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2012年1月

2012年1月31日 (火)

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(6)

第2章 才能と<不要とされる不安>

先進国の豊かな経済では職を欲しながらも必要とされない人間が多数存在する。かつては自らの有用性を証明できれば、つまり、教育と特殊技能さえ身につけていれば雇用の機会に恵まれていた。しかし、「技能社会」においては失業者の多くは既に教育を受け、技術を習得した人々である。その失業の理由は、職の海外への安い流失にある。

不要とされる不安

<不要とされる>ことへの不安は、グローバルな労働供託、オートメ化、高齢化の管理という三つの要因から出ている。しかし、三つはそれぞれの外見からは想像もつかないものを内包している。豊かな地域から貧しい地域へと雇用を流出させるグローバルな労働供給は、資本主義では労働力は最も安価な所で調達されるという前提からだろうが、それだけではない。労働力調達には一種の文化的選択と言う要因が働いていて、労働賃金の高い国を離れた雇用は、賃金の低い国々の中でも、熟練技術のある、場合によっては、高度な技術資格をもった労働者が多い地域に流れる。このことが先進国国内に影響を及ぼす。途上国の労働者は先進国の同様の職種の人に比して給与は低いかもしれないが、社会的地位は低いとは言えない。意欲と訓練、すなわち教養を持つからこそ、彼らは雇用者にとって魅力的なのである。競争に敗れた者たちは更なる競争力獲得のために人的資本を増強せねばならないが、そうできる人の数は多くない。海外の競争相手に太刀打ちできないとなれば、かれらはもはや不要となるほかはない。不要とされることへの不安は外国人脅威論と結びつく。脅威論人種的、民族的偏見の蔭に、外国人の方が生存のための自己防衛能力により秀でているのではないかという不安を隠している。グローバライゼーションとはひとつには、人的エネルギー源が移動しているという、そして、先進国の人間でさえ結果手に時代に乗り遅れるかもしれないという感覚のことをさす。

不要とされることへの不安はオートメ化の裏側にも隠れている。かつてのオートメ化は人間の手が機械に取って代わられれば、ホワイトカラーには新たな、そして、より多くの仕事が生まれることが想像できた。しかし、それは50年前の機械的作業しかできない機械なしか当てはまらない。現代の機械はマイクロプロセッサー等によって、あらゆる作業領域の労働力削減に寄与している。人間にはできない速さで計算を行うコンピュータなどのように、他の科学技術は人間を模倣しようとはしない。したがって、機械が人間の手にとって代わるというイメージは正確ではない。人間にはできないような、経済価値のある作業を機械が行えるようになるにつれ、<不要>の幅も拡大している。

海外への雇用流出と真のオートメ化は、すべてではなく一部の職種に影響を与える特殊なケースであった。これに対して高齢化は<不要>の拡大という点から見れば、はるかに広い領域で影響を及ぼしている。これは単に生理的年齢だけでない。スキルの耐用年数から考えれば、年齢と直接かかわるのは才能だ。身につけた技術の耐用年数は短くなる一方だ。技術者は経歴の中で技術の再習得を行わねばならない。ここに労働市場経済が破壊的な形で介入する。高年齢の社員は基本給が高くも社員の再教育は高額な事業でもあるから、若い社員を雇用する方が費用を抑えられる。さらに若者は職場の条件が気に入らなければ抗議するより退職を選ぶ。雇用者にとってみれば若者は人件費が安いばかりか、御しやすい。そうした社会資本主義構造を放棄した企業に見られる若年労働者の才能のみを重用する雇用からは、経験が増すにつれ経験の価値が減ずるという結果が生まれた。

経験が増すのと反比例して経験の価値が減ずると言う公式は、若干軌道修正した今日の経済でも、その深部で現実性を維持したままである。技術の消滅はテクノロジー発展の永続的付随物ともいえる。オートメ化では経験はほとんど意味をなさない。技術の新たな購入の方が、従業員の再教育より安価なのは市場力学からすれば自明のことだ。一度、発展途上国の有能な労働者へ向いた需要は、先進諸国の労働者がみずからの経験をどんなに発揮して見せてもとりもどすことはできない。こうした状況の積み重ねなよって<不要とされる不安>は今生きている多くの人々の生活のなかの動かし難い現実となりつつある。

職人技と能力主義

職人技の包括的定義として、それ自体をうまく行うことを目的として何事かを行うこと。あらゆる分野の職人技には自己鍛錬と自己評価が欠かせない。規範が重要であり、質の追及が目的となっていることが理想である。即物性が強調されたものが職人技である。

このような職人技は「柔軟」な資本主義組織にとっては扱いづらい存在だ。問題は職人技の定義の中で、それ自体を目的として何かを行うという部分で、うまく行うための理解が深まれば深まるほど、やり方が大切になる。短期的取引と常に変化する任務をベースにした組織では、こうした深さは養われない。「柔軟」な組織が恐れるのは、こうした深さだ。

能力主義は「柔軟」な組織に対して別の問題もつきつける。自明とも思われる事実、それは能力判断にはヤーヌスの二つの顔があるということだ。つまり、能力を抽出するのと同時に、無能あるいは能力の欠如を排除する。ビスマルクが初めて着想した社会資本主義では、優秀さによってだけでなく、年功序列によっても活性化されていた。自らの時間を犠牲にし、組織に奉仕する限り、官僚的組織は能力の有無にかかわらず、彼らを見捨てることはなかった。近代社会における、ダイナミックな組織における才能の発見も、社会的包摂の枠組みの中で起こる。ベストの人間に報いるためのテスト、評価、尺度は、エリートレベルに達しない人間をふるい落とすための基礎でもある。ピエール・ブルデューはヤーヌスの顔の習慣を「差異化」と呼んだ。大衆は知らないうちに資格を剥奪されるかハンディを負わされているが、エリートは誰にも見える形で教育、職業、文化組織からそれにふさわしい特権を与えられている。エリートには光を当てる反面、大衆は影の中に落とし込んで隠すのが、差異化の特質であるとブルデューは見た。このような光によって見えてきたのは、むしろ白黒つけがたい複雑な状況である。これには能力主義における発見のされ方、すなわち、才能自体の明確化と定義にかかわる微妙な側面が含まれている。官僚的組織が見ようとしているは、非具体的なものだ。例えば自律的に見える仕事を数値化することはできても、自律的行為の自律性は数値化することができない。職人技に不可欠なのは特別な知識の完全習得と所有である。新しい形の才能は、単一の仕事内容に関わるのでも、仕事内容によって決定されるのでもない。先端企業や「柔軟」な組織は古くからの能力に固執するのではなく、新しい技術を次々学ぶことができる人材を必要としている。ダイナミックな組織は変化し続ける情報や現実を解釈し、それに対応できる能力を重視する。従って、能力主義体系による才能評価には柔らかい中心がある。柔らかい中心は特殊な形で潜在能力という才能に関心を寄せる。ある人間の潜在性は問題から問題へ、また、課題から課題へと器用に渡り歩く能力のことである。

2012年1月29日 (日)

あるIR担当者の雑感(58)~IRにおける真実を考える

先日、オウム真理教の地下鉄サリン事件の犯人たちで最後まで確定していなかった1人の死刑が確定しました。都内の地下鉄の社内にサリンという毒薬をばらまいたという事件で、そのサリンが気化したものを吸って多くの方が亡くなり、重態となり今でも後遺症に悩まれている、という異常な事件でした。このような場合、テレビや新聞の報道で必ず言われることは、犯人は何故このようなことをしたのか真実を話してほしい、という内容のコメントです。この際、多くの場足は被害者か、その遺族の痛切な声として同じようなことが言われます。このような時の「真実」とは何なのか。地下鉄サリン事件のような異常性で注目を集めた事件がおこると、何故このようなことが起きたのか、真実を話すことを犯人に求めるということは過去にもありました。社会学者などがコメントするのは、普段では理解を越えるような異常なことが起こると、人々はあまりに異常なことゆえ理解できないと不安になるので、何らかの納得できる理由を探して、安心を求める、といいます。昔だったら祟りとか。現代では、二通りの大きな傾向があると言います。ひとつは、オウム真理教の人々は異常な人々だったから異常な事件を起こした、という一種の本末転倒の議論です。異常な事件を起こしたから捕まった人たちですが、それはもともと異常な人たちだったからだと結果と原因がさかさまになるのですか、これで責任を全部犯人に押し付けられるので、そうでない人々は普通ということで、オウム以外の人々にとっては安心できるものです。もう一つは、オウムの人々は我々と同じような人々で、何らかの環境の状況からそうせざるを得ないように追い込まれたのだ、という環境のせいにする。これは、それなりに一見筋は通っているようですが、この論理で行けば、我々とオウムの人々との本質的な違いはなく、我々がそうはならないという保証はどこにもないことになり、突き詰めれば、そこで自己との対決を迫られることになります。多分、それなりに納得して安心するために、この両極端の間で妥協して、適当なところで、それなりの言い訳を作り出すということになるのではないか。実際には、このような事件を起こした犯人は、そういうことについて語ることはありません。実際のところ、本人たちも分らないのではないかと、私には思われます。だけど、そこで亡くなったり、大きな傷を負った被害者や遺族は、何らかの納得がないと精神的に不安定な状態から抜け出せないままでいることになるわけです。

ということで、最初の問いてあった、ここでの「真実」というのは、端的に言えば、それぞれの人が納得し安心するための言い訳のようのもの、ということができます。だから、極端なことをいうと真でなくても良くて(この場合の真があるかどうかは不明です)、必要なのは納得できることが最優先ということになると思います。もっとも、納得するためには真らしさは必要でしょうが。

そこで、話は変わりますが、オリンパスの損失隠し事件について、第三者委員会の調査報告書が出ましたが、あそこで示された、何故このような事件が発生したかは、推測で委員の人たちが納得できる理由を作ったという仮説で、さっきいったような委員の人が納得しやすいもの、あるいは、これをマスコミを通じて公開した時に納得させることができそうなもの、いうことになるのではないか。ここで納得させられるということは、人々のニーズにあっていることと、周知の事実から因果関係を強く推測できる範囲内でということになると思いますが。それに加えて、実際に、この件に関わった人々は経営者も含めて、何故やったのかということを説明できないのではないかと、思っています。無理に喋らせれば「そうせざるをえなかった」とかいうことしか喋ることができないのではないか。これは本人が逃げているのではなくて、話すことが何もないからで。

そういう時に、IRは嘘をついてはいけない、以前にも、この投稿で何度も繰り返して言いましたが、IRで真実を述べていく、というのはどのようなことなのか。ということ、やっと本題に入りました。これは、決算データだけを資料に載せるような場合には出てこない問題です。

しかし、これまで上げてきたような事例は、当事者たちにとっては真実かどうかという懐疑が入り込む余地はないものでしょう。つまり、オウムの犯人も、報道も、被害者も、オリンパスの当事者たちも、当人たちにとっては全て真実であり、相手が明らかにしてほしいと思っている真実というのは、自分たちにとっては存在しない、あるいは存在すら分らないものではないのか、と思います。かと言って、客観的な真実というモノそのものが、そもそも存在しえないので、あるのは主観的な思いだけだなどというのではありません。私が現に叩いているキーボードは確かに存在しているし、それは真実であるはずです。(こんなことを言っていると、哲学みたいですが)しかし、それに対して、何らかの評価というのか、意味づけをする場合に、その評価をする人の視点とか価値観とか、もっと掘り下げるとその人の立場とか、そのベースになっている社会的・文化的な条件などといった条件によって左右されるのではないか、と思うのです。ただし、これを追求しすぎると独断論に陥る危険もあるでしょう。例えば、オウムの犯人たちと被害者たちは、絶対に理解し得ないことになってしまいます。

IRの実際に即して考えてみると、決算という一般には客観的な基準に則って導き出された客観性の高い数値で表された企業の業績があります。(数字というと、いかにも客観的であるかのような外観を伴っていますが、実は決算作業というのは細かな評価の積み重ねであり、この評価ということ自体が厳密に客観的といえるか、と問われれば、そうだと断言はできません。ここでは、議論の組立上、一応客観的ということにしておきましょう)これを、決算発表として上場企業の場合は公表します。そして、それを見る投資家は、この数字をただ漫然と眺めるだけではなく、それをもとに投資判断のための評価とか意味づけをしていくわけでしょう。というより、そのために企業の決算発表を見るわけです。ここでの投資家の求めるものというのは、最初に話したオウムの被害者の求める真実にある点から見ると似ているのではないか、私には思えるのです。極論かもしれませんが、オウムの被害者は、何故このようなことになったのか、という過去に対する意味づけあるいは評価です。これに対して、投資家の求めるのは、これから投資をする、あるいは投資を続ける意味づけあるいは評価であるように思います。というこは、オウムの被害者はベクトルが過去に向かっているのにたして、投資家は未来に向かっている、この点では正反対ですが、このベクトルの方向性が違うだけで、あとは同じようなものではないか、かなり乱暴な議論かもしれませんが、と思われるのです。もっと、突っ込んで乱暴な議論を推し進めると、極論ということで受け取っていただきたいのですが、オウムの被害者が納得のできる説明を欲しているのは、ある意味で、自分には何の落ち度もないのに、理不尽な行為の被害に遭ってしまった不条理によって、それまで堅固であった日常の基盤が崩壊してしまったのを、崩壊する以前の状態に戻ることのできるような、意味づけを、例えば、結果的に自分を強く肯定してくれるような「真実」を欲しているのではないか。(これは一面的な議論で、ここでの視点に限定されているものです。全般的にすべてに通じるものではないです)これに通じるように、投資家は自らの投資に対して、意味づけ、もっというとその判断にたいして「それでいいのだ」という後押し、肯定してくれるような「真実」をどこかで欲しているのではないか、ということです。これは、穿った議論であって、簡単には肯定できないかもしれません、しかし、無視もできないと思います。それこそオウムの被害者と犯人との間のすれ違いをIRで起こすことは、何としても避けなければなりません。

では、具体的にどのような場面を考えているか。例えば、今年のような震災があり、タイの洪水で海外の工場が水没被害に遭い、欧州発の金融不安が全世界的に拡大し歴史的な円高が長期にわたって続いている、といった二重三重の試練に見舞われている状況で業績を伸ばすとか、利益を落とさないであげ続けているというのは、企業の体力が強い証拠で、誰の眼にも明らかでしょう。それは業績に現われた利益とか売上の数値が雄弁に語ってくれるはずです。では逆に、業績が落ちてしまっている場合、状況によるものなのか、企業自体の弱体とか戦略の誤りによるものなのか、決算数値からは、なかなか判断ができません。しかし、投資家の側からすれば最も知りたいところでしょう。というのも、この違いというのは、状況が好転した時に業績の回復度合いの違いとなって明白に現われてくるはずだからです。ちょっとだけ抽象的な言い方を許してもらえれば、過去、現在、未来と続く時の流れの中で、過去は既に過ぎ去り確定したものとして、その上に今があり、未来はこれから作るので未確定だというのが、大雑把なところ、一般的な時の流れイメージだと思います。しかし、この過去について、企業の決算数値のようなある程度客観的で、動かし難い、確定的と思えるものもありますが。ここでいう過去の評価のような主観的な過去というのは、現在や未来がどうだということによって変わってくる。もっと言えば作り変えられる。つまり、現今の厳しい状況のなかで企業の業績が厳しいということについて、単なる環境の厳しさが原因しているのか、企業自体に原因があるのか、実際には単純には分けられないのですが、未来の業績回復度合いによって確定してくるということ。つまり、過去の積み重ねから未来゛作られるのではなくて、未来を作ることの副産物として過去が作られることになる。

