無料ブログはココログ

« 東浩紀「一般意志2.0」(10) | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(12) »

2012年2月24日 (金)

東浩紀「一般意志2.0」(11)

第十章

未来の統治は、大衆の無意識を排除するのではなくかといってその無意識に盲目的に従うのでもなく、情報技術を用いて無意識を可視化した上で、その制御を志すものとなるべきである。

ここで法律や予算について考えてみよう。この国では、法案や予算案を書くのは、多くの場合は専門家すなわち官僚で、審議し決議するのが政治家である。無論、専門家は国民世論を意識するし、政治家は選挙で国民の審判を受ける。ここに国民の直接の関与はない。この状況は、今の社会では正しいことになっている。しかし、本書の立場では、正しいと考えない。なぜなら、そこには熟議はあるかもしれないが、データベースがない。一般意志がないのだ。では熟議とデータベースが補い合うという本書のヴィジョンを実現するために、具体的な提案を筆者は試す。

我々は一般に、政治的な意思決定に参加するに当たっては、争点を理解し、資料を読み込み、責任ある言葉を発しなければならないと思い込んでいる。そうなると、よほどの専門家や運動家でない限り、政治に参加できなくなるだろう。しかし、他方で、我々は皆同じ社会の中で生きており、したがって、その内容を詳しくは理解でないが、自分の生活に確実に影響を与えている政策は無数にある。そして当然のことながら、我々の多くはそれらの政策にも一定の「感想」を抱いている。この「感想」は公共的な場からは排除されていた。しかし、グーグルの出現や集合知の理論は、断片的な呟きや幼稚な感想でも、何万、何十万と集まれば、そこから重要な洞察を引き出すことができることを教えてくれている。だとすれば、我々は、そこからすべての政策審議について、それを密室からネットに開放し、会議そのものはあくまでも専門家と政治家のものであることを前提としながらも、中継映像を見る聴衆たちの感想を大規模に収集し、可視化して議論の制約条件とする、というような制度の導入を提案する。すべての象徴の審議会や委員会を、あるいは法案条文作成の模様を例外なく中継する徹底した可視化国家。政治家と官僚と学者が集う会議室には必ずカメラとスクリーンが用意され、議論はすべてネットで公開され、他方で室内には、当千数万の聴衆の反応を統計的に死を利子、タグクラウドやネットワーク図で映像化してダイナミックにフィードバックするモニタが用意されたインタラクティブな政府。熟議とデータベース、小さな公共と一般意志が補い合う社会という本書の理想は、一つにはそのような制度設計を目指している。

« 東浩紀「一般意志2.0」(10) | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(12) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/564097/54059403

この記事へのトラックバック一覧です: 東浩紀「一般意志2.0」(11):

« 東浩紀「一般意志2.0」(10) | トップページ | 東浩紀「一般意志2.0」(12) »