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2011年12月28日 (水)

クリストファー・モール「ミュージッキング~音楽は〈行為〉である」(34)

ミュージッキングの能力の理論と我々の日常の音楽実践との関連の第二番目は、次のようなものである。もし音楽することが、人間と生きた世界全体の壮大な結び合わせるパターンとのつながりを探求し、確認し、祝う行為なのだとすれば、どんなミュージッキングも真剣に取り上げられるべき活動なはずだ。どんな種類の音楽パフォーマンスでも、そこに参加する誰もが、自分たちに注意を払う全ての人々に向かって、「これが私なのだ」と言っている。これは何にもまして真剣な確認行為に他ならない。それから、すべてのミュージッキングが真剣な営みなのであれば、それぞれのミュージッキングに優劣の判断を下せるわけがない。万一その必要があったとしても、それは、参加者たちの理想的なつながりがどれだけ上手く表現(探求、確認、祝賀)されているか、という点でなされるべきだ。そうして表現される関係が好きに慣れないことも十分にあり得るし、その意見を率直に言う権利だって我々にはある。だが、その意見が純粋な美学に基づくのと同じくらいに、社会的に構築されているということは、理解しておくべきだろう。つまり、ミュージッキングの良し悪しを判断するということは、単に音楽スタイルについての意見を交わすということではない。音楽パフォーマンスによって表現される理想的な関係全体について、意見を交わすことでもあるのだ。

ここで問題となるのは、パフォーマンス空間に出現する関係で、例えば、西洋のクラシック・コンサートのような聴き手に黙って聴く以外の選択肢を与えないパフォーマンスは、聴き手の人間性を貶め、不平等な関係を確認していである。

私の二つの主張、すべてのミュージッキングは真面目な営みとして取り上げられるに足る活動だということと、すべての人間には十分なミュージッキングの能力が備わっているということが、相互に依存し合っていて、なおかつミュージッキングとは何をおいても演奏することと聴くことなのだということなのだ。

ミュージッキングの機能が参加者の理想的な関係のあり方を探求し、確認し、祝うことだとすれば、最上のパフォーマンスとは、その技術的なレベル如何に関わらず、包括的に、巧妙に、そして明白にすべての参加者をミュージッキングに駆り立てるものでなければならない。この包括性、巧妙さ、明白さは、芸術的な技巧にかかっているだけではなくて、むしろ参加者(つまり演奏者と聴き手の両方)が、自分たちのベストを尽くすかどうかにかかっている。この考え方に従えば、最上という言葉は技術のことだけではなく、愛着を伴う関心や細部に至るまでの注意と共に出現する、パフォーマンスは時のすべてのつながりのことを言っていることになる。持てる力を出し切ってベストを尽くすことこそが、新たな領域へと前進するための秘訣である。なぜなら、ベストを尽くす人こそが、より深くミュージッキングに関わるようになり、つながりのなかに新たなニュアンスを発見し、その表現のための新たな技能を発見するからだ。個人がヘスとを尽くすことは、特定の音楽作品の演奏が上達する以上に、その人の音楽性をも発展させる。

シンフォニー・コンサートという儀式の検討から、すべての音楽パフォーマンスが結び合わせるパターンの概念を拡張したり変更したりするのではないということは、すでに分かっている。実際、ほとんどのパフォーマンスは、世界のパターンとそれに対する我々の姿勢の確認作業に過ぎない。平均的なシンフォニー・コンサートの聴衆は、自分たちの世界にあるあるつながりの概念を拡張するような、新たな経験を探し求めたりはしていない。むしろかれらは、自分たちが慣れきっている繋がりのパターンを確認したがっている。だからと言って、そんなふうに慣習的なパターンを確認するだけのパフォーマンスを軽蔑してはいけない。それらの儀式は、「これこそが世界の本当の姿なのだ」とか「こここそが私のいるべき場所なのだ」と言って、自分たちの価値観や結び合わせるパターンが、現実のものでありかつ有効であることを確かめるために、必要な営みなのだ。だが我々は、見慣れた関係を新鮮な光のもとで見せてくれたり、世界の中での自分たちの位置をほんの少し違った角度から見せてくれたり、自らの考える関係についての概念を広げてくれたりするようなパフォーマンスも必要としている。これを成し遂げられるのは偉大な演奏家だけではない、新しいビジョンと共にこの世に降りてくる彼らの力は、誰にでも開かれている。

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