しかしそれだけではない。ここには、主観的要素が多く入り込んでいるはずです。たとえ、今期の業績が厳しい状況によって落ち込んでしまったとしても、企業がその後の回復を強く意思している場合、その落ち込みは一時的なものとしか見ていないわけです。その場合の落ち込みに対する評価や厳しい環境に対する評価は、その影響に引き摺られた企業に比べ軽微なはずです。おそらく、その場合、企業の視線は外部環境よりも、より多く回復に向けて、自社の事業をいかに回復させていくかに注がれているでしょう。これは極端な場合かもしれませんが、この厳しい環境を契機として企業が経営体制の大胆な改変を図り、それがためにその後の飛躍の体制づくりとなったような場合、その企業にとって厳しい環境は、飛躍の契機ということが「真実」として捉えられる可能性だってあります。

だとすると、IRとして伝えていくことは、その時その時には、決して嘘ではないのかもしれないけれど、後になってみれば「真実」を伝えていない。あるいは「真実」を伝えられたと受け取ってもらえない。というリスクを常に抱えているとも考えられるのです。ただし、それが問われるレベルでの情報発信をしていなければ、そもそもリスクを考えることもないのでしょうが。

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(5)

自己理解

ピラミッドは相対的に安定したアイデンティティの源泉であり、労働者の自己理解にとってこれほど重要なものはなかった。好調な企業は誇りを実感として与え、不調な会社でさえ、少なくとも、方向感覚は提供する。自分の外側に存在する固定された現実のなかでは体験する欲求不満や怒りとの関係で、人は自らを理解するからである。労働の価値が家族や共同体による認知にあることは、前世代も今も変わらない。

最先端業種の特殊環境が文化に乱れをもたらしたとすれば、それは職業的安定の道徳的価値に対してだ。つまり、安定性に道徳的価値がなくなってきたのだ。その結果サービス業の中でも手を使う職種、看護師、運転手、管理人といったものは、仕事自体の文化的内容より安定性と報酬を重視する移民労働者によって担われる傾向が強くなってきている。さらに中産階級での傾向が顕著だ。公的部門が採用の危機に瀕している。文化的変容は若者から公的職業に対する信奉心、官僚として働けば社会から尊敬を得られるという信念を奪った。

先端的労働の道徳的価値は成功にあったといえるが、エリートになれない人々にとって、一生涯、成功を追求するのは容易なことではない。この点でウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と衝突することとなる。長期的目標を視野に据え、いま可能な欲求充足を先延ばしにすることが、プロテスタンティズムの倫理を支える時間的原動力であった。労苦はいつか報われると信じるから、人々は同じ組織の中に幽閉されることも甘受する。自己抑制は欲求充足の先送りによって可能となる。仕事に対するこうした個人的価値づけには、ある種、信頼に足る組織の存在が不可欠だと言える。その組織は、将来、報いをもたらすべき安定性を有していなければならず、経営者は社員の努力の証人としていなければならない。

しかし、新たなパラダイムにより自己抑制原理としての欲求充足の先送りは意義を喪失してしまった。このように組織状況が失われたからだ。これは階級の視点から説明できる。特権階級の人々は家族的背景や教育を通じて築き上げられたネットワークが縁故関係と帰属意識をつくっているからエリートには長期的戦略の必要性はなく、欲求充足先送りの倫理は用をなさない。しかし、大衆はこのようなネットワークを持たないから、セーフティネットがなく、組織を頼りにせざるを得ない。ピラミッドの下の方ではネットワークは粗く、その網目が粗いほど、生き延びるための本格的な戦略的思考方法が必要で、その戦略的思考方法には買い得可能な社会的地図が必須なのである。

社会的資本主義の後退は新たな不平等を生み出した。「柔軟」な組織では、中間的官僚層を徹底的に省き、中心が組織の周辺的権力を支配すると言う権力の新たな構図が現れた。この新しい形の権力は組織としての権威を持たず、社会資本も乏しい。これがもたらしたのは、帰属心、インフォーマルな相互信頼、及び組織に対する蓄積された知識の欠如であった。個人から見れば、仕事の道徳的価値は大きく様変わりし、先端的労働は欲求充足の先送りと、将来を見据えた戦略的思考というふたつの所要要素を破壊した。社会的なものは収縮し、不平等と孤立はますます強く結びついた。

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(4)

権威と支配

権威とは依存関係から生まれる複雑な社会的プロセスのことである。人は権威的人物には自発的に服従する。権威的人物に統治される人間は、彼あるいは彼女の権威を疑わない。それがカリスマ的であろうが官僚的であろうが、下の者は自らに欠けているもの、不可能なものの責任を取ってくれるものと信ずる。軍隊は、その両方の支配を備えている。これに対して現代資本主義的組織はカリスマ的指導者を信奉しても、組織的権威は歓迎しない。それは、組織に帰属心を示し、問題解決の経験に長け、下で働く労働者の理解者たらんとする人物がトップから消えるからである。あるいは、特定の人物、限定された集団が中心において責任を果たしているという実感が、中心と周辺の完全な分離が起こると、周辺ではもちえなくなるからでもある。このような責任の回避は、組織が従業員に依存のない自己管理を求めるようになる。中枢から与えられる目標や命令を業績評価を最高の形で受け取るのに、自らの力量意外に頼るものはないからだ。反面、企業は支配する人間に対する責任を、反省的に捉えられなくなってきている。しかし、一部の人々にとって、中央支配の強化と権威の縮小の組み合わせほど好都合なものはない。最先端企業は起業家精神旺盛な若者を惹きつけてやまない。こうした職場は権威的人物として働きたいという希望をほとんど持たない人間にとっては、年齢を問わずうってつけのはずだ。こうして職場を心地良く感ずるのは、高度な技術を備えた人間である。彼らは職場に不満があれば自らの特殊技術とともに職場を変えることも可能なのだ。彼らは職場への帰属意識は希薄と言える。これに対して一般には、権威が重視されない企業では居心地の良さは長続きしない。新たな経済組織が、官僚制解体に関わった構造変化は、三つの社会的損失をもたらした。

三つの社会的損失

構造変化に伴う三つの損失とは、組織への「帰属心」の低下、労働者間のインフォーマルな相互信頼の消滅、組織についての知識の減少である。それらは一般労働者の生活にきわめて明白に見出すことができる。彼らはある種の抽象的、知的道具としてお互いに関わり合っている。それを社会資本と呼んでいる。

帰属心はこの社会資本を測るための主たる基準となり得る。軍事組織の社会資本が大きいのは人々が帰属心から、組織のため、あるいは、軍隊内の兵士のネットワークのために命をも投げうつという事実からも明らかだ。先端組織はその対極にある。そこには非常に低水準の帰属心しか見られない。景気が好調な場合なら、条件に良い供給業者や下請をインターネットを利用し、容易に見つけることができ、それらと長期的関係ではなく、短期的取引相手として使う。しかし、景気が失速すると企業は彼らに支払い猶予の延長を求めたり、帳簿上で負債の肩代わりを求め始める。しかし、彼らには他人の問題を背負い込む義理はない。また、企業が労働者に、給与削減などの自己犠牲を促しはじめているが、これに対して労働者たちは会社の浮沈などどうでもよく、会社を救う積極的努力をほとんど何も行おうとしなかった。このように帰属心は景気循環を生き延びるのに不可欠な要素でもある。奮闘する企業にとって、社会資本の大きさの現実的重要性は真に大きいと言わざるを得ない。労働者自身にとっても。帰属心の欠如はストレスを、とりわけ長時間労働から来るストレスをさらに増大させる。

第二の社会的損失はインフォーマルな信頼の消滅である。信頼には二つの形、すなわち、フォーマルなものとインフォーマルなものがある。フォーマルな信頼とはある者、ある集団が他の者、他の集団と接触した時、後者は前者の提出した条件を尊重してくれるであろうと信じることを意味する。インフォーマルな信頼とは、とりわけある集団にプレッシャーがかかった場合に、頼れる人物が誰か了解できているという類のことを意味する。インフォーマルな信頼の発達には時間がかかる。集団やネットワークにおいては、態度や特性を知るための小さな手がかりは段階的にしか現れない。普段我々が他者に見せている仮面は危機に際して我々がどれほど頼りになるかを覆い隠している。短期間の官僚的組織には、こうした他者理解を発達させる時間的余裕はない。変化の激しい現代的企業において、従業員同士、お互いを真に知り得ないとすれば、不安は増大するしかない。お互いを知悉した者どうしが長くキャリアを積み重ねてゆく組織に比べれば、変動の激しい企業はいくら強調の表面的効果を強調してみたところで、所詮、冷たく不透明な組織にしか過ぎない。結果として現われるのは簡単に切断されるネットワークに過ぎない。

第三の社会的損失は組織についての知識の弱体化である。官僚制的ピラミッド欠点の一つは、その硬直性、役割の非流動性などだが、長所は組織を機能させる知識の膨大な蓄積にあって規則の例外や裏ルートの調整など暗黙知が自明になっていることだ。このような組織に関する最大の知識を受け継ぐ者はアシスタントなどの地位の低い職員で、この種の知識はインフォーマルな信頼の補足となる。官僚ピラミッドの改革で先ず切り捨てられるのは、このように地位の低い職員である。経営陣はコンピュータ化された技術がこうした職員の代役を果たしてくれるはずだと期待するが、実際、大部分のソフトウェアは決められたことを実行するだけで、選択までは行ってくれない。

問題の根源は所有と支配の分離にある。経営者は会社に対して長期的、効果的責任を取ることが許されず、権力を握っているのは短気な投資家だからだ。企業内に帰属心と信頼と組織的知識を熟成しようとすれば時間がかかる。このような社会的資本はボムアップでなされるからだ。現代的企業での上からの命令は素早く、そして絶え間ない。下部にとっては解釈の余地が減り、組織を理解する過程かなくなっていくのだ。

2012年1月28日 (土)

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(3)

檻から解放されて

このようなウェーバー型のピラミッドは20世紀になると大組織を支配する構造的現実となった。心理面から言えば、この組織は自己保存や自己安定を志向するようになる。しかし、効率主義的な、つまり機械的な分業はその通りにはいかなかった。それは、上からの命令が組織構造を下るに従い、様々に協議され、解釈される、つまり指示が歪められていった。このような教義や解釈を通して、企業内の人物は主体性を実感する。そこで、組織に対する不満と組織に対する帰属心は両立する。全体に不満があっても、物ごとを自らの責任において理解する余地が残っている限り、人は組織を離れることができない。結果として、ウェーバー的な組織は、巧みな時間操作を実現させた。あらゆる社会関係は発達に時間を要する。個人と他者の相互関連からなる人生と言う物語を語るには、少なくとも人の一生の長さは続く組織が不可欠になる。その中で、やる気のある個人が出世願望に狂うこともなく、野心と言う獣を手なずけるため、官僚構造には権力を解釈し、現場で権力を理解する機会が含まれているから、変革に一縷の望みをかけて、その職にとどまっている。一種の幻想を作り出している。

しかし、この幻想は脆いもので、20世紀末には崩れ始める。まずは大企業では、ブレトンウッズ体制の崩壊によりグローバルな投資マネーの支配を受けるようになる。それは、以前のような受動的で馴染みの投資家というものではなく、能動的審判者となった。つまり、経営者たちは企業の独占的な権力のトップではなくなった。このような投資家は短期的な利益を求める。このような投資家たちにとって魅力的な形に組織は変容し始めた。それは、外に向かって内部的変化や柔軟性の兆しを明らかにし、ダイナミックな会社であると人に印象付けるもののことをいうのだ。反対に、組織の安定性は企業の刷新力、新しい機会を見逃さない積極性、変化を促すエネルギーの欠如と見られ、弱点と見なされることになった。そして第三に通信や生産の技術革新によって情報革命がおこり、新しい形の機能集中による指令の仲介、解釈の消滅が起こった。さらに組織はルーチン作業を機械化することで大きな基礎を必要としなくなり、大衆労働者を締め出し始めた。つまり、ビスマルクが意図した混乱や不安の除去といった側面が切り捨てられることになった。

このような変化は、今のところ一部の巨大な組織にのみ当てはまり、大多数の組織である中小規模のローカルな会社ではウェーバー型組織である。

組織の構造

新資本主義による新たな組織の特徴はピラミッドのような伝統的建築物から現代的機械に換わった。「柔軟」な組織は短期的な課題に対して多様な機能の一部のみがいつでも選択・活用できるように、労働は課題に応じるだけの短期的なものに限定され、組織はアウトソーシングを活用し課題が変化するたびに膨らんだり縮んだり、社員は増えたり減ったりするのだ。雇用は短期化され、臨時雇用化、縮層化、非線的進行過程の三つの礎石の組み合わせの上で、組織の時間フレームは縮小し続ける。すぐにできる小さな課題だけが注目される。

短期的課題に合わせた労働は労働の社会的な質までも変化させる。命令系統のピラミッドの中では、まず、自らの義務を全うし、自らの機能を果たした後、労働者は業績、年功により決まった地位に準じた報酬を受ける。つまり企業構造自体は明確である。しかし、短期的課題をこなす労働では、このような明確さはなく企業はしっかりした構造を持たず、未来もまた不透明で予測できない。こうした環境にうまく対応するためには不確実性に対する許容範囲が広くなくてはならない。「柔軟」な組織が人間関係の技術の向上を訴え、協調性の育成を実施するのは単なる偶然ではない。心理的外皮を剥いでしまえば、残っているのは確固たる欲求だけなのだから。こうした環境で不透明な状況に遭遇した場合には、前向きであることが要求される。

「柔軟」な組織では権力が中枢に集中する。それは組織の中枢が業務内容を規定し、結果を判定し、会社を伸縮させることになるからである。しかし、業務担当者に短期間で柔軟な結果を出させるには、一定程度の権限を与えることで、彼らの自主的努力への動機付けを行おうとする。そのために企業は内部競争を行わせ、最良の結果をできるだけ早く道引き出すことに努める。こうした制度が社員の間に高レベルのストレスと不安を生み出している。報酬は勝者総取りで、勝者の報酬は巨額にのぼる。このような中でストレスを抑えられるのは、特定の会社に帰属意識を持たない人たちだ。ピラミッド型企業と現代的企業は、不安と怖れの感情的相違の検討を通して比較できる。不安は起こるかもしれないことと結びついている。恐れは起こっていること結びついている。不安は不確実な状況において起こり、怖れは苦痛や不運が確実な時に起こる。ピラミッド型組織の欠陥は怖れを起こすことにあり、現代的組織の欠陥は不安をもたらすことにある。企業改革が行われるとき、従業員には何が起こるのが予想できない。この不確実性は不安となって蔓延するが、確実なのは不平等の更なる拡大だけだ。

命令の権威は系統を下がっていく過程でさまざまに解釈され、情報は上に昇るに従って歪んでゆくが、再編の激震に揺れる官僚制度においては、制度の中間層が抹消されたことによって、そうした命令系統も分断されることになった。再編を終えた「柔軟」な企業は、連続性を失い、中心は周辺を特殊な形で支配する。周辺の人々は命令系統における上下のいずれとも接触を持たず、労働においては殆ど独立した存在である。この両者の接点は結果にしかない。この繋がりの喪失は距離を生み、距離が離れれば離れるほど不平等は拡大する。

2012年1月27日 (金)

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(2)

第1章 官僚制度

近代の資本主義の常態は不安定であった。市場の大変動、投資家の興奮、工場の新設、閉鎖、労働者の大移動。さらには、生産、市場、金融の地球規模での拡散や新技術の出現により、現代経済もこうした不安定なエネルギーに満ちている。しかし、組織の面では19世紀末までに企業内の官僚制は固い殻を纏い開かれることはなかった。ここで大きな役割を演じたのは、事業の内側における組織編成の方法であった。事業は軍隊的モデルの組織を資本主義的営為に応用したことがそれだ。

ビスマルク宰相のドイツにおいて軍隊的モデルはビジネスのみならず、市民社会のあらゆる組織にも応用されたが、ビスマルクの眼からすれば、それは平和を守り、革命を防ぐ役割を果たすものでもあった。どんなに貧しかろうが、自分の職は安泰であると悟った労働者は、社会におけるみずからの地位をはっきり想像できない労働者と違い、反逆に及ぶことも少なかろう。これこそ社会資本主義と呼びうるものの基本的政策であった。これは長期的な利益を望む投資家との思惑とも合い、軍隊化された社会資本主義の拡大につれて、経済業績は上昇しはじめた。そのとき、官僚的制度は市場に比べ、はるかに効率的に見えたに違いない。

