業各社のトップが「負の遺産の整理は一巡した、ここから先は成長に向かって舵を切る」と高らかに宣言してから、すでに10年が過ぎようとしているが、その間「日本を元気に」という掛け声も至る所で聞いたが、現実はバラ色とは縁がないまま。この状況あるいは要因を著者は、日本病にかかったと形容する。

2011年8月21日 (日)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(6)

このように五蘊説は、和辻によれば、認識─存在における五種類の「法」を提示した。五蘊説はたしかにこうして普遍我を回避し、経験我における「われ」「わが」を五つの法に解体した。だがそれだけでは自我は解体しない。それは「我」を否定しただけであり、「我」に代わるものを提示できていないからである。「我」の作用、特に普遍我が持っている統一の作用をなんらかのかたちで肩代わりできなければ、統一の根拠として普遍我が再び現われてしまう。和辻はここに五蘊説の不十分さを見ていた。和辻によれば、これらの不十分さの補填こそが縁起説の課題であった。

縁起説とは、現象的存在が相互に依存し合って生じていること、を説く仏教の基本的な教説のことである。すべての現象は様々な原因・条件が相互に関係しあって成立するのであり、そうした原因や条件がなくなれば結果もおのずから消えるとされる。和辻は縁起説を単一のものみなさず、五支、六支、九支、十支、十二支の各縁起説が、それぞれ独自の考察を含む別々の思想によるものと考える。この異なった思想による縁起説が、影響を与え合い、無我論の論理的な問題展開に沿うことで、単純なものから複雑な者へ発展したと見ていた。五蘊説では五つの「存在そのものの法」が示されたが、これらの法と法とがどのような関係においてあるのかは論じられなかった。縁起説で問題にするのは、まさにこうした複数の法の関係づけの仕方である。和辻は縁起論の基礎としてのこの二点、すなわち無我論と、無我論を基礎とする法と法との関係づけという点から、これまでの伝統的な解釈によって見失われ、そのために非常に誤ったものとなったと批判する。

和辻は五蘊を縁起説に組み込んでいくことにより、外部は存在しないはずの五蘊説に動機を異にする別の思想が入り込むことを指摘する。その結果として五蘊説の解体と、そり五つの要素の縁起内での再構成が進められ、五蘊説自体においては考察されなかった五法のあいだでの関係を明らかにするという課題へと連動する。このことは六入処という別の思想を引きよせる結果となった。これは和辻独自の解釈問える。六入処とは六つの感覚器官あるいは感覚自体のことであり、眼・耳・鼻・舌・身・意を指す。六入処において課題となるのは、それらの感覚がどのように対象である「色」に関係し、受容性としての「愛」と組み合い、またそれに対して判断としての「識」がどのように関連していくかを明らかにすることだった。だからそれは、縁起説からみれば、五蘊説のうちの「色」「受」「識」三つの要素を一度解体し、五蘊説とは別の思想の下で関連付けるということだった。

六入処は「我」を分解することについては優れているが、無我論に徹するには問題を抱えていた。それは六入処が具体的感覚器官や感覚自体についての論であるがために、感覚が「なにかのもの」に対する感覚であること、この「もの」を論の前提にしてしまっていることである。認識のこうした対象のことを、特に「境」と呼ぶ。「境」をアプリオリに規定して客観的実体や対象をしらずしらず前提にするならば、こうした客体に対応する主体を知らず呼び込んでしまい、無我論を徹底させることはできなくなってしまうだろう。そこで、和辻は六入処の系列は縁起説取り込まれるときに逆転することを考えた。たとえば、「見られるもの」ということが成立するためには、「見られるもの」とする作用が先んじていなければならない。つまりは、見られる「もの」が成り立つには、見られる「こと」が先んじていなければならない、というわけだ。一方、縁起説自体も六入処の考えに影響をうけた。その結果、縁起説の根底をなす「識」と「名色」とが、相互に基礎づけ合う相依関係として規定されることになった、このようなことが示されるのは、始源がないこと、究極の根源がないことを示すには都合がいい。縁起説が六入処における相依関係を取り入れたのはこのためだったと言える。しかし、始源や根拠、あるいは「我」を取り除くことにはすぐれていても、相依関係自体は論理的循環として縁起系列そのものを危うくしてしまう。そうであれば相依関係を解除するには、こうした長所を引き受けながら同時に循環を解体することが求められる。この解体における課題を和辻は二つあげる。一つは、相依関係にない識の条件とは何か。二つは、そうした識の条件は、相依関係が行ったように無根拠を示すことができるか。この二つの課題を満たし、相依関係の循環を解くもの、それこそが「行」の概念であったという。

「識」は了別作用であるがために、了別する「こと」においてどうしても「もの」性が付随してしまう。求められるのは付随している「もの」性を完全に引きはがした「こと」、いわば「識」における「こと」のさらなる「こと」性のような概念である。それこそが「行」として「識」の手前にその条件として回り込むのである。このようにして「行」は析出される。しかし、縁起説では、さらに「行」の条件として「無明」が立てられる。

これについては、「行」は、「もの」性の完全な剥奪によって、「識別される「もの」を持たない純粋な作用」すなわち「こと」の「こと」性として見出されたが、しかしそれが縁起の最終根拠となるとなれば、「こと」であること自体が、しかしそれが縁起の最終根拠となるとなれば、「こと」であること自体が「もの」化してしまう可能性がある。言い換えれば理念が実体化してしまう。そこで、最終原理が実体化することを封じるために導入されたのが根底としての「無明」の考えであったと和辻は断言する。

そもそも、縁起系列が終焉し、無根拠化するとは、存在することの法が滅し、苦からの解脱が為されるということだ。つまり、縁起説は、法と法との成立のありようと、それが苦をどのように生むのかの条件が考察されているのであるが、一方ではその考察を転用することによって、条件を転用することによって、条件を止め関連を解体し法の連鎖を防いで苦から逃れる方法を見ることができるということだ。前者の見方を縁起の「順観」、後者を「逆観」という。ここで重要なのは、この順逆二観どうしの関係である。両者は、肯定の系列と否定の系列として相互に独立して対になっているとはいえない。なぜなら循環は「無明がある」と認識することによって自動的に「無明」を滅し、逆観へ反転してしまう。順観とは滅せられるべき自然的立場の根拠を示すものであり、つまりは我々の認識─存在の法の系列である。一方、逆観は釈尊の立場を示す系列である。これらの二つは、一見全く乖離しているように思えるが、実際にはそうではなく、自然的立場は、順観が逆観へと反転してしまうように、それを認識するという点において反転し釈尊の立場にすぐさま接続してしまうと和辻は指摘する。

2011年8月20日 (土)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(5)

既に述べたように人格概念において、和辻は当初、阿部次郎を介してリップスから影響を受けていた。だが、人格観の変容と連動してマックス・シェーラーを重視し始める、シェーラーは感覚し表象し感じ欲し望み恐れなどする内面的本質を人格とするリップスのような考えを斥ける。それは単に経験我ないし個人我としての自我を人格と同定しているに過ぎないからである。シェーラーはこうした自我とは別様のところに人格を開こうとした。それが種々な作用の具体的な存在統一を人格とする定義である。だが、和辻の見るところシェーラーの定義にも問題があった。すなわち、人格を経験我に限定することをやめ、それを具体的な作用の統一へと開くシェーラーの考えには画期的なところがあるにしても、見逃されているのは、そうした経験我や諸作用が、なぜ我として認識され統一的に把捉されるのか、と言う点である。和辻によれば、自我を人格とするには経験我だけではなくもう一つの側面がある。それは超越我ないし普遍我と呼ばれるものである。経験我が個人的側面に終始するのに対して、普遍我はそれを超越し、自身は実体化しない。だが経験我において数多の経験の中心に我が据えられ、それらを統一することができるのは、この普遍我によるのである。統一の根拠としての普遍我が働いているのはたんに経験我においてだけではない。シェーラーがいう諸作用の統一という人格においてもまた、それを統一し我へと連結する根拠として普遍我が働いていると言うべきである。シェーラーは経験我を人格とする考えを斥けようとしたが、和辻の考えでは経験我を排除するだけでは人格は自我から解放されない。そこには普遍我の問題が残されているからである。人格を自我から完全に解放するには、普遍我とは別の仕方で人格に統一を与えられなければならない。シェーラーの論点を受け継ぎながら、和辻がその不十分さを指摘したのはこの点であった。

和辻によれば、シェーラーも不十分であったこうした自我の抜き去りを徹底させた思想こそが仏教思想であった。『原始仏教の実践哲学』においては、原始仏教の論理的中心が、普遍我と経験我とをともに離脱することにあったと論じられ、和辻によればそれこそが原始仏教の根本的立場なのだった。では両者からの離脱とはどのようになされるものだったのか。普遍我と経験我とをそれぞれ主張する二つの思想は、その対立にもかかわらず二つの思想は、その対立に関わらず二つの共通点を持つ。一つは理念を実体化するという点であり、もう一つは認識の対象としてはならないものを対象とする点である。仏教が、この二つの立場を同時に離脱するとは、これらの共通点に対して逆の主張をしていくということである。まず、理念を実体化しないこと、さらに認識の対象としてはならないものは対象としないこと。言い換えれば、認識において経験と理念とを区別し、認識─経験の限界を決めること、また、認識の対象としてはならないような問いに対しては、「答えない」という態度をとることである。つまり、両者の立場に対して超越論的な立場に立つこと、それが仏教の立場、「決然たる転回点」であると和辻は考えるのである。ここで、問題は、こうした超越論的な見方をする仏教が自らの説として何をあげたかということだ。和辻が原始仏教思想の中心としてあげるのは「この世は無常である」という前提のもとに示された五蘊説であった。

五蘊説とは、一般的には、五蘊、すなわち五つ要素の集まりの意味であり、我々個人の存在を構成する色・受・想・行・識の五つの要素のことをいう。「色」とは肉体、身体のこと。「受」は感覚もしくは感受作用、「想」は表象作用すなわち想像すること観念を抱くこと、「行」とし意志あるいは衝動的欲求のこと、「識」とは認識作用あるいは判断のことであるとされる。五蘊説はまず我々の認識の世界を対象にする。「世は無常である」とは、変遷し変化していく認識の世界のみを対象にし、究極の永遠なるものなどは扱わないということの言い換えである。認識を超えた事柄、例えば我や世界の起源と終焉について、あるいは世界の有限性無限性についてなどの議論にはくみしない。「答えない」

という態度は、認識の世界に領域を限定し、超越的な普遍我は考察の対象から外すことを意味する。和辻は、これを原始仏教の明確な思想的判断であると力説する。だが、認識の世界に限定し、普遍我を相手にしないと、経験我を擁護することになる。それに対して和辻は、五蘊説であげられるのは実体的な要素なのではなく、実体性のない範疇であると論じる。つまり、五蘊説は範疇論であり、範疇すなわち理念でとどまっていると主張する。わたしが花を喜ばしく思う。このとき、わたしという主体が花という客体を受容し、それを喜ばしく感受するとするならば、花は主体側と客体側とに、たとえば認識された像とその実体という具合に、少なくとも二つ存在しなければならない。だが実際にはそうではなく、花は、美しい花としてただ一つあるばかりだ。とはいえこのただ一つの「ある」とはどういうありようなのか。和辻によれば、それは「一つの特殊ないろかたちが楽受において存する」だけである。つまり、この「ある」とは、わたしの認識と客観的な実体とが分裂する手前にあるありようなのであって、経験と存在の仕方が一つになったものだというのだ。和辻は、このようにして「我」とその反面の客体化を、すなわち、いわゆる主体と客体とを、同時に回避しようとする。問題となるのは、この認識でも客体でもない、あるいはそのどちらでもあるものとは、結局何か、ということである。和辻は、このありようを「存在するものの法」と名付ける。和辻はこれを「かた」と解釈する。「かた」とは、「もの」を「もの」たらしめる「こと」である。言い換えれば、認識その「もの」や実体その「もの」ではなく、認識や実体をそのようにあらしめる範疇あるいは形式の「こと」、それが「かた」なのだ。「かた」としての法は、存在するものの範疇・形式であり、存在そのものからは逃れる。それが存在するものの法である。「もの」と「こと」との引きはがしは、このように五蘊説の検討において明確に形式化され考察されるのである。

2011年8月19日 (金)

1年経ちました

昨年の8月20日に、急に思い立ってこのブログを始めて1年がたちました。三日坊主で継続するということが苦手な私ですが、とにもかくにも1年も続いたのは、ここで訪れていただけた皆様のおかげです。どうもありがとうございました。ちょうど、この書き込みが400件目ということで、途中、何日かサボりもありましたが、ほぼ、毎日1件は書き込むことを続けることができました。

最初のころは、会社の行き帰りの電車の中で、手持無沙汰の慰みにと読んだ本の感想や携帯音楽プレーヤーで聴いた音楽の感想を書いていました。しかし、音楽に関しては、当初はCDプレーヤーで聴いていたのが、HDプレーヤーに途中で代わってしまうと、CDプレーヤーの場合は1枚のCDを1日で聴き通すというパターンで、その日の終わりにその日聴いたCDの感想を書いていたのですが、HDプレーヤーはハードディスクに何曲も入っているので、気分によって途中で聴く曲を換えてしまったりして、以前よりも集中して耳を傾けるということがなくなり、感想を書きにくくなってしまい、いつの間にか、読書メモ中心になってしまいました。

また、仕事のひとつであるIR関係に関する書き込みに対しては、何人かの方より直接、声をかけていただけたり、ご意見を聞かせていただいたりと、おかげで、この1年、この書き込みを契機に広がったような気がします。また、ここで、書き込んでしまうと、自分でも曖昧だったことが明確になったり、書いてしまって意識の上で引っ込みがつかなくなり、自分で自分の尻を叩くような事態も起こったりと、この1年は、ここに書き込みをしてきた御蔭で、年齢のわりには青臭く仕事を進めることができたと思っています。それはそれで、楽しい時でありました。

といっても、これで1年経ったから、ここでお仕舞にするつもりは毛頭なく、特にゴールを設定することなく、これからも続けていくつもりです。日々の出来事を綴ったり、考えや思いをぶつけるような書き込みはないので、毎日続けて訪れるという方は少ないようですが、だからと言って、無理はしないで、当面は今のスタイルで続けていこうと思っています。

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(4)

一方、『正法眼蔵』に対しては人格は別の扱い方をされている。道元の人格は内面性に収縮することなく『正法眼蔵』や他の語録の行間に、表面に、躍如として現われていると言われる。ここで示されているのは、表現される「もの」すなわち個人的な内面性に限定されることなく、表面化している表現される「こと」の集積として道元の人格を扱うやりようである。表現─人格における「もの」と「こと」との引きはがしは、まさしく、この「沙門道元」において起こっている。この論考こそが和辻哲郎の表現─人格の変容の嚆矢であると著種は言う。

和辻は『正法眼蔵』等の著作を道元における真理の表現であるとする。通常の禅宗の伝統に反して、和辻は真理は言葉によって、あるいは論理的表現によって表現されることが可能である、そうでなければ道元が多量の説教の書を書き残すわけはない、と断言する。つまり、『正法眼蔵』などに表現されている「こと」は、真理の表現であり、さらに真理の具現としての道元の人格である。このような主張は、二つの疑問点を導く。

