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2011年9月24日 (土)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(21)

第5節 試験講義について

教授資格論文を提出したそのころ、ハイデッガーは講義許可所得のために、『歴史学における時間概念』を1915年7月27日フライブルク大学で試験講義している。

ハイデッガーは先ずこう言う。「学とは、諸原理によって秩序立てられ基礎づけられた、理論的認識の聯関である。認識は判断の中に書きつけられる。これらの判断は真であり妥当する。しかも、厳密に言えば、個々の探究者が認識獲得の際になす判断作用が妥当するのではなく、判断の意味が、即ちその内容が、妥当するのである。すべて学とは、その完成されたイデーにおいて見れば、それ自体で存立する妥当的意味の聯関である」と。ところで学には、その「基礎概念」があり、それの「論理的構造」を明らかにすることが、学の方法論的認識として必要である。それは、「論理学の究極の根本の要素たる範疇」の問題に帰着する。「個別科学における探究方法の論理的基礎を摘出することが、それ故、学問論としての哲学の主要問題なのである」そして時間概念は、特に史学におけるそのような基礎概念ないし基礎範疇であり、そこで、「歴史学の時間概念は、それがこの学の目的にふさわしく時間概念として役立ち得るためには。どのような構造をもたねばならないか」と問われ、そこにこの試験講義の根本問題が立てられるわけである。さらに、歴史学における時間概念を明らかにするために、まず物理学的な時間を分析し、これに対して歴史学は。本来「人間」を対象にし、「文化のイデー」をもち、「人間精神の客観化」を基礎として、しかもそれを「価値関係」の面で見ることを主眼とする。このために資料がその事実性において確かめられ、更に事実間の聯関が注目されてゆく、従って、歴史の時間は、単に量的な位置の順序でなく、それぞれ独自の充実をもった質的なもので、物理学的時間とは区別される。このような論じ方は、リッケルト的、西南学派の学問分類にしたがって、それらの学の基礎概念として時間概念を考察しているに過ぎない。

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