この軍隊的社会資本主義の柱は時間にある。長期的かつ漸進的で、何よりも、予測可能な時間。時間の合理的思考が可能になった時、人々がみずからの人生を物語として考えることが可能になる。例えば、将来の昇進過程を思い描くことや、一企業に長年勤務すれば所得がどのような弧を描いて上昇するか予測することが可能となる。肉体労働者の多くにとって住宅購入の計画はこのようにして可能になった。商業活動に波乱や運不運がつきものだという現実は、こうした戦略的思考を阻害する。現実世界の流動性、とりわけ、景気循環の流動性のなかでは、もとろん、現実は計画通りには動かない。しかし、将来設計が可能であるという実感は、個人の行動と力の幅が書く出した証とも言える。

社会的資本主義

マックス・ウェバーの分析によれば、このシステムの真髄は命令系統にある。アダム・スミス時代以来、経営者は分業の効用を明確に認識し続けてきた。スミス的分業は複雑な作業を分割して、大量の製品を短時間で作り出すという効率性を求めてのものであった。その真価は市場で、人々が買いたいと考えるものを、競争相手よりも短時間で大量に生産するものであった。軍隊の分業は、競争や効率性の特質は経済のそれとは異なる。時には兵士はせんしすることもある、軍隊における兵士の社会的契約は絶対であり、軍隊の崩壊を防ぐためには、各階級の役割が明確で厳密でなければならない。ウェーバーは軍隊の論理を国の官僚的「職務」の分析に反映させた。職務ということは巨大官僚組織のすべての人間を含む。実際の権力はピラミッド型に配置され、ピラミッドではそれぞれの役割を持つような形で「合理化」されている。命令系統を上に辿っていくと権限を握る者の数は少なくなる。「仕事ができる」とは与えられた仕事以外、決して何も行わないということである。アダム・スミス型モデルでは、期待以上の仕事をこなす人間が報われる仕組みが組み込まれていたのに対して、ここでは定められた一線を越えることは許されない。このウェーバー型モデルでは時間感覚が不可欠である。一度決定された役割は変更されることがない。誰がどんな職務につこうとも組織が安定性を失わないためには、役割を一定にしておく必要がある。このようなピラミッド型構造によってビスマルクはドイツの労働者に社会制度内で何らかの地位を与えることを約束することができた。その反面、組織は肥満体にならざるを得なかった。官僚機構が巨大化する政治的・社会的理由は、効率性よりも人心の安定のための包摂にあった。

ウェーバーはこのような組織が個人に与える影響について懸念を持っていた。官僚的制度は満足の遅延に慣れさす教育を人々に施す。行動の今この時点での意味でなく、命令への服従によって将来もたらされるであろう報いについて考えることを学ばせるのだ。このような遅延の原則を習得した人間は、満足の到着自体を拒絶するようになる、やる気のある人間ほど、今持っているものに満足せず、現在を現在のまま享受しない。欲求充足の遅延は人生の習慣となる。つまり、個人的衝動には組織的文脈が付与され、官僚制度の階段を昇ることはひとつの生き方になった。鉄の折が牢獄であったとしても、それはまた精神的安住の地ともなりうる。

2012年1月25日 (水)

リチャード・セネット「不安な経済/漂流する個人」(1)

41chs8rwojl__ss500_ 半世紀前までは官僚制による多国籍業や国家社会主義により人々の生活が断片化され、その解体が叫ばれた。その結果、組織は解体されたが、共同体は回復しなかった。このような不安定で断片された社会で、人々の連帯を支える価値や習慣は何かといった文化的な視点をみる。このような社会で成功できる人間は限定され、三つの条件がある。一つは時間に関わる点で、職から職へ、場所を移動しながら短期的関係や自分自身を律していかなければならない。組織が長期的な枠組みを提供しなくなったら、個人は自らの人生の物語を即興で紡ぎ出すか、あるいは一貫した自己感覚抜きの状態に甘んじなければならない。二つ目は才能に関わる点だ。現実が変化を要求する中で、技術の有効期限の多くは、実際、長いとは言えない。新たに台頭した社会秩序は一芸に秀でるという職人的理想に否定的影響を及ぼした。現代の文化は、職人技に代わって過去の業績より潜在的能力を高く評価する能力主義という考えを発達させた。三つ目は二つ目に由来し諦めに関わる。いかに過去と決別するかだ。職場で過去にどんな業績を上げていたとしても、それは必ず地位の保証にはならない。これは、人間が積んできた経験を過小評価できることで、こうした特質は、持ち物を重宝する所有者ではなく、新品を買いたいがために使えるのに古い製品を簡単に捨ててしまう消費者のそれに類似している。

いわゆる1990年代以降の新資本主義では、短期的にものを考え、何事にも後悔しない新しい人間でなければ富は得られない。そうした人間以外に見られたのは、自分たちを人生の漂流者だと感じる中産階級の大集団だった。

著者は、ここで組織はいかに変わったか、余剰人員として解雇されたりする不安と「スキル社会」における才能はいかに関わっているか、消費行動は政治的態度といかに関わるか、を主題として扱う。新たな資本主義の使徒たちは、三つの要素─仕事、才能、消費─が彼らの望むかたちに変化すれば、現代社会はより自由になるという。著者と彼らの意見は相違するがもそれは、組織も技能も消費パターンも変化しているが、こうした変化によって人々が解放されたわけではないと主張しているからだ。

2012年1月24日 (火)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(38)

2.転回の意味と問題点

我々は、更に議論を進めるに先立って、ここでひとまず立ち止まり、転回の意味について改めて考え直すところがなければならない。我々は「ケーレ」という言葉を、レヴィットの所論に従って、ハイデッガーの思索が初期の頃と最近とで大分異なってきているその変化ないと変貌の意味として用いてきた。しかもレヴィットは、ハイデッガーが現存在の立場から存在の立場へ逆転していると主張し、それが矛盾を含む転回であると言うのであった。このような意味で、転回とはハイデッガー自身の思索の中でのある変化と特にそれと名指すもの、即ち、『存在と時間』の頃は現存在から存在への方向が採られるのに対し、後期の立場では存在から現存在への方向が採られ、丁度両者は逆転しているが故に、この変化が転回と名指されたものなのである。だが、もとはと言えば、この転回という言葉は、ハイデッガー自身が用いている用語で、それをいろいろの個所から総合して考えると、実はそれがレヴィットの用いたように意味のものでは元来なかったことが分るのである。

ハイデッガーは1943年の『真理の本質について』の講演の中で、「存在と時間」から「時間と存在」への転回の思索に対して、幾分かの洞察を与えている。まず、転回の意味について指摘している。転回とは、『存在と時間』第一部第三篇で起こるべきはずだったものであり、その意味は、「主観性を抛棄する思索」のことなのである。「主観性を抛棄する思索」とは、言うまでもなく、後期のハイデッガーの存在の真理の思索の立場である。そこで、転回とは、存在の真理の思索の立場へと移ることである。だが、一体、どこから、そこへと移る、のであろうか。ここに問題の分かれ目がある。

第一に考えられるのは、ハイデッガー自身が、『存在と時間』の既刊の部分で示された立場から、存在の真理の立場へと移行し、転回するということである。レヴィットの解釈した転回とはまさしくこの意味であった。ここでの転回問題は、ハイデッガーが自己の思索の転回を認めている以上、それがあるのかないのかが問題であるのではなく、それがどのような意味のものであり、しかして矛盾的なものか或いはそうでないものか、それが問題なのである。しかして、これに答えるためには、単に前期と後期の著作に現われた差異点だけを剔出して比較考証するだけでは不充分であり、ハイデッガー思想の展開と統一性とを改めて全体的に見直すことが必要であろう。

だが、転回と言う言葉の意味は、これだけに尽きない。元来、転回とは、存在の真理へと移ること、即ち「主観性を抛棄する思索」へと移ることであった。従って転回とは、最も正確には、主観性の立場から、それを抛棄する立場へ移ることでなければならないであろう。即ち、近代の主観主義形而上学の立場を克服することこそが、最も本来的な転回と言うことの意味なのである。従って、実は、転回とは、字義通りには、ハイデッガー思想の中での変化ということではなく、言うならば、ヨーロッパの歴史の中で生起すべき哲学的思索そのものの変貌、人間的本質そのものの変転の謂なのである。即ち、主観性の形而上学から存在の真理の立場へ、存在者に立脚する思索から存在の思索へ、総じて西欧の幾世紀にも亘る迷誤の歴史が今まさに克服さるべきであるというその転換の主張が、実は転回ということの本来的な意味なのである。ハイデッガーの著作の数多くの個所に、かのような用法法は夥しく存在しているのである。

かくして、転回という言葉が二義をもつことが注目されなくてはならない。それは、ハイデッガーの思索の中での前期から後期への転回を意味するとともに、本来的には、歴史の中に喚起さるべき形而上学から存在の真理の立場への転回を意味するのである。往々にして転回問題は、第一のハイデッガーの思索の中での転回の意味でしか考えられていないようであるが、これは一面的であり、転回問題は、以上のような、深くは、ヨーロッパ歴史の中に喚起されるべき思索の転回という面をも含んだ、二義的なものであることを、看過してはならないのである。

転回問題の所在点を以下で整理してみよう。第一に、根本的には、転回問題は、存在の真理の立場による西欧伝統的形而上学の克服、従ってまた、人間本質の新しき変貌の課題という問題なのである。これに対しては、その意味が如何なるものであるかが論究されるべきであり、更に、それの現代における意義が究明されねばならないであろう。ハイデッガー哲学の研究は、究極的には、かかるハイデッガー批判の仕事に接続するのであり、ケーレの問題は、深くは、この根本問題に関係している。第二に、転回とは、『存在と時間』の頃の思索と後期の思想とが何らか変貌しているという事実のことであり、この点については、先ず、ハイデッガーの思索全体の展開と統一性が論究され、それがどのように変化して行っているかが見究められねばならない。そしてその次に、この変化が矛盾撞着を含むか否かが、答えられねばならない。そして、更に、この転回問題解決の鍵が、ハイデッガーの思索の方法論上、哲学態度上の面にあることが、予測されているのである。こうした点から、このケーレの原因が深く見究められねばならないであろう。これは、『存在と時間』という著作の根本的性格への深い洞察を要求し、ハイデッガー哲学前期の問題設定への批判的解明を必然的に要請している。このように見て来れば、転回問題の解決が、非常に広い問題領域に亘り、ハイデッガー哲学全体への考察を要求していることは明らかであろう。第一の歴史の中に喚起されるべき転回とは、ハイデッガー哲学がそこに行きついた究極の思想であり、この問題については、我々は、この論述全体で、その内的構成において解明し、後に結論の部分で、批判的に論究するであろう。第二のハイデッガーの思索の中での転回については、先ず、彼の全体的思索展開の様相に即して、その内的構成を、我々は、この論述全体で問題にしているから、この論述全体がそれに答えているとも言えるのであり、しかも我々は、既に第一章で見たように、ハイデッガー哲学を発展的にしかも本質的に統一あるものと見ようとし、かつまた見得ると考え、いわゆる転回は、やはり立場の変更ではなく、哲学態度の方法論的変化であると見、この思索の推移発展を、この論述全体で、必然的なものとして明らかにしていくであろう。

これで第3章は終わりです。第4章はしばらくお休みしてから、また、まとめてUPします。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(37)

第5節 転回問題の所在点

ハイデッガーの説くケーレには、『存在と時間』の未完に纏わる思索の転換ということ以上に、深い意味が、実は、籠められているのである。と言うのは、存在そのものを凝視し、思索するということ、このためにこそ、『存在と時間』の連続性が途切れ、ケーレが起こったわけだが、ケーレとは、本来、その意味で、存在そのものを思索すること、即ち広く言えば、存在を忘却し去っている状態から脱出して、存在を思索するという、その転回を言うのであり、これが人間歴史全体に繰り広げられて、ヨーロッパの形而上学の中で喚起されるべき思索の転回とも、ハイデッガーではされているのである。ケーレとは、もっと広い意味をもっていたのであり、問題の射程も、単にハイデッガーの思索の変貌としてのケーレとどう結びつくのか、改めて、疑問が出てくる。

1.レヴィツトの所論

レヴィットは1951年「ハイデッガーの現存在到達せる立場が、彼の出発点における立場が、彼の出発点における立場と首尾一貫性を持っているか、あるいは、それは、一つの逆転のけっかであるかどうか」という問いをノイエ・ルントジャワ誌に発表した。それによれば、今日語られる存在とは、単なる存在者の存在様式─例えば、かつての如き現存在の実存範疇とか非現実的存在者の用在性とか物在性とかいうような─、存在者の存在者性ではなくて、「それそれ」のものであり、存在者に対する全くの他者的なものである。そして、かかるものが、今日では思索の中心を占め、他のすべては、これからの生起、恩寵、感謝として、他動的に惹起されるものになっている。このようなことは、実存を元として存在を探求するというかつての『存在と人間』の現存在中心の立場から、到底予測し得ざるものであり、かつまた、これとは矛盾撞着する。従って、レヴィットは、ここにハイデッガー哲学の転回が介在すると断定する。そして、これを具体的に立証すべく、六つの概念を取り上げて比較検討し、転回の事実を次のように証明する。即ち、第一に、『存在と時間』においては「現存在」から存在への接近が試みられたが、後期では、その現存在は存在の真理からの由来において、その近さの中に住むものとして、「存在」から考えられ、従って第二に、かつての「現存在の企投」は、逆に「存在の投げ」によって可能になり、被投的企投の偶然性の代わりに、存在の故郷による支えが立ち現われ、故に第三に、どこからもどこへもしられざるかつての現存在の「事実性」は、「それが与える」その存在によって送り来られたものとされるに到り、かくて第四に、現存在中心の「実存的範疇」は、それを超え出る「存在の真理」に代償させられ、それ故第五に、実存の「有限性」は、聖なるもの、止まれるものの「永遠性」にとって代わられ、かくて第六に、かつての「基礎存在論」は瓦解し、それは存在論の隠れた根拠へと環帰する、形而上学の試みとされるに到っている、と。

このようにレヴィットは、ハイデッガーの思索の中に立場の変更を看取して、それを難ずる。しかし、なぜハイデッガーがこのように変化したのかについて、彼は殆ど何事も語らない。それは、ハイデッガーの精神的展開には論及せず、ただ『存在と時間』との体系的立場での異同を比較するだけであることからも来ているが、ここにレヴィットの所論の限界がある。また、レヴィットがハイデッガーを批評し、非難する根本の何かはハイデッガーの立場の変更の指摘を超えた別物、それはハイデッガーの転回の底に、私生活上の問題を考えるという観点がある。以上、レヴィットの議論の要旨は、第一に、転回を外面的に剔出して、その変化を矛盾として捉えていること、第二に、変化の原因として、ハイデッガーの私生活上の体験を考えていること、この二点に尽きるが、我々はねこの見解に対して、第一に、ハイデッガーの変化の指摘には賛成するが、それが果たして矛盾撞着ないし全き変更であるかどうかには、これまでのところ賛否いずれとも決定できないこと、むしろそれはかかる外面的な変化の剔出でなく、もっと内面的なハイデッガー思想の展開と統一性とを論及することによってのみ答えられること、そして第二に、ハイデッガーの私生活上の諸問題を転回の問題に介在せしめることは、たとえそれが示唆的ではあっても、今の場合我々は採らないこと、この二つのことを、レヴィットに対し、我々の態度決定として確定しておきたいと思う。

2012年1月22日 (日)