一つは、道元の著作や語録に現われている事柄を、道元の人格といい、真理だという場合、それは書物の位置付け読解によって限りなく恣意的に変更を蒙ってしまわないかという点である。『正法眼蔵』自体も、何のバイアスもかけられていない単純な所信表明の書なのではない。ましてや文章の読解自体が、千差万別で、限りなく恣意性に揺られ続ける。となると、人格も真理もそうした恣意的なものなのか。もしそうではなく、何かしら確固としたものであると主張するならば、こうした恣意性を何かの方法で処理しておく必要がある。もう一つは、道元の人格に真理が現われている、具現しているということの問題である。道元にとって仏の悟りでしかありえない。だが、仏の悟りを具現するとはそこに仏が現われるということである。これは仏身の問題を掘り起し、その問題と道元との関わり合いについて論究することを和辻に迫ることになるだろう。また、人格という用語自体がキリスト教に深く影響されたものであって、その場合真理の発現とは神の発現とほぼ同義である。そのため神すなわち超越者そのものが現実世界に発現するという問題系に触れ、キリスト教と仏教における差異を問う思考を誘うことになるだろう。これらの疑問点は、文献の解釈における恣意性の問題と、超越者の発現の問題にまとめることができる。

和辻は、道元の思想の特徴を次のように捉えてみせる。道元においては超越的な法は人に憑いて働き現われる。ここで注意すべきなのは、超越的な仏を人としての肉体によって表現していくことでもあると言っていることである。それは親鸞のような、人とは隔絶した阿弥陀仏という超越者への帰依なのではなく、今この場に現われている人に顕現し働き現われるという主張なのだという。この法と人との関連について注目しておかなければならない。注意すべきなのは、こうした法が人に憑いて働き現われることとは、超越的な仏を人としての肉体によって表現していくことであると言っていることである。表現される「こと」としての法は、表現される「もの」として肉体離れることはない。ここでは「もの」と「こと」の引きはがしということがらは未だ明らかにされていない。だが、真理が表現されるのは人の肉体や人格においてだけではなく、ことばにおいても十分に現われるのである。それは、『正法眼蔵』や他の著作に道元の真理が表れていると断言したことの当然の帰結であった。和辻は「道得」の解説において、ことばによる真理の表現のさなかに、表現される「もの」である人格や人が剥ぎとられ、表現される「こと」のみが自律していくさまを描くのである。道元は「道得」という言葉を重んじた。和辻はそれを、真理を表現することその「こと」の重視であると見る。表現はもはや特定の人格に限定されない。人格の特定性は取り除かれ、表現される「こと」自体が自律し、逆に人格を呑み込んでしまう。和辻は、「道得」をロゴスの自己展開と呼ぶ。この言葉は、理性・精神といったなにか内在的なものが歴史的に展開していく事柄として理解されてはならない。ロゴスとはまず言葉であり、真理であり、表現である。ロゴスの自己展開とは、主格的な人格に従属するべき言葉・真理・表現が、人格の支配を振り払って自律していくこと、さらには逆に人格を覆い、人格を規定してゆくさまとして捉えなればならない。「もの」と「こと」の引きはがしが、ここで、ロゴスの自己展開という言い方で和辻に明確に意識されていたことは重要である。表現される「こと」から抜き去られる主格とは、あきらかに、個人的な内面性なのであり、主格として働く人格を指している。つまりそれは、かつての『偶像再興』時に語った人格、すなわち「精神、統一的自我、個体、叡知的性格」に特徴づけられる人格なのである。ここで注意しておきたいのは、こうした図式を示すのには、単なるギリシャ精神たけではなく、ギリシャ精神の精髄を吸収したキリスト教であり、またそのキリスト教に近似しているとする親鸞の考え方であった。このように「道得」の解説によって主格の抜き去り、ロゴスの自己展開という呼び方で表現される「こと」の自律を主張した和辻は、さらに「葛藤」の解説において、表現される「こと」の自律が招いてしまう問題について考察の糸口を得る。つまり、表現には、当然ながら複数の表現がありえ、それらは互いに矛盾して衝突してしまう。人格が表現を統率する場合には、表現の複数性は複数の人格の差異に解消してしまうが、表現を統率する主格的な人格を排除して表現される「こと」それ自体が自律するとなると、これらの相互の矛盾や衝突は自己矛盾であり、自己衝突としか言えないことになる。この表現される「こと」同士の矛盾や衝突は弁証法的に止揚される。和辻はそれをイデーの弁証法的展開と呼んだ。このことばもロゴスの自己展開同様に、内面的な観念が歴史的に展開してゆくこととして捉えてはならない。それは表現される「もの」ではなく、自律する表現される「こと」同士が抗立否定し合い、自体が止揚していく様を指している。この止揚こそが、和辻にとって「脱落」なのだった。道元の考えの根幹とされる「脱落」は、アウフヘーベンと言い換えられる。

2011年8月18日 (木)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(3)

Ⅱ.表現としての人格

前章でも取り上げた和辻の「偶像再興」には阿部次郎、阿部がその著書を翻訳したリップスの影響を受けている。それは人格主義といえる。ここで阿部の言う人格とは。精神、統一的自我、個体、叡知的性格によって特徴づけられるもので、個人的な内面性に関するものであった。だから人格主義とは、外在的な物質を追求することを抑制し、この内部的な人格の成長と発展こそを至上の価値とする立場であるとされている。和辻は、これを享けつつ、阿部のような社会改良の方向には向かわず、芸術、とくに文芸における表現の問題に向かった。「偶像再興」の和辻にとって、人格的生命とは文芸によって表現される内容、すなわち表現される「もの」なのであった。こうした人格が。前章でいう内生と同じものであめことは分かるだろう。

しかし、和辻のこの人格観は、後年、例えば昭和10年の「面とペルソナ」においては変容している。そこては、まず、顔が人の存在にとっていかに中心的地位を持つかを語り、顔は人の存在にとって核心的な意義を持つもの、単なる肉体の一部ではなく、肉体全部を従える主体的なるものの座をなすこと、それを抽象したものこそが「面」である。事実、「人格」の原語であるラテン語ペルソナとはもともと劇に用いられる仮面のことだった。仮面の意であるペルソナが、劇中の役割、劇中の人物を示す意味へと転じ、さらに日常における我・汝・彼という役割、社会における地位・身分・資格などの役割の意に転じて、最終的に行為の主体・権利の主体としての人格の意味に帰着したのだ、解説する。要するに和辻はペルソナという言葉によって、顔と人格とを、顔と仮面とを結びつけ、それらの関連のありようを問題にする。そのなかで、能面を例にして次のように述べる。面をつけた役者が手足の動作によって何事かを表現すれば、そこに表現せられたことはすでに面の表情となっている。ここでは、仮面をつけた役者自身の動きや内面性等が抑圧されている。役者の肢体による表現は、役者の内面、あるいは内生を表現せず、面がそれを被って動く役者の肢体や動作を己の内部に吸収してしまい、面の表情となるという。和辻が重要視するのは、この、動きにおいて役者の肢体の表現を吸収してしまう力である。この力こそが、仮面の意味を人格の意味に転換させた急所だったからである。坂部恵によれば、仮面としてのペルソナは、主語的同一性ではなく、関係の束や柄の束を示す。和辻の人格観は「偶像再興」時には主語的同一性ときわめて親和的な、個人的な内面性としての人格であったが、「面とペルソナ」時には、関係の束としての人格へと反転し、変容してしまったのである。ここで重要なことは、この変容が表現に関連していたということである。「偶像崇拝」時の人格が表現の問題に強く関わるものであったと同様に、「面とペルソナ」においても人格は表現の問題にかかわっている。表現される「もの」と表現される「こと」との区別でいえば、「偶像再興」時の人格とは、文芸によって描かれるべき内容の本体、すなわち表現される「もの」であり、一方「面とペルソナ」時の人格は表現される「こと」の集積である。つまり、人格についての考えもまた、表現される「もの」から表現される「こと」へと変容し、「もの」と「こと」とが引きはがされていると言える。

このような、「もの」と「こと」との引きはがしは本質的に、ことばの問題であり、表現の問題である。そうであれば、「もの」と「こと」との引きはがしということを、最も重要で、かつまた普遍的な問題にさせるのは、何かのテクストの解釈という場面においてである。「もの」と「こと」との引きはがしということがらが、和辻においては人格論の変容においても見られるが、例えば、その過程は大正10年から12年にかけての2つのテクスト読解のやりようの比較において見ることができる。2つのテクストとは、『福音書』と『正法眼蔵』であった。これらはイエス及び道元の人格にそれぞれ着目し、それを取り出し叙述するということを目的とする。だが、その取り出しようが異なっていた。

和辻によれば、『福音書』にはイエスの人格がその奥に君臨している。ここで和辻が求めようとしているのは、福音書に描かれたイエスではなくて、その奥底の福音書を描かせたイエス、信仰を引き起こした人イエスであるとして、その弁別には精密的な解釈学的操作を必要とするとして、解釈学的方法による詳細なテクスト解釈を試みる。これに対して『正法眼蔵』の場合には、道元の人格は既に著作の表現そのものに露わになっているというので、『福音書』の場合のような慎重さは必要ないとしている。この両者の違いは、ひとつにはテキスト自体の性質の違いに起因する。すなわち、『福音書』はイエスの弟子たちが綴ったイエスの言行録であるのに対して、『正法眼蔵』は道元自身が書き、語ったテクストである点だ。しかし、それだけではない。和辻は原始キリスト教は、ユダヤ教から出た特殊なものではなくして、ギリシャ風の享楽的な頽廃的文化に反撥するもとして現われて来たことを強調する。これは明らかに不自然であり、そこには予め目されている前提があった。それは、ギリシャ神像と古仏像の様式の差異の意識だったと著者は指摘する。『福音書』の叙述がどれほど荒唐無稽であろうとも、イエスの人格と乖離せずに結合していると主張されるのは、ギリシャ的なるものにおいては、表現される「もの」と表現される「こと」が分離せず結合しているという様式の意識が前提されているから。ギリシャ神像の様式は「人間を神の姿に高める」とまとめられているか、この意識こそが、原始キリスト教の中枢を人間イエスから神イエスへの高まりと捉えてゆく視点の裏付けとなるものであったとも言える。重要なのは、この論考においては、人格は『福音書』の内奥にあり、あるいは神イエスへの変容をもたらした核とされていることだ。ここで人格は、個人的な内面性、表現される「もの」としてしかない。これは、「面とペルソナ」に見た2つの人格観の前者と親和性を持っていることは明らかだ。

2011年8月17日 (水)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(2)

ギリシャ神像と古仏像との間に差異を見出すことをもとにして、和辻はさらにこれを東洋美術の特徴として捉え直していた。大正12年ごろの「日本美術史ノート」では。ヴェルフリンの『美術史の基礎概念』を取り上げ、そこで示された五対の美術概念について詳細に検討がなされている。ヴェルフリンは、視覚作用それ自身に歴史的変遷があり得ると考え、視覚の諸層を明らかにすることが美術史の基本的な課題であるとする。ヴェルフリンによればこの視覚の諸層は五つの対をなしている。それは、線的/絵画的、平面/奥行、完結形式/解放形式、多様性/統一、明白/不明白、という対であり、これらの前者から後者へと変遷することにヴェルフリンはルネサンスからバロックへの様式的変遷を見る。和辻はこの美術概念の対を逐一検討し、それらが東洋美術には適用できないことを示そうとしていた。東洋美術における描線は、ヴェルフリンの言うような線的か絵画的かを区別できるものではく、線的でありながら同時に絵画的であるようなことがらとしてあった。このような描線を、和辻は「リズムを現わす線と物の明確な形を現わす画き方とが結合し、いずれにもなり切らず中間に於いて新しき意味の線となっている」と解説する。この描線のありようは東洋美術の特性に結び付けられる。それは、「形自身に於ける美よりも、形を通じて現わされる意味を重んずる」ということだった。東洋美術とは、形自身ではなく形によって示される「意味」、形そのものではなくそれが織りなす「リズム」の主張である。このような東洋美術は西洋的な美術様式とは別の「様式」であるとされた。注しておきたいのは、この別の「様式」は、通常の意味の、あるいは絵画的様式などと同格に並べられるような様式のひとつではなかったということである。東洋美術の「様式」は、絵画的様式というような様式の区別そのものを横断し解体するものとして、ヴェルフリンが考える様式の外部にあるような事柄であった。それはヴェルフリンの様式の区分そのものとその根幹的な前提とを問う「様式」であった。

これはつまり、視覚作用が歴史的に発展するということがらのさらなる根底である。視覚作用自身が歴史的に発展することなどはあり得ない。歴史的発展をするという自体が人の営為に属するからである。つまり、視覚作用の歴史的発展とは、単独であり得るのではなく、その背後の人格的生の歴史的発展に寄り添うものでしかない。だから、より根底的な問題とすべきなのは、むしろ人格的生がどのように視覚作用へと結合するのかということなのだ。ヴェルフリンに即して言えば、なぜヴェルフリンは視覚作用そのものがあたかも歴史的に発展できるものであるかのように、人格的生と視覚作用とをぴったり貼り合せられているのかが問題とされなければならない。ヴェルフリンが視覚作用にのみ着目するのは、もともとギリシャ的な視覚作用のありようを無意識に前提にしていたからである。ギリシャ的であるとは、視覚作用が人格作用とぴったりと重ねられ結合することをいう。そうした根底的な、視覚作用と人格作用との結合のしかたこそが、対象物のかたちをその内容と乖離させずに見る視線を保証し、自然に忠実に描写することを欲するような美術家を、あるいは、視覚作用そのものが独立的に展開できるような思惟を支えると和辻は考える。これに対して東洋美術は、自然な忠実な描写は必ずしも欲せられない「様式」として、ヴェルフリンのいう様式の外部に立つ。それは、対象物のかたちと描かれる内容とが乖離しても頓着せずに、描かれる重点を対象物そのものにではなく、なんらかのリズムや意味に置く「様式」であるという。こうした東洋美術の特徴が、「もの」と「こと」の引きはがしであるということは容易に確認できる。つまり、東洋美術の特徴とは、対象物その「もの」が描かれるのではなく、リズムや意味といった、「もの」性を剥がされた純粋な「こと」こそが重点的に描かれることなのである。

しかし、ギリシャ美術は人格的作用が直ちに視覚作用になり切ろうとする、形象を感情によって精神化するといわれる。一方、東洋美術は、人格作用は視覚作用になり切ろうとはせずに、視覚作用を単なる通路としてまっしぐらに現われようとする、感覚が形象によって感覚化されると言われる。だが、すぐ分ることだが、こうした概念による差異の把捉は成功していない。両者の概念がどのように違うのか十分為し得ていないのである。

2011年8月15日 (月)

宮川敬之「和辻哲郎─人格から間柄へ」(1)

Ⅰ.あらかじめ喪われたこどもに

著者は、和辻の第2子を大正8年に喪ったことを、ひとつの糸口にする。このことを和辻自身は「或子供の死」に書いているが、子供の最期の様子を感情を交えず、その事象のみを淡々と語っている。とりわけ、子供の死の周辺を描くことには優れているが、子供が死んでいく姿自体は描くことができない。人が死ぬとは、ひとつの「もの」となってしまうことを指す。まさに和辻は人が「もの」となってしまう部分を描けない。和辻は「もの」となる子供の死のありようを描かず、むしろそれを様々の予兆へとつなげてしまったが、それは「もの」の忌避であり、敢えて言えば「もの」性を排除した、事象の叙述、つまり「こと」によっての死の叙述であった。

