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2011年8月 7日 (日)

あるIR担当者の雑感(43)~IRとしての株主総会~株主通信の作り方(5)

このシリーズの最後に、私がとくに他の会社にはないものと考えているページについて、考えてみます。それだけでなく、IRということの意味合いとして、私が、とくに考えている内容が含まれてもいます。

株主通信でやっていて、これからもやっていこうとしているのは、企業のビジョンというもの、そしてそのための前提になるベーシックな企業のアイデンティティのようなものをここで、提示していきたいということです。

企業のビジョンなどというと、企業理念として、社是のようなものとか、「経済社会に貢献する」のような抽象的な理念のようなものを高らかに掲げているところもあります。それはそれで素晴らしいもので、企業を理解して上で大切なものだと思います。しかし、実際の施策と結びつかないことが多いようです。実際の事業の現場では、結びつかないことはないのでしょうけれど、例えば、投資家のような外側の人から見て、経営計画で打ち出される施策の根底には、そのビジョン(=理念)が繁栄しているはずですが、それが、どのような筋道で反映しているか、皆目分らない、ということが多いようです。投資をする側としては、企業のビジョンを理解して、そういう経営姿勢でいっているのなら、こういう状況では、こういう方向性で行こうとするのではないか、ということが演繹的にイメージできるわけです。それが実際の打ち手と違えば、その視点で施策を評価できることになるわけです。それが、例えば、同じ業界の中で、その会社に投資をするか評価するときの、他の競合会社と差別化するときのポイントのひとつとなるのではないか、と思われるのです。とくに、その会社の将来を見通そうとする場合の、大きなキーポイントとなると考えられます。

私の勤め先の株主通信では、その企業がニッチな市場で大企業の参入しないような小規模で隙間の市場で事業をしていることをハッキリとうたうようにしました。しかし、市場の規模が小さいので、これ以上企業を成長させるには、別の新たな市場を獲得していく、ということも。しかしだからといって、無闇矢鱈に新規進出をするのではなくて、基幹技術の応用できるような、今展開している市場と技術的に関連している市場に進出して裾野を広げるように、事業を伸ばして行く、ということも含めて。これらのことから、今後、この会社が成長していくために、どのような方向性で事業戦略を進めていくのか、また、実際の打ち手が妥当かどうかは、企業の外側にいる人でも、それなりに評価することができるのではないかと思います。

このほかにも、この会社は、どのようにして利益を得ているのか、技術開発に際してどのようなことが優先されているか、顧客から注文を獲りどのようなプロセスで売上になるか、などというようなことを、できれば載せていきたいと考えています。

このようなことをビジョンと言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、企業が事業に関して意思決定をしていく際に、無意識でも、意識的にでも、それに基づいて為される。ベーシックな前提のようなものです。

別の例でたとえれば、以前日米貿易摩擦などということが盛んに言われたとき、米国のメーカーが日本に進出しようとして、ある機械部品を安い価格で日本のメーカーに販売しようとして。売れなかったことがありました。このとき、その米国企業にとっては同じ製品を安く売っても、日本の企業が買わないのは、おかしいと主張しました。つまり、日本の市場は合理的でない、外国企業を差別するような非関税障壁があるというのです。でも、この時の日本のメーカーは、その部品を前提に製品の設計をして、その製品を生産し続けるという事情がありますから、その部品をずっと供給してくれることが第一優先になっています。ところが外国の企業は採算が取れなければ、その部品の供給を突然、打ち切ってしまう。つまり、買い手である日本企業の側からいえば、今安くても、ずっと供給してくれるか分らないと、もし供給がとまったら、製品を設計し直して、生産ライン等を作り直さなければならない。これが、日本の部品メーカーなら事情を知っているので、安定供給を第一に考えてくれる、というわけです。つまり、米国企業は短期的なスパンで見るのに対して、買い手である日本のメーカーは中期的なスパンでみるので、そもそも両者にとって損得のものさしが全く食い違っているのです。

このような基本的な企業の姿勢を理解しないと、投資家の方でも、どのものさしで企業を見ればいいのか分らないわけです。それを企業の側から、「当社はこうです」と明示しようといのが、このページの意図するところです。実際にこういう姿勢というのは、企業の側でも暗黙では共有されていても、言語化されて明らかになっていない部分もあるかもしれません。今の部品の例でいえば、外国企業が自らの立場を自覚していれば、そもそも、日本で安い部品が売れないことに戸惑うはずもないわけです。その意味で、このようにことは企業のアイデンティティといってもいいと思います。

アイデンティティという概念を心理学で提唱したのはEHエリクソンですが、この時のアイデンティティという概念は「自他同一性」と訳されてしました。つまり、自分を見るということは、自分の内部からだけではだめで、一度自分を外部から突き放して見ないと見えてこないわけです。とくに、企業というのは成長を義務付けられているような存在で、成長し続けるためには、絶えず自己変革(イノベーション)していかなければならない。そのためには、自らの内に籠っていては自己満足で終わってしまう。一度、外側に出てみないと、これではだめだという発想が出てこない。企業の従業員も営業員なら顧客という外部との接点があり、顧客の視点で企業を見ると製品の改善や新税品のアイディアが生まれたりする。IRの場合には、どうしても企業の経営全般にわたる視点で見られるため、経営だとか、この企業はどうあるべきかという議論が生まれるわけです。そういう意味で、株主通信のこのページというのはIRという観点がなければ生まれてこないものであるし、IRの効果があって、初めて生まれ得るものではないかと思います。そして、それに加えて、このページのように明らかにしたことのより、新たな議論がはじまるというものでもあると思います。

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