高橋洋子「Living with joy」

Joy 1996年発表のアルバム。「残酷な天使のテーゼ」の後になる。象徴的なのは1曲目で大貫妙子の「新しいシャツ」のカバーだろう。声質が良く似ているからか、大貫妙子が歌っていると言われれば納得してしまうほど、良く似ている。しかし、よく聞いてみると、大貫妙子の歌い方は意外と縦の線をしっかり強調していて、メロディの横の流れにアクセントを強調するが、高橋洋子は横の線への傾斜がつよくメロディが滑らかに流れる。その意味では、良く言えば抵抗感が少ないが、表面的に流れてしまい印象に残らないおそれもある。とくにこのアルバムでは地味でしっとりとした曲が多く、悪く言えば盛り上がりに欠けるとも言えなくもない。それだけに、アルバムを通して聴かせてしまう、高橋洋子のボーカルの力をまざまざと実感できる。例えば7曲目「めぐり逢い」のしっとりと歌い上げるナンバーなど、一見穏やかな曲で、これほど暖かく聴き手に迫ってくることができる歌手は、ほかにいないだろう。決して押し付けがましくないが、聴くものの心に残る。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(36)

このように、スピノザ、ヘーゲルに典型的に示される合理主義的問題設定は、ハイデッガーにとっては採り得ない態度であったそしてその意味からすれば、第二に、ハイデッガーの試みが、合理主義的独断的形而上学を否定し、存在の啓示を学的哲学の形で展開する可能性を拒んだ、カントの態度に非常に接近していることを、容易に知り得るであろう。カントは、物自体について客観的実在性をもった認識は成立し得ないとした。その意味で、存在の啓示の形而上学は、学として、いわば高次の知的直観を介しての合理的展開として、体系化され、哲学的に開陳されることはできないわけである。この点で、カントは、存在そのものの啓示の世界を遂に成立し得ぬものと見、言ってみれば、人間的世界の分析に止まり、その意味でハイデッガーと同じ線上にあると言っていい。存在の啓示を独断的に行わず、存在に到る道を人間的な世界構成の構造分析を通して提示しようとすること、しかもそこに学的哲学の使命を止まらしめようとすること、言い換えれば、人間の先験的な分析を通して、単に存在者の分析ではなく存在者を超えて存在へと到りそこから世界を解釈し理解しようとするその人間の超越を可能にする、そのような意味での人間理性の先験的(超越論的)な分析、つまり、そこからして初めて経験や対象の制約が明らかにされ、世界と言うものが存在論的に開示され構成される、そのような先験的(超越論的)分析を通して、存在の地平を明らかならしめようとする態度、そういうものを、ハイデッガー自身、カントの中に見届けて、カント哲学の新しい基礎存在論的な意義を考えているのである。確かに、その意味で、カントとハイデッガーは、同じ線上にある。しかし、そこにはやはり大きな差があると言わねばならない。第一に、カントは、物自体として存在そのものの世界は、確かに認識の立場では哲学的に展開できぬものではあるが、実践的立場において、実在性を獲得し、構成的となると考えたからである。存在の世界は、神の存在、霊魂の不滅、自由の三者が実践的な立場で真とせられ、構成的となる世界であり、その限りでは、存在の啓示もしくはその実践的認識は可能なのであった。しかし、ハイデッガーは、かかることを考えていない。確かに、ハイデッガーに、存在そのものへと、実存の立場で、主体的にかかわろうとする、ある意味で実践的態度はある。しかし、その存在は、神や不死や自由と言ったものとして認められるのではなく、むしろ、一切の存在者を取り統べながら自らは身を退ける、ひそやかなものにすぎないのであり、しかも、ハイデッガーによれば行動するとは、深くは、詩作的思索をなすことであり、この詩作的思索の中で、ひそやかな存在へと関わろうとするに過ぎないのである。そこには、いわゆる実践的道徳的行為というものは存在しない。その意味でハイデッガーには、カントのように道徳的実践の立場で存在が啓示され得るとする思想はないと言わなくてはからない。第二に、カントは、この存在そのものの世界を、理論的には「未規定的」だとして、実践的にはそれを「規定」しようとするのだが、そのほかにもう一つ、それを「規定可能」にする立場をも考えていた。それがアナロギー的、統制的な反省的判断力による世界観的な思索であり、それによって物自体は、合目的性の原理によって支配される、目的論的な、自然と自由の両者を総合する世界として想定されるのである。理論的にそのようなものとして認識されるのでもなく、また実践的に規定されるのでもなく、つまり人間的な立場に身を置きながら、存在の根源がそのようなものとして、信憑されるのである。これが、カントに残された、いわば最後の存在の啓示の、少なくとも学的な認識の立場であったと言い得よう。ハイデッガーは、ある意味で、このカントの反省的判断力による想定の認識の性格を、一面負わされている。ハイデッガーにおいて、存在の啓示が学として拒まれながら、実存に基づく試作的思索の中で、ひそかに謎としてうたわれてくるとすれば、それは、即ち、カントの反省的判断力の立場の姿を変えた再現に他ならないとも見られ得よう。しかし、なおそこに差異があることを見逃すこともできない。それは、カントでは、存在の世界が主観的にals obとして想定される世界であるのに対し、ハイデッガーでは、主体を空しくした地点で存在が語りかけてくる言葉を捉えてうたうこと、そこにあの詩作的思索が成立するからである。だから、それは目的論の世界ではなく、人間がそこに意味を投げ入れる世界観的領野でなく、人間がその中に投げ込まれた、自然全体の、何故も、どこへも分らない、ただ「四つなるもの」が照り映え、根拠と深淵が交錯する、絶望的な絶対の世界となってしまうのである。

2012年1月21日 (土)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(35)

2.他の哲学との比較

如何なる哲学においても、或る究極の問題へと辿り着こうとする準備的な思索の部分と、その究極の問題を展開した部分とがあると考えられる。そして、どのような哲学においても、少なくとも究極的には、存在という事実をどう受け止めるかという存在の真相を明らかにする最終目標があったとも考えられる。表面上そうした所謂形而上学的問題には手を触れまいとしていつ哲学説にあっても、何らかの意味で存在の真相が問題にされていたと言っても過言ではないであろう。言うならば、存在の問題をどう扱うかということが、すべての哲学説の核心的問題をなしている。

ところで、この問題に関しては、いろいろな考え方があるが、先ず第一に思い浮かぶのは、この存在の真相がある種の高次の知性の中で合理的に展開され得ると考える哲学態度であろう。まさしく、ハイデッガー哲学は、この点で、こうした哲学とは対蹠的である。彼においては、準備的地点にまでしか学としての哲学は到達できない。無限知性の次元に飛翔して、存在の啓示を展開する究極の第三篇は、書かれなかったのである。その点に関しては、ただ合理主義的知性を全く排棄して、自らのおかれた歴史的異境を振り返りつつ、貧しい素朴なしかも沈黙せる存在への実存的聴従があるのみであり、そこで秘かに各自に啓示される神秘的に存在の秘義しか、人間にとっては認められないのである。しかも存在は、遂に、現われながら消えゆくものでしかない。ハイデッガーにあっては、独断的形而上学の合理主義的存在啓示の態度は、到底採り得ない。現代におけるハイデッガーには、存在の啓示を学的に展開する概念詩は夢の如きものでしかなく、彼には、有限的な自己存在のみが確かなものとして確信され得るのであり、その自己の実存から存在へと、完結的な意味捕捉の不可能を知りつつ、なおも癒しを求めてそこへとかかわろうと希求する、存在への諦観と婦入に溢れた態度しか、採り得ないのだと言わなくてはならない。

ところで、また、このようなスピノザと相似た哲学的態度を採るものとして、当然のことながらヘーゲルを挙げていいであろう。そして、そうしたヘーゲルの哲学的態度とハイデッガーのそれとは、ハイデッガー自身によっても、また幾人かの人にやっても現にいろいろ比較され、その異同が指摘されてもいるのである。ヘーゲルの『精神現象学』は、一般的に言って、存在の開示に到るまでの意識の経験の深化の過程を提示したものであり、初めは分裂した主客が最後的には合致する絶対知の立場にまで意識を高めていく弁証法的運動を展開し、しかもそこで考察される意識と考察を行うWirとしての哲学者とが究極的に合致し、一切は絶対知の世界に止揚されるのだが、この書は、そうした哲学の究極の立場を準備することを目指したものと言ってよく、次いでそこから、今や自己自身を捉える自覚的な精神の立場に立って、絶対者の自己開示の学的展開を示すものが、『論理学』であり、この二つの部分を併せ持つところにヘーゲル哲学の体系があると言ってよいであろう。ここからして、『精神現象学』はいわば『存在と時間』に当たり、『論理学』は存在の啓示の展開を目指したものと見得る。ハイデッガーとヘーゲルとの間には、深く共通の問題設定がありながら、いわばヘーゲルでは合理的知性の中で存在の啓示がなされるに対し、ハイデッガーではそれが不可能であったところに、両者の鋭い対立がある。両者の間には、有限性を重んずるが故に、存在啓示の合理的体系化を拒否する態度と、無限性の段階に飛翔して存在を形而上学的に展開しようとする思弁的態度との差異が横たわっている、と言わねばならない。確かに、『精神現象学』と『存在と時間』は、存在に到る準備的な地平を拓こうとする根本志向において同じであるが、ヘーゲルでは、意識の弁証法的運動を辿り終えたところで、精神が絶対者の顕示の場として現われ、そこで全面的に存在の世界が開示されるのに対し、ハイデッガーでは、あくまで地平としての現存在は有限であり、しかも意識ではなく実存的なものであり、究極に目指された根底の存在は、朧にしか捉えられないのであり、即ち、ヘーゲル的な絶対知の世界は拒まれる。言うなればハイデッガーには『論理学』に当たる『存在と時間』第三篇は書き得ないのであった。ハイデッガーは、ヘーゲルの『精神現象学』は存在論であり、存在論の終わったところで、存在の啓示を学的に示すいわば神学としての『論理学』が始まり、ヘーゲル形而上学は、徹頭徹尾、存在神学的である、と言う。いわば、ハイデッガーには、この神学を展開することはできないのであった。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(34)

第4節 未完の背後に潜むハイデッガー哲学の特質

1.ハイデッガー哲学の性格

これまで見たように、ハイデッガーし、『存在と時間』で、現存在分析を試み、そこから引き続いて、存在そのものの学的対象化を成就しようと、当初、意図していたが、事実上成就し得たのは現存在分析のみであり、存在そのものの解明ではなかった。彼は、『存在と時間』の第二篇を書き終えたところで、愈々存在そのものを解き明かそうとするとき、挫折するのである。そこには、存在そのものを、現象学的な基礎存在論との連続的な線上で対象化することは本来できないものであるという自覚が芽生え、存在を解き明かすには、主題的に、現存在から存在へという方向だけでなく、現存在の底の存在から現存在を見透し返すという転回がなければならず、そのためには、方法的に、現象学的対象化の態度を捨てて、存在についての概念構成の拡大による形而上学的展開を止め、むしろ端的に、存在からの啓示に開かれて立つ聴衆の態度が採られねばならず、そして、哲学的中心問題の面で、時間の地平を通して存在の意味を概念的体系の形で捉えるのではなく、むしろ時間性という地平そのものの中に立って、そこに顕わとなってくる存在の声に言葉を齎すという変貌が、成し遂げられねばならなかった。現存在分析という準備的な段階から、更に引き続いて、存在そのものの啓示の学的展開を行うその連続性について、種々の点から疑念が持たれ、遂にそり試みは中途挫折したのである。

そればかりではない、ハイデッガーは、後に、そのような挫折を通して次第に明らかになってきた存在そのものについて、それは、自らを現わすとともに退けるもの、言い換えれば、永遠に匿れるという仕方でしか現れ得ないもの、という思想に到達する。存在は存在者と密接に関係しているが、その根底にあるものであり、両者の間には存在論的差異があり、しかも存在は、己を現わすときには常に存在者の形を採って現われ、だからこそ存在そのものは存在者の蔭に匿れて見えなくなってしまい、それ故にそれは無化的なものであり、かかる顕現する秘匿、明らめる無化というところに存在の真理がある、というのである。このことを、ハイデッガーは「単純なものである」という言い方によって、繰り返し述べる。存在は、ひそやかに、匿れ、ほの見え、秘密に充てるもの、それ故にこそ、積極的には、ただ詩作的思索がそれを言葉に齎し、うたう以外にないもの、そうしたものと看做されてゆくのである。

ということは、『存在と時間』における存在探究と連続的に存在の思索がなされ得ないというだけでなく、そのような挫折の中に朧ろに自覚化されて来た存在そのものの真理によって、学的対象化の方法が、決定的に適用不可能とされたということである。存在は匿れるという仕方でしか顕現しえないが故に、これは遂に、決定的に学的対象化の不可能なものだったのである。単に連続的に実存から存在への追究が中途挫折しただけでなく、挫折の只中で見届けられた存在の真理によって、存在は秘匿的性格をもつ単純なるが故に、学的対象として扱い得ないことが、結論的に明らかになってゆくのである。かくして、このような意味で、哲学は、学としては、ただ地平を展開するところにのみ止まるべきもの、またそこまでしか達し得られないものであり、後は、地平の中にまさしく実存として立つことそのこと以外にはない、というのが、ハイデッガー哲学の確信をなしていると言うべきであろう。哲学は、学としては、地平を示す点にのみ成立し、地平に立って存在を想うことは、ただ実存的主体として自ら立ち、各自が絶対的なその自己存在の事実性の中でひたすら存在に聴従すると言う態度においてしかなし得ないという、このような哲学のあり方についての確信は、およそ、人間と存在を問題にする哲学の究極の限界を自覚化した見解であろう。存在の内容は、ただ直観的な詩作的思索の中で、論理を超えた仕方で、実存することと一体をなして、啓示され、語られるに過ぎないものであるということ、合理的論理的な仕方で示され得るのは、たかだか、存在を問う条件についての分析のみであるということ、ここに、ハイデッガーの哲学的態度のもつ極めて実存主義的な特質がある、と言わねばならないのである。

2012年1月20日 (金)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(33)

Ⅳ 時間性の背後にあるもの

もしそうだとすれば、時間の通路は全く失敗であったのか。そうではない。これまでのことは時間が存在そのものの「真理の開示」とは未だなり得ていないことを示しているが、時間が存在そのものの真理への「問の地平」となり得ないことを示してはいない。そしてまさしく、「存在」と「時間」という二つの概念らよってハイデッガーが事実的に示そうとした事柄は、現存在の存在意味としての時間性という地平が、その中に立たるべき究極の存在への問いの地平であるということにあったと考えられる。そして、後に時間論において見るように、時間は古来人間の心のあり方と結びついて考えられたのであり、過去、現在、未来の三相を持つ時間とは、内容的には人間のあり方に基づけられて成立するとされてきたのである。歴史的にも、時間の問題とは、人間のあり方の問題に他ならなかった。

ハイデッガーは、存在そのものを時間の地平から解明することを究極意図とはしながらも、実質的には、存在を問う地平を時間性として、しかも根源的本来的には、現存在の、有限の、死へと先駆する決意的な時間性として、自覚化して来、これこそがその中に立たるべき存在への問いの実存的地平であることを差し当たって示したのであり、ここに、彼の最も本質的な狙いがあったのである。究極目標と、差し当たって遂行されたこととは、混淆されてはならない。そして、後年彼は差し当たっての己の試みが、時間性という存在への問いの地平を示すことにあって、究極の問題には様々な困難が纏綿することに気が付いてゆくと思われる。だからこそ後期は、前名としての時間を超えた、存在そのものの真理を、それそのものの真理において、思索してゆこうとするに到る。存在へと問いでる地平は時間性なのであり、時間性の意味での時間こそが、存在の真理に到る前名なのである。そしてこの意味での時間という地平は、現存在の時間性の世界として、実は極めて深いものを自覚して来たものであり、ここに前期ハイデッガーの探求の意義も潜んでいるのである。