ここで著者は、大正11年の「日本精神史研究」の中の「仏像の相好についての一考察」に注目する。和辻は、白鳳・天平期の仏像に強く見える特徴、すなわち「眉と目の異様な長さ、頬の空虚な豊かさ、二重顋、頸のくくれ、胴体の不自然な釣り合い」という仏像の特徴が、嬰児の人体の美しさを捉えたものであることを発見する。ここでの嬰児とは喪った第2子のことではないが、同じ論考の中で次のように述べる。「ところで我々は、仏像や菩薩像において嬰児の再現を見るのではない。作家が捕えたのは、嬰児そのものの美しさではなくして、嬰児に現われた人体の美しさである。」著者は、和辻が、この「嬰児そのものの美しさ」と「嬰児に現われた人体の美しさ」を引き離し、それぞれを別々の何かとして扱うと指摘する。それは、いわば、表現された「もの」としての嬰児(嬰児そのもの)と表現された「こと」としての嬰児(嬰児に現われた人体)とを引きはがすことで、現実には不可分であるはずの「もの」と「こと」とを和辻は区別し、引きはがしてしまう。このことについて著者は、「こと」と「もの」との区分は、単純に考えると、物理的現実についての、その表面性=意味性と、実在性との弁別に沿った現実的な区分であるように見えるが、実はそうではないという。「もの」と「こと」とを区別すること自体が、表面=意味と実在というような次元の異なった対立なのではなく、最初から、ことばの問題、あるいは表現の問題の範疇にあると認識していた点で収容なのだ。「もの」と「こと」とを分裂させ引きはがすそのことが、ことば、表現の問題領域のことがらなのだ。

では、和辻は表現についてどのように考えていたか。青年期の和辻は「偶像再興」において、表現とは生きることそのもの、活動するそのものであるとされていた。この生きることそのものである表現において、われわれは自己の内生を表現しなければならない、そのことが人格価値を高めるのであると、青年和辻は単純に宣言していた。この表現についての考え方は、「仏像の相好についての一考察」になると、ことがらだけを表現するような表現を考え、表現される「もの」、たとえば内生などという「もの」を表現するということがらを無視し抑圧していくのだ。「表現」において「もの」は抑圧され、忌避されて、「こと」だけが独立しようとしはじめるのである。この論考の中で、「もの」と「こと」の引きはがしという表現形態が、ギリシャ美術との対抗関係において見出されている。嬰児において発見された仏像独特の美しさとは、ギリシャの流れを汲んだ西洋美術の写実的な美しさに親しんだ者には、多くの不自然と空虚の感じを与えるものでしかなかった。だが、そうした不自然と空虚に却って美しさを見出そうという視点、つまりギリシャ美術とは別様の表現を見ようとする視点こそが、「もの」と「こと」とのひきはがしということがらを見出させることになる。つまり、表現の変容とは、ギリシャ美術の様式から、それとは別様な様式への重点の移動としてあり、それを明確な差異として結晶化された核が第2子の喪失であったのだ。

それならば、「もの」と「こと」の引きはがしを見出させる原因となったギリシャ美術との対抗とは、そもそもどんなものものであったのか。和辻し大正14年の「推古天平美術の様式」のなかで、ギリシャの神像を人体を紙の姿に高める過程、天平の仏菩薩像を神を人の姿に表現する過程と対照させて呼んだ。つまり、ギリシャ神像の作者は、現実的な女体において彼が直視した理想の姿から取捨選択をして神像を造り出す。どれだけ取捨選択しようと、そのもとになるのは一つの現実の姿である。その一つ現実の姿を取捨するときに、取捨選択の基準そのものとしてイデアが自覚されるという。これらのことがらを和辻は、人体を神の姿に高めると呼んだ。れは、表現された「こと」と表現された「もの」という点でみるならば、ギリシャ神像における表現された「こと」は、どれだけ取捨され、どれだけ神々しくあろうとも、、その表現された「もの」と乖離しないということである。だが、一方の推古天平期の仏菩薩像は、具体的な一つの現実の姿からではなく多くの現実的の姿から択び出され構成された嬰児の肉体によって作り出された。仏菩薩像を構成する嬰児の肉体という表現は、表現されたものとしての嬰児そのものとは連結しない。つまり表現された「こと」である嬰児の肉体は仏菩薩像をかたちづくるが、それは表現された「もの」である嬰児そのものとは乖離しているというのである。このことを和辻は神を人の姿に表現すると呼んだ。

2011年8月14日 (日)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(21)

後半の著者による展開は、ロジックというよりもレトリックで為されている。言っちゃ悪いが、語呂合わせに近い。議論はかなり粗雑で乱暴、本当に大学院を出てコンサルティングをしているのか。まあ、それだけ、著者は横文字の言葉に引き摺られている。ウェブとかそういう類の言葉がちりばめられているが、それがなければ得られない結論というのではない。だから、とりたててユニークさは感じられない、著者はウェブの時代はスピードが大切とでも言うような、どこか焦りが感じられるようだ。だから言葉が上滑りしているところが散見される、書いた本人、よく理解していないのではないかというところが多い、今は、そんなことを言っている場合ではなく、とにかく動かなければならないとでも言っているように見える。あと、知識のひけらかしのような外連も感じた。若いからしょうがないと言えば、それまでだが、もう少しよく考えること。着眼は悪くないのだから、着眼だけで終わっているのが残念に思う。

2011年8月13日 (土)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(20)

しかし、アーキテクトと呼ばれる場の設定者だけがフィードバックの揺り籠から抜け出す担い手であるかというと必ずしもそうではない。クリエイターやプレイヤーのレベルでも関わる方向はある。そこでの鍵は「遊戯性」だ。遊戯性は、演劇性やゲーム性といってもいいだろう。目の前の状況を遊戯や演劇やゲームと捉えるところから、アーキテクトではなく、クリエーターやプレイヤーが、アーキテクトが用意した目的やルールから外れ、そのことによりフィードバックの揺り籠から抜け出すこともできるだろう。もう一つ興味深いのはゲームに参加している人の中で流れを制御する人が中にいてゲーム進行の軸を果たしていることだ。つまり、その人がゲームメイクをすることで個々の具体的なゲームが作られる。それがゲーム自体の変質を意図的に起こす可能性を高めるといえる。裏返すと、いま、目の前にある現実を自分自身が介入可能なゲームとして積極的に捉え直すことで、その現実が暗黙の前提としている目的やそれに合わせて用意されたルールの存在に気づくことができる。この状況は、スチュアート・ブランドが考えていた日常生活における変化の実践に近い発想だ。そして、そう考えればブランドがSpacewarに興じる初期のハッカーたちにカウンターカルチャー時代のヒッピーが帯びていた社会変革精神を見出したのも頷ける。つまり、目の前にある現場を遊戯や演技やゲームと見なすことで、現場を批判的に分析し解釈し改善する可能性を生み出すことでもある。文学的に言えば、批判的なパロディを生み出すことであり、異なる解釈を示唆するような批評行為をおこなうことであり、それらをあわせもつメタフィクションを生み出すことである。遊戯やゲームは現実と虚構の間=境界に立つための方法論として位置付けることが出来る。しかも、ウェブ時代では多くの場合、ソフトウェアを書き換えるところから変化を始めることができる。マン・マシン系が実現し、それらをクレアトゥーラとみなせる近未来では、ソフトウェアによって制御される物理的実体を内蔵した機械群も随時変更可能となる。

ソフトウェアやアルゴリズムの具体的な現われとしてゲームは、先行するメディアを参照しながら、登場時の可能性を取捨選択することにより、一定の商品として様式化してきた。だから出来上がったゲームのイメージだけに囚われると、そのもつポテンシャルが矮小化されてしまう。そのように捉えてしまうとゲーム内ジャンルの反復にとどまり、鏡像の中に閉じ込まれてしまう。それを避けるためにゲームではなく、もう少し広がりのある遊戯という言葉で、ソフトウェアを体現したものとしての可能性に注目するためだ。実際にゲームチェンジするためには、現実の重さ、自由度の重さを理解することも必要だ。そのときに有効な見方が可塑的という言葉だ。可塑的という特徴は例えば年度の造形過程に見られるように、変形に当たって全く自由というわけではないが、同時に全く不自由というわけでもない。要は、その自由と不自由の間にある制約条件をいかに活用するかで造形者の創造力が試されるひとになる。既存のスタイルは確かに一つの制約になる。それはユーザーが慣れ親しんだデザインでうり、そのため愛着もあれば、使い方として慣れてしまったところもあるからだ。しかし、新たな改変を加えていく。その変遷は後から振り返れば、ある一貫性を持った変化となる。可塑性とはそのような変化のあり方だ。例えば、人間の身体にはおのずから制約がある。だからといって、自由でない、不自由だということにはならない。その制約下でも創造性を発揮することはできる。その制限の中で限界に挑戦するからこそ、何か崇高なものを感じ、それを人々の間で共有することができる。人間はそのままでは空を飛ぶことはできないが、飛行機を生み出すことで制限つきの自由の範囲を少しだけひろげることができた。だから、大事なことは概ね似たような制約の下で自由に振る舞うことができれば現実的には問題ないということだ。

ここで考えられるのは、最初に合理性とは何かという具合に、仮決めのゴールイメージを作ったうえでそこへ漸近していくことを、肯定的に捉えようとする姿勢だ。コンピュータの登場によって理論的には可能でも実際に計算を終了させることができるかどうかが、実現の基準となった。これを計算可能性という。漸近していくという発想は、この計算可能性と呼ばれる実現可能性に準ずるような発想で、コンピュータが随所に埋めこまれた世界では有効なものの見方だ。裏返すと、ウェブが偏在化してしまう社会の中にある当のウェブ自体は、今後それ自身の持つ可塑性の下で漸次実現される可塑的な自由を、それこそ一歩ずつ拡張させるところでこそ、意義を持つのだろう。これは何らかの価値の実現で、ソーシャル・ネットワークはそのことに既に着手し始めている。そして、このような要請に応えるための方策の一つとして、オープンであることは大事なことであり続けるだろう。

ウェブは電子の市場としてスタートし、facebookによって電子の広場を実現した。今ある状況は、この電子の広場に、例えば集合知といわれる多数意見の決定メカニズムを、もっぱら市場経済のアルゴリズムを転用して実装しようとする動きだ。これは可塑的なデモクラシーの可塑性の最たるものだ。なぜなら、経済活動のアルゴリズムを、意見形成という活動のアルゴリズムとして変形することで、多数指示性を判断基準にするデモクラシーの実現に一役買おうとするものだからだ。こうしてウェブは可塑的なデモクラシーの実現場所として進化する。

ソーシャル・ネットワークの存在が前景化する2010年代は、アップルが依拠したカウンターカルチャー性の追求でもなく、グーグルが一般化した市場交換性の実施でもなく、facebookに代表されるソーシャル・ネットワークが用意しようとするデモクラシーのウェブでの配置が鍵を握る。人間の社会とネットワーク内のリソースが一緒になったマン・マシン系が舞台になる。そこではフィードバックの揺り籠に陥らないために、あれこれ策を講じなければならない。その時に有効と思われる視座が、たとえば遊戯性であり可塑性である。

2011年8月12日 (金)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(19)

ここまではグーグルとfacebookを対比的に捉え、グーグルは合理主義的で機械的で電子の「市場」を推進し、facebookは人間主義的で電子の「広場」を体現するという具合だ。このような対比は、あくまでも単純化したもので、現実の世界ではウェブが偏在しており、コンピュータ開発の最初期に構想された「マン・マシン系」、すなわち、人間と機械がともにシステムに繋がれ協働する状況となっているからだ。そうなると。両社はマン・マシン系の現出に向けた二つの代表的なアプローチと考える方が適切だ。

マン・マシン系で見た時、モバイルとソーシャルの間には決定的な違いがある。グーグルとアップルによるモバイル分野の競合は端末開発の競合でしかない。人間と機械は切り離され、もっぱら機械がどうなるかが問われる。インターフェイスの巧拙が消費者への訴求点となる。その意味では閉じたデザインだ。一方、グーグルとfacebookによるソーシャル分野の競合では、人間と機械は截然とは分かれない。端末の先にいる人間とその人の知識や交友関係をもネットの中に組み込んで考えることになる。グーグルの場合は、むしろウェブの上で稼働するポットやウェブに接続された機械をいかに稼働させるかに関心がある。これに対してfacebookではユーザーの持つ「ネットワーク」はウェブに限らない。その人が所属するあらゆる交流関係までもが組み込まれる。むしろ、そのような交流関係のすべてがウェブ上に投影されることが企図されている。このネットワークを介して人も機械も繋がっている状態は、グレゴリー・ベイトソンに従えばエコロジカルな状況にあるといえるだろう。つまり、マン・マシン系が一つのエコシステムをなし、その総体として生き物のようにあるということだ。こうしたフレームに従えば、ウェブに囲まれた私たちは、いわば、「エコロジカルな存在」であるといえる。そういってしまえば、逆に、機械を生物として見なすような関係を築くこともできるかもしれない。

ウェブが偏在するということはフィードバック網が偏在することでもある。その落とし穴は、一度設定された目標に対して漸近していく仕組みが洗練化されていく一方で、良くも悪くも、その目標に近づくことしかできなくなることだ。フィードバックはある意味で「揺り籠」だ。一度システムを設計してしまえば、その目的に向かって自動的に進むことになる。しかし、その揺り籠は安楽椅子でもある。そのループを抜け出す方法はシステムそのものには書かれていない。市場に適合するだけでは、早晩、消費者と制作者の間で鏡像的な関係が作られるだけのことだ。フィードバックの揺り籠から抜け出すためには、当初の目標の外部に歩み出て、新たな目標を設定することが必要だ。そこにビジョンの役割がある。

現在のウェブは、場=プラットフォームを作る人(アーキテクト)と、その場の上で個々のサービス=アプリを作る人(クリエイター)、そして、そのサービスを消費する人(プレイヤー)、の三層構造からなる。クリエイター、プレイヤーの両者は同じサービスに関与するものとしてしばしば似たものとなる。先進国のように一定以上の生活水準が長らく成熟市場では、ある商品のファン=消費者であった人がそのままその業界で供給者側に移ることは多い。日の意味で、クリエーターとプレイヤーはかなりの程度互換的だ。一方、アーキテクトは、このクリエーターとプレイヤーのやり取りを横目に見ながら、彼らのインタラクションを促すにはどうしたらよいか、プレイヤーの満足を増すにはどうしたらよいか、プレイヤーの関与やその究極として消費を促すにはどうしたらよいか、などを考える。場合によっては、クリエーターの捜索の動機付けについても知恵をねぐらす必要が出てくる。というのも、場のアーキテクトは最終的に個々のクリエーター+プレイヤーのユニットからの収益で場の維持を行うことが多いからだ。この構造は、そのまま税収を何に使うのがよいか考える都市の統治者に近い発想になる。都市計画を行う建築家のような発想が場のアーキテクトには求められる。このように改めて、場を設定するアーキテクトの発想から考え直さなければならない場面が増えている。だから、今後のウェブの構想力を捉えるため、実は社会に関わる思想や哲学に関心を寄せる必要がこれからのビジネスマンやエンジニアには出てくる。

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(18)

