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2011年12月26日 (月)

クリストファー・モール「ミュージッキング~音楽は〈行為〉である」(33)

ポストリュード

我々の日常の音楽実践について考える。

第一に、もしミュージシャンが、「儀礼」と呼ばれる壮大なパフォーマンス芸術の一切面であるなら、それはすべての生物が生存のために使用し理解しなければならない、生物学的なコミュニケーション言語のやり取りと言うことになる。そして、すべての健常者に発話する能力と他者の発話を理解する能力が備わっているのと同じように、ミュージッキングの能力も生得的なものなのだ。それらの能力は、もちろん育みそだてることができる。今日の西洋社会では、話し言葉が日常的に学習され実践されることは、当然だと考えられている。どんなに恵まれないこどもであっても、通学し始めるずっと前から、家族や友達同士の間でその能力は育成されるはずだ。しかし悲しいかな、ミュージッキングには話し言葉のように日常的で持続的な育成の機会がほとんどない。現代の産業社会では、パフォーマンスが日常的に育成されることや、ミュージッキングが社会の重要な活動として動機付けられるための、大きな社会的文脈が失われてしまった。演奏の方法を教わる人は沢山いるが、実際のパフォーマンスに動機付けられるのはごくわずかの人々に限られている。

しかし、アフリカをはじめ、音楽的な能力が普遍的でかつ共有されているという、夢のようなことが、実際に多くの社会や文化では。日常的に現実なのだ。話すという基礎的な能力には誰もが恵まれているが、ある人は議論するのに長けているだろう。同じように、伝統社会でも、ある人は他の人よりも音楽的な才能に恵まれていることが認められている。そういった人々が、その他の全員が積極的な二加わることのできるミュージッキングという共同作業の、リーダーや先導者になるのだ。思うに、今日の音楽教育の最大の課題は技術的に優れたプロの音楽家を育てることではない。そうした社会的な文脈を、公的な場と日常的な場の両方を通じて、音楽の活動にもたらすことのはずだ。その努力こそが、本物の発展、すなわち社会全体の音楽化につながるのである。

ミュージッキングに限らず、関係を探求し、確認し、祝うことは、ひとつのパフォーマンスで完結することのではなく、別々のパフォーマンスの間にある関係にまで広がり得る。もっと広い世界を知ろうと思えば、異なるスタイルやジャンル、それから異なる伝統や文化におけるパフォーマンス同士のつながりを発見することだってできる。このつながりの螺旋はどこまでも広げることができるし、それを進めることは我々自身のつながりの理解を拡大することに等しい。もちろん、そこで行われるのは我々自身の探求だけではない。我々が行うパフォーマンスに対する他者の反応も、相互的なつながりを創り上げる。他者の反応我々自身のパフォーマンスに影響を及ぼすことがあるし、パフォーマンスが両者の関係に影響を及ぼすこともある。似たような反応が起これば、両者は結束させられるだろう。ミュージッキングについてのコトバによる言説も、音楽経験になり代わるものとしてでなく、音楽経験に何かを付け加えるものとして重要な役割がある。

もし、ミュージッキングが生物学的なコミュニケーション言語の一部分を本当に担っているのだとしたら、ミュージッキングは全人類に共通する生存装置の一部だということになる。音楽することは、単に余暇を充実させるものではない。社会の理想的なつながりを学ぶための活動なのであり、他者と会話するのと同じくらいに、個人が社会の中で成熟するために不可欠な活動なのだ。話すこととミュージッキングには多くの共通点があるが、違いもある。特に重要なのは、ミュージッキングには、複数の秩序が重なり合った複雑さや重層性、そして水銀のように変化する人間同士の関係を、言葉には不可能な仕方で表現する力があるという点だ。

だが、たれもがミュージッキングの能力を生まれ持っているのだとしたら、西洋の産業社会のなかでこれほど多くの人々が、自分にはどんな簡単な音楽活動もできないと信じきっているのはなぜだろう?彼らは、神経システムが形成される以前の幼年期や青少年期に、潜在的な音楽性を開花させるための適切な経験が与えられなかった。発達期に会話する機会を剥奪された人間が、ついには十分な会話能力を発達させられないように。だが、それよりももっとありそうなのは、周囲の人間が執拗に彼らを非音楽的だと教え込むねというものだ。

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