無料ブログはココログ

« あるIR担当者の雑感(50)~共感のIR? | トップページ | 港徹雄「日本のものづくり 競争力基盤の変遷」(11) »

2011年9月25日 (日)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(22)

第6節 スコトゥス論の「結語の章」の問題

以上のように、1911年の哲学的出発以来15年までの間に、ハイデッガーが続けざまに完成した、学位論文、教授資格論文、試験講義などの論述は、その底に仄かに哲学的萌芽を宿しながらも、全体としてはなお、徹底的に、新カント学派の認識論的論理学枠組みの中を動いているにすぎなかった。存在と人間のかかわり合いの世界へと焦点が合わされながらも、問題設定が認識論的論理学的であるために、存在への思索は、存在領域の範疇的考察ないしは諸学の基礎への問いとなり、人間も、判断主観、認識主観であり、従って両者のかかわる世界は、妥当的意味や言語的表現の世界であり、それらの底を破る実存的人間存在の世界への視界は、未だ切り拓かれていなかったと言わざるを得ない。

しかるに、翌16年、既に教授資格を取っていたハイデッガーは、新たに『ドゥンス・スコトゥスの範疇及び意義論』を上梓するに際して、最後に「結語の章」を書き加え、徹底的にこれまでの認識論的論理学的問題設定を破壊して、新たに形而上学的視界を開示してみせる。そこでは、先ず、範疇問題において、人は対象領域を最根源的なものにまで還元区分すべきであり、しかもそれを判断主観とのかかわり合いの中でなすべきであり、さらに範疇問題の見込み多い解決のための第三の根本要件として、論理学及びその問題は、一般にそれらが解釈される源泉の構造聯関が超論理的なものでないならば、真の光の中で見られることにはならない。哲学はその本来的な光学即ち形而上学を永久に欠くことはできないというこが強調力説されるのである。

このように先ず、対象領域を最根源的なものにまで還元し、しかも判断主観とのかかわり合いの中でそうすべきだとする要請は、対象領域の範疇的根源である存在へと深まり、しかもそれを人間的存在とのかかわり合いの中でなすべきだということであり、それは、とりもなおさず、存在と人間の交錯の地点を、認識論的論理学的存在考察や判断主観の設定を超えて、深めてゆくべきだということに他ならない。しかも、ハイデッガーは、はっきりとその地点の深化の方向を、単なる論理学的問題設定ではなく、それらが基づく超論理的な世界、形而上学的な視界の中での、範疇問題の取り扱いの方向として語っている。範疇問題とは存在への思索であり、判断主観とは人間存在に他ならず、その両者のかかわり合いの中で、問題を形而上学的な視野へと、認識論的論理核的問題設定を瓦解して深めてゆくことこそが、真の哲学的出発として語られているのである。これは、明らかに、全く新しいハイデッガーの問題深化の第一歩ではないだろうか。確かに新カント学派的な論理学者はここでは姿を消し、後年のハイデッガー哲学の内的萌芽がはっきりと現われていると言える。

第一に、ここで、哲学は、超論理的な形而上学的な光の世界の中に根づくときにこそ、真に生きるものとなる、とされている。ハイデッガーは後年に到るまで、常に、この哲学に対し光を与えるものを求めた。しかも、後年に到ると、哲学は常に形而上学の光に導かれるだけでなく、更に深く存在そのものの光によって照らされなければならないとされる。ハイデッガーにおいては、哲学は、論理学的な導きの星によってでなく、超論理的な形而上学的な光によって、そしてさらに存在そのものの光によって照らされねばならないと、立場が深められてゆく。ここには哲学する態度に決定的な変革がある。論理学的なものを超えて、形而上学的な光学に基づいて哲学を展開させようとする態度、しかもその光は存在の方向へと朧げに向かっているのであるが、そうした形而上学的態度が、かつての認識論的論理学的問題設定に代わって、明確に打ち出されていると言わなくてはならない。

しかも第二に、その存在の光へと目指す形而上学的世界が、後年の「存在史」を聯想させるような生ける精神の歴史的世界として、広大な展望の下に、聖なる神の精神への没入を希求するような精神態度の中で志向されている。存在者の生起の豊饒さの中で、存在の聖なる世界が望まれるのであり、その世界の時間的な贈与の地平が、朧げながらここに設定されているのである。ここに聖なる時間的地平への予感が、ヘーゲルの通俗的な時間概念への対決的な意識の下に現われている。

さらに第三に、そういう形而上学的なものを目指す哲学は生から遊離した理論的態度ではなく、単に現実を文字に綴ることを止め、今日の感性的世界への内容的拡がりへの自己喪失から己を取り戻した、真理なる現実及び現実なる真理の中へと突破していく、一種の世界観的な、人間の実存的生き方にかかわるような生ける哲学であるとさえ、考えられているのである。ハイデッガーは世界観としての哲学を正面から主張したことはないが、後年の存在の思索には、一種の世界観の色彩が強く附着しているとも見得る。それは世界観という特定の体系を目指すという意味ではなく、厳しい実存的主体的な生ける思索であるという意味である。そしてそうしたものの萌芽がここにはっきりと現われている。

確かに、学位論文、教授資格論文、試験講義にも、ハイデッガー時な思索の萌芽は潜んでいた。しかし、そこでは、哲学する態度が、明瞭に新カント学派的な論理学的問題設定の中に止まっており、そこから如何ようにしても実存的思想への道は開けていない、固く鎖された思索の萌芽を伸ばすためには、そうした論理学的問題設定そのものの瓦解が起こらねばならない。そしてまさしく16年の「結語の章」は、ハイデッガー自らが、そうした態度を抛棄して形而上学的な哲学態度を採るに到る、宣言の書であったと言える。しかも、その形而上学的志向は、そのうちに存在への思慕、時間的地平、実存的核心というものを含蓄した、明らかに論理学的哲学の根底を瓦解させた生ける哲学、人間そのものにかかわる実存的哲学への萌芽を、はっきりと宣言しているのである。これは、明らかにハイデッガー自身が、自覚的にここで己の立場を決定づけたことを証明しているものと言わなくてはならない。その意味でこの「結語の章」は、単に『ドゥンス・スコトゥスの範疇及び意義論』への結語たるに止まらず、ひいては1911年から16年までのハイデッガー自身の準備的修業時代そのものへの結語でもあったと言うべきである。

« あるIR担当者の雑感(50)~共感のIR? | トップページ | 港徹雄「日本のものづくり 競争力基盤の変遷」(11) »

ハイデッガー関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(22):

« あるIR担当者の雑感(50)~共感のIR? | トップページ | 港徹雄「日本のものづくり 競争力基盤の変遷」(11) »