第9章 機械と人間

ウェブ企業の創業者の熱意は、サービスを実際に開発するスタッフ=技術者たちの夢でもある。開発目標というゴールの設定を揺るぎ無いものにするために、創業者の明確なビジョンが必要になる。その傍らで、日常の営業業務は現実社会のルール=世知にたけた人々が当たる。それが今日のハイテク企業の理想的な組織形態の一つだ。実務家の示す世知との対照から、創業者のビジョンは勢い抽象的で少しばかり理想的なものになる。だから、創業者のビジョンを、現実的でない、理想的に過ぎる、批判したところで、それは非難どころか賛辞になる。開発者一人ひとりの内発的な創造性を引き出すのはビジョンが不可欠で、それはユーザーからのフィードバックに対応した改良とは異なる次元にあるものだ。このように創業者のビジョンに牽引されて開発競争を行う企業間の競合は、だから、そうした理想を支える思想の対決という一面を持つ。つまり、シリコンバレーを中心に活躍するウェブ企業の競合は、同時に思想の競合でもあるわけだ。もちろん、この思想の競合は、アメリカのプログラムやエンタプライズによる全球への試みのように、アメリカにどこかしら理想を追い求め続けてよいとする伝統があるからこそ可能なのかもしれない。しかも、その分、互いの活動に対する批評が、単に否定的な避難でなく、肯定的な提案に繋がる契機を常に持つ。この大らかな肯定性はこと開発という点では重要な傾向といえるだろう。

グーグルの創業者であるブリン&ペイジは、情報工学の長年の夢である人工知能の成果をウェブに乗せることに並々ならぬ関心を持ってきた。その姿勢はグーグルの開発チームを大学院を模した研究機関のように運営しているところにも顕著に見られる。“Don’t Be Evil”というモットーも、企業人という以上に研究者として技術の利用にどう対峙するかを示した指針と捉えることができる。このような科学者としてのモラルを第一に掲げることで、同時に、グーグルという会社がイノベーションを優先する会社であることを社内外に宣言している。このような科学者のモラルを殊更に強調するのは、科学技術のフロンティアを切り拓くことに躊躇しない姿勢の表明でもある。さらに言えば、技術の限界に挑戦し続け点で技術開発という知的快楽主義を貫こうとする構えでもある。人工知能研究の成果を取り入れ、徹底的に機械科=アルゴリズム化を進めることで、ウェブの利用の具体的プロセスにおいて人間の介在を極力排除する。そうして人間の恣意性を廃した客観性=公平性を担保しようとする。そうした方向を取るのがグーグルだ。

これに対してfacebookのザッカーバーグは、あくまでもネットワークを操るのは人間であり、人間の側が自らの意志として「シェアする精神」を与することでウェブを豊饒なものとするのが大切だと主張する。このように機械=ネットワークと人間との間で成り立つ関係性という点では、グーグルとfacebookは全く異なる大局的な発想をもつ。グーグルが端末に繋がった人たちをあくまでも情報入力装置として客体化してとらえようとするのに対して、facebookは、端末を介してネットワークの向こうにいる人を繋げることで有意義な情報があらたに生み出されることを期待している。グーグルにとって大事なのはユーザーの痕跡としての出力結果だが、facebookにとって大事なのはユーザー自身だ。

「人間的かどうか」という点から見れば、テクノロジーとしては同様のものを使っていても、そのテクノロジーの利用に当たってもより人間的な解を与えているのがfacebookだ。Facebookの登録ユーザーは、他のユーザーにとって一種のヒューマンインターフェイスとしてある。ネットワークを互いに「擬人化」するものとしてネットワークに繋がれた他のユーザーたちがいる。その意味で、facebookの場合は、ユーザーを含めた、人間+機械の全体でネットワークを構成していることになる。だからこそ、ザッカーバーグは、そのような人間+機械としてのネットワークにポテンシャルを引き上げるために、ユーザーの間で情報をシェアする範囲を広げていくことが大事だと言っているわけだ。

このネットワークの人間化、もしくは人間性の復権という観点はアップルにも当てはまる。iPhoneiPadのようなタッチパネルの採用は、人間こそがネットワークを操縦しているという感覚を呼び起こすのに貢献している。自在性を与えることにより、自由を感じることができる。自由な個人というのはまさしくアメリカの中では一つの理想だ。アップルがいつまでもカウンターカルチャーのイメージを維持しようとするのは自由を勝ち取るのはあくまでも個人だというイメージに依拠している。ただし、間違ってはいけないのは、人間の継承を与えればいいのではなく、人間的な何かを直接感じさせてくれる、つまり人間的と長らく思われてきた特性を宿らせることが大事なのだ。それは、例えば人間らしさを取り戻させてくれる自在な操作性である。つまり、既に観念としてある人間をいかに取り込むかがホイントとなる。

Twitterでしばしば話題になるボットとは、ネットワークに貯蔵された情報をどこからかタイミングよく提示してくれるソフトウェアないしプログラムだ。ただ、情報の選択とタイミングの選択によって「人間らしく」感じさせることもある。ロボットというのは人間の似姿をしたものとして想像されてきた。しかし、一度人間の似姿であることを放棄してしまえば、洗練度の差こそあれ、既にアルゴリズムの形でロボットはネットワークの中にある。それがボットだ。

これらの傾向をまとめてみると、真善美という三つの基本的な価値になぞらえてみれば、科学的合理性を追求するグーグルは「真」、ユーザーという人間的なインターフェイスを通じて共同体の構築を進めるfacebookは「善」、触覚を通じた自在性を売り物にすることでヒューマンタッチを具体化させたアップルは「美」、という具合にそれぞれ基本的な価値を実現していると見ることもできるだろう。一見すると同じウェブやコンピュータのサービスを提供しているようだが、その実、背後にある価値観は異なる。その価値観=思想の違いが、彼らのサービスの開発や設計=デザインの違いとして表出する。いずれにせよ、科学的合理主義を追求するグーグルに対して、facebookとアップルは、いわば人間賛歌を復権させたことになる。それは同時に、インターフェイスの設計=デザインの問題、人間性を感じさせるためにどのような「フェイス=顔つき」を与えるのかという問題を突きつける。

2011年8月10日 (水)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(17)

これに対してTwitterはむしろ媒介=メディアに徹しているといっていいだろう。Twitterにおいては、匿名性=アノニマスが許容されているからだ。フォローと呼ばれる関係性のあり方はフォローされた側がブロックしない限り一方的な関係であるが瞬時に成立する。Facebookが基本的に相互承認による、つまり、相互にリンクが貼られた双方向の関係性から成り立っているのに対して、Twitterの基本は一方的なリンクで、それ故、極めて流動的な関係性が築かれていく。Twitterにおける匿名性には、社会で通用している特定の個人名を明かさず偽名を使う場合もあれば、実質的に集団行為であるがゆえに個人を特定できずに集団名を使う場合もある。匿名性は、カウンターカルチャーの文脈では、意識の解放による精神の一体化の一つとして解釈できる。だから匿名性を操れるTwitterの方が、カウンターカルチャー的であるともいえる。そして、匿名性による流動性、遊戯性ゆえに、Twitterは戯れが感じられる場だからこそ、逆にあるtweetが、ある特定の個人のものとして同定できるほどの発言と行動が一致するような人物が、発言力や影響力を持ちやすくなる。玉石混交の情報や解釈の言説が飛び交う一方で、時にその情報が一つの集団的行動を促してしまうこともある。ソーシャル・メディアがそう呼ばれる所以は、単なる情報掲示板ではなく解釈を促すことで行動に繋がる要素が強調されるからだ。アメリカにはfacebookTwitterを社会を変えるメディアとして位置付けようとする言説の磁場が強く働いている。

ここで、facebookTwitterの対比からソーシャル・メディアについての考え方を紹介したのは、「メディア」には社会的価値が想定しやすく、そのような存在は、何らかの形で贈与性のあるファイナンスを提供するものが現われることで支えられていくということだ。Facebookが未上場でいられるのも、いわばスポンサーとしての投資家が続けて登場してきているからだ。単純にはお金に換算できないと市場の関係者が思った時点で、その取引価格は各人の思惑だけを反映して吊り上っていく。もちろんこうしたビジネスの展開が可能なのはベンチャーキャピタルという存在と彼らの思考フレームが定着したからだ。

アメリカのウェブ企業、とりわけソーシャル・ネットワークが早期に国外に進出するのは、あるいは、利用者を自国の人間に限らないのは、企業の成長上どうしても必要になるからだと思っていいだろう。国境を越えて人々を結集させることができる潜在的な回路は、国際関係上も重要なものになるからだ。アメリカ国務省は「インターネットの自由」や人々の「接続する自由」を外交方針の一つとして強調するようになった。このことは、国境を越えて人々を組織化するポテンシャルをウェブが持つことを、国際政治の最前線に立つ人たちが公式に認めたことを意味している。このようにして、複数国にわたる人的ネットワークを維持し拡大するための回路がウェブを通じて創り上げられていく。ソーシャル・メディアが現実として力を持つ文脈とはそのようなものだ。

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(16)

第8章 Twitterとソーシャル・メディア

Twitterの創業者の一人であるビズ・ストーンは、人々が日々使ってくれる何か価値あるものを作ることが何よりも優先すると語っている。つまり、価値の創造・提供がかれらのビジネスの最優先事項であるという発想だ。普通なら価値よりも利益、そのための価格が優先される。このことからすると彼の考え方は常識からずれている。ストーンの考え方は視点=次元を異にしているように思われる。それは、ウェブが既に世界的広がりを持つことや、Twitterがソーシャル・ネットワークと呼ばれるサービスの一つであることも関連している。ソーシャル・ネットワークは世界中で既に億を超える人が利用し、国境の存在によらず、人々の繋がりやコミュニケーションを促すことがその役割となっている。注目すべきは、登録ユーザーが増えればユーザー間の潜在的交流可能性も増大することだ。これは、例えば、商品を販売するサイトで顧客数が増えることとは決定的に異なる。それは、ウェブに接続する端末の向こうにいる人たち同士が何かを行うための媒介として機能するのが、ソーシャル・ネットワークだからだ。

ウェブの世界でよく聞かれる言葉に「マネタイズ」がある。欧米では、ウェブ上で立ち上げられたサービスでユーザーの支持を得られたものをどう金銭的価値に実現していくか、という文脈で使われる。つまり、多数のユーザーが利用するに行ったという事実から、そのサービスには何らかの価値があることが疑いえなくなった段階で、その価値をどうやって金銭の尺度=価格として評価し、収益とするか、ということだ。マネタイズで重要なことは、「人々がこれは大事だと感じる」何かを生み出すことであり、その何かへの賛同をユーザー登録という形で支持票として得ていくことだ。何らかの価値を現出させることが先決で、その価値を経済的に支え、かつ、再生可能にするための方法に頭を捻るところがマネタイズのポイントだ。しかし、突き詰めると人間関係の維持と拡大を支援する「場」でしかないソーシャル・ネットワークでは、提供される価値をこれだと特定して言い当てることが困難であり、この点で、マネタイズの問題のいわば極北にあると思われる。その一方で、ソーシャル・ネットワークの場合、ユーザーを増やせば、自ずからその社会的影響力は増す。数億人のネットワークに瞬時に情報を伝えられる経路を持っていることの影響力は計り知れない。

ところで、場を作ることは本質的に利用者と共に行う協働事業である。そのため、その維持のためには、利用時に直接的に対価を支払う方法はそぐわない。何らかの形で「場の維持」そのものをファイナンスする仕組みが必要になる。つまり、贈与性との関わりがどうしても必要になる。ここでは、あるサービスの受容・享受とそれへの対価の支払いの間に時差が生じることぐらいに緩く考えておくことにする。要するに単純な等価交換の否定で、非等価ないし不等価の交換というイメージだ。金銭を経由せずにやり取りするものは、結局、それを等価な交換と見るかは、それを受け取る側の判断に委ねられている。そのことが前面に出てくるのが贈与性のある世界だ。従来であれば、「場」を支える経済的方法は、一つには税金であり、一つには広告であった。いずれも、「場」という存在の受益者と支払者の間にずれがあり、享受しているサービスと対価の間に直接的な関連性はない。しかし、広告の贈与性が維持できたのは、広告行為に直接の効果や受容者の特定のような要素を求められなかった時代に限られる。

ここでfacebookTwitterを対比的に捉えてみよう。おそらく、最も大きな違いはfacebookが顕名+承認制であり、Twitterが匿名+ブロック性であるところだろう。そこから、facebookがグローバル・ビレッジとして、Twitterをソーシャル・メディアとして捉えることができる。Facebookは、第5章で触れたように、もともと顕名の排他的な会員制クラブとしてスタートした。顕名制であるがゆえに、従来の社会生活に伴う社会的制約までもがfacebook内の関係性のルールとして持ち込まれている。Facebookは第一に実社会における社交関係の投影としてのサービスだ。現状でもfacebookは、既に紐帯関係を築いている人々によるコミュニティであり、その緩やかな集積は「街」のようなものだ。その規模が巨大になることで街はグローバル・ビレッジの様相を呈することになる。

2011年8月 8日 (月)

あるIR担当者の雑感~IRとしての株主総会~株主通信の作り方~オリエンタルランドの株主通信について

オリエンタルランドの最新の株主通信をみました。いくつかのブログで感動したという書き込みがされていたようなので、興味をもってオリエンタルランドのホームページから、株主通信を拝見しました。

表紙をあけた扉に「これまで誰も経験したことのない大震災、その後1カ月以上にわたる休業、そして再開。そのプロセスの中で私たちが向き合ってきたのは「当社の使命とは何か?」でした。…ハピネスを届けたい…」というメッセージが書かれていました。

株主通信を手に取った人を感動に誘い、そのことをネットで書き込まさせてしまうのは、すごいと思いました。企業としての姿勢と、その出し方という点でオリエンタルランドという企業のカラーにフィットした、頭の下がるものでした。しかし、それはそれとして、他でもない株主通信でこれをやるのか、という疑問も感じました。投資してくれた株主に対して、震災を機に企業の姿勢を再認識して、それをメッセージとして伝えるというのは素晴らしいことです。しかし、このようなやり方が株主通信としてどうなのかとも思いました。というのも、このメッセージについては、何も具体性がないのです。オリエンタルランドが届けたいハピネスって何なのか。ディズニーランドに来る来訪者やこれから投資するかもしれない人にならそれでいいかもしれません。しかし、株主は既に投資してくれた人たちです。当然、企業としてのオリエンタルランドは、それが企業としての姿勢ならば、抽象的なことにとどまらず、これを具体化し実際の経営の打ち手に反映させているはずです。投資した側としては、経営のそのようなプロセスとその結果を先ず知りたいのではないでしょうか。つまり、株主通信が投資してくれた株主に経営の現状を報告するのが本筋だとすれば、ハピネスを届けるという経営姿勢を再確認したのなら、当然、事業の現場で実際にできているのかの検証をしているはずで、それが経営に具体的に反映されれば、何らかの体質改善なり、経過の段階でもいいから何らかの具体的な動きがあるはずです。

それがなければ、この感動的なメッセージは単なる空疎な掛け声に終わってしまう。

そして、もう一つ引っ掛かるのが、「ハピネスを届けたい」というのは、誰が言ったのか、ということです。つまり、次のページに社長のあいさつがありますが、感動的なメッセージを発した会社のトップがそのこととには触れることもなく、かなり温度差のある挨拶をしている。

とくに、メッセージと社長あいさつが見開きになっていて、この対照は鮮明です。となると、これは制作会社の代理店のどこかの企画で、つくられ、社内から声が上がったとか、経営陣が真剣に議論したというのではなく、いいコピーとして採用されたと邪推できてしまうのです。

こういうと、オリエンタルランドに悪意があるように思われるかもしれませんが、それほどトップのことばに、そのような熱が感じられない。その後の株主通信の内容や表現についても、そういう視点がでていない。つまり、扉だけ浮いているように感じられるのです。それが、とても残念でなりません。

