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2012年2月 6日 (月)

あるIR担当者の雑感(59)~IRの目的って?

なんか大上段に振りかぶったようなサブタイトルですね。ちょっとこそばゆい感じもします。

先日、ある人から聞いた話です。ある会社のIR担当者が非常に熱心な人で、個人投資は家向けに工場見学会なんか開くなど、非常に積極的だっただけれど、その会社の社長がIRに熱心ではなくて、結局、その社長と折り合わず、その会社を辞めてしまった。その話をした人は、熱心な担当者だったのに残念なことをしたと話していました。私も、何年もこの仕事をしてきて、それに類する話は何回か聞いたことがあります。さらに、この話の場合は、その担当者という人は、証券会社からその会社にIR担当ということで転職して来たということで、当初は、その会社もIR活動をすすめようとしていたのかもしれません。それが昨今の景気状況や株式市場の状況から、一気に経営者の熱が冷めてしまった、というようなことは想像できます。どこの会社も多少は、そのようなことが有象無象に、担当者は感じているのではないかと思います。だから、このようなこと自体は、担当者としては、他人事と聞いてはいられないことでもあると思いす。

そのような事情があっても、そこで、この話に対して違和感を覚えるのです。それが、こそばゆいサブタイトルです。誤解を恐れずに、はっきり言いましょう。私に言わせれば、件の担当者は本気で仕事をしていなかったのではないか、そうでないとしたらIRという仕事を舐めていたのか、私には、そう思えてならないのです。そのことを、以下でお話ししたいと思います。

IRという業務の目的とかいうと、ハウツー本の最初にそれらしく書かれていると思います。私も、この業務に就いた時に、いくつか読んでみました。曰く、“株価を適正に持っていく”とか“株主を増やす”とか“市場に会社の知名度を上げていく”とか色々なことが書かれていると思います。件の担当者は証券会社出身ということで市場の市場に詳しい利点を生かして(証券会社の人が株式市場に詳しいということは限らない、というよりも市場のことを知らないし、興味もない人が多いということは、この仕事をやっていて、多くの証券会社の担当者に会って得た印象ですが)、ここに上げたようなことを、取敢えず目標として、IR活動を進めたのでしょうか。

そこで、立ち止まって考えてほしいのですが、これは、IRハウツー本に書かれているという例を私は知りませんが、さきにあげたようなIRの目標というのは何のためにあるのか、ということなんです。なんか大袈裟なことのようですが。それは、会社が生き残り、成長していくためにあるということです。当たり前のことですね。今さら口に出して言うことでもないし、だからIRのハウツー書にも書かれていないのでしょう。だけど、そこで立ち止まって考えてほしいのです。例えば“株価を適正に持っていく”ということが、会社を存続させることや成長させることと、本当に何の条件も前提もなく、説明する必要もないほど当たり前に直結しているのか、ということです。これはIR担当者として、仕事の自己否定にもつながりかねないことかもしれません。しかし、会社はお役所とは違って、生き残り、成長するために必要のないものは、無駄なものとして切り捨てなければなりません。だから、会社が生き残り、成長するために必要がないなら、例えば株価を適正に持っていくという努力は会社にとって切り捨てるべき無駄なのです。そういう考え方すれば、経営者が、そういうことに冷淡であるのは当然のことで、役に立たないことをいそいそとやって、熱心だと勘違いしている担当者などいない方が会社のためです。もし、そういう状況だったのなら、担当者はたんなる勘違い野郎というだけのことです。経営者は当然のことをしているだけです。

ここでも誤解してもらいたくないのですが、私はIRというものが、会社にとって無駄だと言っているわけではありません。会社の業務というものは、すべて会社が生き残り、成長するためにあるのであれ、IRという業務もその中で進めていかなくてはならないということを言いたいのです。しかし、例えば会社の中でも、経理などは規則にのっとった会計の計算や財務を機械的に行っているだけで、普段から担当者はそんなことを考えているのか、経理業務ははたして経営に必要かなどと自分の業務に疑いを持ったことなどない、という意見もあるでしょう。何でIR担当者はそこまで求められるのか、会社の仕事として、経理担当者と同じように、淡々と仕事をしていて、その中で、少しでも仕事を進歩させようと、例えば個人投資家向けに工場見学会を行うとか熱心に仕事をしようとして何がいけないのか、という意見もあるかもしれません。

