下川浩一「自動車産業の危機と再生の構造」(5)
このように、グローバル再編先駆者たちは、その本国での高コスト構造を放置したまま、工場の生産システムや部品調達の改革を怠り、問題を先送りし、グローバルな数合わせのスケールメリットを過信していたといえよう。このような状況を踏まえて、フォードやGMはどのようにしてこの悪循環を断ち切るべきなのか。まず緊急に必要なことは、より少ないワランティーコストを実現できる統合品質、総合品質のレベルアップをはかるとともに、製品開発の改革による製品価値とブランド価値の再構築を図ることである。このことは従来型の先進国市場に焦点を当てた根グローバルな商品開発の最高値ということになろう。さらに緊急不可欠なことは、オールドタイプのマスプロ工場を閉鎖・集約し、新しいコンセプトのフレキシブル工場の再建を進めることである。これにより市場ニーズの変化や多様性に迅速に対応でき、供給過剰の圧力とその便宜的解決策としての巨額のプロモーションコストの悪循環をなくすことができる。加えて、これらの先駆者たちは、そのグローバル戦略の推進にあたり、IT技術を積極的に活用したが、デジタル設計や部品におけるネット調達、販売量通やサービス事業などにおいてIT技術の可能性を過大評価し、ITで何でもやれるという虚妄の世界に踏み込んでしまった。ITは明確な戦略もとではじめて有効なツールとして活用できるものであり、それ自体で戦略や意思決定を行うものではない、確かにグローバル戦略の先駆者だったこれら企業は、IT技術の本格的採用でも先駆者であり、その点では日本メーカーより数年先行していたと言えるが、IT革命への過信がリアルビジネスからの乖離をうみだしたことは否定できない。
その一つの事例としてダイムラーとクライスラーのケースで考えてみる。グローバル再編合併は、当然のことながら二つの企業文化の融合と、それぞれの特色を生かしたシナジー(相乗効果)を作り出す戦略展開上の方法論の問題に直面する。この点でダイムラーはM&Aを仕掛けた側のイニシアティブで企業文化の統合を進める、つまり自らの企業文化の色に染め上げることを重視し、それが比較的簡単に進むと考えていたように思われる。ダイムラーとクライスラー、二つの企業のそれぞれの得意分野(製造車種、購買層)ならびに市場地域が異なっており、当然ながら相互補完が可能なはずであった。再編合併の狙いはそれ自体、的を得たものだったが、二つの異なる文化を融合し、相互のシナジーを進めるかという方法論について安易に考えすぎたきらいがある。ダイムラー・ベンツ側では、新会社をダイムラー・ベンツの企業文化の色に染め上げることをすべての上に置き、クライスラーの企業文化の尊重と、その上に立つ現実的改革を主張する米国人幹部を次々と辞任に追い込んだ。それまでのダイムラー・ベンツしクライスラーとでは、自動車の設計のやり方、特に製品コンセプトが全く異なり、その結果、プラットフォームの設計やエンジン・パワートレイン、そして内装に到るまで、設計思想が違っている。そのため当然のことながら部品の設計や調達のやり方も異なっているし、製品品質についての基準や品質管理のやり方、さらにこれを承けて工場の生産システムも全く違っている。例えば品質管理ひとつをとっても、ダイムラー・ベンツが伝統的にとってきた耐久品質重視のエンジニア主導のクオリティーゲート方式は、高級車にはうってつけの品質管理方式であるが、量産車種主体で初期品質重視の現場主体の改善やQC活動に力を入れてきた、コストのかからないクライスラーの品質管理とは根本的に相容れない。また部品の設計と調達についても内製重視外注する場合でも自主設計を貫くダイムラー・ベンツのやり方と、早くから外注率重視でサプライヤーの選別と設計のアウトソーシングに力を入れてきたクライスラーのやり方では、全く違っているまた工場の生産システムについても、労働慣行が違い、現場主導の生産管理でどちらかというと現場の改善や提案、そしてジャスト・イン・タイム方式への接近を重視するクライスラーの方式と、エンジニア主導でかつ熟練工が大きな発言力を持つダイムラー・ベンツの方式では、これまた対照的である。このような相違点を有しながら二つの企業文化の融合を図ることは、お互いの長所短所の理解と相手文化の尊重なしには不可能である。しかるにグローバル再編合併後のダイムラーには、この点についての理解が欠けており、自らの文化を押し付ける傾向が強かった。これに対して融合の成功例として、日産自動車とルノーのケースを上げて説明している。
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