また、アニュアル・レポートでは株主通信と同じようなメッセージが少しだけ変えられていました。「ハピネスを届けたい」が「happiness of artを届けたい 」に置き換えられていました。この意味は何なのか、きっと意図があるのでしょう。そして、アニュアル・レポートでは経営計画に各題目のところでハピネスに触れていましたが、中身では触れられていないようでした。このあたりには何か意図があるように思いますが、よく分かりませんでした。

そして、株主通信、アニュアル・レポートを興味を持って読んでみました。たいへんよくできたものだと思いますが、結局のところ、私には、今回のオリエンタルランドのキー概念であろう「ハピネス」とは一体何なのかということが、分かりませんでした。これって、本当は、今回、一番伝えたかったことなのではないかと思うですが。私の仕事はオリエンタルランドの株主通信のような質の高い仕事ではないので、自分のことを棚上げしてこんなことを言うのは、たいへん失礼なのですが、この株主通信が日本の株主通信の中ではトップクラスの質の高いものであることは論を俟たないと思っていることは確かです。しかし、詰めが甘いのではないかと、そういう点で参考にさせていただいたものでした。

2011年8月 7日 (日)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(15)

デザインを取り巻く環境も変わってきて、「意識的な問題解決」を意味することになる。意匠=表層のコントロールであったはずのデザインが、逆に使途を誘導するものとなり、デザインの概念が更新される。20世紀に流布したデザイン発想の出発点は、バウハウスによる「形状は機能に従う」というものだった。機能を体現するようなデザインが優れたデザインだという発想だ。それが、材料工学の進歩と、機械的な制御も半導体チップのように極小化されるに従い、形状は機能から解放され、自由なものとなり、さらにバウハウスの頃とは主客が逆転し、デザインそのものが使用価値を決定する事態も現れた。現在は、それがさらに進み、むしろデザインがより広く問題解決の樽の方法論として捉えられるようになったことだ。そこでは、事実上、デザインは設計と同義だ、その反面、単なる意匠としてのデザインは後退する。少なくとも世界商品を前提として時代では、設計=問題解決としてのデザインが前景化する。

実際に、こうした製造工程の変化は「ファストX」と呼ばれる、世界中に広がる流通販売では既に起こっている。一般にファブレスと呼ばれる、製造を外部に委託する企業の場合、その存在意義は商品の企画力と販売力に集中する。そのためファスト企業群では、従来は市場調査と言われたものが、企業の将来を左右する研究開発の地位を占める。顧客の意向をいかにして汲み取り、顧客の嗜好をいかに現実的な範囲で水路付けるかが研究課題となる。実現可能な(製造や販売)技術を活用しながら、いかに顧客を魅了するかということだ。このように世界商品を生み出す過程もデザイン=設計の視点からの変容をすでに開始している。

ウェブはワールドワイドウェブであるため、ウェブ企業は必然的に起業と同時に世界的な広がりをもつ。ウェブビジネスの多くは、利用されることで初めて価値が生まれるビジネスだ。とりわけ、アプリケーションの提供に特化したWeb2.0以降ではその傾向が顕著だ。YouTubeではユーザーの投稿がなければただの空っぽのビデオの棚でしかない。企業の多くはユーザーのボランタリーな活動によって現実化されている。このようにユーザーの関与があればこそ、ウェブサービスは場として実体性を帯びることができる。ここから、ユーザーの賛同や共感をいかに得るかが今日のウェブ企業には不可欠の戦略になることが分る。ポピュラリティの確保が経営戦略上の最優先事項になる。

一方、グーグルによる本のデジタル化プロジェクトの動きの中から、インターネットの世界で中楽当たり前になっていた「インターネットはメタネットワークだから世界中で普遍で一つ」という観念が通用しなくなったことが明らかになった。これはインターネットで起こったことは世界中で起こるという自明性が崩れることでもある。ウェブでよく使われる言葉として、オプトイン、オプトアウトという対の言葉がある。オプトインとはユーザーが利用するという参加意識を示さない限り利用できないもの、オプトアウトはユーザーが利用しないという意思を示さない限り利用できてしまうものだ。ウェブのサービスではシステムについてデフォルトの設定を行う必要があり、主にはユーザーのプライバシーの扱いなどを提供者側で勝手に設定できなくなったため、オプトイン、オプトアウトという形でユーザーの形でユーザーの意思を先ず聞くという手続きを取るようになった。一つのインターネットの自明性が崩れてきたということは、今後は、様々な場面で、ユーザーの側の意思表示が求められる場面が増えていくことを意味する。

2000年代に入って、アメリカと日本の経営方向性に乖離が生じた。ITバブルが弾けて経済が低迷したアメリカでは、「起業」から「グローバル・ビジネス」へと、ただ今あるビジネスを回すだけではなく、国外にいかにビジネス機会を見出すかが主要な課題となった。一方、日本では「失われた10年」の言葉に象徴されるように国内に目を向けるようになり、これが後日ガラパゴス化に向かう。国内市場での経済やビジネスを考える場合には、社会や政治、文化が主題になることは殆どない。しかし、複数の国にわたる行動の場合には、そうしたことが表に出てこざるを得ない。インターネットの登場によって、より規模の小さな企業でもこうした国際展開に関わるようになる。むしろ、中小企業に特徴的な部品=中間財を提供している企業の方が国外企業とのやりとりを進めることになる。消費財と違って、中間財は端的に言って圧倒的な質やコストパフォーマンスで判断されることが多いからだ。そこでは様々な意味で技術水準そのものが試されてしまう。

90年代以降、企業財務ではDCF法による企業価値算定が常識になった。将来にわたり企業に流れ込むキャッシュを予測し、それを一定の割引率で現在価値に変換し、その総和が理論上の企業価値と見なされる。こうした企業評価の考え方は、二つの点で、企業行動を短期的なことに集中させるようになった。一つは営業戦略としてPDCAというサイクルを確認する発想が中心になり、四半期単位の業績を確認し修正することが目標となった。これにより、企業を収益に関するフィードバックシステムと見る視点が定着した。もう一つは、仮に長期のことを考えようにも、DCF法の仕組みでは5~10年ぐらい先のことしか視野に入ってきにくくなったことだ。10年以上先の収益は現在価値に割り引いたところで企業価値への貢献は微々たるものになってしまうからだ。こうしたことから。10年以上先のことは考えても現実的には意味のないことなり、勢い予想の精度があがる5年くらいが標準的視野となる。5年先が現実的な未来となってしまう。一方、シリコンバレーでは、ツートップの経営が選択され、実務家の経営者は5年先を照準し、その一方でビジョンを担当する経営者はその先を構想する。その際に、ジェネレーションという言葉がよく使われるようになった。概ね30年の幅で考えようというものだ。

あるIR担当者の雑感(43)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(5)

このシリーズの最後に、私がとくに他の会社にはないものと考えているページについて、考えてみます。それだけでなく、IRということの意味合いとして、私が、とくに考えている内容が含まれてもいます。

株主通信でやっていて、これからもやっていこうとしているのは、企業のビジョンというもの、そしてそのための前提になるベーシックな企業のアイデンティティのようなものをここで、提示していきたいということです。

企業のビジョンなどというと、企業理念として、社是のようなものとか、「経済社会に貢献する」のような抽象的な理念のようなものを高らかに掲げているところもあります。それはそれで素晴らしいもので、企業を理解して上で大切なものだと思います。しかし、実際の施策と結びつかないことが多いようです。実際の事業の現場では、結びつかないことはないのでしょうけれど、例えば、投資家のような外側の人から見て、経営計画で打ち出される施策の根底には、そのビジョン(=理念)が繁栄しているはずですが、それが、どのような筋道で反映しているか、皆目分らない、ということが多いようです。投資をする側としては、企業のビジョンを理解して、そういう経営姿勢でいっているのなら、こういう状況では、こういう方向性で行こうとするのではないか、ということが演繹的にイメージできるわけです。それが実際の打ち手と違えば、その視点で施策を評価できることになるわけです。それが、例えば、同じ業界の中で、その会社に投資をするか評価するときの、他の競合会社と差別化するときのポイントのひとつとなるのではないか、と思われるのです。とくに、その会社の将来を見通そうとする場合の、大きなキーポイントとなると考えられます。

私の勤め先の株主通信では、その企業がニッチな市場で大企業の参入しないような小規模で隙間の市場で事業をしていることをハッキリとうたうようにしました。しかし、市場の規模が小さいので、これ以上企業を成長させるには、別の新たな市場を獲得していく、ということも。しかしだからといって、無闇矢鱈に新規進出をするのではなくて、基幹技術の応用できるような、今展開している市場と技術的に関連している市場に進出して裾野を広げるように、事業を伸ばして行く、ということも含めて。これらのことから、今後、この会社が成長していくために、どのような方向性で事業戦略を進めていくのか、また、実際の打ち手が妥当かどうかは、企業の外側にいる人でも、それなりに評価することができるのではないかと思います。

このほかにも、この会社は、どのようにして利益を得ているのか、技術開発に際してどのようなことが優先されているか、顧客から注文を獲りどのようなプロセスで売上になるか、などというようなことを、できれば載せていきたいと考えています。

このようなことをビジョンと言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、企業が事業に関して意思決定をしていく際に、無意識でも、意識的にでも、それに基づいて為される。ベーシックな前提のようなものです。

別の例でたとえれば、以前日米貿易摩擦などということが盛んに言われたとき、米国のメーカーが日本に進出しようとして、ある機械部品を安い価格で日本のメーカーに販売しようとして。売れなかったことがありました。このとき、その米国企業にとっては同じ製品を安く売っても、日本の企業が買わないのは、おかしいと主張しました。つまり、日本の市場は合理的でない、外国企業を差別するような非関税障壁があるというのです。でも、この時の日本のメーカーは、その部品を前提に製品の設計をして、その製品を生産し続けるという事情がありますから、その部品をずっと供給してくれることが第一優先になっています。ところが外国の企業は採算が取れなければ、その部品の供給を突然、打ち切ってしまう。つまり、買い手である日本企業の側からいえば、今安くても、ずっと供給してくれるか分らないと、もし供給がとまったら、製品を設計し直して、生産ライン等を作り直さなければならない。これが、日本の部品メーカーなら事情を知っているので、安定供給を第一に考えてくれる、というわけです。つまり、米国企業は短期的なスパンで見るのに対して、買い手である日本のメーカーは中期的なスパンでみるので、そもそも両者にとって損得のものさしが全く食い違っているのです。

このような基本的な企業の姿勢を理解しないと、投資家の方でも、どのものさしで企業を見ればいいのか分らないわけです。それを企業の側から、「当社はこうです」と明示しようといのが、このページの意図するところです。実際にこういう姿勢というのは、企業の側でも暗黙では共有されていても、言語化されて明らかになっていない部分もあるかもしれません。今の部品の例でいえば、外国企業が自らの立場を自覚していれば、そもそも、日本で安い部品が売れないことに戸惑うはずもないわけです。その意味で、このようにことは企業のアイデンティティといってもいいと思います。

アイデンティティという概念を心理学で提唱したのはEHエリクソンですが、この時のアイデンティティという概念は「自他同一性」と訳されてしました。つまり、自分を見るということは、自分の内部からだけではだめで、一度自分を外部から突き放して見ないと見えてこないわけです。とくに、企業というのは成長を義務付けられているような存在で、成長し続けるためには、絶えず自己変革(イノベーション)していかなければならない。そのためには、自らの内に籠っていては自己満足で終わってしまう。一度、外側に出てみないと、これではだめだという発想が出てこない。企業の従業員も営業員なら顧客という外部との接点があり、顧客の視点で企業を見ると製品の改善や新税品のアイディアが生まれたりする。IRの場合には、どうしても企業の経営全般にわたる視点で見られるため、経営だとか、この企業はどうあるべきかという議論が生まれるわけです。そういう意味で、株主通信のこのページというのはIRという観点がなければ生まれてこないものであるし、IRの効果があって、初めて生まれ得るものではないかと思います。そして、それに加えて、このページのように明らかにしたことのより、新たな議論がはじまるというものでもあると思います。

2011年8月 6日 (土)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(14)

19世後半のイギリスの政治学者、グレアム・ウォーラスは「大きな社会」という考えを示していた。それは、商業と交通のネットワークが国を越えて形成する見えない環境のことだ。1970年代の金本位制の停止と為替相場制への移行によって金融の世界化が進み、多国籍企業が一般化したことを経て、「大きな社会」はグローバリゼーションとして再稼働した。ウォーラスのいう商業と交通のネットワークが稼働する速度を格段に上げたのがネットワーク技術であり、その具体的姿が今日のインターネットだ。その効果として、先進国だけでは経済を回すことができなくなってきている。そのような現状認識は、個々の企業において、商品開発のあり方を変えさせる方向に向かわせる。大なり小なり、世界商品として構想する必要が出てくる。世界商品においては、商品のスペックをグレードダウンさせることが必要な場面も生じる。しばしばオーバースペックを回避する「GoodEnough」という見方が求められる。そこでは、「イノベーション」の意味内容も変容する。

全球として経済を扱うのは、現実にG20という経済体制が当てはまる。G8に新興国が参加することによって、先進国から最貧国までの経済や市場を従来のような断続的なものから連続的なものとして捉えることを可能にする。つまり、先進国と新興国が同一の経済圏として認識される方向になる。そのため先進国市場での常識が通用しないことも出てくる。また、新興国の多くは、先進国と遜色ない生活水準や経済成長を実現する世界都市は内部に抱える一方で、BOPといわれる最貧国的な地域を抱える。ということは、G20というフレームは、新興国を世界経済の運営当事者として組み込むことで、新興国にある先進国的部分と最貧国的部分のすべてが投資の対象となることを意味する。今日BOP市場が単なる開発援助対象ではなく、イノベーションの機会を与えてくれるビジネスの場として捉えられている。最貧国での試みが新興国を媒介とすることで、先進国でも部分的に転用可能であるからだ。イノベーションが、単なる技術の開発や発明と異なり、期待される革新性を持ちえるかどうかは、社会経済の現場で解決しなければならない問題を具体的に認識できるかどうかにかかっている。そこから開発できる社会的コンテキストを浮かび上がらせることができる。さらにサービスという商品は、モノとしての具体的姿を伴わない分、利用される場面が具体化される必要がある。加えてビジネスとして成立するためには、一定の規模が必要になる。多くのBOP市場では、社会経済のインフラをゼロから立ち上げる必要があり、そのため、規模の条件をクリアすることは多い。あとは、そこでいかにして自発的に継続可能な仕組みをデザインするかが課題になる。例えばスマートフォンを巡るアップルとグーグルの競合もG20以後の全球世界の下で繰り広げられている。そこでは、両社の競争を、単純にモバイルのOSを巡る競争、あるいは、対価の回収手段を巡るは競争と捉えるだけでは足りない。BOP市場においては、社会経済体制をゼロから立ち上げる創造行為としてモバイルが位置付けられているからだ。PCが普及していない国では、モバイル端末はその人にとって唯一の個人端末になる。対価の支払い方法として追加されるペイメント手段も、銀行やクレジットカードが行き渡っていないところでは、そのまま見えないマネーになる。3Gと無線LANがデュアルで装備されることで最初からデジタルのデータ通信の利用を前提にできる。つまり、G20という枠組みは、こうした「今ある資源で社会をゼロベースで作ったらどうなるのか」という視座を与えてくれる。既にある社会インフラを飛び越えて、機能と経済性に優れた新しい社会インフラを実現することを想像できる。そこでは空想が空想で終わらず、現実に変わりうる。思考実験が同時に現実を変える場面に出くわすことも可能になる。つまり、先進国の社会状況とは異なる設定の下で、「自由な発想」による新たな問題解決の方法が求められる。

