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2011年12月24日 (土)

クリストファー・モール「ミュージッキング~音楽は〈行為〉である」(30)

第12章 コンサート・ホールではいったい何が起こっているのか?

コンサート・ホールで起こっていることは、その他のどんな音楽パフォーマンスで起こっていることとも、本質的には何も変わらない。つまり、歴史上のある瞬間に、ある社会的集団の成員が、ある儀式で、人と人とのある特別な関係に焦点を合わせるために、ある特別な音を使っているのだ。その儀式では、集団の価値観が探求され、確認され、祝われる。私はこれまで、この探究、確認、祝うという三つの言葉を多用してきた。その理由はこうである。ミュージッキングが関係に関わるものだが、この関係は、我々の生活の中に実際に存在するものというよりは、我々がそうあって欲しいと望んだり、経験したりと切望したりする関係のことである。そしてこの関係には、人間とそれ以外の宇宙の間にある結びつきも、我々と自らの身体の結びつきも、さらに超自然的なものも含まれる。いつどこで行われる音楽パフォーマンスでも、その最中に望まれた関係が目に見えるものとして具体される。そして、参加者はあたかも実在するものであるかのように、それを経験できるのだ。望ましい関係を実際にこのよにもたらすという意味で、音楽パフォーマンスはその関係を反映するだけではなく、それを積極的に作り出しもする。音楽パフォーマンスは、理想の関係や価値観についての観念を人々に教え込み、パフォーマンスの参加者にその関係を気に入るかどうかを試してみることを許すのである。音楽パフォーマンスを探求の手段と言うのは、この意味においてである。価値観を表現し合うことは、パフォーマンスに参与する人々が自らに、あるいは参与者同士に、またパフォーマンスに注意を払う全ての人に向かって、次のように言うことを可能にしている。「これが私たちの価値観、私たちが理想とする関係なのだ」、「これが私たちなのだ」と。これが、音楽パフォーマンスを確認の手段と呼ぶ理由である。第三に、価値観を探求し確認する活動に加わることは、自分たちのアイデンティティをより完全だと感じること、世界や自分の仲間たちとより上手くやっているという感情をそくしんさせる。満足のいく良い音楽パフォーマンスに加わると、参加者は「これが本当の世界なのだ」「こんな風に世界とつながれば良いのだ」と感じることができる。短く言うと、音楽パフォーマンスは自らと自らの価値観を、心地良いものと思わせてくれるのだ。音楽パフォーマンスはこうして我々自身のことを祝うのである。

音楽パフォーマンスによって生み出される関係には、二つの種類がある。一つは(それがミュージシャン自らのイニシアティヴによるのか指揮者に従うのかに関わらず)ミュージシャンが作り出す音の間にある関係であり、もう一つは、パフォーマンスに参加する人々同士の関係である。この二つの関係はさらに言葉で表現しえないほど螺旋状に複雑に関わり合うのだが、音楽パフォーマンスは、明白かつ正確にこの関係を表すことができる。

ミュージシャンが作り出す音は、経験の全てを構成するのではないが、音は経験を実現するためのきっかけをもたらす。従って、音の本性と音の関係も、全体としての経験の本質的な部分を占める。音の関係と作品の本性がいかなるものであれ、それらは些細な事柄ではあり得ない。あらゆる人間の社会と同様に、我々の社会でも、創造とパフォーマンスに多くのエネルギーと資源を捧げ、中にはそのために全人生を賭ける人までいる。そうすることで、望ましいとさける人間同士の関係や社会的秩序が表現されるのだとしたら、それらがどのようなものでありうるのか、どんなにぼんやりとであっても予測できるはずだし、いかに不十分であったとしても言葉にできるはずである。言葉が不十分なのは必然だ。というのも、ミュージッキングについて話す時、我々はミュージッキング自体に参加する時とは異なった表現のモードを使っているからだ。ミュージッキングの言語は、この生きた世界を統合する身ぶりの言語であり、これはコトバの言語とは違って語彙や分節的な意味を持たない。言葉は一度に一つの事柄しか相手にすることができないが、身ぶりに基づく言語では、たとえ明らかに矛盾していても、複数の事柄を一度に表現することができる。言葉は字義通りで命題的だが、ミュージッキングは隠喩的で暗示的である。また、言葉は唯一の意味を要求するが、ミュージッキングは一度に多くを意味する。

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