下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(7)
日本の自動車メーカーはグローバル再編では受け身に立たされたので、いでもグローバル競争を意識させられ、そのため必要なグローバルなビジョンに基づく戦略の構築ないし対応を迫られた。しかし、欧米三社とは異なり、あくまで状況適合的に、国内の前向きなリストラの継続と、海外諸地域にわたる現地工場の現地化と高収益化に努める中で、世界中の事業単位のグローバル連携を図ったものとみることができる。
つまり、1970年代から80年代の貿易摩擦との関連で、海外に現地工場を建設し、これを収益事業に育成する段階では、まず工場の生産システムを労働慣行の異なる地域に根付かせること、部品の現地調達率を高めるために日本のサプライヤーとの協力関係を確立することに全力を挙げており、当初、製品開発は日本の本社にすべて任せきりであった。やがて、海外工場が輸出の補完的位置づけから性格を変え、収益事業として自立化していく過程で、生産システムの移転や現地化が進み、部品調達においても現地化がより一層進展するに及んで、日本の自動車メーカーは順を追って開発の現地化に着手し、製品設計の現地化と自立化した開発センターを確立するに至る。このように開発までをも含めた現地化が進むと、それぞれの地域市場でのニーズにいち早く適合できる新車開発が可能になるが、やがてグローバル競争が意識されるに及んで、地域別の単なる現地化にとどまらず、可能な限りそれぞれの連携を図り、グローバルな開発や部品の相互供給が始まることになる。
海外工場の生産効率の著しい向上や部品調達コスト低下の相乗効果があらわれ、とくにこの傾向が北米とアジア、わけても東南アジアで顕著となる。マネジメントの現地化と部品調達のローカル化、やがて始まるグローバルな部品の地域相互補完と調達の拡大、そしてR&Dの現地化がそれぞれ軌道に乗り、相乗効果が見られるようになる。そして、世界の自動車市場の需要構造における変化と、それに対する敏速な対応能力という日本の自動車メーカーの強みが顕著になってくる。
21世紀に入り、世界の自動車市場の需要構造は画一化するのではなく地域による相違と変化が目立つようになっている。北米市場は、石油の値上がりのため燃費の良い中型・小型SUVや中型・小型乗用車に需要が移行しつつあるし、アジア市場を個別にみると、廉価な軽自動車中心のインド、小型ピックアップ中心のタイやインドネシア、中型乗用車中心で次第に小型化比率が増大傾向にある中国といった違いがある。欧州市場は、ディーゼルエンジン搭載車の比重が高く、高級車も一定のシェアを保ちつつ、それでいて中型・小型車の比重も高く乗用車からSUVへの移行も起こっている。日本市場については、市場は頭打ちだが軽自動車が増えたりSUV化したりするスピードも速く、各メーカーが新車開発の激しい競争を繰り広げ、そのために新車投入の頻度も高い。しかもこれらの市場の特徴も時々刻々変化するのである。グローバル市場が画一化するのであれば、GMやフォードのようなプラットフォームの機械的統合と画一化による規模の経済性は期待できるかもしれない。しかし、地域による相違と変化が次々に起こるのがグローバル自動車市場の実情だとすると、画一的で硬直的なやり方ではこれに有効に対応できない。この点で、日本の自動車メーカーの対応能力は高い。
このように日本の自動車メーカーは、グローバル再編において受け身に立たされながらも、結果的にはグローバルな競争力を持つにいたったのであるが、それは基本的に欧米三社の戦略やその方法論のミスリードの轍を踏まなかったからであると言える。とはいえ日本の自動車メーカーにとっても、急激なグローバルビジネスの拡張は、いくつかの問題を生み出している。あまりにも急激な海外拠点の増大と戦線の拡張は、海外の指導員、特に国内も含めて生産技術のベテランや多能工の不足、グローバルマネジメント能力の不足、更に加えてサプライヤー、特に二次サプライヤーで目立つ海外経験の不足や開発能力の不足などを生み出している。
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