あるIR担当者の雑感(42)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(4)

今回は、株主通信のもう一つのメインである財務諸表に関してです。

財務諸表は株主通信にとって一番大事な項目と言えます。それこそ、企業の活動の結果を明確な数字で表したものなのですから。だから、各社とも、これを省略するところはないし、株主の理解を得るため、少しでも見やすくなるように工夫をしているようです。しかし、元々が財務諸表はフォーマットが決まっていて、それを崩すことはできないので、見やすくする工夫をするといっても、その方法は限られてくるようです。まして、財務諸表には一定のルールがあるため、それを知らない人には最初から分らないもののまま、見やすくしても変わらないでしょう。大体のケースは、当期と前期の数値を並列的に記したり、注記の形で説明を入れたり、主要な数値の変化をグラフ化したり、ポイントとなることを説明したり、その他に色分けしてみせたり、これらを組み合わせて、あとはレイアウトを工夫するというのが、ほとんどの会社でやられていることだと思います。

ところが私の勤め先の株主通信の場合は、最初の方向性から違うところを目指しました。たしかに、財務諸表については見難いよりは見やすいほうがいい。しかし、財務諸表を見慣れない人が見やすくなるような配慮をしても、結果として分かり易くなるわけでもない。最初のところでお話ししましたが、株主通信が送られてきた株主が全て、これを見ることはない。興味のない人からは一顧だにされず捨てられてしまうものです。幸運にも株主に読んでもらえるのは、その株主に積極的に読もうという意思がある場合です。とすれば、封筒から取り出して積極的に読んでくれる株主に応えることを第一に考えて作るということは、あながち的外れではないでしょう。そこからは、想像の世界です。どのような人が積極的に株主通信を読んでくれるのか、です。そこで、まず考えられるのは、会社に積極的に興味を持ってくれている人、何でもいいから活字を読むのが好きな人、投資した会社のことを理解したい人、あとただ何となくという人もいるかもしれません。いずれにせよ、見るともなく眺めるというケースは、殆どないのではないか。

ここで、少し話題を換えますが、私はIRを含めて「個人株主対策」というニュアンスで語られることが好きではありません。何か、投資も何もわからない子供のように個人株主を捉えているような気がして、これでは個人株主として一括して見下しているような視線を感じるのです。例えば、企業のホームページでIRページのところに「個人投資家の皆様へ」というページを置いているところは多いのですが、そこを見てみると、そこだけページ全体のトーンが変わって、まんがっぽいカットが増えたり、ページ全体の情報量が薄味になったり、子供向けの絵本のようになっている。これを見ていると、個人投資家というのは、何も知らない素人さんだから、難しいことを言ってもしょうがないので、分かり易くしてやろう、というような、一見、親切ぶっているのだけれど、その実、個人投資家を見下し、馬鹿にしているような、一種の傲慢さを見てしまうのです。私は、個人投資家は投資家であると思っています。機関投資家のように職業として投資しているわけではないので、情報量や熟練等で差はあるかもしれませんが、自らの責任において、評価判断して投資をしている投資家であることに変わりはないと思います。自らの責任において投資をしているということは、それなりの準備をして覚悟を決めて投資しているわけです。もし、そこで何の準備もなく、あたかも宝くじでも買うように、盲目滅法に金を賭ける人がいたら、それ相応の見返りに見舞われるわけです。ということは。つまり、自らの責任で会社に身銭を切って投資し、送られてくる株主通信を読んで会社のことを理解しようとする人というのは、それ相応の準備と覚悟をしている人ではないか、いや、むしろ、そういう人であってほしい、と思うのです。こういう言い方は、傲慢に聞こえるかもしれませんが、株式投資をするということはリターンがありますが、大きなリスクを伴います。そのため、投資をする人は、そのための準備として、ある程度の基礎知識は必要だと思います。そして、株式を発行する会社の側では、そのことを明白にしてもいいと思うのです。それは、株式投資の初心者に媚びるように、“個人投資家さんようこそ”的なお子様向けのホームページを作って、こちら側のレベルを落とすことではなくて、株式投資をするには、このくらいやらないと…、というようなあちら側のレベルを引き上げて、投資家層全体のレベルを底上げする努力も必要だと思います。そのためには、“最低限、財務諸表くらいは読めないと、会社のことなんか理解できないよ”として、“初心者の人には難しいかもしれないけれど、その程度は、自分で勉強しなさい。株式投資は、そんなに甘いものではない”ということを言外に言ってあげても、いいのではないか、と思うのです。

というわけで、私の勤め先の株主通信の財務諸表のページは、貸借対照表や損益計算書の見方が分っていることを前提に、株式投資をするくらいの人なら、その程度の知識は備えていてほしい、それで、会社の状況をよく理解しやすくなることに心を砕きました。財務諸表が見易いというのは、その次のことです。これは、夢ですが、株式投資をする人たちの中で、この会社の株主通信が読めるということが、一定の基礎知識を持っている証とでもなればいいと思います。例えば、投資初心者が、この会社の株主通信を読めることで、自分が中級者の仲間入りをしたことを実感できるというような、そういうものとしたいと考えています。

では、実際にどのようなことを行っているか、代表的なところを説明していきます。

まず、貸借対照表や損益計算書に前期との増減と増減率を加えています。多分、株主通信の財務諸表でも、当期との比較のために前期のデータを並べて載せているところは多いと思いますが、その増減と増減率を、単に差引計算と率に換算するだけ、載せているところは少ないのではないかと思います。これは、いたって簡単なことで、やりたければ、見る人が勝手に見ればいいという意見もあるかもしれませんが、例えば損益計算書で、売上が前期比べて何%増えたかというのが、既に計算して表示されていると、一目でわかるようにしました。企業は、言うまでもなく、継続的に事業を行っているため、決算結果というは、その任意の一点での経過状況を示しているため、その一点が時系列のなかでどのような地点にあるのかが、分からないと単に財務諸表を見ても、企業の状況というのが掴めません。そのために身近な前期と並べて見ることが有効です。そのため、多くの会社の財務諸表で前期のデータが並べて記載されているわけです。そこで、もう一歩踏み込んで、どの項目が前期に比べてどの程度増減したのかを、示してあげると、より状況が掴みやすくなると考えました。例えば、売上が4.5%しか増えていないが、売上総利益は33.8%も増えているとか。こういうのが、一目瞭然だと、数字から企業が厳しい経営環境の中でコストダウンをして利益率を上げようと努力したのが見えてくるのではないか。貸借対象表でも、総資産の増減も大切ですが、その内訳の勘定科目ごとの増減により、在庫削減に努力したとか、そういうことが数字から見えてきやすいのではないかと思います。

次の特徴としては、貸借対照表には勘定科目ごとに構成比率を、損益計算書には科目ごとに売上高に対する比率を載せたことです。これにより、例えば損益計算書については、営業利益が売上高に対して何%か、つまり、売上高営業利益率か一目でわかる、売上総利益も経常利益もそうです。しかも、当期はもちろん、併記してある前期でも同じように率を出しているので、変化も一目瞭然となります。貸借対照表ならば、資産全体に対して現金が何%あるかとか、棚卸資産つまり在庫が何%あるかとか、とくに在庫の場合は売上に大きく関連しているので、単純に残高数値の比較だけでは測れないですが、総資産に対する割合ならば、相対的に前期と比較ができます。それを全部表しました。これらのことから、ここで、じっくりと、このページを見ようという人には、ここから様々な企業の状況を見るための手助けをしていこうという工夫を施しています。これは、機関投資家やアナリストのようなプロなら皆さん自分でやっていることです。これを企業の側からやりましょうとしたのです。実際に、このページを財務諸表に馴染みのない人が見ると、たくさん数字が羅列してあって、ウンザリするかもしれませんが、多少の知識のある人には、企業の状況を理解するために掘り下げやすいように工夫しているつもりです。

財務諸表の参考資料として、事業セグメント別の売上高と受注高について、同じように全体の売上高(受注高)に対する構成比率、それを今期と前期、さらに前期との増減と増減率を出してあります。

2011年8月 5日 (金)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(13)

第7章 エンタプライズと全球世界

2010年代のウェブを考える上で世界の動きは無視できない。ソーシャル・ネットワークに注目が集まる状況ではなおさらだ。というのもソーシャル・ネットワークの本質は「人々の間の交流」にあるからだ。人々の活動が世界的な広がりを持つ中では、人々の交流もまた全球的な様相を帯びるようになる。そして、そのような全球的な交流を支援し加速させる方向にソーシャル・ネットワークのサービスも向うからだ。それは、同時に、より柔軟で自由なイノベーションの機会を与えてくれさえする。トクヴィルは、アメリカ社会の特質としてアソシエーションという社会技術を指摘した。その技術は2010年代のアメリカにもエンタプライズという形で継承され、全球に向き合っている。

エンタプライズは「企業」のことだが、コーポレーションという言葉とはニュアンスが異なり。「進取の気性を帯びた主体」で、「何か凄いことをしでかしてくれる者」というイメージを持つ。ちみに、コーポレーションは「法人=法的に擬人化された組織」という意味合いだ。いずれも「会社」を表す日常語としてつかわれているものの、敢えて違いを強調すれば、エンタプライズが「企て」のようなミッションに照準しているのに対して、コーポレーションは「法人」という組織のあり方を記述するに留まる。トクヴィルがいったアソシエーションは、現在ではエンタプライズとして実現していると言っていいだろう。トクヴィルの後、重工業に照準した産業革命を経て、大企業が中心の社会になり、アソシエーションの担い手として企業が浮上した。アソシエーションが体現した自治・自活の伝統は、企業の形で様々に実現可能になっている。そのため、アメリカの場合、会社に社会的責任を期待することはそれほど無理なことではない。ここから、個々の企業に対して、ゲーム・チェンジャーとして産業の変革者や、ソーシャル・チェンジャーとして社会の変革者としての役割が期待される。つまり、産業や社会を変えるという点で、政府の対抗馬としてエンタプライズ=企業が位置付けられる。企業である以上、いわゆる市場メカニズムは悪ではなく、良き社会を構築するため利用すべき資源の一つとみなされ、企業は「市場メカニズムを活用して何かを行うプレイヤー」として位置付けられる。エンタプライズは、イノベーションの担い手として位置付けられる。

エンタプライズに社会変革者が期待される背後には、アメリカの多層化された社会構造もある。アメリカの統治構造は州と連邦の二層構造であるため、一見すると中世の欧州世界のような状況がある。ウェブ関係の企業や非営利法人は、容易に地理的境界を突破する点で、社会変革者としてのエンタプライズの様相を帯びやすい。とりわけ、人々の関係性を築くことが存在理由であるソーシャル・ネットワークはその傾向が強い。

Facebookは、当座の間IPOを避け、未上場のままで成長を目指している。これが可能なのは、VC(ベンチャー・キャピタル)が支援する起業様式が90年代のアメリカで確立されたからだ。ベンチャーのようなスモールビジネスがアメリカで奨励されるのは、その中の幾つかをビックビジネスにする環境や意志があるからだ。その点、自ら手を動かし問題解決をする中から長期的な未来を予見する人たち=ビジョナリと、企業という形態を維持するために短期的な収益を実現させる人たち=実務家、によるタッグが不可欠になる。仕事の創造の継続が社会に安定をもたらすと考える点で、企業活動自身が公共的な活動であるという見方が根付いている。

ウェブの普及の帰結として、ブランドが広めたWE=全球のリアリティが急激に増している。インターネットは自発的に成長する性質を持つネットワークであり、「ハブ」と呼ばれる多数のノードとリンクされた特権的なノードが生まれ、そのハブを通じてさらにネットワークが増殖する。そうして自己増殖する経路を通じて、マネーやデータが世界を駆け巡る。その流れの中でネットワークを通じて全球に広まる。このようにしてウェブは増殖する。こうした流れの効果として、長い目で見た時、世界の各地が繋がっていることが事実レベルでも、認識のレベルでも強化される傾向にある。広い意味で遠くの知らない誰か、あるいは物、土地ともどこかで繋がっているような感覚を私たちが感じる機会は増えていく、全球のリアリティとはそのようなものなのだ。

あるIR担当者の雑感(41)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(3)

前回お話しした表紙をめくると、多くの株主通信では社長の写真を見ることができます。ほとんどの場合、表紙をめくったページは「株主の皆様へ」というようなタイトルで社長のあいさつが載せられているようです。中には、株主総会招集通知のなかで事業の報告というかたちで載せられた文書がそのまま流用されていて、最後に株主の皆様という文言を取ってつけておしまい、というケースもよくあります。このようなケースでは、独立して事業の報告の説明は省略されることも、よくあるケースです。また、企業によってはインタビュー形式にして読みやすくしたり、社長に対して親近感を抱けるように工夫しているケースもあります。しかし、アメリカの上場企業の年次報告書を読んでみると、“経営者の手紙”というようなコーナーがあってCEO自らが、株主さんに対して、自分の経営をアピールするように業績や将来の計画を熱く語っているのが常です。例えば、JPモルガン・チェースのCEOジェイミー・ダイモンは40ページも費やして自らの思いを書いていますし、世界的な投資家ウォーレン・バフェットは経営するバークシャー・ハサウェイで毎年書いている“株主への手紙”は新聞でも話題になります。日本企業では社長自ら筆を執ることはしませんが、私は企業としてとしてこのようなことをやってもいいのではないか、と考えました。そのため、できるだけメッセージ性を持たせるように努めています。実際に、このページのあいさつ文については、業績レポートが後にあるので、とくに客観的になる必要はないというのが私の考えです。ここで、株主さんや投資家が一番求めているのは、今期の業績や来期の展望に対して、社長(会社)がどう認識しているのか、ということだと思うからです。具体的に言うと、例えば、当社は今期業績で営業黒字に回復しました。そのことについて、社長はそれで満足しているのか、それだけでは飽き足りず次期以降黒字幅を広げていこうとする意欲が強いのか、というようなことです。これには、経営者としての社長の気持ちの問題が入って来るので、客観的な言い方では十分伝わりません。そして、そのような経営者(会社)の考えていることをメッセージとして直接表現できる場としては、この社長あいさつが一番適している、というよりも、ここしかないと思います。また、冊子の冒頭という一番目につくところに一番大切なことを堂々と掲げるのが、一番読む人に伝わり易いと考えたからです。個人的な意見ですが、企業の経営において事業を伸ばして行こうとすれば、リスクを取るということは避けられないことです。同じように、株主の支持を勝ち取り、市場での株価を上げて行こうと真剣に思うなら、リスクを覚悟で情報発信することは必要だと思います。市場は、そこに企業の本気度を見るはずです。

次が、事業の報告と今後の展望についての説明です。私は、このページが株主通信のメインと考えています。企業に投資している株主に対して、その投資の成果として、投資した企業の業績や状況を知るというのは、当然のことと考えてのことです。大きな会社では投資家向けにアニュアル・レポートを作成していますが、私の勤め先では作成しておらず、その代りに株主通信をアニュアル・レポートのミニチュア版のように見られればいいと思います。

