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2011年12月20日 (火)

クリストファー・モール「ミュージッキング~音楽は〈行為〉である」(26)

どんな種類の音楽パフォーマンスであれ、我々がそこに参加して、音楽する時、我々は、結び合わせるパターンの本質を探り、その妥当性を全身で確認し、自分たちとそのパターンとのつながりを祝っている。そして、パフォーマンスの最中に出来上がる関係を通じて、我々はそのパターンや関係について学ぶように仕向けられる。それだけではない。我々はパフォーマンスが続く限り、言葉では決してできない方法で、パターンと関係を複雑なままに経験するのだ。「我々は何者なのか」は、「我々はどう関わるか」にかかっている。我々が誰かを同定しようとすれば、我々はその人物とのつながりを知る必要がある。我々の関係こそが、我々を同定するのだ。アイデンティティの変容は他者と間関係の変化を意味するし、反対に、関係が変わればアイデンティティも変化する。だから、気の合う同士がミュージッキングを通して互いの結びつきを確認し、祝うことは、「我々が誰なのか」という感覚を探り、祝うことに他ならない。そうすることで、もっと充実した形で自己を感じることができる。要するに、それは気持ちがいいのだ。我々は、すべての不要なものごとを捨て去ったところで、「これこそが世界の本来のあるべき姿なのだ」と、「この世界こそ、我々が本当に属する場所なのだ」と感じる。そこで我々は、ほんのしばらくの間とはいえ、あたかも理想の世界に、正しいつながりに満たされた世界にすることを許される。この探究や確認の行為が意識的になされる必要はないし、少なくともこれらは言葉で表現できない。しかし祝うという行為の方は、言葉で表現されることがありうる。

音楽することが生きた世界のつながりを探求し、確認し、祝うということについての解釈の具体例は、実際にも、伝統社会のいたるところで発見できる。この考えが正しいのであれば、これほど多くの人々が、ミュージッキングをある種の〈神〉とのコミュニケーションだと言い、またミュージッキングが〈天球の音楽〉や〈祖先〉との共存の感覚をもたらすということに、まったく不思議はない。音楽の道徳的で倫理的な力や、音楽を通じて深層心理に分け入る方法について、これほど多く語られるのも不思議ではない。人類が神々を呼び起こすために、とりわけミュージッキングを用いることも不思議ではない。なぜなら神とは、結び合わせるパターンや正しいつながりのパターンが隠喩的に具体化されたものであり、神を呼び起こすことは、これらのパターンの神聖さや不可侵性を確認することに他ならないからだ。さらには、プラトンが音楽の旋法と国家の体制に繋がりがあると考えたことにも、不思議はない。

私は、これらの音楽経験の解釈を無意味だとか無用だというつもりも、またそれらの解釈を「単なる」隠喩にすぎないと貶めるつもりもない。その反対に、私は、音楽的行為の意義についての自分自身の考えの妥当性を、世界中に存在するミュージッキングの理解の仕方に照らし合わせることで、試したいのだ。それにどんな場合でも、隠喩は「単なる」何かではない。隠喩は「単なる」何かではない。隠喩は、我々が自らの経験を理解するための最重要な手段に他ならない。自らの感情や行為を正しく理解するための隠喩を創り出し、それによってより良く生きることこそ、我々のなしうる最良のことである。ベイトソンが我々に遺した「結び合わせるパターン」というイメージも、その一つだ。生きた世界にはっきりとした輪郭をもって放たれた個の隠喩は、我々が音楽するときに、字際に起こっていることを理解可能にしてくれる。そうすることで、この活動をめぐる数々の誤解や先入観から我々を自由にして、我々の内側にあるミュージッキングの力を取り戻させてくれる。「すべての芸術は音楽の状態に憧れる」という有名な諺が意味するのは、次のことだ、儀礼という統合的なパフォーマンス芸術が断片化したものとしての、一つひとつの芸術活動のなかでも、もっとも直接的で濃密な結び合わせるパターンやつながりを経験できるのがミュージッキングである。音楽のことを、芸術の中で最も抽象的なものだという人々がいるが、それは間違っている。真実は逆で、音楽することこそは、あらゆる芸術の活動のなかで、最も具体的で、かつ媒介の少ない活動に参加することなのだ。

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