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2011年9月11日 (日)

下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(14)

3.市場としての中国とインド

同じ人口大国でありながら中国とインドの自動車産業を比べてみると、様々な点で対照的な傾向と問題が浮かび上がってくる。

①自動車産業政策の一貫性

世界経済のグローバル化とWTO加盟によって自動車産業の自由化に舵を取った点は同じでも、自動車産業政策の変更がそのたびに起こり11回にわたり国家計画の修正が試みられた中国に比べ、インドの政策は「ミッション2016」くらいである。これは、中国が統制色の強い国家管理と国有企業からスタートし、その色彩をいつまでも維持してきたこと、車の個人保有をなかなか認めず、個人が車を保有するのは贅沢だとする発想がいつまでも残ったこと、そして個人保有を認めた後も国有企業を中心に三大メーカー中心で再編成する発想がいつまでも残ったことと無関係ではない。それに比べインドは自由化政策に踏み切ってからの政策は一貫しており、独立民族系メーカーと外資系メーカーをバランスよく配置し、相互に競争させて全体としての競争力の向上を狙っている。

②メーカー数

中国では、地方政府との絡みでたくさんのローカルメーカーが群立しているのに対して、インドではメーカー数は極めて限られている。これはタタやバジャージといった純粋民族系メーカーが比較的早く力をつけ、これと競合する外資系メーカーが自由化政策以降限定された数で入ってきたことで、弱小メーカーが参入するチャンスがないからだった。

③知的所有権保護

中国にみられるようなイミテーションの製品や技術が、インドには少ない。これはインドでは知的所有権が保護されているが、中国では名目的には特許法がありながらまだまだ不十分で、抜け道がいくらでもある事情と無関係ではない。

④イミテーション

イミテーションに関しては、例えば二輪車がそうであるように、インドではバジャージのような、日本のカワサキとの技術提携が期限切れになるとすぐ自主設計に力を入れて独自ブランドを確立し、ヒロ・ホンダの幹部も一目置くほどのメーカーが存在感を示し、そのために安易なイミテーションメーカーは存立しにくい状況が作り出されている。ところが中国では、政府がイミテーションを奨励したとまではいわないが、イミテーションがやりやすい統一標準工業規格をつくったり、擬似オープン・モジュラーの基幹部品メーカーを育成したりして、イミテーションが出現しやすい条件が整えられた。これは中国がとにかく先進国に早く追いつくために量的拡大だけを追い求め、安易なイミテーションがそのための早道であることのみに目を奪われ、真のイノベーションに通じる根元の探求にさかのぼった過渡的・創造的イミテーションの道があることを忘却したために起こった現象である。

⑤日本的生産システムの導入

インドでは民族系メーカーが日本的生産システムの導入、特にトヨタ生産方式の活用にすこぶる熱心であるのに対し、中国ではトヨタをはじめとする一部の日系メーカーとの合弁をスタートさせた以外、その導入はまた緒についたばかりである。

以上のように中国とインドの自動車産業を比較してみると、際立った相違が浮かび上がってくる。短期的には。量的成長という点では中国の方が成果を上げるのは早い。しかしながら、これは中国に進出している外資系自動車メーカーの戦略にもよるが、中国が真に輸出競争力を伴った自動車産業を確立するにはまだまだ時間がかかり、ともすれば国内市場の拡大に引き摺られた安易な量的拡大に走る危険性がある。それでは真の自主開発力や開発と生産にわたる技術力の向上が立ち遅れることになりかねない。特に乱立している地方自動車メーカーの整理、老朽化した生産設備や過剰能力の整理を、どこがどのように進めるのかという問題もある。これに比べてインドは、自主開発力ブランド力を備えたタタやバジャージのような民族系メーカーと、自由化政策の結果入ってきた外資系メーカーとのバランスの取れた自主的競争が、互いに創造的技術開発推進の促進剤になりつつある。またインドはしっかりした自主技術とIT技術を駆使したタタのようなメーカーもあり、自動車の電子化や安全技術の高度化と通信技術の活用、そして究極的には脱化石燃料を追求するゼロエミッション車の開発のような環境技術にも挑戦する可能性を秘めている。また外資系メーカーも民族系メーカーも、インドと輸出先国とのFTAの拡大でインドを輸出基地化する可能性もあり、輸出競争力がインド全体のグローバル競争力を高める可能性がある。こう見てくると、インドは当面の量的成長のスピードでは中国に劣るが、中長期的には技術力の質的高度化によって、環境技術を含むグローバル競争力を備える可能性は否定できない。こうしたなか、インドで熾烈化するグローバル競争の渦中における最大の焦点は、タタの超廉価車「ナノ」の登場によって発生したインドの底辺需要の開拓による市場拡大と、それに対抗する外資系メーカー、特に日系メーカーの新小型車の戦略的投入であろう。これはまさにインドで初めて可能になった新しい車作りの競争─これまでの先進国中心の車づくりとはコンセプトの違う競争─の始まりと言えるかもしれない。

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