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2011年11月10日 (木)

古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち」(5)

2.なんとなく幸せな社会

幸せの条件は、経済的な問題と承認の問題の二つから考えてみる。若者が厳しい社会的状態に置かれていることは、様々にしてきされる。しかし、日本で若者の貧困問題を語るとき、リアリティが感じられないのだ。現在の日本は一見あまりにも豊かだ。若者の貧困問題が見えにくい理由、それは若者にとって「貧困」が現在の問題というよりも、これからの未来の問題だからだ。たとえば、若年層ほど世代内格差は少ない。正社員とフリーターでは20代の給与格差はあまり大きくない。しかし、両者の違いは「何か」があった時に明らかになる。例えば病気になった時、結婚や子育てを考えた時、親の介護が必要になった時。社会保険に入っていたか、貯金があったか等によって、取れる選択肢は変わってくる。また、日本において、若者の貧困が顕在化しない大きな理由の一つに「家族福祉」があると言われている。若者自身の収入がどんなに低くても、労働形態がどんなに不安定でも、ある程度裕福な親と同居していれば何の問題もないからだ。ただし、今は「子供」として家族福祉の恩恵を受けている若者たちも、20年後から30年後にかけて、親世代の介護問題に直面することになる。さらにその頃には、持ち家だった場合もメンテナンスが必要になってくる。「若者の貧困」問題が、本当に問題になるときは、10年後や20年後で、若者が若者でなくなった時なのだ。つまり、いまの若者たちが、今アンダークラスにいるとその後もそのまま滞留してしまうのだ。日本では一度「いい学校、いい会社」というトラックから降りてしまうと、再びそこに戻ることは難しいるいわゆるキャリアラダーがないのだ。ここに現在の「若者の貧困」問題と、かつての「若者の貧困」問題との違いがある。だから「若者の貧困」は切実な問題としてはなかなか顕在化しないのである。

多くの若者にとって未来の問題である経済的な貧困と違って、承認に関わる問題は比較的分りやすい形で姿を現す。未来の貧しさよりも、今現在の寂しさの方が多くの若者にとっては切実な問題だからだ。承認欲求を最もシンプルに満たすためには恋人がいればいい、恋人同様に承認の問題を考える上でなくてはならなのが友人だ。若者にとって「ないと不幸なもの」の一位は友人という調査もある。現代日本には、恋人や友人に依存しない形で承認欲求をみたしてくれる資源が無数に用意されている。ツィッターやニコニコ動画などのコンテンツがそうだ。貧困は未来の問題だから見えにくい。承認欲求を満たしてくれるツールは無数に用意されている。だから、多くの若者が生活に満足してしまうのも頷ける。幸せを感じるのに大事なのは実際の所得水準よりも、社会問題を「認識」しているかどうかだから、「今ここ」を生きている若者ほど幸せなのは当たり前である。

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