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2011年10月 3日 (月)

橘玲「大震災の後で人生について語るということ」(3)

3.会社神話 大きな会社に就職して定年まで勤める

前回はマイホームを金融資産として個人のバランスシートを見たが、ほとんどの人は金融資本からえる収入より仕事で稼ぐお金の方がはるかに多いはずだ。この「働いてお金を稼ぐ力」は、「人的資本」ということになる。一般に、我々がこの世界で生きるために富みを獲得する方法は、次の二つだ、というより、これ以外の方法でお金を稼ぐことはできない。

①人的資本を労働市場に投資して、労賃を得る。

②金融資本を金融市場に投資して、利子・配当を得る。

①の人的資本は、人間の生物としての物理的な特性から、若い時ほど大きく、一定年齢を越えて働けなくなるとゼロになる。これに対し、金融資本は年齢に関係なく蓄積することが可能となる。そこで、年齢によって①と②の構成が変わってくる。若い時は金融資本(貯金)がほとんどないから人的資本がほとんどだが、人的資本は年齢と共に減ってきて、代わりに金融資本が増えてくる。老年になると、年金を含めた金融資本からの収益で生きていくことになる。これは、①と②の分散投資、投資のポートフォリオを適切に管理することが人生設計といえる。

人的資本の典型例として会社員の収入を考えてみると、学校を卒業してから働き始め、定年で退職金を受け取る平均的なサラリーマンの収入カーブは長期債券に投資して、定期的に配当をうけとり満期支払を受けるのと驚くほどよく似ている。サラリーマンになるということは、会社から毎月給料という配当を受け取り、退職金として元金が召喚される債券を買うようなものと、著者はいう。

日本の大手企業は終身雇用制を取っているので、会社に就職した時点で定年までの人的資本の価値が確定する。人的資本を会社に投資して、言わばサラリーマン債権を購入するというのは、有利な取引と言える。戦後の高度経済成長以後、日本では、人的資本のすべてを会社に投資することが人生設計における経済的な利益を最大化する最適戦略だった。

しかし、バブル崩壊後、この「成功の方程式」が揺らぎ始めた。サラリーマンの人生設計は「会社は潰れない」という神話を前提にしていた。

平均的なサラリーマンの生涯年収は3億円とも言われているが、福利厚生や企業年金を加えると企業が支払う人件費コストは1人5億円とも言われている。しかし、ほとんどの人は、これほどの収入があるという実感を持てない。その理由の一つは、これがグロスの収入で、所得税や社会保険料の支払いが含まれている。サラリーマンの人生と言うのは、40代までひたすら会社に貯金して、50代から回収をはじめ、満額の退職金をもらってすべての帳尻を合わすようにできている。前項で、サラリーマンが競って住宅ローンを組んでマイホームを買ったのは、若いうちにまとまった金融資本が作れない以上、それ以外に効率的な資産運用の方法がなかったからとも言える。すなわち、サラリーマンとマイホームこそが、戦後の日本人の人生設計における“最強戦略”だったと言える。定年までに住宅ローンを完済し、退職金をほぼ無税で受け取り、その後は悠々自適の暮らしをするという、たしかに計画通りなら、素晴らしい人生かもしれない。

しかし、この政略には、一つの重大な問題がある。それは会社がつぶれず、定年まで雇用が続くことが前提となっていることだ。つまり、会社が倒産するのは珍しいことではなく、大企業でも品番にリストラが行われるようになり、サラリーマンでいることのリスクが顕在化してきた。

年功序列と終身雇用の日本的な雇用制度では、中間管理職以上は転職の余地は殆どない。中高年サラリーマンは、いったん職を失うと再就職はほぼ不可能と言われている。このように労働市場の流動性がない日本では、経済的なショックで会社から引きはがされてしまうと、1億円以上あった人的資本(サラリーマン債権)がいきなりゼロになってしまう。それに加えて、住宅ローンを借りていてマイホームを購入していたとすると、心的資本は会社に依存しているから、いったん職を失えばその大半が毀損してしまい、金融資本はレバレッジをかけて不動産に投資されているので、天変地異や何らかの理由で不動産の価値がなくなれば債務超過に陥ってしまう。日本には、このようなハイリスクな人生のポートフォリオを持つ人がたくさんいる。1997年のブラックスワンで自殺に追い込まれた人は、このような人々だ。

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