しかし、この際注しなければならないのは、この時間性という存在への問いの地平は、深くは、その中に立たるべき方法的な世界であった、ということである。『存在と時間』は、二重の現存在を秘め、二人のハイデッガーを内蔵していた。この著作は、存在を問う地平の世界という実存の問題を主題に設定することにおいて、一方で、主体的な、その中に立たるべき実存的世界を明らかにするとともに、他方で、その世界を客観的に分析し実存疇として提示するという学的意向をも持っていた。しかし、後者の学的意向は崩れなければならぬ。ハイデッガーは、冷静なWirの立場にあくまでも立って、現存在の存在意味を解き明かすその先に、更に時間の窓から、存在そのもの、壮大な、言ってみれば神学を学的に展開することはできなかった。そこには転回がなければならなかった。ハイデッガーはWirとしては、あくまで、存在の開示ではなくそれへの地平をせいぜい示し得るのみである。そして示し終えた後には、彼は、自ら、現存在として、その地平の中に立ち出で、Wirの立場を棄て、その地平の只中で開示されて来る存在そのものに聴従して行かなければならない。従って、時間性という概念規定を原理として、そこから更にいわば存在の神学を絶対知のような形で客観的に展開するということはできない。時間性が存在への地平であるのは、そういう意味においてではなく、Wirの立場の抛棄を通してその中に実存的に立たるべき世界という意味においてである。それ故、実存疇としての時間性の概念の底には、existenziellな世界が秘められ、それこそが、その中に立って存在へと問い出づるべき地平の世界なのである。時間性は、基本的には、「既往し原成化する到来」という形式的構造をもつが、この形式的原理によって、存在そのものの体系が学的に導出されるというのではない。形式的原理による存在の説明ではなく、時間性はその中に立って存在の開示をなすべき主体的世界なのである。時間性は、その中に、深く具体的な内包世界を秘め、その中に立たるべき現実的地平の世界なのである。

このように見て来れば、『存在と時間』という著作が如何に未完のものであるか、即ち、如何に徹底的に準備の書であり、究極の存在そのものを問おうとしながら、何よりも先ずかく問おうとする運動をそのうちに含む現存在を明らかにし、それを通して、その地平の只中に立とうとする準備の書であったか、が、分るであろう。端的に言えば、ハイデッガーは、現存在の存在分析から時間性を取出し、それを第一原理として、それと連続的に、存在そのもののいわば合理主義的体系的展開を試みようとしたのではなく、そうしたことが不可能であることを知ることによって、ただまさしく、存在への問いの地平を切り拓き、その中に立ち出でようとしたにすぎなかった。問いの地平である現存在は、既にその前と背後で、その意味でその根底で、究極の存在とかかわり合っていたのであり、単に現存在から存在へと一方的に進路を採り、存在を現象学的方法によって、時間の窓から、形而上学的に展開することはできないのであった。ハイデッガーが何よりも先ず目指したのは、ひとえに存在への問いの地平を提示して見せること、これであった。しかしこの地平は、現存在の主体的実存の世界であり、その中に立って存在を問うべきことを要求していたのである。ハイデッガーは、現存在分析と連続的に学的に存在を対象化し規定することを止め、地平を展開し終えた後には、現にこの実存的地平の只中に実孫的に立って存在を開示させようと、その思索の態度を発展進化させてゆく。これが、『存在と時間』の未完の根底に潜む根本の出来事であり、このような意味での当初の計画の挫折と転回は、実は深い主体性への徹底であり、実存に基づく哲学への激しい自己貫徹にほかならないであろう。このような挫折と転回を含んだ実存に基づく存在の探求という態度の中に、ハイデッガー哲学の根本的特質も潜んでいるのである。

2012年1月19日 (木)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(32)

Ⅲ 時間と「存在の真理」

ハイデッガーは、古代及びそれ以後の形而上学の存在了解における最も内的な出来事として、ひそかに、時間に基づいて存在を企投するがあったのであり、少なくともこの事柄は、時間に基づいて存在を思索するという、その時間という地平の重要性を事実既に証示しているであろう、と言っている。ここにあるような事例が、事実的には、存在を時間の地平から考察するという方向指示を、ハイデッガーに与えたと見ることができる。だからこそ、ハイデッガーは、改めて存在への問いの超越論的地平としての時間を、『存在と時間』という提題の下に考察し始めたのだと言えるだろう。事実、彼は時間性というものに到達した。ハイデッガーは、『存在と時間』における「存在」とは「時間」が存在の真理の前名として名指されている限りでは時間以外の何物でもない。存在の真理とは、存在の本質的なものも、かくして存在のそのものであるところのものである。と言っている。この言によれば、存在と時間は同じものであり、その意味で、存在は時間として解明され終えたかに見える。

時間が存在の真理への前名であり呼び名であるのは、通常考えられる時間の諸規定によってではなく、時間が「存在者の変化継起に即して経験されるものではない」「まったく別の本質のもの」、「形而上学の時間概念では」「決して思考され得ぬ」、通常の概念を超えた、存在者の次元に属さぬ、その特異な性格によってであることは、明らかであろう。時間は、通常その所謂時間という性格の故に、存在への前名であるのではなく、それが存在者の次元では経験されぬ、存在そのものに帰属する特異なその性格によって、存在への前名なのである。そうだとすれば、前名としての時間によってそんざいそのものへと到ろうとすることは、実は、広く存在者をあらしめている、存在者ではない、根底の存在そのものの真理を、まさしくその真理性において、徹底的に思考しぬくということと同じであって、そのときにはもはや通常の時間概念などは、存在解明の地平としての特別の意味を持たなくなってしまうであろう。もしも時間が存在の真理であるのならば、時間はもはや存在の真理の前名などではなく、端的に、それは、存在の真理の本名であることになる。仮にそうであったとしても、そうした時間とは、「形而上学の時間概念」とは「全く別の本質」を具えた、存在そのものの真理ということと同じである。単なる時間という名称では、この場合どうにもならない。いずれにしても時間は、存在の真理への「前」名であり、しかも存在の真理への前「名」なのである。しかしこのような前名としての時間から存在の真理を考えるということは、存在の真理を、存在者的でない時間から考えるということである。この際重要なのは、存在者的ではないということであって、単なる時間という名称は問題にならないと思われる。即ち時間という前名から存在の真理を考えるとは、存在の真理をまさしくその真理性において、つまり存在者的ではないものとして、かんがえるという、まさにそれだけの意味に他ならないのである。その意味で、時間という概念による存在への問い、存在への真理そのものの中に止揚され、『存在と時間』以来の時間を通しての存在への追究は、今や、存在の真理そのものをそのものとして問う存在の思索へと、発展的に解消して行っていると見なければならない。単なる、通常の、存在者に囚われた時間の概念を以ってしては、もはや問題は、切り拓かれ得ないのである。それ故、問題は、形而上学の概念では捉えられない時間の真相、もしくは存在の真理が如何なるものか、ということにあるわけで、このようにしてハイデッガーは、『存在と時間』以後、この存在の思索を更に突き進めて行ったと思われる。

2012年1月17日 (火)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(31)

Ⅱ テンポラリテート未完の理由

元来ハイデッガーの存在への追究は、取敢えず現存在の存在構造とその存在意味を分析して、存在へと問い出ることのできる、一つの地平を自覚化して見せるということにあり、その方法が、現存在の自己了解を通して、匿れたその地平を、現存在に即しつつ顕わにして来るという解釈的現象学の方法であったことは、既に見た。その際、ハイデッガーは、そのようにして顕わにされた地平を学的に分析し、客観的に定型化して、概念化してみせようとしている。しかもそのやり方は、あくまで現存在の自己了解からその存在構造と意味の概念化を行い、それを顕わにしつつ、更には存在へとそれを拡大し押し拡げようとする方向を採るものであり、どこまでも現存在から存在へという人間中心的態度に根を置くものであった。こうした追究の性格を端的に示すのが、存在の「意味」を解明するという、その「意味」という言葉であること、言ってみれば、存在そのものの解明を、人間の側から企投して行くとき、その企投的了解の根底に潜んでいる根拠を明らかにし、それによって存在了解の構図を画こうということ、それが、存在そのものの意味を問うことに他ならない。ハイデッガーは、現存在の存在意味としての時間性に基づいて、「存在一般の脱自的企投」をテンポラリーの地平において試みようとしたと言っていいであろう。だがしかし、かかる方向は果たしてそのまま完成され得るのか。そうだはない。

すなわち、例えば、時間の地平は、現存在という存在者の存在了解の意味としては、時間性という形で定型化され得る。ここでは人間が己の自己了解を通して、それを捉えることができるのであるから。しかし、その時間性に基づいて、存在そのもののテンポラリーを学的現象学の枠内で解き明かすことは、本来、転回が潜む以上、採り得ぬ態度と言わねばならない。むしろ存在の意味は、それを人間が投げ込んで得られるのではなく、人間がそうした人間中心的な意味の投げ込みを排して、時間性の只中に入って存在の現われに開かれてあるとき、開示されて来るものと言わなければならない。我々は、究極の存在そのものの意味を主観の側から投げ入れたところで、出てくるものは人間的存在の意味であって、存在そのものではあり得ず、存在そのものは、現存在の底にないしはそれを超えてあるものであり、それは、現存在の中に、逆に時間性を通して啓示されてくるものだと言わねばならない。故に、「存在の意味」という如き人間の側からする存在への企投の根拠、人間の投げ込む意味規定によってでなく、むしろ存在は、存在の側からの啓示に開かれて立つときにのみ示される「存在の真理」でなければなるまい。従って、時間という地平から、これを概念的に押し拡げて、学的探求の枠内で、存在そのもののテンポラールな意味規定を与えることは、存在への問いの底に転回があるべき以上、本来、正しい唯一の道ではあり得ないのである。そのようにして達し得られるのは、あくまでも人間的意味付けの中に取り込まれた限りでの存在であり、存在そのものの意味、真理、ではない。ハイデッガーは本来、この存在そのものの真理を開示しようとしていた。とすれば、それに対しては人間的投げ入れの意味規定を排して、ただ存在の啓示を「待つ」ことのみが必要であろう。だからこそ、遂に『存在と時間』は、その時間の地平によって、連続的に、存在論の体系として書かれ得なかったのである。

それならば、時間の地平は全く無駄であったのかというと、そうではない。それは、現存在の存在意味を時間性として取り出したというその点に、そしてその限りで、大きな意義を担っているのである。人間存在が、時間性の「既往し原成化する到来」という有限的歴史的な存在をもつものだということ、まさしくそれを取り出したところに、その意義がある。そしてその地平の中に立ち、そこから存在の啓示を待つというところに、『存在と時間』の書かれなかった背後で起こった事柄がある。啓示を待つということは、もはや、時間の地平を押し拡げて存在の意味を概念的に分析することではない。それは、時間性の地平の只中に立って、存在へと問い、それを見守ることであり、存在の現われを待ち、それに開かれてあること、である。そこに、後期の存在史的思索や試作的思索が成立する。だから、その意味で、存在を問う地平は、まさしく時間性のみであって、それ以外の何かの時間がテンポラリテートだと言っている。有限な死を控えた、現存在の時間性の世界、その中に立つこと、それが存在了解の可能性の究極の条件である限り、こうした時間性が、存在の啓示されて来る場所なのである。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(30)

3.時間の問題

『存在と時間』未完の理由は、第一に、この著作の主題設定の底に潜む循環構造から。第二に現象学的な実存分析というその方法的態度から、で、これまでに明らかにしてきた。しかして第三に、最後に、この二つのことから結果するところの、時間の問題を取り上げなければならい。

Ⅰ テンポラリテートの未完

『存在と時間』におけるハイデッガーの目標が、存在一般の意味を解明するための地平を切り拓くひとにあったことは、彼自身が述べる述べもし、我々も繰り返し触れてきたところである。この存在を解明するための地平が即ち現存在の存在意味としての「時間性」であり、この「時間性に基づいて、存在了解の地平としての時間が、根源的に解明」されなければならないのであった。つまり、現存在の存在意味としての時間性を時間性を取出すことで、「存在一般の意味への指導的問いへの答えが、既にもう与えられたというのではない。とはいえ、この答えを得る地盤は用意されてはいる」のであり、ここからさらに、「脱自的な時間性そのものの根源的な時熟の様相が、存在一般の脱自的企投を可能ならしめるものでなければならない」。従って、時間性から更に時間そのものへ、そしてその「時間に基づいての、存在及びその性格、様相の根源的意味規定」、即ち「存在のテンポラールな規定」がなされねばならず、「存在のテンポラリテート」の展開によって、真に「存在の意味への問いの具体的解凍が与えられる」はずなのであった。しかるに、このことを詳論すべき個所は遂に書かれず、だからこそ『存在と時間』という著作は、その存在と時間を真に相聯関するものとして展開と終わらず。未完に終わったのである。ただ、ハイデッガーは、現存在の存在意味を時間性として明らかにすることは、確かに試みた。その意味でのみ、存在と時間は相関係し合っている。しかし究極の目標とした、存在そのものと時間との関係は、遂に未完のままに放置されたのである。

このように、『存在と時間』は、存在のテンポラリテートの解明を究極の目的にしつつも、それを当初の形の通りにはついに試みず、それどころか、それの連続的展開を、はっきり断念するに到っている。このことは、時間という通路を通しての存在の解明の途に、或る種の挫折があったということにほかならない。否、時間の地平による存在の学的捕捉の試図に、或る不適切さが認められるに到ったということが、推定され得るということに他ならない。

2012年1月15日 (日)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(29)

Ⅲ 二重の現存在

ハイデッガーは、『存在と時間』で、存在への問いの地平を現象学的に切り拓いた。現象学的に、とは、現存在という存在者を手懸りとしてその底の匿れた存在の意味を取出し、さらにそこから、存在そのものに到ろうとすることであり、しかもその露呈化が、現存在という人間を中心とし、その人間の自己了解を通して存在に到る地平を概念的に構成し、それを押し拡げることによって存在そのものを意味的に包み込もうとする哲学的態度を潜めたものである。ところで、このような方法的態度は、更に分析してゆくとき、第三に、二重性を孕んでいることが分る。そしてこの二重性の故に、『存在と時間』は、連続的に、方法上の一貫性を以て、最後の存在解明にまで到り得なかったのだと思われる。

というのは、『存在と時間』でハイデッガーが差当り目指した存在への問いの地平とは、存在一般を開示するための一つの条件、その中に立つことによってのみ初めてその開示が可能となり得るような、必要不可欠な前提条件の世界のことに他ならない。何故なら、ハイデッガーの言うところでは、存在そのものの意味が今日不明となっているからこそ、先ずその地平を切り拓こうというのであった。従ってその地平は、単に客観的に分析され拓かれてあるというだけでなく、今日において存在を問おうとするものが、まさしく主体的にその中に身を置いて存在を問うべき世界である、ということに他ならないからである。従ってこの地平は、本来、その中に立たるべき、身を置かるべき世界、そうした主体的な地平であると言わなくてはならない。『存在と時間』で分析された現存在の時間性に基づく実存的世界は、根本的には、かような主体としての現存在のそれでなくてはならない。

