下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(9)
第3章 グローバル競争のカギを握る新興市場
自動車産業のグローバル競争は、急激な成長が期待される中国、インドなどを含む新興市場諸国を舞台として展開される傾向が強まっている。この傾向はこれらの国々が世界有数の人口大国であり、同時に急激な経済成長とそれに伴う外貨保有が増大していることを背景として起こっている。中国やインドに見られる、急激で前例をみない自動車市場ないし自動車生産の拡大は、次のような事情と主体的条件が重なって可能になったと言える。
①巨大な人口を抱えながら、その多くが自動車の恩恵を受けておらず、長い間封じ込められていた潜在需要が一挙に噴き出したこと
②これら諸国の経済水準が、影の面として格差問題をはらみながらも、全体として目に見えて向上したこと
③世界経済のグローバル化とWTO体制への参加により、閉鎖経済への移行が可能になったこと
④さまざまな規制があった外資導入や外資との合弁が曲がりなりにも可能になったこと
⑤外資との連携の進展の中で、自動車の多岐にわたる分野の技術移転が急速に進んだこと。とくに電子技術、プレスや金型、機械加工、自動化、設計開発の分野の移転についてこの傾向は顕著である
⑥外資だけに頼らず、国産メーカー、特に民営メーカーか外資系と競争し、生産増強をすすめたこと
⑦とくに大都市間の交通インフラの整備が急速に進んだこと
しかし、このような新興国市場が人口大国だからと言って、単に先進国がこれまでにたどったような成長パターンを繰り返すとは限らない。これは表現を変えると次のようなことになる。新興諸国は先進国のこれまでの経験、特に大量生産、大量販売、大量消費のパラダイムだけではいずれは行き詰まることになりかねず、化石燃料依存による資源高騰問題と環境問題への対処なしには根本的解決にはならない。したがって省エネルギーと環境問題をワンセットで解決する戦略こそが新興市場での競争力の決め手となる。
第1節 中国
1.中国の自動車市場と産業政策の動向
1990年代前半「三大三小」政策(吉林省長春の第一汽車、湖北省武漢の第二汽車(のちの東風汽車)、上海汽車の三大メーカーに、小型車メーカーとして外国メーカーと合弁していた北京汽車、天津汽車、広州汽車の合計六社の統合育成を重点的に図る政策で、国家主導の上からの計画経済による統合政策)から、94年の「9-五計画」にいたり個人の自動車所有を認め、50%までの外資参入を認め、自動車産業を国の「支柱産業(戦略産業)」と位置付けた。2000年代に入ると「10-五計画」により、WTO加盟を視野に入れた、競争促進と対外自由化(輸入関税の引き下げ)の政策が反映されるに至った。あわせて部品産業の振興策が図られた。
« 下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(8) | トップページ | 下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(10) »
「ビジネス関係読書メモ」カテゴリの記事
- 琴坂将広「経営戦略原論」の感想(2019.06.28)
- 水口剛「ESG投資 新しい資本主義のかたち」(2018.05.25)
- 宮川壽夫「企業価値の神秘」(2018.05.13)
- 野口悠紀雄「1940年体制 さらば戦時経済」(10)(2015.09.16)
- 野口悠紀雄「1940年体制 さらば戦時経済」(9)(2015.09.16)
« 下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(8) | トップページ | 下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(10) »
コメント