私の勤め先がアニュアル・レポートを作成していないのは、予算上の理由からですが、それ以上に、投資してくれている株主を差し置いて、投資してくれるかどうかわからない投資家向けに詳細なレポートを作成するのは順番がおかしいと思うからです。フェア・ディスクロージャーという公平に情報開示するという原則があるかもしれませんが、投資してくれた人と、そうでない人を区分するのは当然で、株主さんは企業に投資することで、リスクを負っているわけで、そういう人は報告、説明を受ける権利を有しているわけです。その意味で、アニュアル・レポートを作成するよりは、株主向けの株主通信で充実した報告を行う、という考えです。ただし、フェアリー・ディスクロージャーの点から、株主でない投資家から株主通信を見たいという要望があるようなら、お渡ししますというわけです。

アニュアル・レポートについて2~3言付け加えると、株主は投資をしてくれている投資家ですから、投資をしてくれていない投資家より(たとえ、これから投資してくれる可能性があるとしても)も、気持ちとしては大切であるということを前提にしています。それは、企業の姿勢として、投資家に対してだけでなく、顧客や取引企業に対しても通底していることではないかと思います。さらに穿った見方をすれば、投資家に対する姿勢から、その他の顧客や従業員などに対する企業の姿勢が垣間見えるとして、そのように見られることを考えるべきではないか。だから、既存の顧客を大切にして長期的な顧客との関係づくりを重視する企業もあれば、新規顧客の獲得を主力にしている企業もあります。それは企業風土や事業の性格等により一概にどれがいいとは言えないものです。

では、具体的に株主通信の内容を見ていくと、私の勤め先では事業セグメントが3つに分類されているので、その主要3事業について、それぞれ見開きの2ページずつをあてがい、全部で6ページのスペースの中に、事業環境と事業の経過状況、次期への見込みと施策が主に報告されています。これだけ聞けば、他の会社と同じだと思う人も多いでしょう。実際の株主通信のページを見ると文字の圧倒的な多さに、他の会社の株主通信と違うことがすぐ分ると思います。それだけ、報告したいこと、報告しなければならないことがある、ということです。

まず、事業環境について、かなりのスペースを割いて説明しています。この事業環境についての説明は、客観的事実というよりは、当社は事業環境をこのように捉えています、という環境に対する会社の認識及び評価という内容になっています。といっても事実とかけ離れたというわけではありません。実際の事業戦略は、事業環境に対する認識があって、それに対処するために個々の施策が採られるということになるわけです。だから、実は、企業の事業の打ち手と繋がっているものです。その意味で、事業の経過報告の前提となるものです。株主が知りたいのは、こういう事業環境で企業はこうした、その結果だと思います。

多くの場合、決算短信や株主総会の招集通知ではスペースが足りないこともあるのでしょうが、環境がこうだったから、結果はこうだったという書かれ方、とくに業績が良くなかったときに、そのような書かれ方をしているケースが多いようです。しかし、株主が知りたいのは、そういう時にどんなことをやって、あるいはやらなかったのか、ではないかと思います。この株主通信で、事業環境と事業の経過を分けたのは、企業の側のそういう書き方(業績を環境の所為にしてしまうような書き方)をしないし、株主も分けて読めるようにしたためです。

この株主通信の中では、特に事業環境については、私の勤め先はB to Bの事業をしているためユーザーなどの市場が株主には自明でないため多くの紙面を割いて説明しています。それを何回も重ねていくうちに市場の特徴も浮かび上がってくることを期待しています。また、株主の中には株を持っていても、それをメインの投資としてではなくて、他の株式とリスク分散のためのポートフォリオを組んで少数の株式を持っている人もいると思います。その中から、市場環境を詳しく報告することで、業界動向を知るために株を持ち続ける人も現れるかもしれないと期待することもできるわけです。

そして、事業の経過状況については、基本的に決算説明会の資料で説明していることを、分かり易く噛み砕いて説明しています。特に昨年の株主通信で今後の施策として掲げたことの経過や成果も含めて、です。

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(12)

19世紀の終わり、ウィリアム・ジェイムズは、トクヴィルの考えた宗教の意義、つまり、平等社会の下での個々人の不安を和らげ、肯定的に人生を捉えようとした問題意識を継承した形で、宗教を教会や宗派のような組織から捉えるのではなく、あくまでも「ある個人にとって宗教的な体験とは何か」という点に注目して、アメリカにおける宗教を捉えようとした。ジェイムズによる宗教の定義は、端的に言えば、その人が宗教的と感じるならば、そこに宗教があるということだ。つまり、個々人のレベルで見た場合の、心のケアに繋がるような信心については、広く宗教的なものを認めようというものだ。アメリカが平等社会という理念からスタートしたからこそ、異質な人々との共存を否定できない。しかしながら、平等が実現しているはずとみなす態度は相応の心的圧力を人々に与えることになる。平等化した中でその平等な環境下での「私」の位置を巡る不安に対して、個々人のレベルでの心のケアがどうしても必要になる。そのケアを担うのが、伝統的か新興かを問わず宗教であり、あるいは、より世俗化されたセラピーやカウンセリングなどだ。そうした霊性文化を含めて、アメリカは信心が定着した社会と思ってよい。そのような平等原則社会における信心の重要性をジェイムズは19世紀末に再確認したのだった。ジェイムズは、このように宗教的であるかどうかによらず、「信じる」ことを信じた。ある確信に基づいた行動がその確信で想定した事実に辿り着くのであれば、その確信をさしあたって真理と呼んでもいいのではないだろうかというのが、彼の思想、プラグマティズムだ。つまり、何かを「信じる」ことの効果を肯定的に捉えた。「真理であることと信じたものが真理である」というのは、厳密に科学的な世界では承認しにくい世界観だろうが、ジェイムズはそのような姿勢を「信じた」のだった。

このように何かを信じて実践に臨むということが、実はアメリカでは多くみられる。信じて振る舞うことが現実を変える、というのはアメリカでは様々な運動の現場の中で見られる。カウンターカルチャー運動もその一例と見てよい。そうした社会的実践とともにある社会科学の分野でも、こうしたプラグマティックな真理観が重視されている。例えば破壊的イノベーションという経営戦略で有名な経営学者のクレイトン・クリステンセンがそうだ。

イノベーションのとの関係で、進化論としてのダーウィニズムは、19世紀アメリカでは近代性の象徴であり、それゆえ反宗教性の象徴となった。そのため進化論を認めるかどうかは、今日でも社会問題としてある。ビジネスの世界でも進化論に基づくevolutionという言葉は定着せず、代わりにinnovationが採られた。そのような背景を考慮すると、innvationという言葉には、単なる単線的な技術革新だけではなく、経営環境への適応を随時図り、それを通じて自身も変貌を遂げるevolutionの発想が背後に込められていると捉えるのがよいと思うことは多い。evolveは「外に向かって回転する」というのが原義で、「進化」という訳語にあるような前に進むというニュアンスはない。Evolutionは既に起こったこと、すなわち過去の出来事に対する反応で、「化ける」という言い方の方が近い。何かが内部から食い破って出てくるイメージだ。クリステンセンは、イノベーションという過程をevolution同様、一種の自然法則と捉えている。自然法則は人間の意志でどうこうできるものではない。だからこそ、イノベーションという自然法則扱いを巡って人間がジレンマを抱え、解答を模索することになる。その模索から知恵が生まれ、新たに工学的な対処方法が考案される。クリステンセンはinnvationevolutionのように、環境適応の帰結として現出するものと捉える。Evolutionは環境に対してただ起こるだけであり、そこから生じることにいいも悪いもない。同じことが彼の捉えるinnvatuionにも当てはまる。いいも悪いも人れ船の側で判断できない自然法則に対してinnovationのジレンマ(苦悩)が健闘される。そして、試みてみないことにはいいも悪いもない点でinnvationは、常に賭けとなるが、賭けは必然的に勝者と敗者を生み出す。シリコンバレーのinnvationはこうした見通しの上で賭けとしてなされる。そして、その賭けの精度を上げる努力を怠らない。だからこそ、夢も生まれる。このように物事を自然の側から見る(法則)か、人間の側から見る(意志)かは想像以上に大きな違いだ。

2011年8月 4日 (木)

あるIR担当者の雑感(40)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(2)

今回から、具体的に作っている株主通信に即して考えていきます。株主通信には、社長あいさつ、事業の報告、財務諸表、トピックスなどの様々なページがあります。

ここでは、先ず表紙について考えてみたいと思います。私の勤め先の株主通信の表紙は、極めてシンプルです。白地に「第○期株主通信」のタイトルとその事業期間、そして右下に発行会社と下にコーポレートカラーの帯というものです。このデザインは毎号同じで、変わるのは事業年度の数字と事業期間の年の数字だけです。企業によっては表紙に写真を載せたり、印象的なデザインにしてみたりと、様々な工夫が為されているようです。

まず、私の勤め先の株主通信が、素っ気ないほどシンプルな表紙になっている理由は、表紙を変えないで毎号同じもので通したいという意図があったためです。もし、表紙に写真やイラストのようなデザイン性の強いものを入れると、単発としては印象が強いものとなります。しかし、そういう表紙であればあるほど、毎号同じものにすると飽き易い、陳腐化し易いものとなってしまうのです。そこで、考えたのは一見作為が感じられないようなもの、しかし、抵抗なく目に入ってくるようなもの、つまりデザインそのものに自己主張が一見感じられないものでした。そういうものは、最初の印象が極めて弱いので、後で印象が陳腐化することがない。最初から陳腐化しているわけですから、その代りに繰り返しみても抵抗がなく、だんだん目に慣れてくるものです。そのための配慮として、例えばタイトルのフォントはゴシック体という一般的なフォントをベースにしていて、色も黒ではなくグレーにして目に抵抗感の少ないものにしてもらっています。

また、これは結果的にこうなったということなのですが、このようなシンプルな表紙のイメージが、私の勤め先のようなメーカーは技術という目に見えないものを核として、余計なことは考えずに技術一本で勝負をしていくというメーカーのイメージ、カッコよく言えば、企業の姿勢に合致して見えるということにもなりました。

さらに、カラー印刷の株主通信で、このような素っ気ないデザインのものは少ないため、結果的に他の会社の株主通信に対して表紙の点で差別化できていると思います。

では、表紙デザインの理由であった毎号同じ表紙する理由について、次に明らかにします。まず、毎号の表紙を同じものにすることによって、この会社の株主通信はこのようなものだ、こういう表紙のものがこの会社の株主通信であると、継続して手に取る株主に覚えてもらい易いというのが第一です。そして、第二に、毎号表紙デザインが変わるのではなくて同一のデザインとして通すことで会社の姿勢が変わらないことを表現したいがためです。株主通信は株主に向けての会社のレポートで、表紙はその顔となるものですから、そこに会社の姿勢というのか、大げさなことを言えば思想のようなものが現われていたいという意図です。第三には、コストと担当者の手間を省力化するためです。

ただし、この点に関して、ある株主さんからは、毎号同じデザインなので、いつの事業年度のものか、すぐに見分けがつかないという意見(苦情?)もあります。たしかに、その通りです。

2011年8月 3日 (水)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(11)

ジル・ドゥルーズは、アメリカは兄弟、姉妹の関係からなる連合社会だと言っている。兄弟、姉妹とは、ヨーロッパが父子の関係からなる社会だということに対比しての表現で、ヨーロッパは垂直的な権威の階層が基本であり、つまり父と子の、導くもの/導かれるものの関係で占められた社会であるのに対して、アメリカは上下の関係ではなくて水平的な、兄弟姉妹のように互いに支え合い導き合う関係が埋め込まれた社会であることを指している。連合主義とは、同志からなる人々が状況に応じて可変的に組み合わさり、ことにあたることで、多様な人々が多様なまま結集できるとしている。連合主義も同志もホイットマンの言葉だ。ドゥルーズによれば、アメリカは多様性と可変性からなる集団で、裏返せば集団として固定されないところにその特徴がある。集団を作り替えていく力学を内部に抱えているということだが、それはカウンターカルチャーやソーシャル・ネットワークで見た世界に即している。実際、アメリカでは内部に新たな集団をつくる傾向を持っている。さらに、コミュニティ、コミューン、アソシエーション等の集団の区分はあまり意味がなく、程度問題に過ぎなくなっている。通常、コミュニティ(共同体)は地縁を前提に伝統的に形成された集団とされ、その地縁から解放され個人の自由な意思によって特定の区域に作られた相互扶助的な集団がコミューンとされる。しかし、アメリカの街は、基本的に移民の入植によって作られたもので、コミュニティといっても必然的にコミューンの性格を帯びる。また、アソシエーションとは、ある目的を叶えるための結社を意味することが多いが、開墾地ではコミューンはアソシエーションでもあった。このような事情から、これらの区分を厳密に行うことは生産的とは言えない。これらの区分は、むしろ欧州のものだ。実際、ヨーロッパの人間こそがアメリカにユートピア建設の夢を描いた。ユートピアは未だ存在しない集団をつくるために理想を重ねるという点で、文学的な想像力の世界と親和性が高い。一方、ユートピアは社会を構成する方法に変容が見られるからこそ構想されるわけだが、その構成方法の変容は、新たなテクノロジーの登場によって刺激されることが多い。その点で、ユートピアの多くは技術が開くと言っていい。そして、アメリカの場合はDIYの文化を通じて、一般の人々の行動にも働きかけることになる。ソーシャル・ネットワークが開く世界も、その意味でユートピア的想像力と関わると言っていい。

トクヴィルは19世紀前半にアメリカを訪れ『アメリカのデモクラシー』という著作にまとめた。トクヴィルが特に関心を示したのは、アメリカでは人々の平等が理念だけでなく実際に、社会の初期条件としてかなりの程度実現してしまっていることだった。そして、このような平等社会のことをデモクラシーと名付けた。これは一般的な民主的な政治体制のことではなくて、民主的な手続きが広くいきわたった結果実現されてしまった平等な社会のあり方を指す。加えて、そのデモクラシーとしての社会を支えるものとして、社会問題の解決のために自発的にアソシエーションを作る技術を評価した。また、平等という条件が個人の内面を襲うときの一種の心の防波堤として機能するものとして宗教を肯定的に位置付けた。

あるIR担当者の雑感(39)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(1)

私は、IR担当だけでなく株主総会の運営も行っていることを以前に書きましたが、株主総会というと招集通知等の法定文書の作成も重要な業務です。おそらく、当日の運営以上に重要で、会社によっては(シャンシャン総会と言われるような質問もなく、30分くらいで終わってしまう総会をしているような会社)、招集通知を問題なく作成し、株主に向けて日程通りに発送したところで9割がた終わってしまうところもあります。

で、企業が株主に送る文書としては、この株主総会の招集通知が一番重要な書類ということになっています。しかし、多くの会社では、これ以外に、株主に対して「事業報告」だとか「株主通信」だとか「ビジネス・レポート」だとかのタイトルで1年に1~2回冊子を作成して送付しています。私の勤め先でも、「株主通信」を送っています。それを作っているのは私です。以前にIRとしての株主総会ということでアップしたことがありましたが、株主を対象として企業が作成する文書で、IRとして考えられるのは、この「株主通信」ということになるでしょうか。

株主総会招集通知は目的が限定されていて、しかも法的な制約がおおきいため、IRには向かないと思います。

で、何回かに分けて、この株主通信について作っている側から、IRの視点で考えていきたいと思います。実際に、私は作っているので、私の勤め先ではこうやっているという具体的な話をしていくので、実際に現物を見ながら読むと分りやすいのですが、もし興味があるようなら、プロフィールからfacebook経由で現物に辿り着けます。

