松原誠一郎「経営革命の構造」(16)
技術と市場のめまぐるしい変化を迅速に捉えて、誰よりも先にデファクト・スタンダードを確立するということは、不確実性の高いビジネス機会をいかに素早く把握するかということである。この新しい環境下成功するには、新しい方法論が必要となった。技術と市場が分散化して激しく変化する状況では、ニーズに十分対応するべく、合理的に計画し、体系的に実行しても、成功に繋がらないのである。単発の計画合理性によって成功するよりも、多くの試行錯誤を繰り返しながら成功の糸口を発見することの方が確率が高い。すなわち、「何が当たるか分らない世界」で成功するには、「数を打つこと」が大前提となるということである。この数の中には単なる思いつきや、いい加減な事業計画も当然ながら入ってくるだろうし、その意味ではある程度の無秩序さえ生まれるのである。しかし、そのようないい加減さを事前にはチェックできないし、また、してはいけないところが「数を打つ」仕組みの重要なポイントである。それをチェックし、淘汰するのは消費者であり競争なのである。これまでの内部蓄積あるいは株式市場ましてや銀行融資を通じた資金調達パターンでは、こうした「数を打つ」といったかたちの試行錯誤を許容することはできない。一つの会社で何が当たるかも分らない開発を無尽蔵に続けることは、資金的にも人材的にも不可能である。
短期間で新規事業あるいは新商品開発に必要な資金を集め、しかも失敗したときにリスクが低い資金調達が求められ、そのニーズに応えたのがベンチャー・キャピタルであったベンチャー・キャピタルは、単に投資をするだけでなく、才能と将来性のある事業プランを探し出し、リスクを承知で資金提供し、その成功を様々な形でサポートする。ベンチャー・キャピタルは創業に当たって、起業家の参入リスクを著しく経験する役割を果たした。ベンチ・キャピタルは起業家の才能やビジネス・プランに投資するのであって、起業家から失敗のリスクとして担保を取るようなことはないからである。このようなベンチャー・キャピタルの他にも、ナスダック、ストックオプションといった一連の資金調達やインセンティブに関する新しいツールが、80年代に整い始めた。その時期に重なるようにシリコンバレーで新しいタイプの企業勃興が起こり、90年代にかけて爆発的な新産業が創出されたのである。とくにパーソナル・コンピューターが出現し、さらにそれらをつなぐインターネットが出現すると、この一連の「数を打たせる仕組み」が順調に機能し始めた。目まぐるしく変化する技術と市場が急速に拡大し、これまでの資金調達の方法に代わる新しいシステムが有効となったためである。
こうした出発したシリコンバレーの企業は次々とナスダックに上場公開して、何倍ものキャピタルゲインをベンチャー・キャピタルにもたらした。そればかりか、株式をストックオプションとして受け取っていた創業者や従業員も、上場によって莫大な報酬を得た。重要なことは、莫大な利益が上がることではなく、この莫大な利益がアイデアをもった企業や企業群が果敢にしかも何度でも新しい事業の創立に挑戦させるインセンティブとなったことである。シリコンバレーの成功は、不確実性の高い新事業分野において、数多くの試行錯誤を実行させるモデルを完成させたことにあると言っても過言ではない。
« 松原誠一郎「経営革命の構造」(15) | トップページ | 松原誠一郎「経営革命の構造」(17) »
「ビジネス関係読書メモ」カテゴリの記事
- 琴坂将広「経営戦略原論」の感想(2019.06.28)
- 水口剛「ESG投資 新しい資本主義のかたち」(2018.05.25)
- 宮川壽夫「企業価値の神秘」(2018.05.13)
- 野口悠紀雄「1940年体制 さらば戦時経済」(10)(2015.09.16)
- 野口悠紀雄「1940年体制 さらば戦時経済」(9)(2015.09.16)
コメント