松原誠一郎「経営革命の構造」(17)
第2節 20世紀モデルを超えて
競争が縦のリードタイムの短縮に加えて横っ飛びの素早さを競うものとなったとき、資金調達パターンに加えて、20世紀型企業の組織構築パターンに重要な変更が生じた。新しい製品やサービスを数カ月や半年といった単位で開発し続けるには、開発に必要な経営資源をすべて企業内部に蓄積し、維持していくことは難しい。取引費用の考え方でいえば、外部取引費用よりも内部管理費の方がはるかに高くなってしまうからである。
目まぐるしく変化する技術と市場ニーズに応えていくには、様々な分野に亘る企業間の機動的な連携がコスト的にもリスク的にもはるかに合理的な選択になった。それぞれの企業がより専門化した独自技術に特化し、それらを瞬間的にあるいは仮想的につなげることによって素早い事業展開を行う方法である。こうした方法での企業内の資源蓄積パターンは、総合的にものからその企業独自の強さ、すなわちコア・コンピタンスを集中的に蓄積していくことが有利となる。企業の連携パターンは各自がコア・コンピタンスをもちよるネットワーク型あるいはバーチャル型といったルースなものとなった。
試行錯誤を奨励する資金調達パターンとインセンティブ・システムが整うに従って、シリコンバレーには試行錯誤を支援する人材が集積するようになった。その主要な構成は、アイデアや技術を持った企業家たちであり、次に彼らに資金を提供するばかりでなく、成功の確率を少しでも高めるためにあらゆるビジネス情報やネットワークを提供するパートナーとしてのベンチャー・キャピタル、企業の経営やマーケティング手法を提供するMBA、法的手続きを手助けする法律家たちなどであった。彼らの共通項は「多くの失敗」である。このように、シリコンバレーでは多くの試行錯誤を奨励するシステムができあがった。数多くの試行錯誤を重ねるということは、わずかな成功とそれを支える沢山の失敗を繰り返すということである。この繰り返される失敗によって個々人あるいは各企業が、その中核能力を洗練していくからである。こうした新しい競争モデルにおける失敗の必要性がシリコンバレーで「失敗はよくあること」という合言葉を生み出し、地域内での人材プールの成立につながっている。
本書でいいたかったことは、一国あるいは一企業・一個人が他を圧倒するような競争力をもつということは、必ずある種の経営革命の構造を提示した時であるということである。しかし、もっといいたかったことは、こうした革命のアイデアは必ず突出した個人の努力や失敗に基づいているということである。それらは空から降ってきたようなものではない。突出は必ず構造間のインバランスを生み出し、イノベーションがイノベーションを生むという好循環を作り出す。それは人間という優れた生き物だけができる、最も想像的で創造的な行為である。その意味で、もっと突出した個人を愛してもいいしし、そうした個人の実名の入った歴史を知らなくてはならない。そして、何よりも彼らの精神の自由を尊ばなければならない。
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