一般的に「株主通信」というと、A5版くらいの大きさで16~20ページくらいの小冊子です。カラー印刷が増えてきましたが、そこに社長のあいさつだったり企業の事業の報告や財務諸表、そしてそれ以外の企業の活動の紹介等が載せてあります。近年は、IRの一環として企業への理解を深め親近感を持ってもらうため、写真を多くしたり、見易いデザインになっていたり、中にはグラフ誌のような洗練された体裁で作られているケースもあるようです。

では、私の勤め先の「株主通信」はどうなっているかというと、年2回、中間と期末決算ということで作っています。その内容は事業報告が主体で、その事業報告の情報量が多いことを前提に、説明の文章が細かな字で埋められた体裁になっています。ビジュアルなデザインの点からいうと洗練とは程遠いもので、活字離れが行き渡った現在では、字がビッシリ詰まった冊子は、“取っ付きにくい”という意見も聞かれるほどです。

しかし、株主通信をこのような“取っ付きにくい”ものにしたのは、そこに意図があったからです。端的に、誤解を恐れずにいえば、他の会社と同じことをしていてもしょうがないということです。株主通信について、“取っ付きにくい”ものとすることで確実に間口は狭まります。何の気なしに手に取った人が手軽に眺めようというものではないです。しかし、株主通信が郵送される株主の側に立ってみると様相は変わるのです。

株主の自宅に株主通信が会社から郵送されてきたとします。それを、株主が封筒から出して、見てみようとするのは、かなり積極的な動きなのです。何気なく手に取るというような中途半端な姿勢では、株主通信は見られない。そこには、ある程度の株主個人の自発性がないと、封筒からわざわざ出すことはしないはず、私はそう考えました。

この時点で“取っ付きにくい”という第一印象は少しクリアされたのではないでしょうか。つまり、“取っ付きにくい”と思うような人は最初から手に取らないと考えてもいいということです。そうしたら、今度は、多少でも“見よう”という意志のある人が見たときにインパクトがある方がいい、ということにならないでしょうか。ばっと開いてみてインパクトがあるというのは、他の会社の株主通信と明らかに違って見えるということです。そこで、打ち出したのが、字が多いということです。文章の中身は別にして、稠密に文字が並んでいる様子は、それだけで一種の迫力、何かを伝えたいという熱気をも感じさせるものがあります。これまでが株主通信の入口です。このような狭い入口にしたのは、たしかに読む人を限定することに他なりません。しかし、最初から手に取られることもなく放置される可能性が高いなら、そういう人を対象から除外し、多少でも見る意志のある人を対象に絞ることも理があると思います。

さて、狭い入口を入って来てくれた株主としては、当然のこととして何らかの期待を持っているはずで、その期待に応えること、あるいは期待以上の満足感を与えることに全力を尽くさねばなりません。それが、この株主通信で最も力をいれているところです。

日本の多くの会社の株主通信は、写真やカットを多用して、株主に企業に対する親しみを持ってもらうことを第一に考えられているようです。それ自体は悪いことではないと思います。しかし、実際に手に取って見てみるとPR誌(お役所が行政に親しんで理解してもらおうという?意図で出している)と似たものになっています。株主通信を送る株主というのは、会社に投資をしてくれている人です。身銭を切って投資している人が投資先である会社に対して最も知りたいことは、その会社がどのような事業や経営をしていて、これから具体的にどのように経営していくのか、ということではないかと思います。このような認識から、株主通信では会社のビジネスモデルなどの経営の仕組みや業績の説明(今期はこのような施策を打った、努力した)、そして将来に向けての経営計画を具体的に、そして課題なども含めて、できる限り丁寧に説明していくことを最優先と考えたのでした。

余談ですが、中には今書いたようなことを端折って、トピックスを中心にしている会社もあるようです。往々にして、そういうケースは写真やカットが多くレイアウトも洗練されていて、親しみやすい感じがします。しかし、個人的には、肝心なことが誤魔化されているよう感じられてしまうのです。往々にして、そういうケース代理店とかエージェントのような外注によって制作されていると聞きます。そのような場合、客観的な姿勢は保たれるでしょうが、だからといって客観性を担保する必要があるのでしょうか。つまりは、会社に投資した人が綺麗で洗練されたデザインを美しいといって、それだけで満足するようなことがあるか、です。ほとんどの場合、上辺は綺麗にまとまっているようだけど、それを読んで投資しよう思うほど惹かれるものがあるかというと、感じられない。例えば、そういうので作られた株主通信によく見られるような、本業の事業をさし措いて、社会貢献だの環境に配慮だの(それが本業の場合には、難も異存もありません)といった説明にページを割くのは誤魔化しのように見えます。投資をしている人を対象にしているのですか、本業やその実績、将来に大きな魅力があるのなら、それだけをタップリと伝えれば、それで十分なはずで、その本業を伝えようとしないということは、事業に魅力がないとか、自信を持っていないとか、変なことを考えてしまうのではないか。

これで何を載せるかははっきりしました。しかし、どのように載せるかは、さらに大きな問題です。決算短信や有価証券報告書のようなものは投資の専門家を対象としているようなものですが、株主通信は、もっと分かりやすさを求められるとも考えられます。そこで、より丁寧な説明を心がけました。企業の説明について、分かりやすい説明とは、どのようなものか。しかし、分かりやすいからといって内容を薄めてしまえば、何の意味もない。その点が、大きな悩みです。それは、この後に具体的に各ページに即して、明らかにしていきます。

2011年8月 2日 (火)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(10)

第6章 アメリカのプログラム

この章では、概ね19世紀のアメリカで起こったことを取り上げる。その頃のアメリカは独立した後、北米で西方に領土を拡大していた新興国だった。同時に、独立を契機にしてヨーロッパとは異なるアメリカ独自の文化が模索されていた時代で、今日のアメリカを形成するための事件が立て続けに起こった時代だ。このようなアメリカの特徴の一つとして、確実に建国の起源に戻れることがあげられる。他国ならば民族や国の発祥の神話があるものだが、アメリカの場合は史実として記録されている。そのためか、その記録をあえて記憶に転じさせ神話化しようとする動きが随所に確認できる。その最たるものが大統領選挙の度に、建国の父祖たちにかかわる歴史書が多数出版され、新たな史実や解釈が提出されることだ。このような、歴史解釈の想像力、あるいは、別解釈を生み出そうとする点で物語的想像力といってもいい想像力はアメリカでは何度も反復される。そして、その物語や想像力がまた新たな歴史を創り出していくことになる。さらに、過去への想像力は容易に反転して未来への想像力に繋がっていく。このようなアメリカの想像力の源泉をアメリカのプログラムと呼び、考えてみる。

今日のアメリカ大衆文化の源泉として19世紀半ばの「アメリカン・ルネサンス」の作家たちを取り上げてみる。エマソン、ソロー、ホイットマン、メイヴィル、ポー等の作家たちだ。特にラルフ・W・エマソンは中心的人物でトランセンデンタリズムと呼ばれる思潮の考案者でありけん引役であった。このトランセンデンタリズムやアメリカン・ルネサンスはアメリカ独立後に初めて大々的に記録された文化思潮であり、エマソン等の市井の人々による言葉で綴られることにより、民衆の思想とでもいうべきものが創り出されたことだ。こうしてエマソン等はアメリカ人という自意識を生み出すことに貢献した。彼らの作品は、多分に当時の主流の文化や風潮に対して異を唱えるものだった。いわば19世紀のカウンターカルチャーであった。その異を唱えられた主流なるものが、欧州伝来の文化的伝統であったため、結果的にアメリカにオリジナルなものとして広く理解されることに繋がり、アメリカの人々の心の糧となっていった。彼らの残したものは、その後のアメリカ史の中で、折に触れ参照され、その時々の運動や表現の成就の上で精神的支柱として取り上げられ、国民的な文化的源流となっていった。

そしてカウンターカルチャーの運動にも繋がっている。具体的には次の諸点を指摘できる。第一に、自然との神秘的一体感の強調をしていることだ。これは19世紀の西部へのフロンティア拡大の動きとも呼応したものだが、アメリカには手つかずの大自然が多かった。従って、自然といかに対峙するかは、実際に開拓の現場にいるアメリカ人が抱える現実的課題でもあった。そこからDIYの姿勢が生まれ、西部的なリバタリアン=個人志向の心性を生み出した。これに対して、カウンターカルチャー運動ではコミューン活動が「バック・トゥ・ザ・ランド」運動と呼ばれたことに典型的に現われているが、文明の象徴である都市に対立するものとして「自然」が取り上げられた。そこから、自然との神秘的一体感の追求は、反文明、反文化の運動の精神的支柱となった。第二に、ソローに典型的に見られる市民的不服従の姿勢だ。アメリカのデモクラシーの理想に回帰し、承服できない社会状況に対してはそれを態度で示すことをよしとする。賛同者数が一定の閾値を超えれば単なる不平ではなく社会的運動に転じる。アメリカで様々な社会運動が継続し、時に新たな運動が起きるのは、こうした伝統があればこそだ。第三に自然の賛美がある。これは第一と第二の点とも関わる。しかし、さらにエマソンは自然との一体感の果てに来る透明な眼球という自己イメージと、その一体化した自然の中で感得する大霊という表現をしている。このような意識の拡大、世界の認識の仕方を表す言葉がアメリカオリジナルな言葉として、カウンターカルチャーの一つの重要なゴールとなる。意識の拡大のために自然への撤退が重視されたのもエマソン以来の伝統があったからだ。そして、自然を経ないで意識の拡大を目指すものとしてLSDが開発され、ブランドはネットワークされたコンピュータのSpacewarに見たのだった。第四に、東洋思想の影響である。この東洋文化の要素は、西洋文化の継承者であるアメリカの主流文化に対抗する拠点として何度も参照されることになる。さらにアメリカ先住民の文化と東洋文化との近接性も指摘される。第五に、独立歩行、自己信頼と訳されるSelf-Relianceだ。これら五点はいずれもがカウンターカルチャー運動と関係している。カウンターカルチャーの動きが全米的な運動にまで転じたのはアメリカ・ルネサンスに代表されるアメリカ独自の思潮の素地があったからだと言える。

2011年8月 1日 (月)

池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(9)

第5章 facebookとソーシャル・ネットワーク

Facebookはもともと創立者であるマーク・ザッカーバーグが在籍したハーバード大学のオンライン学生名簿としてスタートした。しかも登録にはハーバードの在籍者であることを確認するために、ハーバードのメールアドレス保有者に限られた、という排他的でスノッブなサービスとしてスタートしている。

この排他性は、実はソーシャル・ネットワークという言葉のある側面をよく表している。言葉の意味からしてソーシャル・ネットワークとは端的に社交関係のことだ。社交デビューすることで社会化が完成するというアメリカ社会の慣習と深く関わっている。だから、ソーシャル・ネットワークのソーシャルとは「社交」と考えるべきだ。その後、facebookは積極的に登録者数を増やす方向に舵を切った。ザッカーバーグがfacebookで試みようとしているのは、オープンとトランスペアレンシー(透明性)が人々の大切な価値として尊ばれる世界だ。グーグルのようにウェブ上のすべてのデータを機械的に、つまり人間の判断を一切かませずデータ処理をしていくようにことには興味を示さず、あくまでもそのネットワークのノードにあるのは感情と理性を持った人間であることに拘る。そのため、彼は、折に触れfacebookのユーザーに対して理性的にオープンであること、トランスペアレント(透明)であることの意義を主張している。一種の普遍主義、コスモポリタンな志向がザッカーバーグにはある。

このようなザッカーバーグの開発思想、その根底にある構想力や思潮は、カウンターカルチ『アエネーイス』はローマ建国の神話であり、パックス・ロマーナを支える、多民族融和の原理を示した物語だ。これにより今日に至る「ヨーロッパ」という概念が生まれたといわれる。つまり、多数の人々や文化が共存共栄する方向性が示され、それがヨーロッパの精神を育んだのだという。アエネーアスはトロイ戦争でギリシャから敗走し、父と息子とともに地中海世界を東から西へと渡り、最終的に約束の地として啓示を受けたイタリア半島のローマにたどり着く。先住民であるイタリア人との抗争を経て、二つの民族を統合し「ローマ人」という民族を新たに創設する。それが後のローマ帝国の礎になった。新たな融合民族としてのローマ人は、平等の法の下に、二つの異なる民族から創造された。この融合の契機は多民族融和の原理として解釈される。逆に、この多民族融和の原理を遵守することで、戦争ではなく平和を志向することを内面化した人々こそローマ人であり、そのような人々の集合体が新たに建国されたローマであった。このローマは「永遠のローマ」といわれ、時間的に無限に存在し空間的にも果てを知らない人類の共同体と想定される。ローマの永遠性は、ローマの外部からやってきたトロイアの英雄であるアエネーアスがその基礎を築いた時から神々の意志で保証され、運命になったとされる。「永遠のローマ」という見方は、古代ギリシャにあった循環的な歴史観(万物は巡る)に代わり、単線的な成長という進歩的な歴史観を生み出した。「永遠のローマ」が理想型とされることで人類普遍の共同体の完成がローマ人の歴史観とされた。これにより、ある不動の価値の実現に突き動かされて常に外部へ拡大・膨張・増殖を繰り返すような運動が肯定された。

この永遠のローマのイメージを、どうやらザッカーバーグはfacebookの成長に重ねているようだ。というのも、facebookはもともと排他的な社交サイトとしてスタートしたものが、途中から一般ユーザー獲得を目指す拡大路線へと変更された。その過程で、排他的なイメージから開放的なイメージへと組織のあり方や考え方を変えなければならない時があったはずだからだ。その転換点で参照されたものの一つが、例えば拡大を肯定的にとらえる『アエネーイス』だったのではあるまいか。

『アエネーイス』に加えて、ザッカーバーグはマクルーハンのグローバル・ビレッジにも関心を寄せている。グローバル・ビレッジとは、電子メディアによって世界中の人々が結び付けられ、そこで部族的な紐帯関係としてのコミョニティが築かれるとする考え方だ。マクルーハンはカソリックであり、カソリック的世界観の影響下でグローバル・ビレッジを構想したとされる。つまり、キリスト教はローマが国教に定めることによって普及を進め、またその過程でギリシャ文化と共にヨーロッパを支える精神的支柱となった。カソリックは中世においては世俗的な領土的境界を越えて、ヨーロッパに広く浸透した。むしろ、カソリックの精神があればこそ、ローマから遠く離れた中央ヨーロッパに位置する神聖ローマ帝国がローマ帝国の継承として存続しえた。カソリック教会は当時から精神的な共同体と移転でバーチャルな共同体としてあった。そうであれば、物理的空間をやすやすと飛び越える電子的な媒介=メディアの装置を、精神的な関係と結びつけることはカソリックのマクルーハンにとっては自然なことだった。

このように『アエネーイス』はfacebookの方向性にヒントを与えている。『アエネーイス』はヨーロッパの精神、つまり、常に前進し拡大し続ける精神というものを築いたと言われる。これは、ゼロから何かを築き続ける精神であって、何かに対抗しようとするものではない。つまり、カウンターカルチャー時代の発想とは随分異なると言ってよいだろう。誰かへの対抗心、抵抗姿勢とは無縁な中で、一つの価値を愚直に追求しようとする。拡張することへの意義を確信した振る舞いと言える。

ザッカーバーグの内にカウンターカルチャーに代わる想像力の源泉を探すうちに、彼の発想の背後には、『アエネーイス』に触れる機会を与えるようなアメリカの文化的伝統があることが見えてきた。さしあたって、ザッカーバーグに到るまで繰り返されるアメリカの文化的伝統を「アメリカのプログラム」と名付け、次章では、その諸相を探る。

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