下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(1)
序章 自動車産業を取り巻く状況
2008年9月の「リーマンショック」による金融危機の影響は自動車産業にも及び米国の3大メーカーの経営が危機に陥った。一般には金融危機の広がりが実体経済、つまり製造業にまで及んだと言われがちだが、すでに世界の自動車産業はグローバルな金融秩序と信用秩序の中に組み込まれ、今日までの先進国中心の莫大な自動車需要それ自体が、これまたグローバル信用経済のバブル化現象に支えられて発展してきたのである。そのグローバルな信用経済が、リスクヘッジ金融商品の乱発とツケ回しで破綻し、最後のツケを政府・国家機関に回すという構図になっている。そのツケ回しが、グローバルに同時多発的に起こり、その後始末に政府・国家機関と各国中央銀行が忙殺、狂奔させられているというのが実情である。
1998年のダイムラークライスラーに象徴されるような先進国主体のグローバルM&Aによる世界的再編が進められた。しかし、このグローバル化は華々しい効果を上げられず竜頭蛇尾に終わった感は否めない。これは、世界の自動車産業の将来を考える上で大きな教訓を残している。というのはグローバルM&Aによる世界的再編成という基本的発想そのものが、考え方によっては20世紀型の大量生産、大量販売、大量消費を基本とした古い産業パラダイムの延長上に成り立つものであり、もはや時代遅れと言えるからである。その点からすると、これは世界の自動車産業の、21世紀にふさわしい新しい産業パラダイムへの大転換の予兆であると見えなくもないのである。
ではその産業パラダイムの転換の意味するものは何であろうか。まずいえることは、世界の自動車産業が、日米欧が互いに成長を競い合う先進国市場覇権の時代から、世界の中で最も成長性が期待される中国、インドなどアジアの自動車産業の新時代へと転換しようとしていることである。ただしここで注目すべきことは、これらの地域の人口が桁違いに多く、自動車産業の新たな成長の主要舞台となるという意味でアジア新時代が訪れるのではなく、アジアがこれからの自動車文明を変えていく質的変化の舞台となる意味を持つということである。
つまり、これまて゜の先進国主体の成長モデルの引き写しではなく、その様相を異にしていることに注意する必要がある。社会システムや交通体系、そして先進国の自動車文明の凝縮した経験の蓄積を移転するだけでなく、その上に立つ新たな環境文明を創造していく主要舞台となる可能性が高いと思われるからである。
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