港徹雄「日本のものづくり 競争力基盤の変遷」(6)
8.域内分業と企業間生産性
域内分業基盤の主要部分である企業(組織)間の分業システムは、特定製品の生産に特化した産業集積地域(クラスター)内で完結するものもあれば、全国規模で分業システムが編成されることもある。そして、それぞれの地域や国には固有の競争力要因が埋め込まれておりその固有の競争力要因を国際的に移植することは簡単ではないため、国の競争力要因として機能することとなるのである。
我々は、分業を担う企業間システムのあり方、つまり、企業間の情報共有のあり方や企業間の結合関係、および取引統御(ガバナンス)メカニズムの特異性が、どのように国や産業の国際競争力を高めるのかに焦点を合わせている。つまり、企業間生産システムが、物的生産および知的生産の正面でもたらす高い企業間生産性の起源、国際競争力に及ぼす効果、およびその変遷に関心が集中しているのである。
この企業間生産性は、基本的には多くの生産を多数の企業によって分担させる専門家から引き出される効果である。分業による効果は、アダム・スミスによって『諸国民の富』の源泉であると指摘されている。そして、具体的な分業の効果について、分業によって同じ人数が働いた時の生産量が大幅に増加するのは、三つの要因のためである。第一に、個々人の技能が向上する。第二に、一つの種類の作業から移る際に必要な時間を節減できる、第三に、多数の機器が発明され仕事が容易になり、時間を節約できるようになって、一人で何人分もの仕事ができるようになる。さらに、現代において企業間生産性を高める上でより重要な役割を果たしているのは、分業システムを構成する企業間で、情報(知的)財を創出し共有するメカニズムである。なぜならば、今日の先進経済諸国における国際競争力は、持続的なイノベーション能力を高めることが決定機に重要であり、そのためには域内分業基盤内部にイノベーションの連鎖反応を引き起こすメカニズムが組み込まれているかどうかが、企業間の知的生産性の高さを決定し、その産業の国際競争力を規定しているのである。
2009年の研究では、製造企業の相互依存性、とりわけ基軸部品サプライヤーの集積効果を「産業コモンズ」と名付けている。そしてこの産業コモンズの浸食がアメリカのハイテク産業の競争力低下に結びついているという指摘がある。その原因は、製造工程の海外へのアウトソーシングにあるという。
1990年代末以降の3D・ICT革新の進展によって競争構造は大きく変容し、生産基盤のうち重要性の低い部分的な海外移転であっても連鎖反応を引き起こすことによって、生産基盤全体の海外移転に繋がる事例が増加している。例えば、日本のパソコン生産のうち最初に海外にアウトソーシングされたのは労働集約的な基盤組み立ての部分だけであった。しかし、海外アウトソーシングの範囲はどんどん拡大され、最終的には全工程がアウトソーシングされるようになった。この結果、電子機器の生産に必要なすべての生産技術を獲得した企業、例えば台湾の鴻海精密工業は世界最大のEMSへと発展し、パソコンに限らずあらゆる書類の電子機器の包括的な受託生産を大規模に進めている。
9.競争力基盤としての要素供給基盤
産業の競争力基盤を構成する第二の要因は、生産要素の供給システムである。現代の精神諸国間において、質の高い労働力を供給する教育システムや人的資源の質を高めるような雇用システム、ヒューマン・ネットワークは、イノベーションを促し、産業の知的生産性を高める要因である。また、リスクを伴う投資資金の円滑な供給を実現する資金供給システムは、イノベーションの重要な担い手であるベンチャーの成長・発展にとって不可欠の要因である・
こうした質の高い人材を供給する教育システムや技術者や研究者の間の知的情報交流を活発にするヒューマン・ネットワークは、地域(国)に固有の競争力基盤であり、リスク・マネーを円滑に供給し、かつ高い投資収益率を実現するようなベンチャー・キャピタルの能力も同様に国際的に模倣が容易ではない地域(国)に固有の競争力基盤である。
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