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2011年10月 7日 (金)

松原誠一郎「経営革命の構造」(2)

第1章 イギリス産業革命の技術と企業家

第1節 産業革命前後における機械の発達

ジェームズ・ワットに代表される蒸気機関に代表される動力革命こそが産業革命の本質といえるが、動力だけが出現しても革命は起こらない。動力につなぎさえすれば動き出す自動機械が先行していなければならない。そこで、現代に通じるような自動機械が出現したのが18世紀のイギリスにおいてであった。それは偶然ではなく、安くてより良い製品を望む消費者の要請に応えるために、鉄鋼生産や工作機械といった周辺機器の発達に、新たな知識を組み合わせてみようという企業家たちの試行錯誤の結果であった。

歴史上、最初に近代的な産業機械を取り入れた産業は繊維工業である。近代的工業の古典的な形態を持ち、その後の産業革命の原動力となってイギリスのみならず世界に多大な影響をあたえたのは、繊維工業であり、それこそが機械制工業のさきがけと呼ばれるのにふさわしい。

中でも産業革命の中核になったのは綿工業である。もともと、イギリスには羊毛工業が特権的な国民産業としてあり、イギリス・ウールは国の象徴であった。しかし、17世紀のインド貿易の発展により、それまでのごわごわして毛織物に代わって、インドから輸入された綿布が大流行した。輸入綿布・綿織物は急速に普及した。これに対して羊毛業者は雇用を守るという名目で外国織物の輸入禁止を議会に要求した。しかし、羊毛に比べて薄くて軽くしかも扱いの簡単な綿の魅力は、金持ちばかりでなく多くの庶民も綿製品を強く求めた。議会は毛織物業者保護のため輸入綿布の売買や所有を禁じた。

この規制は、インド綿布を模倣し、国産品を製造することが、大きなビジネスチャンスとなることを意味し、商機に敏感なものにとって綿布生産は新たなチャンスであった。その中心地はランカシャー地方であった。当時のランカシャーでは、商人たちが原料の麻糸や原綿を購入し綿布工に貸し付けることによって商業生産を行った。いわゆる問屋制家内工業である。そのため、生産は小規模なものにとどまっていた。

そこに登場したのが、ジョン・ケイの飛び杼だった。ケイは織物業務にあたって、ある一定以上の幅の布を織りあげるには二人以上の労働者が必要であり、そのことが生産性を下げていることに気が付いた。ある一定の幅以上にかると横糸につないだ杼を、だれかもう一人が他の端に移す必要があったからである。一人の労働者ではどうしても織り幅を腕の長さに制限しなければならない。そこでケイは織機の一方から他方へ杼を飛ばす方法を考え、そのために杼をはじいて滑り溝にそって滑走させる機械を発明した。これが飛び杼である。この発明の結果、布の幅が広くなっただけでなく、当然布を織る速度も速くなった。しかし、発明者であるケイは飛び杼の使用料の支払いをめぐる、いわば特許権裁判に巻き込まれ、職を奪われると織布工の憎悪の標的とされ、不遇に終わった。しかし、飛び杼は繊維工業の織布工程に画期的な革命をもたらし、後々のイノベーションを次々と誘発することになった。

産業の飛躍的発達にとっては、二つの重要な要素がある。一つは、産業自体がさまざまな工程あるいは部門から成り立っていて、その依存関係がお互いのペースを規定していることである。もう一つは、産業の発展を支える技術自体も様々な構成要素から成り立っていて、それらのバランスを取ろうとすることによって進歩が促進されることである。綿工業は大きく言って五つのプロセスから成り立っている。綿花を摘み取るプロセス、綿花をワイヤーブラシで梳きあげるプロセス、それらを均等の緩やかな束にそろえるプロセス。この粗糸を撚りあげる紡糸プロセス、最後にできあがった撚糸を織る紡織プロセス、という五段階である。ケイの飛び杼は綿工業の最終工程で、それまでの倍以上の幅でしかも何倍ものスピードで綿布を織りあげることを可能にした。このスピードと効率は前工程である糸を撚りあげる紡糸工程との間に大きな不均衡を生み出した。この不均衡は工程間のばらつきを生み、品不足や職工の仕事あまりなどを引き起こす。しかし、このばらつきこそが大きなビジネス・チャンスを創りだし、技術的なインバランス(不均衡)を何とか解消しようという強いインセンティブを生むことになる。この意味で、インバランスこそが産業や技術を前進させる原動力である。一つの技術が突出することによって不均衡が生じ、それを解消させるために他の工程の技術が進歩し、またそこで新たな突出が生まれる。こうして技術が進歩していく。つまり、技術が進歩するときには、安定的な調和ではなく、いかに突出や逸脱が重要かを物語る。逆に言えば、突出や逸脱を許さない平均的価値観が支配的になると、技術の進歩やダイナミズムはうまれないことになる。

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