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2011年10月 3日 (月)

橘玲「大震災の後で人生について語るということ」(4)

4.円神話 日本人なら円資産を保有するのが安心だ

5.国家神話 定年後は年金でくらせばいい

我々の人的資本は一定年齢を超えるとゼロになり、それ以降は金融資本だけで生きていくことになる。この金融資本には年金も含まれる。年金は金融資本の運用を日本国に委託したものだ。日本の高齢者は、不動産を除けば、年金以外の資産はほとんどが円預金である。年金は国が支払いを保証しており、円という通貨は日本という国の信用に基づいて市場で流通している。ともに、日本という国にリスクを集中させているという共通点がある。これは、国家が最も安全な投資先だと考えられているからだ。

しかし、国家にも「財政破綻」「国家破産」というリスクがある。その不安が、いま重苦しく覆っている。1000兆円という日本国の一般債務は莫大だ。経済的に見れば、国家とは再配分の機能であり、お金を吸収しては吐き出すパイプのようなもので、人間と違って寿命がないため、利息を払い続けることで、永遠に借金を借り換えていくことが出来る。しかし、それでも借金を永遠に増やし続けることはできない。小さな地震や雪崩の崩落は毎日のように起きていても、我々はそれが大惨事の前兆とは思わない。しかし、その間にも地殻や雪の斜面は臨界状態に組織化されていき、ある日突然、巨大地震や雪崩となって人々を襲う。日本の財政も、借金が増えるにつて臨界状態に近づいていることに間違いはない。

国家が債務超過になっていること自体は問題ではない。国家というのは、経済的には国民から税金を徴収して再分配するための機能でしかないから、政府が資産を持つ必要はなく、債務超過は必然とも言える。しかし、個人金融資産等を加えた国全体のバランスシートが債務超過になってしまうと、担保以上の借金をしていることになり要注意状態だ。日本は現在のところは要注意状態にないが、少子高齢化を運命づけられているため時価評価では債務超過になってしまう。

といってもキャッシュフローがプラスになっていれば、かつかつでも毎月の返済分だけ稼いでいれば、国債の利払いが出来ているうちは借り換えることが出来る。その指標がプライマリーバランスと呼ばれる、国債発行以外の収入と国債の利払いを除いた支出の比較だ。これがゼロなら、債務の増加は利払いだけになる。

このように、日本の財政状況をバランスシートで見ても、プライマリーバランスで見ても、ただちに破綻することはないとしても、現状は極めて厳しい。

自分と家族を守らなければならない一人の生活者としては、できる限りの備えをしておくしかない。国家破産の場合の経済的な帰結は、原理的に次の三つの経済事象を引き起こす。

①高金利

②円安

③インフレ

この三つが同時に、かつ異常なレベルで発生することになる。国家破産後は、今とは逆の、インフレ、高金利、円安の世界となる。

戦後の日本人の人生設計は4つの神話の上に築かれてきた。

不動産神話

会社神話

円神話

国家神話

これらを前提にしたポートフォリオは、戦後の経済成長に最適化した人生設計だった。このところの日本が急速に閉塞感を強めてきた理由の一つは、多くの人がこの経済的なリスクに気付き始めたからだ。しかし、神話が崩壊した後の新しい人生設計を見つけ出すことが出来ずに、古い設計図にしがみつき、そのことがますますリスクを高め、社会を閉塞させていった。

日本人はリスクを嫌うようになり、安定を求め神話にしがみつくように生きてきた。そのようなリスクを避ける選択が。かえってリスクを極大化することになってしまった。既得権を守ろうと必死になることによって、政府の財政健全化計画は頓挫し、ますます国家破産のリスクが高くなるという悪循環が起きている。国家破産を恐れる人々は声高に批判するが、自分自身がリスクを生む原因になっているのだから、どれほど叫んでも不安が去るはずもない。これこそが、現代の病なのだ。

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