しかるにハイデッガーは、『存在と時間』では、この地平の世界の中に立ってはいない、というより、実際にはその地平の中に立ちながら、何故なら、この地平の切り拓きは現存在の自己了解、自己分析、その現象学的解明によってのみ可能なのだから、彼は、現に、その中に立っていたはずだと見なければならないから、なおかつ『存在と時間』を書きつつあるときには、主体としての現存在の実存的世界に、身を置くというよりは、むしろ、半ばそこから身を退け、そうした世界を現象学的に分析し、それを時間性として、学的に論究するという、客観的な立場に身を置いていたと考えられる。現存在の時間性の場の中に主体的に身を置き、そこから存在を問うということより、そうした世界を、取敢えず先ず現象学的に分析し、存在への問いの地平として学的に展開して見せるという、客観的な立場の方が、この著作では濃厚であるといわねばならないであろう。だから、『存在と時間』は、主体的な問題設定においてでなく、「現存在の実存疇的分析」としての現象学的な「基礎存在論」として、学的に、体系的に展開されたのである。ハイデッガーは、主体的な実存的世界を、論究の主題に据えながら、しかし自らは主体的にでなく、そうした世界を客観的に分析提示することの方に、身を置き、それ故に、現象学的方法という露呈化の態度で、この主体的世界が展開されたのであった。このように見てくれば、『存在と時間』におれるハイデッガーには、二重性が潜んでいることが明らかとなろう。即ち一人は、『存在と時間』におけるハイデッガーには、二重性が潜んでいることは明らかとなろう。即ち一人は、『存在と時間』の体系を学的に展開して見せているいわばヘーゲルのWir的な哲学者としてのハイデッガーであり、もう一人は、そこで展開された時間性の場の中に立って存在そのものを問おうとしているハイデッガーである。前者は、実存の世界をいわば外から分析し客観化している人間であり、後者は、その世界の中に立ちそこで主体的に実存している人間である。ほかの言葉でいえば、『存在と時間』の中には、主体としての実存的現存在と、それを客観化し現象学的に提示している現存在との二つが、ある、ということである。しかし、この著作において、学的に分析された実存疇的な現存在に強く力点が置かれ、客観的分析者としてのハイデッガーが全体を纏め上げていることは、この著作の首尾一貫性からして当然であるとはいえ、果たしてこの客観化偏重のみの態度は、全面的に妥当なものであり得たであろうか。むしろこのようなものは、全く暫定的なものだったのではないか。何故なら、本来の目的が、更に究極的に、存在そのものの解明であってみれば、そしてそのためには、この著作で拓かれた地平、とりわけ根源的本来的に地平の中に現実的に踏み入り、主体的に実存として立たねばならないとすれば、ハイデッガーその人は、この地平の諸相を単に客観的に展開することを止め、まことには、その実存の中に入り込み、とりわけ本来性の場に身を置いて、主体的に思索して行かねばならないだろうからである。ハイデッガーは、『存在時間』で、学的に地平を展開したが、更にその先に、実存的にその地平の中に立ち、そこから存在そのものの開示に向かわねばならなかったのである。『存在と時間』が差当り未完のものであることは、ここにも深く現われている。それは、本来、存在そのものの開示を行うべきものであったが、それには到達せず、そこに到る地平を切り拓いたのみであった。しかし、その地平は、本来、実存的にその中に立つべきものであるにもかかわらず、ハイデッガーは、それを、先ず、学的に、外から分析展開したに止まったのである。故に、『存在と時間』で学的に提示された地平の中に、次には主体的に立ち出で、更にそこから、存在を問うのでなければならなかったはずたったのである。

そして重要なことは、現象学的な、客観的、学的、体系的な、外からの露呈化の方法は、この差当っての実存世界の学的分析に対して用いられた方法であるにすぎなかったことである。しかし、本来は、そうした客観的分析に止まらず主体的に地平の中に立たるべきであるとすれば、当然そこでは、現象学的客観化の分析方法は採られ得ないことになるであろう。そこに、『存在と時間』が、その前巻との連続的な方法的展開の途上で、最後まで続行されずに、中途挫折し終わった原因が伏在していると思われる。本来的に存在の開示を行うためには、この著作で分析された地平の中に、主体的実存的に身を置くことが必要であり、そしてそこに身を置き入れるや、実存は、その根底で存在そのものに先行されていたがために、逆にその存在の中で見透し返され、そのように存在の明るみの中に立ち出でながら、存在からの啓示の光を受け止めるのでなければならないこと、それが必然化されてくるのである。言ってみれば、哲学する態度に、深く、主体化のそれが入り込んで来ねばならないのである。ここに現象学的な客観化の方法的態度で構想された『存在と時間』が、中途挫折し、未完に終わった理由があったと思われる。

ハイデッガーでは、もともと、学や認識を、それの成立する実存の場面へ還元しようとする考え方があった。だから、人間存在は、世界の中で様々なものと交渉しつつあり、それが欠如的様相となるとき、理論化が生まれる、としていた。これは、「了解」から「解釈」を経て「言表」が成立して来るとする個所にも、明瞭に示されている。要するにハイデッガーは、学というものの可能性を、現存在のあり方の中へと還元して考えようとするものであった。このように学の根底には常に実存が潜んでいるとするハイデッガーの見解は、実はそのまま、ハイデッガー自身にも、当てはまるのではないだろうか。何故なら、彼は、『存在と時間』という、現象学的体系的著作を展開しているからである。故に、この現象学的体系の根底には、当然、ハイデッガー自身の実存的世界が潜んでいると見ねばならない。彼自身の見解からして、当然そうならざるを得ないのである。ハイデッガーは、現存在は常に世界の許にあって配慮して生存している、しかも常に世界全体への俯瞰をもって、つまり「思慮」をもって、生存しているとする。そこでは、世界は実存に基づいて了解されている。ところが、この世界にある用在者を物在者として茫然と凝視するとき、そこで「配視的配慮から理論的発見への転換」がなされるわけである。こうなると存在者は物在的に見られ、それが世界の許にあった用在性やその占める位置は見失われ、「環境世界の枠の取除き」が行われ、ここに物在者のすべてが主題となることになり、ものを抽象的、学的に見ることができるようになる。すなわち、物在的な存在者を学の領域に区分し分節化していくところに、方法論的な学的設問のパースペクティブが展けてくる。ハイデッガーは、こうした事象領域と根本概念の設定をなす探究企投の方法を、「主題化」という。主題化は客観化し、現成化の性格を持つ。ここに初めて学的探究も可能になると、ハイデッガーはいう。そして彼は、フッサール的な現象学は直観に基づくが、すべて認識は「現成化」にほかならず、従って現象学も、つまりはここに基づいているとしている。『存在と時間』は、現象学的に、現存在を主題化するところに成立した。しかし、かかる現象学的主題化の根底には、その対象への実存的なかかわりあいが既にあるのである。ということは、主題である現存在が対象としてでなく、まさに現存在するものとして実存的に考えられているということである。否、考えられているというのではなく、現存在が、根本的に、実存していたのである。『存在と時間』という学的体系の主題化の中には、根底に実存としての主体的現存在が潜んでいたのである。そして、もしも現象学が先の主題化において成立するとすれば、それは、もはや、根底の、主題化以前の、超越的な現存在には、適用できないことになろう。まさしくハイデッガーは、『存在と時間』を書き終えたとき、現象学という学的方法を捨てるのも、この根底の現存在として実存しようとするからにほかならず、そこから存在を問おうしたからなのであった。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(28)

Ⅱ 人間の側からの概念構成の拡大

現象学的方法は、存在者に即して現れて来るような存在についてのみ運用でき、何ものにも即さない存在そのもの、存在一般に適用し得るか否かには問題があった。このような事態の背景には、更に第二に、一つの特異な哲学的態度が潜んでいて、それがために、現存在分析に用いられた現象学的方法は、根本的に、哲学態度として排棄され、転換されてゆかねばならず、そこに『存在と時間』が方法的に未完に終わり、転回を介した後期思想が登場せざるを得ない理由があっさた、と思われる。というのは、現存在の存在の現象学的分析を通して存在そのものに到ろうとすることは、言い換えれば、人間の自己了解を能う限り徹底的に露呈化させ、そこで顕わならしめたものを概念的論理的に定型化して、明証な認識世界を構成し、それを押し広げることによって、存在に到ろうとすることにほかならない。このことは、『存在と時間』において、ハイデッガーが、存在の意味を問うのだとしている点に、明らかである。これは、人間が存在の方へとできるだけ認識範囲を拡大して、了解的企投を押し拡げ、その本質を発き出し、それを概念的に定型化して把捉してゆくところに、存在の意味の解明が可能になって来るのである。従って、この現象学的方法の採択の底には、人間の側からする概念構成の拡大によって存在の意味を了解の中に保持しようとする、一種の人間中心主義的な哲学態度が潜んでいると言っていいであろう。

ところが、前に触れた主題の側での転回が必然となるとすると、このような人間中心的な哲学態度は採り得なくなる。何故なら、現存在の存在の自己了解的な分析でなく、むしろ逆に、存在そのものの中で現存在としてある自己を見透し返すことが行われなければ、まことには、あの存在の問いに潜む循環を全うし得ないものであったからである。この場合、存在の中で現存在としてある自己を見透し返すということは、別言すれば、明証的な人間認識を構成し、それを世界の側に押し拡げてゆくのではなく、いわば存在の開示の中で、自己了解を達成するということであろう。即ち、人間からの認識構成でなく、存在からの語りかけを待つという態度である。勿論その場合、存在そのものの開示された世界の中に立ちつつも、なおそこで現存在が、その開示を受け止める、聴取する、ということがなければならないであろう。それは存在の開示の中で、匿れつつ現われる、近くして遠き、その仄かな光を、端的な言葉の中で受け止める、詩作的思索以外にはないであろう。言わば、存在の黙示録であり、存在の謎のうたでなければならない。

このようにして、『存在と時間』で採られた当初の人間中心的な現象学という学的方法は、排棄されなければならないことになる。

2012年1月14日 (土)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(27)

2.方法の問題

第二に重要なことは、『存在と時間』で現存在分析から存在へと目指されたときに採られた、その分析の方法ないしは学的体系が、転回した時の、存在の中で現存在を見透し返しそこから存在の開示に向かうというその試みのときには、そのままの形ではもはや用いられ得ないというところに、非常に根本的なこの著作の未完のひいては転回の必然性の原因がある。

現存在分析から存在を目指そうとしたとハイデッガーが採った方法は、言うまでもなく、現象学的方法である。ハイデッガーが目指すものは内容的には存在論であり、しかも現存在分析に基礎を置く、一般的存在論に対する基礎存在論であるが、それは、ただ、現象学としてのみ可能であると考えられているのである。そして、この際、解明の目的である存在への手懸りとなる存在は、人間の自己自身に他ならぬから、この方法は、人間の自己了解を通しての現象学的な存在の透視化、つまり解釈学的現象学とも言われ得るのである。このような学的方法の採択の上に、『存在と時間』では、現存在の存在分析が体系的に学問的に行われ、存在の意味を開示する地平が詳細に展開されたと言わなくてはならない。

ハイデッガーは、後期において、次のような認識を示している。現象学という方法は、本質的には誤りではないが、その見方に纏綿するする現象学的体系や現象学的研究という、その学問的枠組みが、存在の問いにあっては似つかわしくない。このようなことから、現象学的方法の採択とそれの継続不可能というところに、『存在と時間』の挫折の少なくとも重要な一つの原因が潜んでいたと考えられる。その方法に纏わっている学的哲学的な体系化の態度が、存在そのものの解明に不適合であることが言われているのである。『厳密なる学としての哲学』の方法として打樹てられた現象学の方法を汲んだハイデッガーの『存在と時間』における哲学的方法、哲学態度が、究極の存在解明にふさわしからぬことが自覚され、総じてそうした思索では転回を充分に言い述べることができず、旧来の形而上学の言葉の援用を以てそこを切り抜けられなかったところに、『存在と時間』未完の大きな一因が潜んでいると考えられるのである。

Ⅰ 現象と存在そのもの

現存在分析を通して存在そのものに到ろうとする『存在と時間』において、ハイデッガーが現象学的方法を用いたのは、現象学が、本来、差当り匿れたものを次第に顕わならしめてゆくものであり、存在者の蔭に匿れた究極の存在そのものを存在者を手懸りとして顕わならしめてやくのにふさわしかったからである。しかし、ここで先ず第一に注意しなければならないのは、現象学は、だからこそ、存在者の存在を顕わならしめるらにはふさわしいとしても、存在そのものを解き明かすにはふさわしいものではないのではないか、ということである。というのは、現象なるものは、本質的に、何ものかに即して現象するのであり、存在そのものないし存在一般というものは、本来その意味で現象し得ないものだからである。

ハイデッガーは、自己の哲学的探求の主題的対象を、存在者の存在ないし存在一般の意味を明らかにすることだと言っている。ここでの存在者の存在と存在一般とは全く別物ではないが、後者がより根底的なものして見られていることは疑いを容れない。存在者の存在は、存在一般がその存在者において、或いは即して、現象したあり方であり、それは、その存在者に即さないで根本に匿れている存在一般とは異なると見なければならない。そして重要になことは、本質的に現象であるものは存在者の存在であって存在一般ではあり得ない。何故なら現象とは、予め匿れていたものが何かに即して現われて来たとき、それを更に顕わならしめるところに生ずるのであり、存在そのものは、むしろ何ものにも即し得ぬもの、故に何かに即するならば、却って顕わならしめ得なくなるもの、顕わならしめ得るとすれば、それは、もはや、存在者の存在であって存在一般ではない。ハイデッガーは、現存在の存在に、この超越そのものである存在の最も立ち勝った現象化を見るが故に、現存在分析を行うわけだが、その現存在の存在への認識、だからまた、超越論的であり、現象学的真理は超越論的真理であると言う。しかしそれは、現存在という存在者に即している限りであり、その限りでは現象学的真理を作り出し得る。しかし全き超越そのものである存在それ自体に到るとき、この現象化は果たして可能であろうか。甚だ問題的だと言わざるを得ない。

ハイデッガーは後期に到って、存在そのものは、存在者をあらしめる根拠であり、その意味で存在者そのものとして立ち現われるもの、と言っていい。即ち存在はそういう形で顕現して来る。つまり存在者という形で、ないしは存在者の存在者性といった形で。しかし、他方、存在そのものは、まさしく存在そのものとして、存在者ではないが故に、存在者をあらしめることによって、即ち自らは身を匿し、退けてゆかざるをえない。このように、存在は、存在者をあらしめ明らめる面をもつとともに、そのことによってまさしく匿れてしまう無化的な面も同時に含んでいるのである。存在は、存在者として顕現し、それ自身としては匿れるという、必然的運命をもつ。存在は、むしろ、匿れるという形でしか、現われ得ない、現象し得ない、という運命のものである、そういうふうに自らを送って来るものである。これが後期ハイデッガーの存在観の根本を貫く思想である。

ハイデッガーは『存在と時間』では、存在を、予め匿れているが、顕わならしめ、見せしめることのできるものと考えているが、それは、存在を、存在者の存在として、存在者に即して現象するものの面で捉えていたからであり、これに対し、端的に存在そのものへと眼をふかめてゆくとき、彼は、存在を、存在者の形で顕わとなり現象してはいるが、それ自身としては遂に匿れたままに止まらざるを得ぬものとして、見届けてゆくと考えられる。このような存在は、何かに即して現象することがなく、従ってハイデッガーの言う現象学的方法を適用できないであろう。それ故、現存在という存在者の存在分析に現象学的方法が用いられはしたが、究極の存在そのものには、この方法を、連続的に適用できなかったのではないだろうか。そこに、現行の『存在と時間』の連続的な方法上の展開の上に、究極の存在解明を行い得なかった理由が、あるのではないであろうか。

2012年1月13日 (金)

高橋洋子「HARMONIUM」

Hal 1999年発表のこのアルバムでは、大貫妙子に似た声質でさらに強調され、曲調も良く似たものが目立つようになってきている。アレンジが、シンセを重ねた重厚でシンフォニックなものなって、それに対抗するように少し声のテンションが高めになっているので、軽く聞き流すというはないかもしれない。聴いていて、耳に抵抗感がなく、すっと入ってくる感じが癒し系とも言えなくもない。クラシックの「パッフェルベルのカノン」に歌詞をつけた「LET ME HEAR YPUR VOICE」やアカペラコーラスをバックに歌う「HARMONY」などボーカルとしての実力は圧倒的だが、終盤の5曲ほどでしっとりと穏やかなナンバーが続くのに、聴き手を飽きさせず、しかもじわじわと聴き手に迫ってくるような説得力は圧巻。知らず知らず、全曲を聴き通した後、リピートして最初から繰り返し聞きたくなる。そうすると、最後の曲と最初の曲が通して聴けるような統一感あるアレンジになっているのが分る。この時代、これだけ穏やかなアルバムが作られ存在したのが奇跡のような作品。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(26)

