池田純一「ウェブ×ソーシャル×アメリカ 〈全球時代〉の構想力」(13)
第7章 エンタプライズと全球世界
2010年代のウェブを考える上で世界の動きは無視できない。ソーシャル・ネットワークに注目が集まる状況ではなおさらだ。というのもソーシャル・ネットワークの本質は「人々の間の交流」にあるからだ。人々の活動が世界的な広がりを持つ中では、人々の交流もまた全球的な様相を帯びるようになる。そして、そのような全球的な交流を支援し加速させる方向にソーシャル・ネットワークのサービスも向うからだ。それは、同時に、より柔軟で自由なイノベーションの機会を与えてくれさえする。トクヴィルは、アメリカ社会の特質としてアソシエーションという社会技術を指摘した。その技術は2010年代のアメリカにもエンタプライズという形で継承され、全球に向き合っている。
エンタプライズは「企業」のことだが、コーポレーションという言葉とはニュアンスが異なり。「進取の気性を帯びた主体」で、「何か凄いことをしでかしてくれる者」というイメージを持つ。ちみに、コーポレーションは「法人=法的に擬人化された組織」という意味合いだ。いずれも「会社」を表す日常語としてつかわれているものの、敢えて違いを強調すれば、エンタプライズが「企て」のようなミッションに照準しているのに対して、コーポレーションは「法人」という組織のあり方を記述するに留まる。トクヴィルがいったアソシエーションは、現在ではエンタプライズとして実現していると言っていいだろう。トクヴィルの後、重工業に照準した産業革命を経て、大企業が中心の社会になり、アソシエーションの担い手として企業が浮上した。アソシエーションが体現した自治・自活の伝統は、企業の形で様々に実現可能になっている。そのため、アメリカの場合、会社に社会的責任を期待することはそれほど無理なことではない。ここから、個々の企業に対して、ゲーム・チェンジャーとして産業の変革者や、ソーシャル・チェンジャーとして社会の変革者としての役割が期待される。つまり、産業や社会を変えるという点で、政府の対抗馬としてエンタプライズ=企業が位置付けられる。企業である以上、いわゆる市場メカニズムは悪ではなく、良き社会を構築するため利用すべき資源の一つとみなされ、企業は「市場メカニズムを活用して何かを行うプレイヤー」として位置付けられる。エンタプライズは、イノベーションの担い手として位置付けられる。
エンタプライズに社会変革者が期待される背後には、アメリカの多層化された社会構造もある。アメリカの統治構造は州と連邦の二層構造であるため、一見すると中世の欧州世界のような状況がある。ウェブ関係の企業や非営利法人は、容易に地理的境界を突破する点で、社会変革者としてのエンタプライズの様相を帯びやすい。とりわけ、人々の関係性を築くことが存在理由であるソーシャル・ネットワークはその傾向が強い。
Facebookは、当座の間IPOを避け、未上場のままで成長を目指している。これが可能なのは、VC(ベンチャー・キャピタル)が支援する起業様式が90年代のアメリカで確立されたからだ。ベンチャーのようなスモールビジネスがアメリカで奨励されるのは、その中の幾つかをビックビジネスにする環境や意志があるからだ。その点、自ら手を動かし問題解決をする中から長期的な未来を予見する人たち=ビジョナリと、企業という形態を維持するために短期的な収益を実現させる人たち=実務家、によるタッグが不可欠になる。仕事の創造の継続が社会に安定をもたらすと考える点で、企業活動自身が公共的な活動であるという見方が根付いている。
ウェブの普及の帰結として、ブランドが広めたWE=全球のリアリティが急激に増している。インターネットは自発的に成長する性質を持つネットワークであり、「ハブ」と呼ばれる多数のノードとリンクされた特権的なノードが生まれ、そのハブを通じてさらにネットワークが増殖する。そうして自己増殖する経路を通じて、マネーやデータが世界を駆け巡る。その流れの中でネットワークを通じて全球に広まる。このようにしてウェブは増殖する。こうした流れの効果として、長い目で見た時、世界の各地が繋がっていることが事実レベルでも、認識のレベルでも強化される傾向にある。広い意味で遠くの知らない誰か、あるいは物、土地ともどこかで繋がっているような感覚を私たちが感じる機会は増えていく、全球のリアリティとはそのようなものなのだ。
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