無料ブログはココログ

« あるIR担当者の雑感(60)~IRの目的って?イデオロギー装置としてのIR再考 | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(2) »

2012年2月14日 (火)

東浩紀「一般意志2.0」(1)

41vkema0fl__ss400_ 筆者は最初から、単純明確なメッセージを明らかにする。筆者は、民主主義の理念は、情報社会の上で新しいものへとアップデートできるし、またそうすべきだと主張する。ただそれだけの本である。

情報技術が張り巡らされた社会の実現は、民主主義を変えてしまう、政治や統治のイメージを変えてしまう。そのキーとして筆者が取り上げるのがルソーによって提唱された「一般意志」という概念だ。この「一般意志」という概念は実に厄介なもので影響力が大きいにもかかわらず、専門家の間では肯定的に評価されず、議論の混乱を招いてきた。しかし、ルソーがこの言葉に籠めた思想は現代のコンピュータとネットワークに覆われた情報社会の視点で読むと、シンプルかつクリアに理解できる。そもそも民主主義の起源にあった思想が異なったもののように見えてくる。このようにルソーの「一般意志」の読み替えを通して、熟議もなければ、政局も談合もない、そもそも有権者たちが不必要なコミュニケーションを行わない、非人間的な、欲望の集約だけが粛々と行われる「もうひとつの民主主義」の可能性を説く。

民主主義は熟議を前提とする、しかし日本人は熟議が下手だと言われる。AとBの異なる意見を対立させ討議の果てに第三のCの立場に集約する、弁証法的な合意形成が苦手だと言われる。だから日本では二大政党制もなにもが機能しない、民度が低い国だとしても言われる。けれども、かわりに日本人は「空気を読む」ことに長けている。そして情報技術の扱いにも長けている。それならば、我々はもはや自分たちに向かない熟議の理想を追い求めるのをやめて、むしろ「空気」の技術を可視化し、合意形成の基礎に据えるような新しい民主主義を構想した方が良いので゛はないか。そして、もしその構想への道筋がルソーによって2世紀半前に敷かれていたのだとしたら、その時日本は、日本は民主主義が定着しない未熟な国どころか、逆に民主主義の理念の起源に戻り、改めて新しい実装を開発した国家として世界から尊敬されることになるのではないか。ユビキタスコンピューティングとソーシャルメディアに浸透された、全く新しい統治制度の創出。

ホームページは下のURLからお入りください。

http://czt.b.la9.jp/

« あるIR担当者の雑感(60)~IRの目的って?イデオロギー装置としてのIR再考 | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(2) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 東浩紀「一般意志2.0」(1):

« あるIR担当者の雑感(60)~IRの目的って?イデオロギー装置としてのIR再考 | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(2) »