あえて、私はいいます。それがIRという業務の特殊性なのだと。具体的に言うと、それだけ経営に直結しているのです。経理という業務は会社というシステムの中で全体を動かしていくために機械の歯車として、動いていかなければならない部品のようなものです。これに対して、IRというのは、このシステム全体をどうしていくか、ということにかかわるものです。それは、例えば、上場している会社であれば資本市場との関係は、会社が進もうとしている方向性によっては、事業の死命を決する場合もあるでしょう。その時の尖兵となるのがIRであるわけです。その一環として株価を適正に持っていくというのがあるのでしょう。また、これは何も現在だけでなく、会社の事業戦略によって将来の必要性に向けて、環境づくりをしていくこともあり得ます。また、上場しているということはメリットがありますが、そのメリットを十分経営に活かしている企業は尠い、そこを補完するためにIRが動くことができる、これは、例えば証券市場では会社が属する業界とは桁違いの量と質の情報が飛び交っていて、それを適宜に経営者に伝え、その情報のやり取りに会社にとって有利な方向に向けてコミットすることなど(その一環のツールとして個人投資家の工場見学会も考えられるかもしれません)ことなどが例として考えられます。ただし、これはあくまでも例であって、会社の置かれている状況によって大きく変わってくるはずです。

そのとき、重要なのは、何が会社にとって必要なのかということです。それを判断するには、当然経営者が会社をどうしようとしているのか、ということと通底していなければならないはずです。場合によっては、IR担当者に見識があれば、会社にとって何が必要か自分で考え、時には経営者が考えないことを敢えて会社のために進めることがあるかもしれません。いずれにせよ、そういう会社が進むべき道とIRは密接に関わっていなければならないのではないか。その時に、経営者が冷淡になっているという事態は、経営に密接に関われていないからではないか。つまり、IRという業務の本分のところで業務を怠ったつけが回ってきているのではないかと思うのです。

だから、私たちは、経営者か深いところで何を考えているのかに十分注意を払い、経営者とのコミュニケーションに心を砕き、様々な有益な情報を経営者にいかに活かせるように伝えるかに努力しているはずです。そして、有能な経営者であれば、それが経営にとって有益であることに気が付くはずです。だから、IR担当者が経営者が冷淡になったからと会社を辞めると言うのは、ほとんどの場合担当者が本気で仕事をやっていないと思うのです。そして、その責任を経営者のせいにして、自分を慰めているとしか思えません。もし、それが本当に経営者の責任であるとしたら、それは経営者が無能であったり、経営に意欲がない場合です。あるいは、担当者があえて、経営者とは違った方向を、経営者と違った考えで、こっちの方が会社のためだと、自分からリスクをとって失敗した場合でしょうか。件の担当者はそこまでやったのでしょうか。

もう一つ、些末かもしれませんが、具体的なことを言います。個人投資家向けに工場見学会を開いた場合、単に工場を見せるだけではなくて、参加した個人投資家に対して、会社はこういう方向に事業を進めて、こういう成長を目指すのだと、社長に出てもらうなら社長に、それが叶わないのなら担当者が説明しているはずです。多分、こういうイベントなら担当者が説明しているのでしょう。そのとき、会社の経営について、社長と距離が離れていて突っ込んだ説明ができるはずがないと思います。担当者は社長の代理として話しているはずです。そのとき、社長と考えが離れていて、そのまま話したのでは、投資家に対して嘘をついていることになるはずです。極端な言い方かもしれませんが市場に対して嘘をつくということは、虚偽表示であり、上場廃止事由です。IR担当者としては一番やってはいけないことです。もし、そういうことだったら、その担当者は会社を辞めたのではなくて、辞めさせられたのです。見も蓋もない言い方かもしれませんが、私にはIRがそれだけ経営にコミットするものであるならば、それだけの厳しさが必要だと思うし、それだから、IRという仕事に夢があると思うのです。

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