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2011年9月23日 (金)

港徹雄「日本のものづくり 競争力基盤の変遷」(8)

4.第二の産業分水嶺

需要が多様化し技術進歩が加速すると、より柔軟性の高い生産システムが求められるようになる。つまり、ピオリ・セーブルの言う柔軟な専門化を実現させる企業間分業システムが硬直的な大量生産方式に取って代わるようになった。

セーブルの柔軟性とは、生産要素の再配置によって、生産工程を絶えず改造する能力である。また、企業(その多くは中小企業)は、それぞれ専門分野に生産を特化しており、その専門的生産活動を担うのは、長期的な雇用慣行のもとで形成された企業特定的熟練技能を持つ技能工である。そして、これらの専門特化した多数の企業による分業のネットワークによって柔軟な専門化が実現されるのである。

さらに、この柔軟な専門化の組織的な特徴は、その参加メンバーが限定(制限)されていることであり、技術革新を推進するような競争は奨励されるが、要素費用(とくに賃金と労働条件)の引き下げにしかつながらないような競争は制限される。

1970年代以降、柔軟な専門化が競争優位性を確立した技術的背景には、専門分野に特化した中小企業の分業ネットワークが70年代から急速に技術が進歩したコンピューター制御の工作機械(NC工作機械)の普及によって、一層その柔軟性を強めたことによる。ピオリ・セーブルによると、コンピューター技術の場合、装置(ハードウェア)を作業に合わせるにはプログラミング(ソフトウェア)を使う。したがって物理的変更なしに─単にプログラムの変更によって─機械を新しい用途に使える。このような事情の下では、理論的に言って、生産量の多い場合よりも、生産量が少ない方が、あるいは注文生産の方が有利であると指摘する。さらに、本格的な大量生産では専用機械の方がコスト的には有利になり、生産量が少なく注文生産に近いような場合には、手動によるクラフト的生産の方がコストが低くなることを指摘し、NC工作機械を用いた生産のコストは、多品種・中ロット生産で最も効率的であるとしている。また、現場労働者の熟練技能も、一品生産のような受注品生産やNC工作機械のプログラミング作成で活かされる余地が大きく残されていることを指摘している。

NC工作機械の普及によって生産の柔軟性は高まり、技術革新の加速化によって製品のライフサイクルの短縮化が顕著になった。しかし、第二の産業分水嶺では、依然として大量生産においては専用機械のコスト優位性が持続しており、同時に、クラフト的技能も重要な役割を維持している。これが第二の産業分水嶺の技術面での大きな特徴である。

5.第二の産業分水嶺と下請システム

クラフト的熟練労働と、専用機械投資が同時に重視される第二の産業分水嶺では、下請システムを基軸とする日本の分業システムがその有効性、効率性を最も発揮できた産業発展段階であった。ピオリ・セーブルは、日本産業の場合の柔軟な専門化は、下請企業と輸出指向型大企業との間の取引関係を通じて学習した成果として捉えている。この日本型企業間分業システムでは、親企業が直接取引する下請企業の数は、米国型生産システムに比較して少数であり、数次にわたる階層的な下請構造を形成している。また、各階層における親企業は、その管理能力の範囲内に限定された数の下請企業と長期・継続的な取引関係を結んでいる。こうした、下請取引構造を通じて、親企業と下請企業とは密接に連携し、濃密な情報交換を実現してきた。そして、この日本型企業間分業システムこそが、日本の製造業、とりわけ、機械工業の生産性を著しく向上させ、その品質管理水準をPPM単位まで高めさせ、価格低下と品質向上を両立させた。

