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2012年2月16日 (木)

東浩紀「一般意志2.0」(4)

第三章

一般意志は政府の意志ではない。個人の意志の総和でもない。一般意志は何よりも数学的存在である。ルソーは『社会契約論』の同じ章で「部分的結社の禁止」も主張している。それは一般意志の成立のためには社会は単一のものでなければならない、いくつもの「結社」に分割されてはならないという主張で、具体的には政党の結成を拒否している。ルソーは実は、ジュネーブのような小さな都市での直接民主主義を理想とし、代議制を必要悪と考えた思想家だった。例えば彼は、『社会契約論』のなかで、「主権は代表され」えない。それは主権が譲り渡され(疎外され)えないと同じ理由による。従って人民の代議士はその代表者ではあり得ない。彼らは委託業者に過ぎない」

筆者は、ルソーのテクストを読み進めると、このような一般的な直接民主主義への固執というよりも、はめかにラディカルであると主張する。ルソーは結社を認めないだけでない。直接民主主義を支持するために政党を認めないというだけでもない。彼は、一般意志の成立過程において、そもそも市民間の討議や意見調整の必要性を認めていないのである。これはどういうことか。一般意志の定義から考えてみる。一般意志は特殊意志の単純な和(全体意志)ではなく、むしろ「差異の和」だと捉えていた。しかしそれだけではない。彼は実は、それに加えて、一般意志の正確さは差異の数か多ければ多いほど増すと主張していたのである。ルソーは、一般意志は、集団の成員がある一つの意志に同意していく、すなわち意見間の差異が消え合意が形成されることによって生まれるのではなく、むしろ逆に、様々な意志が互い差異を抱えたまま公共の場に現われることによっても一気に成立すると考えていた。一般意志は差異の総和である。したがって差異は多ければ多いほどよい。市民の間の意見調整は、逆に差異を減少させ、一般意志を不正確なものにする否定的な役割しか果たさない。そもそも、結社なるものが、否、それ以前に政治的な議論の場、コミュニケーションの場そのものが、一般意志の出現のためには障害になっていると考えていた。つまり、ルソーは、一般意志の成立のためにはそもそも政治からコミュニケーションを追い出すべきだと主張した。

一般意志は、一定数の人間がいて、その間に社会契約が結ばれた共同体が生み出されていれば、如何なるコミュニケーションがなくても、自然にと数学的に存在してしまう。ルソーはそう考えた。だからそれは、ある意味では言葉よりもむしろ物質に近い。一般意志は人間の秩序ではなくてモノの秩序に属する。それは人間集団の前に、こまごまとしたコミュニケーションの結果としてではなく、あたかも自然物であるかのように立ち現われる。だからこそ政府は常にそのモノに従わなくてはならない。

このような主張は、彼の人間観、社会観、文明観と深く関わっていると筆者は主張する。そもそも、ルソーは孤独を愛した思想家だった。多くの著作において孤独を賞揚する思想を展開した。人間は一人で生きるに越したことはないし、そもそも自然状態においては一人で生きていたはずだと考えていた。人間と人間の相互依存が発達し、社会状態に入るということは、虚飾と悪徳と格差を生み出し、人間から自由を奪うものでしかないと考えていた。そこで彼は、はっきりと人間の人間に対する依存、つまりは社会の誕生を悪の起源として名指ししている。

ルソーは18世紀半ばのサロン文化にはなじめず、都会のお喋りを嫌った。一般に政治思想家や社会思想家といった言葉で想像されるものとはかなりかけ離れた、現代風に言えば実に「オタク」臭い性格の書き手だったのである。かれは人間嫌いで、ひきこもりで、ロマンティックで繊細で、いささか被害妄想気味で、そのような弱い人間だった。ルソーは一方では、絶対の個人主義、主体の自由を訴えたロマンティストだった。しかし他方では、一般意志の特殊意志に対する優越を主張する革命家であった。つまりは個人の優位を主張する文学者のそれと、社会の優位を主張する政治思想家のそれの二つの顔があった。その二つの顔は、ともに人間が人間の秩序(コミュニケーション)から自由になる、モノの秩序(一般意志)にのみ基づいて生きるというルソーの理想に同じように奉仕するものだった。

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