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2011年10月 2日 (日)

橘玲「大震災の後で人生について語るということ」(2)

PART1 日本人の人生設計を変えた四つの神話

1.日本を襲った二羽の「ブラックスワン」

英語ではブラックスワンは、あり得ないことの比喩で、無駄な努力をすることを、ブラックスワンを探すようなもの、という。ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』では、この特徴を三つあげている。

①異常であること。つまり、過去に照らせば、そんなことが起こるかもしれないとはっきり示すものは何もなく、普通に考えられる範囲の外側にあること。

②とても大きな衝撃があること。

③異常であるにもかかわらず、私たち人間は、生まれついての性質で、それが起こってから適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったことにしてしまったりすること。

今回の代診と、それに続く原発事故も典型的なブラックスワンだ。ひとたび、ブラックスワンが現れる、世界の姿は一瞬にして変わってしまう。だから、我々はその意味を知るのは、ずっと後のことだ。著者は、その例として1997年を指摘する。この年、タイのバーツ暴落をきっかけに東アジア・東南アジア諸国が未曽有の通貨危機に見舞われた。世界の金曜市場に混乱は波及し、日本の金融不安を再燃させ、大手銀行や証券会社の破綻が相次いだ。この翌年、日本の自殺者数が異常に増えた。の大部分が無職の中高年男性だった。その理由は失業によって人生設計の経済的基盤が根こそぎ失われてしまったことによる。

2.不動産神話 持ち家は賃貸より得だ

著者し「生きる」ということを経済的に考えるためにバランスシート(貸借対照表)を用いる。この上ではすべての資産は金銭価値に換算されて計上される。当然、不動産もこの中の重要な資産になる。国債を保有していると半年に一度決められた配当が支払われるように、不動産を誰かに貸していると、毎月、家賃を受け取ることが出来る。キャッシュフロー(現金の流れ)は国際でも家賃でも同じような流れになるため、不動産は株式や債券などと同じ金融資産として扱われる。ところで、普通は、この説明に違和感を抱く、それは、マイホームでは家賃収入を受け取ることはなく、投資用不動産とマイホームは違うもので、一緒にするのはおかしいと思うはずだ。経済学では「帰属家賃」という言葉で、マイホームとは自分で自分に家賃を支払うと考える。例えば、時価5000万円のマイホームを所有しているとして、それを賃貸に出せば毎月20万円の家賃収入が得られるとする。しかし、マイホームを賃貸に出せば、本人は別に家を借りて賃料を支払わなくてはいけない。それを考えれば差引ゼロだ。ということは、マイホームでは、家主し賃借人が同じで自分で自分に家賃を支払っていると考える。つまり、マイホームの所有者は帰属家賃と言う見えない収入を受け取っていると考える。つまり、マイホームとは不動産投資であり金融資産そのものということになる。

そこで、金融資産として考えてみると、普通、資産投資ではリスクを考え分散投資が一般的だ。しかし、一般的には、住宅ローンを組んでマイホームを購入すると言う場合には、手持ちの自己資本に借り入れによるレバレッジをかけ、すべてをマイホームという不動産に集中投資することになる。

経済学的には、マイホームと賃貸の違いは不動産投資のリスクを引き受けるかどうかにある。マイホームの場合、不動産価格が上がればその利益は自分にものになるが、その一歩で地価が下がったり、想定外の出来事で不動産が価値を失ってしまうと、その損失をすべて個人で負うことになってしまう。逆に言えば、それだけリスクが高いからこそ、そこから得るリターンが大きくなる。だから、マイホームは金融資産としてみれば、レバレッジをかけたハイリスクな不動産投資なのだ。しかし、これまで、最も安全で有利と信じられてきた。その理由は日本の地価が80年代半ばまで年率15%で右肩上がりの上昇を続けてきたことによる。このような環境では、無理をしてでも住宅ローンを借りてマイホームを取得し、不動産価格が上がれば買い換えて、個人は急速に金融資産を増やしていくことが可能だった。しかし、90年代のバブル崩壊で地価は下落に転じ、「不動産神話」は終わりを告げた。それ以後、マイホームを買った人はひとすら損をし続けた来た。

一方、賃貸に目を向けてみると、不動産投資として首都圏の物件では一般に5%の実質利回りが目安とされている。しんし、実際には、価格の安いワンルームマンションの利回りが高く、分譲マンションや一戸建てになるにしたがって利回りは安くなる傾向にある。これは、ワンルームマンションの方が物件価格が下落するリスクが高いためだ。投資用ワンルームマンションは魅力的な利回りを維持するために高い家賃を設定しなければならない。これに対して、一戸建てやファミリー向けマンションは借り手がいなくて家賃が下がる。これは、ファミリーに持ち家志向が未だに強いためだ。さらに90年代以降、不動産価格が下がった都心部に大型のタワーマンションが建てられるなど、人口が減少しているのに不動産物件が増えているため、貸し手は慢性的な空室リスクに悩まされ、賃料は低下傾向にある。このように地価が恒常的に下落している日本では賃貸生活が有利になる一方で、マイホームはますますハイリスクな投資になってしまった。

家を持つという志向には経済的な要因以外の動機があるため、そのこと自体は否定できない。しかし、リスク分散という視点から見れば、リスク耐性の低い個人が、特定の不動産に高いレバレッジをかけて金融資本のすべてを投じるというのは極めて危険な選択だ。住宅ローンを払い続けている限りは不動産投資のリスクは顕在化しない。しかしいったん失業により収入がなくなると、マイホームを売っても住宅ローンの返済はできないから、人生の経済的な基盤を一挙に失ってしまう。我々が、マイホームのリスクから目を逸らすのは、この事実を直視するのが不快だから。

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