第3節 挫折の原因

ハイデッガー哲学は、存在解明という当初の究極目的から見たとき、それに到る地平の世界を先ず明らかにする部分と、それに基づいて究極の存在解明を行う部分とが、分かれて成立するはずであった。しかし、『存在と時間』では第一の部分を成就したが、第二の部分は未完のまま放置し、前期ハイデッガー哲学は不成功に終わり、中途挫折したと言わねばならない。一般に、このような挫折は「転回(ケーレ)」の名を以て呼ばれているが、存在開示の過程における、かかる転回の介在の点に、実存と存在をめぐるハイデッガー哲学の根本的な特徴が潜んでいると思える。そこで、『存在と時間』の挫折の原因を問わなくてはならない。

1.循環の問題

『存在と時間』挫折の原因として、先ず第一に考えられるのは、この著作の主題設定の根本に潜む循環構造ということである。この著作は、存在そのもの意味の解明を目指して、そり手懸りを、形式的には問いの構造から、内容的には存在了解から、現存在という存在者の存在分析に求めた。存在そのものを問うということは、その問うという存在様相を根本に持つ現存在という存在者のあり方を先ず明らかにすることによって、その準備的地平を開示せしめるであろうし、また、存在そのものを問うには、何らかの形でその存在の了解をもつものがなければならないが、現存在こそそうした存在にかかわることをその根本の存在様式にもつところの存在者なのであり、従って、存在そのものを明らかにするためには、存在了解という存在様式においてある現存在を分析することによって、準備的地平が拓かれ得るであろう。このような理由から、現存在の実存疇的分析が試みられたが、この際、この問題設定には、循環が潜んでいることが指摘され得る。というのは、「存在」一般の意味を解明するために、先ず現存在という存在の「存在」を明らかにし、そこから前者に到ろうとすることは、一方が「存在一般」であるに対し、他方が現存在という「存在者の存在」であるという差異はあるにしても、ともに等しく「何か存在というようなもの」の中に包含される限り、一種の循環証明に似た論点先取の誤謬に類するものが潜伏していると言わねばならないからである。

ハイデッガーは、循環証明はないものの、一種の循環があることは認め、そうした循環は必然の道であり、我々人間の設問そのものに常に潜む不可避のものであり、循環の中に立ち入ることを強調する。つまりは、現存在の存在分析にあっては、既にそこに存在のデータが、朧にではあれ、いわば背後からかかわり合って来ているのであるし、また、現存在の存在分析を通して存在そのものに到ろうとする以上、現存在の存在は、いわば、既に先んじてその前方において、存在そのものにかかわり合わざるを得ないのである。問わるべき究極の存在が、かく問いつつあるときに、時に背後から、また時に前方から、現存在にかかわり合い、襲い来、かくして絡み合って来ることは、避けられない運命なのであり、循環があるとは、まことには、このような意味であり、循環の中に立入っていくことは、この背後と行先の存在そのものを全面的に取入れながら現存在として存在すること、そのことに他ならなんかったのである。

しかしながら、ハイデッガーは『存在と時間』において、この循環構造を全面的に十全化することはできなかった。彼は、背後にある存在も、前方にある存在も、一応考慮の外に追い放って、何より先ず、現存在の存在構造を現象学的に考察し、基礎存在論の体系を構成してしまったのである。このことによって、地平を切り拓くという意味での差し当たりの目標は達成せられたが、循環をその根底に潜めた現存在そのもの、或いは、循環を含んだ現存在に基づいて開示されるべき存在そのもの、現存在の存在構造の背後にありかつ前方にもある、その意味で現存在のまさしく根底に支えとしてある、究極の存在そのものは、極めて不完全にしか、体系の中に取り入れられなかった。現存在の存在様式は、本来究極の存在一般に基づいているはずである。それが特殊的に顕現したのが、現存在の存在様式であるはずだろう。しかるにハイデッガーは、ここでは、我々人間の現存在という存在様式からその根底の存在に到ろうとのみする。しかしその当初の現存在の存在様式が、既にもう、その背後と前方において、即ちその根底において、存在そのものに支えられているとすれば、彼のここで採った方法は片手落ちたるを免れ難いであろう。いずれにしても『存在と時間』には循環構造が根底にあり、それが徹底化されるとき、必然的に「転回」が起きねばならなかった。だからハイデッガーは、『存在と時間』の中でも現存在は、現─存在として、その底に存在を匿しもつものと考えていた。しかも、存在そのものは現存在の先にも求められていた。しかし、この現存在の成立と行先の両面でそれにかかわって来る存在そのものは『存在と時間』では、全くの暗さに閉じ込められていた。存在そのものが少しも明らかにされなかったこと、現存在の運動が浮動してしまったこと、その点で『存在と時間』は全く準備的思索以外の何ものでもないと言っていいであろう。それは循環を十全に満足させていないからである。

当時、ハイデッガーは現存在をあらゆるところで破って侵入して来る存在そのものを全面的に注目するができなかった。彼は、方法的出発点たるにすぎなかった現存在の、被投的企投のその固有の世界にあまりにも固執しすぎた。ということは現存在のもつ世界性に囚われたことを意味する。『存在と時間』全体を蔽う世界内存在というその視野、そこには否み難く世界という生存の場が濃厚に纏綿している。それが彼に循環構造の背後と行先の存在一般というものを見透すことを妨げたのだ。それがその後の現実生活上の体験を通し、世界への志向が挫折するとき、ハイデッガーは現実の世界を離れ、それを更に打ち砕いた根底の存在一般へと見透し得るようになるのではあるまいか。『真理の本質について』では、世界という存在者のひしめく場の中に立つ人間が同時に存在忘却の危険に晒されていることを、自己反省しかつは告白していた。恐らくその頃の己の志向が世界という視野に囚われすぎたことを悟った故の反省であろう。この述懐を期として、世界という視野を離脱するとき、そこに初めて神秘にして空漠、捉え難くしてまた美しい存在という故郷が現われ始めるのである。現実を退いた深い山小屋の風土の中で、初めて彼は己の試行の狭隘さを知り、現存材をその本来の全き姿へと解き放って、存在そのものからの贈与の世界を告知するようになるのである。そのとき初めて深く、『存在と時間』はケーレすることになるであろう。

2012年1月11日 (水)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(25)

第2節 未完の事実の問題

『存在と時間』は、存在一般の意味の解明を究極の目的としながらも、事実上は、その解明の予備的地平を明らかにするところに、「その差し当たっての目標」をもち、また現にそれだけのことをしか成就していない。しかしそれは、究極的には、あくまで、存在一般の意味を解明することを目指していた。このことは、『存在と時間』に記されたプログラムからも窺える。そこには二つの課題が掲げられていた。第一に、先に記した問いの構造及び存在了解の事態から、存在一般の意味を解明するために、現存在の存在分析が志され、それが先ず準備的に日常性に即して分析され、次いで更に深く全体的本来的に考察されてその意味が時間性として証示される。(それが第一部「時間性に基づく現存在解釈及び存在への問いの超越論的地平としての時間の解明」の第一篇「現存財の予備的基礎分析」と第二編「現存在と時間性」の章で、これだけが公刊されるに止まった。)この分析を通して更に、現存在の存在意味としての時間性に基づいて、存在一般の意味を開示し得る地平としての時間にまで、到らねばならない。その時間の地平からこそ、存在そのものの意味を捉えることが必要である。『存在と時間』は、究極的には、存在一般の意味の解明を目指し、存在そのものの時間的意味規定を、実存分析を通して更にその先に、連続的に達成され得る目標として立てていたことは、これらの点から疑い得ないが、しかし、事実上、この部分は、遂に書かれなかったのである。更に第二に、ハイデッガーの意見では、あらゆる探究は現存在の可能性の一つであり、現存在が歴史的であるから、それ自身も歴史的であらざるを得ない。存在への問いは、問う存在が歴史的である以上、歴史的な性格を免れ難く、それは、一つの伝統を背後に控えその中で発せられた歴史的発問であり、しかして伝統は多く源泉から離れその生命を失っているから、存在の意味への問いは、過去の誤れる試みを取毀しつつ、伝統の中に自らを定着させねばならない。言ってみれば、存在一般の意味の捕捉は、先に掲げた第一の現存在分析の課題を通して体系的に試みられながら、同時に、ここで示されるような、歴史的系譜の中に定着してその試みの必然性と方向づけを歴史的に証示するという仕方においてなされ、両者相まつところに、充分な成果を期待し得るというわけである。これらをハイデッガーは『存在と時間』の第二部「テンボラリテートの問題構成の手引による存在論の歴史の現象学的破壊の綱要」としてプログラムに立てたのであった。しかし、この部分の試みは、体系的には、遂に成し遂げられなかった。

しかし、ここで重要なのは、第一の課題の未完ということである。何故なら第二の課題は、歴史的に、ハイデッガーの志す存在の意味への問いを定着化させるということ、伝統を破壊しつつ同時に生かし返し、それを取り戻して、自らの存在の意味への問いの歴史的定着化を図るということ、であり、それは、存在そのもの意味の解明という第一の積極的な体系的目標に裏打ちされてこそ、初めて有意義となってくるものにすぎないからである。勿論、ハイデッガー自身も語るように、二つの議題は密接な関係にあり、切り離せない。

このように本来の試みが未完であったということ、これは一体如何なることなのだろうか。実存に基づいて存在の意味を解明するという理念に支えられて試みられた『存在と時間』の既刊の部分を、中途挫折したままに止め、勿論だからといってそれを全くの誤謬として排棄するのではなく、それを必要不可欠の道として是認するという留保の上に立ってではあるが、それとの連続的な繋がりの上において、存在解明は遂に成し得ないと承認する限りにおいて、それを未完と挫折のままに中断させるということである。存在解明の課題は、単に困難なるが故に成就されないのではなく、もはや、そこで試みられた実存部分との連続的な繋がりの上において遂行することは、原理的に不可能だ、というのである。このことは、実存に基づいて存在を問い糺そうとしたハイデッガー前期の思索について、一つの根本的な問題性を孕んでいる事柄と見ねばならない。

少なくともハイデッガーは、『存在と時間』で試み目指したことを、全く抛棄したとは考えられない。幾つかの思索の方向変化はあったとしても、ハイデッガーは後期において、残された存在そのものの解明に深まって行ったと見なくてはならない。ところで、その際、彼は、『存在と時間』で目指された背後の存在そのものについての朧な思索を、その後進めるうちに、或る種の進路の変更を、─立場の変更ではないが、一つの「転回」を─、経験せざるを得なくなったのではないであろうか。即ち、『存在と時間』で試みられた現存在分析のやり方では、究極の目標に達し得ない、しかしなお、それだからといって、この現存在からする試みが無用であったのではなく、実は、そうしたやり方では、目標に到達できず、方向を変えざるを得ないということが、その試みの根底に潜んでいたのに気が付いたのだと考えられる。そして、事実、現存在分析は無用であるのではなく、一度そうした試みをなし遂げた後に、そこから転回すべき、より深い思索の進展の糸口が開けてきたのである。

『存在と時間』は、最終的には、存在そのものの解明を目指しながら、差し当たり、実存からという「一つの道」を行くとき、その背後で、存在そのものが朧にではあれ徐々に明らかとなり、しかも、当初の如き方法を以てしては開示され得ない本質を持つものとして、ないしは、人間からの意味捕捉といった人間中心的態度によっては把握されないところにその究極の真理を持つものとして、次第に明らかとなり、このようにして当初の試みは中途挫折し、未完のままに止まり、もしくは未完に止まらざるを得ないとされ、その存在に到る道を、『存在と時間』におけるような形でなしに、存在そのものに開かれて立つという方向に求め、その体験に基づいて、後期における如き存在の真理の立場へと転回がなされたこと、これらのことが、推定されざるを得ないのである。このような、存在そのものの真相をめぐっての、語られざる、背後に秘められた、挫折と齟齬を含んだ、複雑な思索的接近の努力と過程こそ、この著作の未完の事実の背後に伏在する根本的な事態なのである。そして、こういう問題は、実存に基づいて存在を解明しようとしたハイデッガーの全思索の根本的問題であることは、もはや喋々するまでもないことであろう。

2012年1月 9日 (月)

高橋洋子「pizzicato」

Pic エヴァンゲリオンの主題歌「残酷な天使のテーゼ」を歌った高橋洋子が1992年に発表したファーストアルバム。ここには、「残酷な天使のテーゼ」や「魂のルフラン」のような圧倒的な声の存在感と転調の度に曲調が変わってしまうほどの豊かな表情や色彩感に色づけされた声の実体性というか声が肉体をもったような存在感、というのは違った歌手がいる。このアルバムで歌われる声には透明感がより強く感じられ、エヴァの…で期待していると、ちょっと違うと感じるかもしれない。それはまた、バックアレンジがエヴァの場合には壮大で重厚でロック色の強いものであるのに対して、このアルバムでは当時のAOR調の軽快でおしゃれなアレンジで曲調でつくられている。そこでの彼女の声は透明感があり、滑らかに流れるようだ。エヴァのドラマティックさとはちがって、流れるメロディ耳に心地よく浮き上がらせ、決して出しゃばらない、しかし、なくてはならないといった洗練された存在感を示している。「PS I miss YOU」のアコースティックなアレンジで、しっとりと歌い上げられのは、決して押し付けがましくはならないが、聴く者の心に沁み入るような情感を感じさせる(この曲は、その後、本人が違ったアレンジ何通りかの録音をしているが、このパフォーマンスが一番ではないか)。サビの部分で、ここぞとばかり、彼女の伸びのある声で歌われるのは、すばらしい説得力をもって聴き手に迫る。バラードやしっとりした曲調に彼女のボーカリストの実力が良く出ている、何度も繰り返して聴けるアルバム。

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(24)

第3章 存在への問いの地平(1)問題設定の基本的性格

第1節 『存在と時間』の一般的な狙い 実存に基づく存在の哲学

『存在と時間』が根本的に問題としたのは、如何なることであったのか。『存在と時間』が根本的に目指したのは、その冒頭に掲げられた著名な言葉の示す如く、「存在の意味への問いを新たに設定すること」であった。この場合、(ⅰ)存在の、(ⅱ)意味への、(ⅲ)問いを設定する、という、三つの事柄が注意されなくてはならない。

第一に、先ず、我々は、ハイデッガーがここで問題にしているのは、根本的には存在への考究であったということに注意しよう。それは、存在を問うという古くからの形而上学的存在論的意図を以て書かれた著作なのであった。しかし、ここでいう存在とは、単なる存在者でなく、存在者を存在者としてあらしめるその根底の存在であることは勿論だが、更に、究極的には、単なる存在者の存在ではなくて、つまり、存在者の存在哲学といったものではなくて、「存在一般」ないしは「何か存在というようなもの」と言われる、そうした広い意味の存在そのものであったことも忘れてはならない。ハイデッガーは、『存在と時間』では、事実上は、存在者の存在を解明するにとどまっているが、究極的に彼の目指していたのは、到る所で彼が述べているように、「存在一般」というものを明らかにすることであり、「何か存在というようなもの」として我々が根本的に了解しているその存在そのものの意味を解き明かし、捉え返すことなのであった。だが、第二に、そのような存在を追究し、問い出すと言っても、ただ単にそうするのではなく、ハイデッガーは、ここで、その存在一般の「意味」の解明を目指していたのである。「意味」とは「或ることの了解性がその中に保たれているもの」であり、意味が捉えられるためには、人間の側からする、その或ることへの。了解的企投がなければならない。存在の「意味」を問うとは、このように、人間の側から存在へと了解的企投を行い、存在を存在として人間が了解的に保持する、ということである。ということは、その背後に、ハイデッガーの設問の姿勢に、後に触れる人間から存在への問い詰めの可能性、連続性の信念があるということであり、後期ではハイデッガーは、こうした問い詰めの可能性を抛棄し、逆に、存在の「意味」は我々人間から存在へという問い方の方向ではなく、存在から人間へという啓示の方向で、存在の「真理」という形で開示されて来ると考えるようになるが、『存在と時間』では、彼は、存在一般の「意味」を、我々人間の方から捉えようと試みている。一切の存在者がその中に根づいている究極の存在一般、存在そのもの、捉え難い何か存在というようものを、まさしくそのものとして、我々人間の了解的企投を通じて、その本質において的確に捉え、解明しようと、問いを立てるところに、この『存在と時間』の特異な根本的発想があるわけである。だがしかし、第三に、ハイデッガーは、『存在と時間』において実は存在の意味への問いに全面的に答えているのではなく、また答えることを差し当たり目指したのではなく、当面は、先ず、その存在の意味への「問い」に全面的に答えているのではなく、また答えることを差し当たり目指したのではなく、当面は、先ず、その存在の意味への「問いを新たに設定すること」、即ち存在の意味への手懸りを与えて、先ずその問いの正しい「問い方」を設定してみること、言い換えれば、存在一般、何か存在というものの意味が、その中に立つことによって開示され得るような、1つの地平を切り拓いてみること、即ち、「存在一般の意味を解釈するための地平を切り拓くこと」、ここに差し当たりの彼の目標があるのであった。

