下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(2)
第1章 世界金融危機と自動車産業
2009年の米国のビック3の凋落について、金融危機は直接の原因ではなく崩壊を加速させた要因に過ぎない。直接の原因は、ビッグ3の戦略と現実のビジネスへの取り組みに大きな問題がありながら、それらを解決しないまま放置してきたことにある。そこで考えられる原因は、第一に製造業の原点を忘れ、短期的利益と金融、M&Aによる浮利の追求に没頭したことにある。特にGMにこの傾向が強く、GMは、多分にその販売金融子会社であるGMACの金融収益と、それがもたらすキャッシュフローに負うところが大きかったのである。第二の没落の原因は、製品戦略の誤りである。ビッグ3は、ライトトラックにその経営資源を集中しすぎて、製品開発の基本である乗用車の開発に手を抜いたことが上げられる。ライトトラックは利幅が大きく、その製品コンセプトがフレームシャーシを多用し、モデルチェンジサイクルも長いので、ひとつのプラットフォームを長く共用でき、台当たりコストも安くつくという利点がある。しかし、ガソリン価格が値上がりし、環境意識の高まりとともに価値観の変化が起こると、高価格の故もあり売れない商品となった。またこれは、乗用車の基本であるエンジンとプラットフォームの進化を停滞せしめることを意味し、全体としての製品開発力の低下を結果として招いたのである。さらに第三の没落の原因として、ビッグ3により環境技術の軽視が上げられる。第四点として指摘されるべきは、アメリカの経営にありがちだが、美麗で華々しく見える戦略の立案やIT技術の活用は進んでいながら、日常的レベルの工場改革、特にフレキシブルな工場の建設や多能工の育成、あるいは改善活動を軽視したために、生産技術や研究開発における進化能力が停滞していたことである。いくら立派に見える戦略を立案しても、現場の進化能力が伴わなければ、それは絵に描いた餅に等しい。第五点としてあげられるのは、かねてより言われるレガシーコスト負担の問題である。以上の五つの要因に加えて、グローバルM&Aの大失敗がある。つまり、自らの競争力を高めるための基本的な努力を怠ったまま、1990年代当時のキャッシュフローや株価の好調を過信して、単純な規模拡大たけを追求するグローバルM&Aやマネーゲームにうつつをぬかし、いうなれば。M&Aの大博打を打って経営資源の浪費をしてしまったのである。
一方、グローバル市場で快進撃を続けてきた日本の自動車産業は、世界同時不況のインパクトの直撃を受け、大多数のメーカーが、一挙に赤字経営に転落する異常事態に見舞われた。これは、日本の自動車メーカーにとって、輸出および現地生産車の最大マーケットであり、最大の収益源であった北米市場の急速な縮小によるところが大きい。それと同時に、欧州市場や新興国市場でも、世界同時不況の影響で需要が激減した。おまけに、ごく最近まで為替レートが安定していたのが円高になり、輸出をすれば赤字が増えてしまう構造に転化した。こうした市場の急激な縮小は、一般の予想を超えたものではあめが、日本の自動車メーカーが、北米市場におれる信用収縮の影響を過小評価し、ビッグ3の戦略や経営の大失敗を横目に拡張投資と増産に拍車をかけたことが、急激な赤字を加速する原因になった。
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