このように台の産業分水嶺における米国企業と第二の産業分水嶺における日本企業とのアプローチの違いについて、次のようなことが言える。米国企業では、生産調整の柔軟性を確保するためには生産工程を内部化(垂直統合化)することが不可欠であり、外部のサプライヤーへの依存は生産調整の柔軟性と対立関係にあるという態度を示してきた。また、高品質な製品を生産するためにはコスト上昇が避けがたく、高品質と生産コストの関係も対立的であるとしてきた。これに対して日本企業は、生産コストの低減は主要な経営指標であり、品質管理水準を高めることは、生産コスト削減の手段であるとする生産アプローチを追求してきた。実際、品質管理水準の向上は、無駄の根源である不良品を減少させ、販売後のアフターサービス費用も低減させることを通じてコスト削減の有力な手段となった。また、外部のサプライヤーに生産工程の多くを依存しても、完成品メーカー(アッサセンブリ)と下請企業との間の準内部的な取引関係と濃密な情報交換とによって、生産調整の柔軟性をあまり損なうことがない。外部依存と生産の柔軟性の確保とは、米国企業のように正反対(180度)の関係できなく、30度程度の差でしかない。

6.3DICT革新と第二の産業分水嶺の終焉

1990年代央までのIT革新の段階では、数値制御の工作機械は単一の加工に特化されており、熟練労働者の判断を必要とすね作業は少なくなかった。また、二次元で製図された設計図をもとに三次元の加工を行うには、高度な熟練が必要とされた。さらに企業間の分業によって製造された各パーツやコンポーネントが正確に結合し機能するためには、設計段階での綿密な打ち合わせと、試作段階でのたびたびにわたる摺り合わせが必要とされた。日本型下請生産システムは、こうした生産過程で必要とされる濃密な情報交換を、効率的に実施し得る利点を有しており、このことが日本の高度組立型機械工業の国際競争力の源泉の一つであった。

ところが、20世紀末になると、情報通信技術革新のレベルが閾値を支えた企業間分業システムの優位性を根幹から揺るがすまでになり、第二の産業分水嶺の終焉をもたらした。

3DICT革新によって、サイバー上でも現実世界と同様に三次元で設計等が実行できるようになると、まず、二次元での設計で必要とされた試作過程の多くが省略されるようになった。試作品の製作は1品生産であり、納期はごく短期間であったため、大都市近郊の中秋企業のとっては有力な存立基盤の一つであったが、3DICT革新はこうした試作品生産や試作用金型製造に特化した中小企業の存立基盤を脆弱化した。また、設計図面が二次元の段階では設計段階や試作段階でり完成品メーカーとサプライヤーとの間での摺り合わせが重要であったが、3DICT革新段階では完成品メーカーとサプライヤーとは同一の三次元設計画面を共有し、遠隔地間であってもサイバー上で設計の同期化が実現するようになった。この結果、サイバー上で繰り返してシミュレーションすることによって不具合をなくすことが可能になり、メーカーとサプライヤーとの摺り合わせの必要性を大きく減少させた。

さらに、三次元の自動加工を可能にする多機能の工作機械であるマシニング・センター(MC)も、1990年代以降には急速に普及するようになり、同時にMCの加工精度も電子制御機器の発達によって大幅に向上し、仕上がり精度が数ミクロン単位の加工が半熟練労働でも実現するようになった。この結果、長期雇用を前提にした熟練形成の必要性を低下させ、雇用の流動化(不安定化)をもたらした。

また、第二の産業分水嶺では、日本の下請企業は発注企業のため専用機械投資を行い、生産性上昇(コスト削減)と品質水準向上とを両立させてきた。この取引特定資産を保有する下請企業は、発注元である親企業にとっても不可欠な存在であるから、その取引関係を半固定化する役割をも果たしてきた。したがって、3DICT革新によって、取引特定資産投資の必要性が低下したことによって、下請取引関係は流動化(不安定化)を強めることとなった。このことは、長期雇用関係によるクラフトマンシップと企業間の安定的な取引関係という、第二の産業分水嶺の競争優位の前提を覆すものである。

第二の産業分水嶺の終焉をもたらしたもう一つの要因は、これまで柔軟な専門化は、簡単には地域外、とりわけ、海外に移植できないものであり、特定国(地域)産業に固有の国際競争力要因となってきた。しかし、3DICT革新の進展によって、高度な熟練労働の層が薄く、有機的な企業間取引ネットワークが形成されていない国(地域)でも、柔軟な専門化と同様の高い生産性を獲得できるようになったのである。

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