それでは一体、この存在へと到る地平とは、如何なるものであったのであろうか。ハイデッガーの言うところによると、存在に問いかけ、その意味を問い出すには、予め手懸りが必要であり、それはまさしく存在者以外にはない。何故なら、存在は、差し当たりは、存在者の存在であり、存在者の背後に匿れていて、それをあらしめているのであるから、存在を取出すには、存在者に問いかけることが先ず必要だからである。言い換えれば、存在とは何かと問うことは、かく問うことの先ず一体どういうことなのかという疑問を、予め提出しているのであろう。存在とは何か、ということは、何か、いわば問いはこのようにはね返される。存在を問うに当たっては、先ずその問うということの本質を明らかにし、その構造を見究め、その上に立って問うことが、充分な存在解明には必要であろう。だから、存在を問うには、その問うことを己のうちに含んだ現存在というものの存在様式を明らかにすることが必要である。更にまた、このことは、次のようにも言い得るであろう。一体、存在一般の意味を問おうとするとき、何よりもまずその存在について、朧にではあれ、何らかの了解を持っているものがなくては、そもそもこれを思い出してゆくことさえ不可能であろう。現存在は、何か存在というようなものについての了解をもつことによって、他のあらゆる存在者に存在的に立ち勝った存在者である。それなればこそ、その存在了解に従って存在一般の意味を明らかにする前に、先ずその存在了解そのものは如何なる現存在の存在構造に基づいているのかと、問い直されることになる。存在を問うに当たっては、存在への了解をもつことをその存在構造としている現存在のあり方を先ず明らかにし、ここに手懸りを得てこそ、真の存在解明へと到り着き得るであろう。かくして、ここに、存在への問いの地平が求められなければならないことになるのである。

このようにハイデッガーは、存在という根本問題に接近する方途を、現存在の存在構造の分析ということのうちに求めたのであった。彼は、この現存在の存在を「実存」と呼び、その構造の本質的なあり方を「実存疇」と名づけるが、従ってまさしく彼は、存在への問いの地平を、この実存疇の展開に、即ち現存在の実存疇的分析に、その意味での基礎存在論に求めたのであった。彼はこの分析に解釈学的現象学の方法を用いる。

このような事態を一般的に言い換えれば、ハイデッガーは、存在という根本問題への問いの地平を、実存の中から、新たに立て直した、ということになるであろう。ハイデッガーは、実存という新しい端緒に立って、これを解明しようと、初めて組織的にその試みを展開しようとしたのである。長い伝統を承けた実存概念を、全く新たに立て直し、シェリング、キルケゴールにおける近世的実存概念の先駆を受け継ぎつつ、実存に基づく存在の哲学の試みをここに体系化して打出したところに、この著作の画期的意義がある。そしてハイデッガーは、存在のへの問いを実存の只中で問うことにより、当時のあの昏迷の状況の中で、人々が裸の最後の拠り所としての各自の事実に基づきながら、確固たる支えと存在を求めていたその精神状況全体に、1つの定型化を完成されたのでもあり、同時にそれによって、完全に近世的論理学的問題群を瓦解し、新しい、再建の方向を打ち出し、そうした時代的意義を背後に秘めつつ、古来からの存在の問いを立て、それを全く新しい実存的端緒から問い立てるという、「実存に基づく存在の哲学」の試みを体系化したと言えるのであり、ここに、『存在と時間』の究極の狙いとその意義もあったと見なくてはならならない。

2012年1月 8日 (日)

あるIR担当者の雑感(57)~ブラックボックスから逃れられるか?

東日本大震災で被災した工場の中で、“ホンモノ”の技術者を求める声が、そこかしこで囁かれたということを聞きました。最近の工場は、生産工程のオートメーション化が進んでいます。以前なら熟練した技能者の職人技で加工されていた工程が、コンピュータ制御の自動化機械に取って代わられ、生産ラインは効率化されたといいます。そこへ、今回の震災でした。生産機械は壊れ、あるいは故障したりと、生産ラインは動かなくなりました。そこで、少しでも早く生産を再開させるためには、機械の修理や入れ替えが一刻も早く必要になります。しかし、交通は遮断され生産機械メーカーのサービスマンにも来てもらえない。となると、自前で修理するとか、代替の方法でなんとかしなくてはならない。そんな時に、現場の生産技術者や設備技術者たちが臨機応変に生産ラインを立ち上げたり、修理することができない工場が多かったといいます。というのも、現場の技術者たちが主にやっていたのは機械のオペレーションで、生産機械を修理したり、そもそも、どのような仕組みで動いているのかも分からなかったというケースが、ままあったといいます。もう一歩進んで、その工場で生産している仕組みがわかって工程で何が求められていて、それをどのような機械で担われているのかというのが観念でなくて、実際に分っているという技術者が少なかった。だから、一部の機械が動かなくなった場合、生産ラインの本質を理解して別の手立てを考え工夫して、なんとかラインを動かすという発想すらなかった。喩えあっても、実際に稼働できるラインを組み立てることができなかった。もちろん、工場ですから1人の技術者だけが分かっていたのではだめで、チームで動けるような体制が作れないと実際には難しいのでしょうが。これは、震災がない場合でも、目の前で稼働している生産ラインに対して現場の技術者が一歩踏み込んで改善とか、そういうことがされていなかったのだろうということが、想像できます。動いていた機械がブラックボックスのようになって、現場では機械そのものをいじることはなくて、機械の組み合わせとか、レイアウトなどを考えてみるのが精一杯だったのではないか。

それは、同じようなことはCADを使って自動化された設計などにも言えることで、部分の設計はパターンが登録されているため機械がやってくれているので、その組み合わせで設計されていくと、その部分を取り出せば効率的なものが、全体として部分を組み合わせると却って非効率になるが、それに気が付かなないケースがあると言います。それは、その各部分がどのようにできているかを知ることもなく、一種のブラックボックスのようになって、それを組み合わせるしか考えなくなる。

そして、話は変わりますが、最近、IR用のホームページを自分でツールを使いながら、試行錯誤を繰り返してもむコツコツ手作りで作成作業をしています。ほとんどの会社では、専門業者に作成を外注しているのではないかと思います。そこで、実際にホームページの作成を自分なりにやっているうちに、意外なほどホームページの作成には機能上の限定が多いことが分かりました。私が未だ慣れていないので制約を感じるのは仕方がない点は除いても、その制約を考慮した上で。ホームページ掲載の原稿を考え、内容を吟味していく作業していくうちに、ホームページというものに独自の考え方で原稿を作成しなくてはならないことを実感として考えさせられたわけです。記号でいうシニフィエとシニフィアンという抽象概念を持ち出すまでもないことですが、表現というものは、伝えたいことがあるから、伝える手段を考えるという方向とは逆に、伝える手段があるから伝えるものができるという方向もある、ということです。例えば、悲しんでいることを伝える手段として涙というものがありますが、逆に涙を見せると悲しんでいると思われる。さらに、涙を流しているうちに悲しい気持ちになってくるような場合です。もらい泣きというのは典型例でしょう。

実際の場で、例えば、どのようなことがあるかというと、企業の事業上の施策というのは社内の複数の部署が協力し重層的な動きをする、実は輻輳した動きなのです。それを口頭で説明しようとしたり、紙の資料で説明しようとすると一面的で一つの流れしか説明できません。そこでどうしても中心となる主流の動きを一本流れであるかのように説明せざるを得なくなります。聴く側も単一のストーリーに還元されるので聞き易く、理解しやすくなります。しかし、ホームページではページリンクという機能を駆使することで輻輳した重層的な施策の各部署の動きをダイナミックに表わすことばできるかもしれないことに気が付きました。見る人は縦横に張り巡らされたリンクをその都度フォローすることで立体的な動きを複数の切り口から見ることができる可能性があります。

これを色々な会社のIRのホームページを参考に見てみましたが、事業の説明や施策の説明で試みられている例は見つけられませんでした。私は初心者なので、考えていることが荒唐無稽なのかもしれません。しかし、初心者が考えつくことは、月並みのパターンではあると思うので、それが試みられなかったか、検討されなかったことはないと思います。多分、そのような試みが結果として見られていないのは、事業の内実を分ったIR担当者はホームページを作るという作業を実際にやらず、ホームページの製作の専門家に委ね、その専門家はホームページの特徴を知悉していても企業の事業に精通していないため、そのような発想で出てこないのではないか。IR担当者にとってはホームページというブラックボックスに手を突っ込むことをしないでいるために、その本質に気が付かないでいるのではないかと考えられるのです。だから、今、お手本がない状況で、どうしようか工夫しながら試行錯誤しているわけです。この工夫というのは、ホームページとはどのようなことができるのか、ということと企業を投資家に伝えるというが何が伝えられるのか、という言うならば本質的な点に考えが及ぶことを避けられない工夫であるわけです。

そして、話はさらに進み、多少風呂敷を広げますが、このようなことはホームページというようなIR業務の常識から見れば末節のことだけでなく、もっと本丸に近い部分ではあるのではないかと思うのです。例えば、決算の結果については経理担当部署から数字を受け取り、そのまま公開しているでしょう。それは別に悪いことというつもりはありません。しかし、経理の決算作業というのは機械的な作業だけではなくて、その中には細かな判断作業で積み重ねられた部分があります。もしかしたら、その部分に企業の特徴的な個性が反映しているかもしれません。その個性が、実は同業他社とは違った決算結果に結実していると言えないとも限りません。また、業績の見方に対しても、必ず経営者の視点(バイアス)がかかっているはずです。経理担当者は客観的にやっているつもりでも、経営管理の会計の視点から経営者の姿勢に適合しやすい作業をしてしまいがちです。別に、恣意的というのではなく、日頃の判断が経営姿勢に添った傾向になりがちなことはあり得ることです。実際に出てくる数字に変わりはないかもしれませんが。それを結果として出てくる数字だけを、背景を切り捨てて鵜呑みにすることを繰り返していてもいいのか、ということも考えてもいいのではないかと思います。多分、こんなことを書くと実際のIR担当者からは、経理の数字にケチをつけるのかと誤解されそうですが、仮に経営者だったら、経理から望まない数字が出たら、極端な場合には再計算を指示することだってあるかもしれないわけで、経営には聖域はないはずなのです。ただ、実務上は協力関係が大切なので、敢えてカドが立つようなことはしないでしょうが。

で、話は最初のところに戻りますが、“ホンモノ”の技術者が求められた被災企業と同じように、いや、それ以上に“ホンモノ”のIR担当者というのも、あるのではないか。現時点では企業で求められていないかも、しれないけれど、この業務に従事しているものとして、追求してみてもいいのではないか、と思っています。

時期が、正月ということあるので、何か、それっぽい話となってしまいました。

2012年1月 7日 (土)

皆川博子「倒立する塔の殺人」

Hiro 突飛な比較かもしれませんが、皆川博子の小説、例えば『死の泉』なんかを読むと、アガサ・クリスティーとか藤子不二雄といった人たちを連想してしまうことが良くあります。この小説も同じような感想を抱くことになりました。どうして、そんな連想をするのかというと、ここまで追求しながら、最後の最後で読者サービスということを考えて、一般読者にも分かるようにと、無理に話をまとめてしまう。それが取ってつけたようで浮いてしまうことになっている。というように感じられて仕方ないのです。例えば、アガサ・クリスティーは『そして誰もいなくなった』では、ミステリーというカテゴリーを破壊してしまうような実験的な試みを進めて、行き着くところまでいくような極端までいって最後の最後で、ミステリーのカテゴリーに収まるような結末で辻褄をあわせてしまう。エンタティメントの職人といった感じというのでしょうか。実際に、この作品でも、殺人が起こったか起こっていないのかはっきりしていないところでストーリーが展開されるというミステリーは中井英夫の『虚無への供物』で登場人物たちがヒヌマ・マーだーという殺人事件をよってかってお話しとしてでっち上げていくパターンを使っているし、ノートに小説を書き、交換していくプロセスを通じて複数のストーリーをつくり、全体の中で、その作中小説のスペースの方が大きくなって、作中の虚構であるメタストーリーと小説のストーリーである現実の区別があいまいになって行く構成は、ミステリーの倒叙ものの範囲を逸脱し、PKディックのSFを彷彿させるし、戦時中の高等女学校という閉鎖された空間を濃厚に描き、シューマンの流浪の民を合唱してみせたり、ショパンのポロネーズ第4番というあまり一般的でないピアノ曲(英雄ポロネーズでも幻想ポロネーズでも第5番といった比較的有名な曲を外して、ピアノを弾く人ならわかる曲を選択している)や、ヴァルディスの『地獄』という岩波文庫で絶版になった小説といった小道具の散りばめ方はゴシック・ロマンを踏襲しているし、の閉鎖されたような空間の中で、イブとジダラックの2人は、ドストエフスキーの『白痴』のムイシュキンとナターリャ・フィリポバナに対置される、なりよりも、全体のストリーと関係ないところで物語が語られていくので、一般的なミステリーとか小説から、どんどん離れていくようなのだが、最後の最後で、唐突に1人の人物が現れ、彼女が殺人事件の責任を全て負うことで、ミステリーとして大団円を迎えてしまう。取ってつけたような結末に、最後で宙ぶらりんになってしまったような物足りなさを感じたというのが正直なところ。最後の最後まで、行き着くところまでいって収拾がつかなくなって突然打ち切られる、くらいまでやって欲しかった。場合によっては、これまでの小説とは全く違った地平が開ける可能性だって、万が一あったかもしれないのに。と思ったのでした。

今年のベストセレクション

昨年も行いましたが、今年も1年間のベストセレクションをやってみたいと思います。この1年間は前年のようなホームランはなくて、どちらかというも遠くの見るのではなくて、目の前に近いところで読む本を選んでいたように思います。多かったのがビジネス書のたぐいでしょぅか。それだけ、目前の答えを求めていたのかもしれません。そのためか、単純な読書の快楽という本は少なかったでした。前にも書きましたが、本を読むということ以外の目的から本を読むというのは、私の本意ではないので、その意味から言うと、この1年は不作だったと言ってもいいかもしれません。強いて、この1年間のベストとしてあげるとすれば、

渡辺二郎著作集から

「ハイデッガーの実存思想」

「ハイデッガーの存在思想」

の2冊、というより2冊で1セットでしょうか。これについては、「ハイデッガーの実存思想」を部分がまとまったところで読書メモを断続的にプログにアップしていますが、これを読むと、これまで木田元の議論にかなり引き摺られてハイデッガーを読んでいたことに気づかされたという点で、私にとっては、その著作自体からというより、この著作を読んでいる自分自身についての発見が多かったという意味で、スリリングな読書ができた本でした。

今年も、特に方針など持たず、その時で読みたいと思った本を見境なく手を伸ばして読む、ということを続けて、気が向いたものをメモとしてアップしていくつもりです。今年も、よろしくお願いします。

2012年1月 1日 (日)

ホームページ始めました

明けましておめでとうございます。

今日から、ホーメページを始めました。不慣れなため、色々試行錯誤するつもりですが、まずは、ここでアップした読書メモを整理して倉庫をつくり始めています。もしよかったら、覘いてみて下さい。

http://czt.b.la9.jp

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