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2012年1月24日 (火)

渡辺二郎「ハイデッガーの実存思想」(37)

第5節 転回問題の所在点

ハイデッガーの説くケーレには、『存在と時間』の未完に纏わる思索の転換ということ以上に、深い意味が、実は、籠められているのである。と言うのは、存在そのものを凝視し、思索するということ、このためにこそ、『存在と時間』の連続性が途切れ、ケーレが起こったわけだが、ケーレとは、本来、その意味で、存在そのものを思索すること、即ち広く言えば、存在を忘却し去っている状態から脱出して、存在を思索するという、その転回を言うのであり、これが人間歴史全体に繰り広げられて、ヨーロッパの形而上学の中で喚起されるべき思索の転回とも、ハイデッガーではされているのである。ケーレとは、もっと広い意味をもっていたのであり、問題の射程も、単にハイデッガーの思索の変貌としてのケーレとどう結びつくのか、改めて、疑問が出てくる。

1.レヴィツトの所論

レヴィットは1951年「ハイデッガーの現存在到達せる立場が、彼の出発点における立場が、彼の出発点における立場と首尾一貫性を持っているか、あるいは、それは、一つの逆転のけっかであるかどうか」という問いをノイエ・ルントジャワ誌に発表した。それによれば、今日語られる存在とは、単なる存在者の存在様式─例えば、かつての如き現存在の実存範疇とか非現実的存在者の用在性とか物在性とかいうような─、存在者の存在者性ではなくて、「それそれ」のものであり、存在者に対する全くの他者的なものである。そして、かかるものが、今日では思索の中心を占め、他のすべては、これからの生起、恩寵、感謝として、他動的に惹起されるものになっている。このようなことは、実存を元として存在を探求するというかつての『存在と人間』の現存在中心の立場から、到底予測し得ざるものであり、かつまた、これとは矛盾撞着する。従って、レヴィットは、ここにハイデッガー哲学の転回が介在すると断定する。そして、これを具体的に立証すべく、六つの概念を取り上げて比較検討し、転回の事実を次のように証明する。即ち、第一に、『存在と時間』においては「現存在」から存在への接近が試みられたが、後期では、その現存在は存在の真理からの由来において、その近さの中に住むものとして、「存在」から考えられ、従って第二に、かつての「現存在の企投」は、逆に「存在の投げ」によって可能になり、被投的企投の偶然性の代わりに、存在の故郷による支えが立ち現われ、故に第三に、どこからもどこへもしられざるかつての現存在の「事実性」は、「それが与える」その存在によって送り来られたものとされるに到り、かくて第四に、現存在中心の「実存的範疇」は、それを超え出る「存在の真理」に代償させられ、それ故第五に、実存の「有限性」は、聖なるもの、止まれるものの「永遠性」にとって代わられ、かくて第六に、かつての「基礎存在論」は瓦解し、それは存在論の隠れた根拠へと環帰する、形而上学の試みとされるに到っている、と。

このようにレヴィットは、ハイデッガーの思索の中に立場の変更を看取して、それを難ずる。しかし、なぜハイデッガーがこのように変化したのかについて、彼は殆ど何事も語らない。それは、ハイデッガーの精神的展開には論及せず、ただ『存在と時間』との体系的立場での異同を比較するだけであることからも来ているが、ここにレヴィットの所論の限界がある。また、レヴィットがハイデッガーを批評し、非難する根本の何かはハイデッガーの立場の変更の指摘を超えた別物、それはハイデッガーの転回の底に、私生活上の問題を考えるという観点がある。以上、レヴィットの議論の要旨は、第一に、転回を外面的に剔出して、その変化を矛盾として捉えていること、第二に、変化の原因として、ハイデッガーの私生活上の体験を考えていること、この二点に尽きるが、我々はねこの見解に対して、第一に、ハイデッガーの変化の指摘には賛成するが、それが果たして矛盾撞着ないし全き変更であるかどうかには、これまでのところ賛否いずれとも決定できないこと、むしろそれはかかる外面的な変化の剔出でなく、もっと内面的なハイデッガー思想の展開と統一性とを論及することによってのみ答えられること、そして第二に、ハイデッガーの私生活上の諸問題を転回の問題に介在せしめることは、たとえそれが示唆的ではあっても、今の場合我々は採らないこと、この二つのことを、レヴィットに対し、我々の態度決定として確定しておきたいと思う。

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