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2011年12月18日 (日)

クリストファー・モール「ミュージッキング~音楽は〈行為〉である」(25)

音楽と感情のつながりでいえば、音楽の哲学的な考察には、もう一つの重要な問がある。即ち、「作曲された音楽作品の意味はどこにあるのか?」というのがそれだ。絵画や映画、小説などの場合では、芸術作品がその外部世界にある何かを指示していて、それが作品の主題の理解を容易にしている。だが楽曲は、一見したところ、作品の世界以外の名にも指示していない。一般に音楽作品は、抽象的で非表示的な音そのものとしてしか知覚できない。だとすると、これは何についてのものなのだろう?音楽作品は何かについてのものでありうるのだろうか?ここで再び音楽を、モノとしてではなく、本来的に行為なのだと考えてみよう。その行為とは、言うまでもなく関係に関わっている。すると、音楽作品がもつ意味は。曲の演奏時に出現する関係性のなかに存在することが見えてくる。ここには二種類の関係がある。ひとつは楽譜という指示通りに演奏することで生じる音の関係であり、もう一つはパフォーマンスに参加する者同士の関係である。不変の音楽作品がある場合は、音の関係が変化することはない。他方で参加者同士の関係は、参加者の構成、環境、参加者がそのイヴェントに対して抱く期待などが違えば、異なってくる。したがって、音の関係は、音楽パフォーマンスという人間同士の出会いの本質や意味の重要な部分を担いはするものの、パフォーマンス全体の意味を構成するわけではない。すでに見たように、西洋クラシック音楽の文化では、音の緊張と緩和、クライマックスと解決、発展と変奏を表現するドラマティックなものであり、参加者はそこに人間関係の発展を知覚している。つまりパフォーマンスは、人間関係についての物語として把握することが可能なのだ。

パフォーマンスの背後にある物語や理想的な関係は、我々の文化の別の物語の形式と同じくらい堅固に、西洋の伝統的思考法の一部として定着している。この二つは、作品自体は長期間変化していないのに、作品を読んだり演奏したりするという行為の意味が時代と共に大きく変化しているという点で実によく似ている。つまり、作品を演奏する際には、同時に二つの意味が生じるのだ。そして、二つの間の緊張は時間の経過と共にどんどん大きくなってきたが、不変の作品がなければこの緊張は起こり得ない。だが不変の音楽作品のあるなしにかかわらず、すべてのミュージッキングは、我々が自分と世界とのつながりを物語る過程なのだと考えることができる。その物語は意味は身ぶりの言語によって伝えられるが、そこには名詞がないし、時制も常に現在形だ。このことが意味するのは、一つにはその物語で語られるのが誰・何についてのことかが分らないということ、そしてもう一つは、そこで語られる世界の関係が言葉で表現し得るよりもずっと豊かで複雑だということだ。

広い意味では、すべての人間のミュージッキングは、自らの物語や自分と世界とのつながりを、自分たち自身に向けて語る行為なのだということができる。どの音楽パフォーマンスも時間とともに進化するし、パフォーマンスがもたらす関係も常に進化の途上にある。一緒にパフォーマンスを経験すれば、参加者同士の関係も変化する。我々が何者なのかというアイデンティティも、パフォーマンスを通じて理想的なつながりを確認したり、もしくはそれを揺るがされたりすることで、多少の変化や進化をとげるだろう。音楽する時、我々はこうしたつながりのただなかにいる。パフォーマンスが生み出す世界にわざわざ入って行こうと努力する必要などない。我々が望もうと望むまいと、その世界は否応なく我々を包み込むのだ。

ミュージッキングに限らないすべての芸術の活動が、基本的に人間同士のつながりについての活動だ。あらゆる芸術は、関係を表現する。生物学的な身ぶりの言語を操作することで行われる。それらが適切に理解されれば、すべての芸術は行為、すなわち「パフォーマンス・アート」と呼びうるものであり、その意味が創られたモノにではなく、創る、見せる、知覚するという行為の方にあることが分かるだろう。芸術とは、人間同士のつながりや人間を結び合わせるパターンの関係について理解できるようになるための活動に他ならない。我々は全身で、芸術と呼ばれるあらゆる活動を考えている。芸術こそは、デカルト的に心身分離の態度を否定するのだ。こうして結び合わせるパターンに直接触れることは、喜びをもたらすだけではない。ミュージッキングは、そのパターンがどんな形をしているかについても教えてくれる。

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