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2011年9月21日 (水)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(17)

Ⅱ 特殊な判断形式の底に潜むもの

ところで、このことは、第二に、ハイデッガーがこの論文でも心理主義者の様々な判断規定を先ず一般的に検討しながら、次いで特殊な判断形式に関する彼らの見解を糺し、その点に彼らの見解の破綻を看て取る、という論の進め方をしている点に、更に明らかに看取することができる。

(1)実在判断

実在破断とは、元来ブレンターノが提唱したものであるが、それの含む問題は、判断のコプラをどう解釈するかという、判断における“存在の意味”への問いのことなのである。ブレンターノは、判断は表象に初認や拒否が加わるときに成立するとし、例えば、「或る人が病気である」というということは「一人の病人がいる」と承認することであり、「如何なる石も生きていない」とは「生ある石はない」と拒否することであり、判断の本質は、こように、承認、拒否を意味するコプラの部分にあるとした。これに対しハイデッガーは、承認、拒否といっても、一体その際何が承認、拒否されるのかと問い直し、そこにSとPの妥当が承認、拒否されているのだとして、コプラのistというgiltの意味であるとしている。この考え方は、この論文でのハイデッガーが新カント学派的である限り、特に異とするには当たらない当然のことであろう。しかし、意味の妥当という考え方に制約されているとしても、ここでハイデッガーが少なくとも判断における“存在の意味”への問いに興味を示していることは、甚だ暗示的である。この問題は、ある意味では、ハイデッガー哲学の根本問題である存在の問題が、いわば判断論という形態を採って現われてきたときの一つの設問の仕方であった、とも解釈できる。

事実1927年の『現象学の根本問題』という講義録では、ハイデッガーはコプラとしての存在という一章を設けて、改めてこの問題を問い直している。そこでは、主としてアリストテレス、ホッブス、ミルそれにロッツェの考え方が引き合いに出される。しかし、ハイデッガーは、これら一切の見方は、「言表」を手懸りとして存在の意味を問うているにすぎないとし、一般には、言葉があってそれの連結として命題や言表があり、その繋辞としてコプラがあると考えられているが、これらの諸見解にもそうした一般的通念がその底にある、しかし言葉や意味や命題は、実は出来上がった成果として考察されるよりも前に、深くそれらが成立する根拠において、即ち人間が世界内存在として存在者を有意義的全体において捉えているその存在了解の次元において、考察され返されなければならない、と主張する。言表から出発すれば、istはSPの結合であるという結論以外には出ようがないが、むしろistは、そうした論理学的問題よりも存在論的問題を意味しているのであり、現存在が存在了解をなしつつ実存し、以て各自が捉えている存在意味を「解釈」し「言表」した結果、そこに初めてistというものが成立する、というのである。Istwahrにかかわるというのも、現存在が世界を根源的に開示させるものであり、その意味で現存在の存在了解こそが世界を露呈させる根源として真理であるからこそ、そうなのである。

この学位論文での、判断における“存在の意味”への問いは、後の思想に繋がる重要な萌芽を含んでいることになる。しかしそこには、論理学的問題設定の瓦解がなければならず、それを通しての実存思想への接近という哲学態度の変化がなければならないことは、言うまでもない。

(2)否定判断

否定判断について、この論文の中で、ハイデッガーは「SはPでない」ということは、「SはPではないことが妥当する」という意味と解され、この見解も、学位論文全体の思想からすれば極めて当然であるが、ハイデッガーが、否定ということに、たとえ論理学的問題設定の中においてであれ、興味を示していることは、暗示的である。というのは、ハイデッガーは後に『形而上学とは何か』で、否定の問題を取り上げ、それを無の方向へと深めてゆくからである。

ハイデッガーは『形而上学とは何か』では、こうした妥当的意味の世界で成立する「否認」として否定を考えるような論理学的問題設定を取毀し、むしろ否認ということが可能であるためには、予め先ず「非」が了解されねばならず、非とは「無の無化」が、それ故に無そのものが秘匿性から取り出されてこそ、初めて可能であるとして、無こそ最根源的なものだとしている。論理学的な否定のその無自体は、もはや論理学的な設定では解決がつかず、それは、実在判断の批判の時と同様、そうした命題や判断が成立する根源の、現存在の存在了解の中へ降りてゆき、その中で現存在が、存在者全体の脱落を経験するとき立ち現われる、あの無というものにまで、深まって行ってこそ、初めて考えられるというのである。そうしてそのときもはや問題は、判断内実の妥当的意味ではなく、人間現存在が実存しつつ存在にかかわるその世界がどのようなものであるか、という設問に、変貌してゆくであろう。無の問題は、ハイデッガー哲学の後の一つの重要な契機となるのだが、そうした問題へと発展する糸口をこま学位論文は含んでいると、ここで言うこともできるわけである。

(3)非人称判断

非人称判断についてみると、19世紀末の論理学者の間では、非人称判断には、S、P、コプラの三者が明確に存在するとは見難いところから、それは判断ではないとされる傾向が強かった。それに対し、ハイデッガーは、この学位論文では非人称判断をも充分独立した意味を持つ判断として扱おうとした。ハイデッガーは、或る全体的な存在の背景の中で、或る瞬間、或ることが現実存在として突如生起したそのことを如実に言い当てるものが、非人称判断にほかならないという。

ハイデッガーが、言表に即した論理学的問題設定でなく、言表が可能になる根源の、人間的現存在の存在了解の方向に思索を進めてゆこうとする萌芽が認められるということであり、或る意味で『存在と時間』の「了解」「解釈」「言表」等についての思想の糸口が、こうしたところに垣間見られると言っていいかもしれないのである。

以上の如く、特殊な判断形式に関するハイデッガーの見解を取り上げてみると、それらが後年の思想の重要な糸口を萌芽的に孕んでいることが明らかとなり、のみならず、前述の如く、この学位論文の判断論の主題化という問題の取上げ方の底に、全存在領域への問いが潜んでおり、その意味で、この論文全体が、すでに朧な存在追究の姿勢を示していたのである。この頃の思索と後の思索との差は、論理学的認識論的問題設定と、そうした問題そのものがそもそも可能になる人間的実存への下降との差に、等しい。存在全体を判断の面で問題にするとは、存在に対して我々の認識的接近がどのよう構造においてあるか、問うことであるが、そうした論理や認識の基礎構造を、単なる意識一般や論理的悟性の地平においてでなく、人間全体のあり方と関係させて問い出てゆくとき、そこに基礎存在論の立場が可能になる。この論文が新カント学派的であるために、存在は認識論的な学の基礎づけという形で問題化され、判断主観はまさしく認識論的論理学的主観であって、実存にまで深められておらず、従って両者のかかわる世界は、実存と存在のかかわる後年のあの世界でなく、妥当的意味の純粋世界であり、故に判断の言表形態の中に現われているコプラやニヒトやエスも、専ら論理学的意義においてしか受け取られず、後年の存在、無、エスにまで展開していない。しかしそうした諸点に興味を寄せているということは、無意識的にではあれ、彼が存在へと問い始めていることを証拠立てていることであり、ここにハイデッガーの一貫せる思想の萌芽がある、と言っていいのである。

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