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2011年11月 4日 (金)

小林英夫「日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ」(9)

1945年8月、日中戦争は日本の敗北をもって終わりを告げた。当初、得意の殲滅戦略によって一挙に勝敗を決しようとした日本は、消耗戦略で応戦することを戦前から決意していた蒋介石政権の前に所期目的をくじかれ、かつて経験のない消耗戦を戦わざるをえなくなった。しかし、殲滅戦略思想から脱却できない日本は、膠着状態の打開を図って南京に汪兆銘傀儡政権を樹立するなど、外交の名に値しない謀略を展開して国際的な非難を浴びた。また、未経験の長期戦は次第に軍の規律を失わせ、中国人に対して数々の非人道的な行為を働いて、より一層世界から孤立する結果を招いた。

一方、国民政府の蒋介石は、開戦が近づくと彼我の長所と短所を分析したうえで長期消耗戦略を選択した。緒戦は敗退を繰り返したが、その間も、やがて外交・文化という自国の長所を生かして反撃するための布石を怠らなかった。

本書の視点に立てば、日中戦争とは、ハードパワーに絶対の自信を持ちながらソフトパワーを減退させ続けた日本を、ハードパワーでは大きく後れを取りながらも豊かなソフトパワーを生かす戦略をもちいた中国が打ち破った戦いだった。日中戦争の行き詰まりを打開すべく開戦した太平洋戦争でも、日本は同じ過ちを繰り返した。殲滅戦略のもと、アメリカに真珠湾攻撃を仕掛けたものの、先制の利を生かせず苦手な消耗戦に持ち込まれ、にもかかわらず殲滅戦略的な戦争指導に終始し、さらには東南アジア占領地域で暴虐を重ねてソフトパワーを完全に枯渇させ、ついに一国が滅亡しかねないほどの打撃を受けて敗れたのである。

戦後の日本は、そのことを十分に反省しただろうか。すべてを失った日本は驚異的な努力によって復興を遂げ、再びハードパワーを取り戻した。たしかに軍事力による戦いは放棄したものの、今度は産業力によって世界に戦いを挑んだのである。その威力は、近代日本軍に勝るとも劣らないすさまじさだった。典型は自動車産業である。なぜ日本車に人気があるのかといえば、主体が小型車で燃費性能がよく、したがって安い割には性能がよく原油高に強く、そして環境に優しいからである。また日本の国内の産業システムが、精巧で効率よくできていて、よい車を早く安く作る基盤が整備されているからである。つまりは、強いハードパワーを持っているからである。しかし、日本の産業基盤は強靭なのかといえば、決してそうではない。いま戦後の企業経営の問題点をあげれば、まず中期はともなく長期的見通しを持ちにくい。よいものを作れば必ず売れるという信念にも似た思い込みから海外市場のニーズの検討が弱く、その嗜好を反映していないため、機能はともなくデザインや好感度で実力相応の評価が得られにくい。また、日本の伝統的文化と産業力との結合がうまくいっておらず、ブランドがすでに確立した欧米市場はともかく、これから日本製品のシェアを拡大せねばならないBRICS市場でのブランド確立に必ずしも成功していない。韓流の波に乗りBRIICS市場に食い込みをかける韓国と比較すると、日本企業の立ち遅れは明らかである。これらの問題はすべて、戦後の日本がハードパワーまかせの殲滅戦略思考のみで突っ走り、ソフトパワーを重視した消耗戦略的な思考を欠いていた結果であろう。なんのことはない、日本は日中戦争における失敗をまたも繰り返しているのである。日本人は戦前の過ちを繰り返すまいと様々な点を反省し、改善にとりくんできた。その努力は決して否定されるべきでものではない。しかし、ソフトパワーを軽視しがちであるという近代化以来の体質については、いまだに十分な反省が為されていないのではないだろうか。速戦即決、すぐに効果が目に見えることばかりを重視する殲滅戦略的な考え方から、いまだに脱却できてはいないのではないだろうか。

70年前、国の存亡に瀕した中国がとった消耗戦略には、現代の私たちにも大いに見るべきものがある。彼らは決して目先の利を追わず、じっくりと自国の力を蓄えた。そしてソフトパワーの要となる外交では、海外メディアに積極的に情報を公開して、自国への真の理解が生まれるまで辛抱強く情報の発信を続けた。それが結局は、日本を丸呑みするようなとてつもないパワーを生んだのであった。いま日本が抱えている様々な問題は、一点集中は得意だが国際的に孤立しやすいハードパワー体質からくるところが多い。これを改めてソフトパワーを強化するためには、やはり情報の公開と発信が不可欠である。情報の規制は短期的な効率を高めはするが、その状態が続くほど国の外には不信を、内には退廃を生み出して、結局はその国の力を減退させるのである。われわれにはもう、あのときと同じ轍を踏んでいる余裕はない。

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